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第8話 ご苦楽シティ自警団、ただいま募集中ですの

「――というわけで、“ご苦楽シティ自警団”を結成いたしますわ」


 宣言した翌日。

 わたくしは広場に簡易の台を設け、その上に立っておりました。


 頭上では、仮の旗が川風にはためいています。

 その下では、住民たちがいつもより少しそわそわした様子で集まっておりました。


「お嬢様、ざっと見たところ、三十名ほどでございますな」


 セバスが人垣を見回して報告します。


「まあ、初回としては上出来ですわね」


「本当に来てる……」


 隣で台を支えるユリウスが、半ば感動、半ば不安そうに呟きました。


「土地台帳の“働き手候補”の名前に、ほとんど印が付いてます」


「ええ、“口を開けて待っているだけ”では、お仕事はやってきませんもの。

 “口と耳と手足を動かす人”から優先してご案内いたしますわ」


「お嬢様、その表現は少々生々しゅうございます」


 セバスの控えめなツッコミを受け流しつつ、わたくしは集まった人々に向き直りました。


「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます」


 声を張ると、ざわめきがすっと薄れます。


「本日発足します“ご苦楽シティ自警団”について、

 簡単にご説明させていただきますわ」


 最前列には、鍛冶屋の親方や元兵士らしき男たち。

 その後ろには、力仕事に自信ありそうな若者たち。

 さらにその後ろに、様子見の住民たちが固まっています。


「まず、“自警団”と言っても、

 皆さまに“命がけで盗賊と戦ってください”とお願いするわけではありませんの」


 どこかほっとした空気が流れました。


「もちろん、いざというときには、“ここの街を守る”覚悟は必要ですわ。

 ですが、普段していただきたいのは――」


 わたくしは指を折っていきます。


「・港と倉庫の巡回

 ・市場と酒場の見回り

 ・喧嘩の仲裁

 ・怪しい連中がうろついていないかの確認」


「……それって、つまり……」


 若い男が、おずおずと手を挙げました。


「“面倒なことにならねえように、目を光らせておく”ってことですかい?」


「そうですわ。

 それを“街ぐるみで”やるための係、とお考えくださいませ」


 わたくしは頷きました。


「そして、皆さまにとって大事なのは“報酬”でございますわね?」


 ざわっ。


 この瞬間だけ、ひときわ目の色が変わるあたり、

 たいへん正直でよろしいですわ。


「まず、自警団には、“月々の給金”をお支払いいたします。

 額は、日雇いの仕事よりは少し良い程度」


 あちこちから「おお……」という声。


「さらに、“ご苦楽シティ共同基金”を設けますわ」


「きょうどう……?」


 鍛冶屋風の男が首を傾げます。


「自警団員の給金の一部と、

 商人からいただく“安全使用料”の一部をその基金に入れますの」


「その金は、どこに使われるんで?」


「“ご苦楽シティのため”だけに使いますわ」


 わたくしは、広場の周囲を指で示しました。


「壊れた橋の修理、街灯の設置、夜間巡回の灯り代。

 “この街に必要なもの”のために、皆さま自身のお金を使うのですのよ」


「つまり、“自分の払った金で、自分の街を守る”ってことですかい?」


「ええ。

 だからこそ、自警団は“他人のために働く衛兵”ではなく、

 “自分たちの店と家を守る人たち”なのですわ」


 少しの沈黙のあと、じわりとざわめきが広がりました。


「……お嬢様、今の、ちょっと格好良かったです」


 ユリウスが小声で囁いてきます。


「“ちょっと”とは失礼ですわね。

 最低でも“かなり”とお言いなさいな」


「かなり格好良かったです!」


 即座に言い直すあたり、しつけのし甲斐がございますわ。


◇ ◇ ◇


「ただし」


 わたくしは、指を一本立てました。


「自警団には、“条件”がひとつあります」


 空気がきゅっと引き締まります。


「“ご苦楽シティのルール”を守っていただくこと。

 そして、そのルールを“自分で破らないこと”」


 セバスが、配布用の紙束を配り始めました。


「簡単な十か条ですわ。

 ・暴力で物事を解決しない

 ・賄賂を受け取らない

 ・身内びいきをしすぎない など」


「……“しすぎない”ってのは?」


 元兵士風の男が紙を見ながら尋ねます。


「人間ですから、多少は身内びいきもあるでしょう?

