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冷戦

「おはよう、未来君」

汐さんに呼ばれるように目を覚ますと目の前に汐さんの顔があった。

「ん、汐さん大丈夫ですか? その体の方は」

「馬鹿!」

「……抑えたつもりなんですけど」

「えっ? えっ、ええ!」

セーブした筈なのにちょっとオーバーし過ぎたと言うより我慢できなかったが本当だろう。


朝食の準備をしていると湊と渚に突っ込まれていた。

「ママ、どうしたんだ?」

「別に何でもないわよ。早く支度しなさい」

「へぇ、未来さんとラブラブだもんね」

「馬鹿な事を言ってないの。まだ籍も入れてないのよ」

そんなに頬を染めていたら流石にバレバレですとは朝から言えない。

籍の方は思うところがあって相談した上でおいおいという事になっていた。

汐さんと一緒に東京支社に出社する。


先に汐さんが支社長室に向かい時間差で俺が秘書室に行く。

「おはようございます」

「おはよう、神流君。最近は早いわね」

「忙しいですからね。なるべく早く動ける様にって思いまして」

「だからかしら本社が支社長共々出向く様にって連絡が」

愕然として口を開けたままになってしまった。

「僕も本社にですか? 契約は東京支社とですよね」

「そうだけど、急激な業績の伸びは神流君に寄るところが大きいからじゃないかしら」

「少しやり過ぎたかな……」

「手遅れよ」

背後から支社長の声がして撃抜かれた。

行かない訳にいかないらしい……

午前中のスケジュールが調整され本社行きが決定済みだった。


「未来君は情けない顔をしないの」

「支社長付きなのに何で僕が一緒に出向かないといけないんですか?」

「良いじゃない。支社長付きなんだから」

「意味が判りません」

支社長の運転で本社に向かうと東京支社が本当に必要なのかという事を実感する事になる。

首都高を使えば1時間ちょいと言うところだろうか。

「支社長、聞いて良いですか」

「何で東京支社が必要かという事ね。ここがうちの会社の原点だからよ。本社では海外向けの業務をメインにしているわ」

「やっぱりそれで僕なんですか……」

「本社の狙いは未来君を我が社に取り込む事でしょうね」

更に出向くのが嫌になってきた。俺を必要としているのではなく親父の会社の肩書が欲しいだけだろう。

それに今はその肩書きすらあってない様な物だ。


小会議室と言うかミーティングルームの様な場所に案内されるけど支社長は慣れたもので毅然としている。

そして目の前には水神商事本社の中枢をなす方々が鎮座されていた。

まず支社長に今回の業績の件での労いの言葉と期待度を示す言葉が述べられ本題に入る。

「回りくどい言い方は止めよう。単刀直入で聞くが神流君は当社の社員として働く気はないかね」

大きな企業のトップの決断力を垣間見る事が出来た。

裏で根回しなどせずに真っ直ぐに向き合う事が出来るという事がトップたる所以なのかもしれない。

「有難いお言葉なのですが。お断りいたします。僕は本来サービス関係の仕事が主な仕事です。今は支社長のサポートをする派遣と言う形を取らせて頂いておりますので」

「良いのかね。君は派遣として東京支社に雇われているのだよ」

取締役がやんわりと促し、常務が遠まわしに強く凄む。

親父と世界中を見て回る前なら考えるところがあったかもしれない。

「支社長のサポートが僕では不十分だという判断をされるならそれは派遣と言う性質上仕方がない事だと思っておりますので」

本社のトップ陣が思惑通りにいかなかった為かざわついている。

それも搖動の一つかもしれないが俺の気持ちが揺るぐ事は無く、それを察したのか支社長が口を開いた。

「常務、神流君は私の大事なパートナーとして尽力してもらっております。万が一にでも神流君を外すような事があればその時は私も支社長の席を外れますので」

「…………」

トップ陣が顔を見合せて驚いていて俺自身も思わず支社長の顔を見てしまう。

その瞳は何処までも真っ直ぐで支社長の覚悟が力強く伝わってきた。

言葉通り本社が動けば支社長は迷いなく辞表を提出するだろう。そうなれば損失が計り知れない事をトップ陣に判らないはずが無く……


本社を後にして車に乗り込むと緊張感から解き放れた。

「はぁ~ 緊張した」

「本当かしら? 私にはそんな風に見えなかったわ。水神商事のトップと対等に渡り合っていた様にしか見えなかったわよ」

「支社長が僕を擁護するような発言をするからです。本社サイドが強硬な姿勢を取ったらどうするんですか」

「私だって……もう良いわよ」

俺の言葉が気に障ったのか支社長が乱暴気味に車を出した。

支社長の気持ちも判らないではないけど俺にも譲れない所はある訳で仕事の後で話をすればいいと思っていた。

昼食を済ませ午後のスケジュールを済ませ東京支社に戻っても支社長の機嫌は微塵も治っていない。

その上にノルンから連絡が入っていた。

「神流君、ノルンから戻り次第連絡する様にと伝言を預かっているわよ」

「判りました」

ノルンに連絡を入れると水野さんに至急社に顔を出す様に言われてしまい、坂上さんに断りを入れてから急いでノルンに向かった。


「お疲れ様です」

「未来君、ご苦労様。社長室でお待ちかねよ」

水野さんに肩を叩かれて社長室に向かうとヒメ姉とスズ姉が難しそうな顔をして社長室のドアを開けた俺を見ている。

一歩踏み込むと2人のため息が聞こえ重々しい空気が醸し出していた。

「急用って何なんだ?」

「急用は急用よ。他に何があるの」

