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第9話 祖国印の木箱には、だいたい面倒が詰まっておりますの

ユリウスに案内されて港へ向かうと、ちょうど一本の帆船が荷を降ろしているところでした。


 夕暮れの光の中で、甲板から次々と木箱が運び出されていきます。

 そのうちのいくつかには、見慣れた紋章が焼き印されておりました。


 ――前王国の紋章ですわ。


「お嬢様、こちらでございます」


 セバスが、すでに港湾役人と話を付けてくれていたようで、

 問題の木箱の前には簡易の検査台が用意されていました。


「船長殿、積み荷の確認に立ち会っていただけます?」


 レオンが、穏やかながら抜け目のない笑顔で問いかけます。

 ひげ面の船長が、肩をすくめました。


「へいへい。こいつぁ全部、“前王国”から預かった荷ですよ。

 中身の責任までは取れませんがね」


「それで十分ですわ」


 わたくしは、木箱の焼き印を指先でなぞりました。


「“王都第三倉庫”……。

 ずいぶん懐かしい刻印ですこと」


「アメリア様、ご存じで?」


「ええ。

 前職場の倉庫番号くらい覚えておりますわよ。あそこは――」


 気が重くなるほど、無駄な在庫が詰まっていた倉庫ですもの。


「では、開けさせていただきます」


 セバスの合図で、港の作業員がバールを差し込み、釘を外していきます。

 ふたが外されると、埃っぽい空気がふわりと立ちのぼりました。


「こりゃまた……」


 ユリウスが、思わず声を漏らしました。


 箱の中にぎっしり詰まっていたのは――高級そうな食器、装飾品、

 そして、金糸銀糸で縫い上げられた、やたら豪華なドレスやマント。


「こいつぁ、“救援物資”って顔じゃありませんねえ」


 船長が鼻を鳴らします。


「“王都の在庫一掃セール”にしては趣味が悪すぎますわね」


 わたくしは、ドレスの一枚をつまみ上げました。

 裾に縫い込まれた紋章を見て、ため息が漏れます。


「王太子殿下御用達の、舞踏会衣装一式……」


「そんなものを、わざわざこっちに運んできたんですか?」


 ユリウスが、呆れ果てた顔で尋ねました。


「いえ、これは“ついで”でしょうね」


 わたくしは、うすく笑いました。


「本命は、こちらのほうですわ」


 別の箱のふたを開けさせると、中には厚手の帳簿と公文書の束が詰め込まれていました。


「これは……」


「“王立倉庫・現品目録”、

 “装飾品在庫一覧”、

 “舞踏会衣装貸し出し記録”……」


 わたくしは、恐る恐る帳簿の一冊を手に取り、ぱらぱらとめくりました。


「なるほど。

 “資産売却のための在庫整理”の一環、というところですわね」


「売却……」


 レオンが眉をひそめました。


「つまり、王宮の贅沢品を、ひとまず他所の港に預けて――

 こっそり現金化するつもりか」


「少なくとも、“王族の顔面が映る距離”では売りにくい品ですもの」


 わたくしは、ドレスを箱に戻しました。


「このあたりの港で、“それなりの値で買ってくれそうな相手”を探しているのですわ」


「……正直に“財政難だから売ります”と言えばいいものを」


「見栄とプライドと虚勢が、あの国の主要産業ですのよ」


 ユリウスが、複雑そうに顔をしかめました。


「で、ですけど、

 こっちからしたら、別に“問題のない取引”じゃありませんか?」


「そうですわね。“単なる売買”として扱うなら」


 わたくしは、帳簿をぱたんと閉じました。


「問題は、“買い手”が誰か――そして、“支払い条件”ですわ」


「支払い条件……?」


 レオンが頷きます。


「財政難の国は、“ツケ払い”や“証券払い”を持ちかけてくることがある。

 つまり、“現金はないので、この紙切れを取っておいてくれ”と」


「……まさか、それを?」


 ユリウスの顔から血の気が引いていくのが、横目でも分かりました。


「ええ。

 “前王国発行・特別王家証券”あたりを掴まされる可能性は、大いにありますわね」


「紙切れじゃないですか、それ!」


「今の段階では、まだ“紙切れ”と言い切れませんわよ?」


 わたくしは、指を一本立てました。


「問題は、“いつ紙切れになるか”ですの」


 ユリウスが、頭を抱えました。


「やっぱり悪魔だ……。

 そんなタイミングまで計算してるなんて……」


「計算と言いますか、“見慣れております”のよ」


 前職場で、何度も見てきた光景ですもの。


◇ ◇ ◇


「ともあれ」


 レオンが咳払いをひとつ。


「この船の積み荷をどう扱うかは、我々にとっても決して小さな問題ではない。

 アメリア、どうする?」


「そうですわね」


 わたくしは、しばし考え――すぐに決めました。


「“普通の商取引”として扱いますわ」


「……いいんですか?」


 ユリウスが驚いたようにこちらを見ます。


「ええ。

 ただし、“支払いは現金のみ”。

 証券払いも、“前王国政府保証”も、一切受け付けませんわ」


「当然ですな」


 セバスが即座に頷きました。


「現金で払える範囲なら、せいぜい数十着分でしょうな」


「それで十分ですわ」


 わたくしは、皮肉混じりに笑いました。