 ですが、“明らかにおかしいレベル”までいってしまうと、

 街全体の信用が落ちますもの」


「ああ……」


 男は「確かに」と呟いて頷きました。


「もし、この十か条を破った場合は――」


「クビ、ですかい?」


「ええ。“クビ”ですわ。

 そのうえで、“ご苦楽シティ共同基金”からは、一切の恩恵を受けられなくなります」


 ざわっ。


「橋を直すときも、街灯を増やすときも、

 “自分の家の前だけ暗い”なんて嫌でしょう?」


「そりゃあ……嫌だ」


「ですから、“自警団は、ご近所の目にさらされる人たちだ”と、

 覚悟していただきたいのですわ」


 広場のあちこちで、小さく息を呑む気配がいたしました。


「お嬢様、だいぶえげつない仕組みですね……」


 ユリウスが、震える声で囁きます。


「約束を守れない人には、それ相応の不便を味わっていただくだけですわよ?」


「それを“えげつない”と言うのでございます」


 セバスの冷静な評価は、相変わらずでしてよ。


◇ ◇ ◇


「では、参加希望の方は、こちらにお名前を書いてくださいませ」


 わたくしが台から降り、長机の前に座ると、

 最初に一人の男が、どん、と前に出ました。


「わしから、書かせてもらおうかの」


 白髪まじりの、しかしがっしりした体格の老人でした。


「おじいさま?」


「元はこの街の衛兵隊長をやっとったジルクだ。

 いまは年寄りで、剣はよう振らんが――」


 彼は、しゃがんでわたくしと目を合わせました。


「見張り番くらいには、まだ役に立てるじゃろう」


「もちろんですわ」


 わたくしは、心からの笑みを向けました。


「“昔を知る目”は、何より貴重ですもの。

 ぜひ、お力を貸していただけます?」


「おうよ」


 ジルクは、震える手で名前を書き込みました。


 その姿を見ていた若者たちが、ざわっと前に出てきます。


「じゃあ、俺も」

「オレ、元兵士だ。前線はごめんだが、ここなら」

「腕っぷしには少し自信があるんで」


 次々と名前が紙に並んでいきました。


「お嬢様、これで二十名ほど」


「まずは十分ですわね」


 わたくしは、記名された名簿を軽く叩きました。


「では後日、レオン殿から正式な任命書をお渡ししますわ。

 あわせて、王都から教官も呼びますの」


「教官……?」


「治安維持の訓練には、それなりのノウハウが必要ですもの。

 レオン殿、よろしいかしら?」


「もちろんだ。

 信頼できる教官を、数人こちらへ派遣する」


 そう言いながら、レオンがわたくしをちらりと見ました。


「アメリア。あなた、本当に“数字だけ”じゃなく“人の動き”もよく読んでいる」


「お褒めにあずかり光栄ですわ。

 街は、人でできておりますもの」


 その人たちが自分から動きたくなる“仕掛け”を作るのが、

 わたくしの仕事ですのよ。


◇ ◇ ◇


 その日の夕刻。


 わたくしはセバスと並んで、港の見回りルートを歩いておりました。


「少しずつ、“顔なじみ”が増えてきましたわね」


 あいさつを交わす荷役の若者。

 頭を下げる商人。

 遠くから手を振る子どもたち。


「定期的に見回りに来る“口うるさいご近所さん”がいると、

 悪さをしたくてもやりづらくなりますもの」


「お嬢様は、ご自分で“口うるさい”と認めておられるのですな」


「褒め言葉として受け取っておきますわ」


 そんな他愛ない会話をしていると、

 逆方向から駆けてくる影が一人。


「アメリア様!」


「まあ、ユリウス君。どうなさいまして?」


「いま、港に入ってきた船の一隻から、“ちょっと変わった荷物”が――」


「変わった?」


「“前王国”の紋章が入った木箱です!」


 セバスと視線を交わします。


「……早かったですわね」


「火事の匂いは、煙より先に荷物が運んでくるものでございます」


 セバスが静かに言いました。


「では、最初の“漂流物”を歓迎しに参りましょうか」


 わたくしは、くすりと笑い、港へと足を向けました。


 ご苦楽シティの火は、じわじわと大きくなりつつあります。

 祖国で上がる黒煙は、その火に、また別の色を足してくれそうですわね。

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