ヒメ姉の不機嫌そうな声がして硬い表情の2人が鎮座していた。

「こんなものが届いたけど。どう言う事かしら」

「未来はどうしたいの?」

スズ姉が机の上に一枚の書類を投げ出す様に置いた。

手に取って目を通すと水神商事本社からの物で要するに俺が水神商事本社で言われた事と同じ内容の事が書かれていてため息を付いて肩を落とす。

ヒメ姉とスズ姉の顔を窺うと俺から目を逸らした。

「これがどうかしたのか? 俺が水神商事に移るなんて思ってないよな」

「……未来なら考えられない事でしょ。汐さんだって居るんだし」

「馬鹿馬鹿しい。本社に呼ばれたけど一蹴してきたよ。信じられないのなら直接聞いてみろ」

「でも、汐さんの立場もあるでしょう」

ヒメ姉のいう事も判らなくはないが汐さんは覚悟を決めていた。

その覚悟が気になってしまう。

「彼女は今までも東京支社を引っ張ってきた人だぞ。ヒメ姉なら移動させるのか?」

「私ならしないわよ。でも汐さんから見れば公私共に未来は彼女の支えになっているのよ。万が一何かあれば会社を辞めかねないわよ」

「それが判るから尚更だろ」

考えれば考える程自分が小さく感じる。

「それじゃ、未来はノルンに残ってくれるのね」

「当たり前だ。他で仕事をするなんて考えられないだろうが。俺はあくまでサービス関係が専門の派遣だ」

「「本当に?」」

「しつこいとここも辞めるぞ」

ヒメ姉とスズ姉が『駄目!』と叫びながら抱き着いてきた。まぁ、2人からしてみても汐さんの事もあり不安だったのだろう。

だからと言って呼び出すのはどうかと…… ただ俺に抱き着きたかっただけの様な気がしてならない。

「用が済んだのなら帰るぞ。いい加減離れろ」

2人を振り切る様にしてノルンを後にする。


マンションに帰ると汐さんが黙々と夕食の準備をしていた。

声を掛けても口すら聞いてもらえない。初の冷戦突入らしい……

学校から帰ってきた渚と湊も微妙な空気を感じたのだろう。

ここで俺が動くのはまずいだろうと思い2人が寝てから汐さんと話をしようと思う。

食事の片づけをして風呂に入り寝室に行くと汐さんは横になり壁と睨めっこをしていた。

「汐さん、話を」

「未来君はお父様の会社にでも行けば良いんだわ。勝手にしなさい」

「今晩は止めておきましょう」

今の状態で汐さんと話をしても感情的になってしまうだけだろうと思い毛布を持ち出して寝室を後にしてソファーで横になった。

お互い一晩頭を冷やせばきちんと話し合えるだろう。


視線を感じて目を覚ますと渚と湊が俺の顔を覗き込んでいた。

頭を動かし時間を確認するといつもより早い時間のようだ。

「未来はママと喧嘩でもしたのか?」

「喧嘩じゃないよ。意見が食い違っただけだ。本社に来ないかと言う誘いを俺が断ったんだ。そうしたら汐さんが俺を守る為に何かあれば会社を辞めると言ったんだ。守ろうとしてくれるのは嬉しいけど無茶をして欲しくないだけだ」

「未来さんだって無茶したくせに」

「ママは子どもぽいところがあるからな」

渚の言葉は耳に痛く湊の言葉で改めて気づかされる。不安なら不安だと言って欲しいのに何で言ってくれないんだろう。

俺だって手探りなのに自信が揺らぎ薄らいでいく。

すると渚と湊が顔を見合せて徐に立ち上がり汐さんの寝室のドアを開け放って突撃した。

「ママ、このままだと未来さんに捨てられちゃうよ。それでも良いの?」

「渚の言うとおりだ。ママは大人なんだから未来の気持ちだって判っているんだろ。まだ婚姻届だって出してないんだろ。知らないからな」

「そうよ、もし未来さんが出ていくなら私と湊は未来さんに付いて行くからね」

あまりにも一方的な渚と湊の言い方が気になって寝室に向かうと汐さんがベッドに腰掛けてポロポロと涙をこぼしていた。

「湊も渚も言い過ぎだ。どちらかが悪いなんて事は無いんだぞ。感情的にならずに話し合えば歩み寄れない事は無いと俺は思っている」

「ゴメン、ママ。私達だって未来と離れるの嫌なんだ。だから」

「湊、朝ごはんの準備しよう」

少し強く言い過ぎたかなと思うが間違った事は言っていない。

渚と湊がシュンとして朝食の準備をしにキッチンに向かうのと入れ違いで寝室に入りドアを閉めて汐さんの横に腰かける。

「汐さん、汐さんが俺を守ろうとしてくれるのは凄く嬉しいです。こんな言い方は語弊があるかもしれないけれど汐さんと湊や渚が傍に居てくれる今の暮らしに満足していますし。これからもこうで有りたいと思います。だから無茶はしないでください」

「それじゃ、未来も約束してくれる」

「約束します。でも大切な家族を守る為なら俺は全力で立ち向かいます。その時は力を貸してください。きちんと届を出して家族になりましょう」

汐さんが何も言わずに頷いて顔を上げ、静かに唇を落とすと少しだけ泣いて笑顔になってくれた。

この笑顔を守る為なら何でも出来る様な気がする。


朝食を食べながら渚と湊に聞くまでは無いと思うが確認してみる。

「湊と渚は神流姓になるのは嫌じゃないのか?」

「えっ、それって」

「養子と言う形になるけれど2人を俺の戸籍に入れて良いかと言う意思確認だ」

「全然嫌じゃないよ。な、渚」

「うん、全然問題ないよ」

変な日本語になっているが2人が手を繋いで喜んでいるので了承してくれたのだろう。

籍を入れてから会社関係と学校関係の手続きをしなくてはいけない。

午前中のスケジュールを確認してから役所に行っても良いだろう。


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