「“贅沢品を売るために、わざわざ川を下った”という噂は、

 それだけで十分な香りを運んできますもの」


「香り……?」


「“前王国の王宮が、こっそり財産を手放し始めた”という匂い、ですわ」


 レオンが、軽く目を見開きました。


「それを、あえて“受けてやる”と?」


「ええ。

 この港には、“噂好きの商人”が多うございますもの」


 わたくしは、船長に向き直りました。


「船長殿。

 この積み荷のうち、“現金で支払える分だけ”を、こちらの商人たちに紹介いたしますわ」


「そ、そいつぁ助かりますが……。

 いいんで? “王家の品”なんでしょう?」


「いいのですわ。

 “王家の品”と聞けば、かえって高く買いたがる物好きもおりますもの」


「それは……確かに」


 船長は、苦笑しました。


「ただし」


 わたくしは、にっこり笑顔を深めました。


「商人ギルドを通して、“支払いは現金のみ”という条件も徹底していただきますわよ?」


「そりゃ、そいつぁ……」


 完全に呆れた顔ですけれど、了承してくれたようです。


◇ ◇ ◇


 その夜。

 ご苦楽シティの酒場は、いつにも増して賑やかでした。


「おい聞いたか、“王家のドレス”が流れてきたって話」

「なんでもよ、王子様が踊ったときのマントだとかなんとか」

「そんなもん買ってどうするんだよ」

「“客寄せ”にはなるだろ? “王家の食器で飯が出ます”って売り文句よ」


 ――思惑通り、噂はあっという間に広がっていきます。


「上々ですわね」


 カウンターの隅で、わたくしはグラスを傾けました。

 中身はただの果実水ですけれど、雰囲気が大事ですもの。


「“王家の品”が売られたという話だけで、

 “あの国、相当苦しいらしいぞ”という話が勝手に添えられますから」


「流石でございます、お嬢様」


 セバスが、相変わらず淡々と褒めます。


「しかし、“証券払いを拒否”したことで、

 前王国側には少なからぬ不快感も残るでしょうな」


「構いませんわ。

 “現金払える範囲”しか使っていない時点で、

 彼らはまだ“底”を見ておりませんもの」


「底……」


 ユリウスが、背筋をぞくりとさせた様子で呟きました。


「アメリア様、もしかして――」


「ええ。

 “本当に追い詰められたとき”には、こんな回りくどい手間はかけません」


 わたくしは、グラスをゆっくり置きました。


「税も、借金も、売れるものも、すべて使い切ったとき。

 彼らが最後に縋るのは――」


「……隣国への“支援要請”」


 レオンが、低く言葉を継ぎました。


「そのとき、窓口になるのは、この自由都市……

 つまり、あなたのいる“ご苦楽シティ”になる可能性が高い」


「そうですわね」


 わたくしは、軽く頷きました。


「だからこそ、“今”は、ただ見ていればよろしいのですわ。

 いつ、どの程度まで“自分で燃えるか”を」


「本当に、悪役の台詞だ……」


 ユリウスが、げっそりした顔で呟きます。


「ですが、その“悪役”がいなければ――」


 レオンが、真っ直ぐにわたくしを見ました。


「この街も、この国も、

 “ただの巻き込まれ被害者”で終わるかもしれない」


「それはつまらないですもの」


 わたくしは、くすりと笑いました。


「どうせなら、“巻き込まれたついでに、一番おいしいところも持っていく”ほうが、

 ご苦楽ですわよね?」


「……“ご苦楽”って便利な言葉ですね」


 ユリウスが肩を落としながらも、どこか楽しそうに笑いました。


◇ ◇ ◇


 その頃、前王国の王都では。


「ば、馬鹿な……! 

 なぜ、“特別王家証券”の引き受けを、どこも断る!?」


 財務卿室に、王太子の怒鳴り声が響いておりました。


「ご、ご説明申し上げます、殿下……!」


 老財務卿は、震える手で商人ギルドからの返書を差し出しました。


「“最近の王家の資産売却の動きを鑑みれば、

 長期の証券をお引き受けするのは困難”とのことで……」


「資産売却? 誰がそんな話を!」


「こ、ここ数週間で、王家所蔵品が複数の港に……」


「そんなもの、いくらでも補填が利くではないか!

 なぜ、それくらいで信用が……!」


 王太子の叫びは、

 遠く離れたご苦楽シティの酒場のざわめきに、

 誰にも気づかれないまま、静かに溶けていくのでした。


◇ ◇ ◇


 わたくしはというと、その夜の締めに、

 「王家の皿で出された」などという触れ込みの、

 少し高めのデザートをつまんでおりました。


「お嬢様、それは……」


「“元は王家にあったかもしれない磁器皿セット”ですわ。

 本物かどうかはさておき、“話のネタ”にはなりますもの」


 わたくしは、スプーンで軽く皿を叩きました。


「器がどれほど立派でも、中身が空では意味がありませんわよね」


「また含蓄のあることを……」


「ですから、わたくしたちは、中身をぎっしり詰めてまいりましょう」


 わたくしは、甘いクリームをすくい取り、口に運びました。


「この街という器を、“ご苦楽”で満たすために、ですわ」

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