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第7話 数字は正直ですわ 〜一割実験の結果発表〜

バルド商会との“一割実験”を始めてから、ちょうど一か月。


 ご苦楽シティの川沿い倉庫には、穀物の袋が前よりもだいぶ増え、

 港の出入りも目に見えて賑やかになっておりました。


「お嬢様、今月分の〆でございます」


 セバスが、分厚い帳簿と数枚の集計表を抱えて執務室に入ってきました。


「まあ、待っておりましたわ」


 わたくしはペンを置き、身を乗り出します。


「バルド商会の“節約額”の実測値、出ましたのね?」


「ええ、バルド商会分に加え、つられて実験に参加した二商会も含めて」


「ユリウス君、準備はよろしくて?」


「す、すでにばっちりです!」


 ユリウスは、机の端に追加の紙とペン、そろばんまで並べ、背筋をしゃんと伸ばしておりました。

 ここ一か月で、書類の山に慣れてきたせいか、目の下のクマも少し薄くなった気がいたしますわ。


「では、発表タイムですわね」


 わたくしは集計表を受け取り、ざっと数字を流し見ました。


「ふむふむ……」


 関税・市場使用料・倉庫料。

 それぞれの項目ごとに、

 「この町に下ろした場合」と「従来港に下ろした場合」の差額が記されています。


「セバス、あなたの事前試算では、“このくらいは節約できる”と見積もっていましたわよね?」


「左様でございますな」


 セバスが、別紙の試算表を横に並べました。


「では――実際は、どうなりましたの?」


 わたくしは、にやりと笑いながら数字を指でなぞります。


「……おお」


 ユリウスが、感嘆とも安堵ともつかない声を漏らしました。


「予定していた節約額より、多い……!」


「ええ。関税も、倉庫料も、“実際の運用”では、こちらのほうが少し有利に働きましたわね」


 わたくしは表をくるりとこちら向きにし、指で三つの数字を丸で囲みました。


「バルド商会分、一か月トータルで――

 “試算より一割増しの節約”達成ですわ」


「やりましたな、お嬢様」


 セバスが、珍しく満足そうに微笑みます。


「試算より悪ければ、お嬢様の財布から“広告費”を出さねばなりませんでしたが、

 この結果なら、逆に“宣伝材料”として使えましょう」


「もちろん、そのつもりですわ」


 わたくしは、ぱん、と手を打ちました。


「ではユリウス君、“成功報告用の資料”を作りましょうか」


「せ、成功報告……!」


「ええ。

 “バルド商会様、実際の節約額は、わたくしたちの謙虚な試算をさらに上回りましたわ”という、

 大変素敵なお知らせですもの」


「字面からしてもう営業だ……」


 ユリウスが小声で呻きました。

 ええ、その通りですわ。


「そして、この数字は――」


 わたくしは、別の紙を取り出しました。


「“まだ迷っている他の商人たち”向けの宣伝文句にもなりますの」


「具体的には?」


 レオンが興味深そうに身を乗り出します。


「“バルド商会様は、たった一か月でこれだけ節約しておられます”。

 “もし、あなたの商会も一割だけでも回してくだされば、同じような効果が期待できます”」


 ユリウスが、ぎょっとした顔でこちらを見ました。


「そ、それって、“バルド商会がもう得してる”って言ってるようなものじゃ……」


「事実ですもの」


 わたくしは肩を竦めました。


「しかも、細かい数字は“非公開”契約ですわ。

 具体的な額までは言えませんのよ?」


「でも、“どのくらい”かは、すぐに噂になるでしょうな」


 セバスが静かに補足します。


「“最近バルドさんのところ、帳簿の赤が減ったらしいぜ”とか」


「噂話は、多少脚色されるくらいが、ちょうどよろしいのですわ」


 わたくしは、くすりと笑いました。


◇ ◇ ◇


「それにしても……」


 ユリウスが、しげしげと表を眺めます。


「数字って、本当に正直なんですね」


「今さらなにを?」


 わたくしは少し首を傾げました。


「いえ。その、

 “優遇した分だけ、こっちの収入が減る”と思っていたんですけど」


「そう単純ではありませんもの」


 わたくしは、別の紙に、ささっと簡単な図を描きました。


「たとえば、今まで“十分”しか通っていなかった道に、“二十分”の荷物を通してもらえれば――

 “通行料”を半分にしても、総額は変わりませんわよね?」


「……あ」


「そして、“三十分・四十分”と荷が増えていけば――」


「半額にしても、むしろ“前より増える”……」


「そういうことですわ」


 わたくしは、ペン先でくるりと丸を描きました。


「“ひとりから多く取る”のではなく、“たくさんの人に少しずつ取る”ほうが、

 長い目で見れば安定しやすいのですのよ」


 ユリウスは、しばらく黙って図を見つめ――やがて、ぽつりと呟きました。


「……ぼく、いままで“税金”って、“上から押しつけられるもの”だと思ってました」


「まあ、実際その通りに扱われている国も多うございますけれど」


「でも、アメリア様のやり方って、“稼ぎ方の設計”なんですね」


「そこに気づかれるとは、なかなか見どころがありますわね、ユリウス君」


 レオンが感心したように笑いました。


「税と経済は“別物”じゃなくて、同じ鍋の中身だと、

 あなたは昔から言っていましたね、アメリア」


「ええ。

 “いくら皿を変えても、中身が不味ければ意味がない”と申し上げましたでしょう?」


「また食べ物の例えだ……」


 ユリウスがぼそっと漏らしました。

 いいのですわよ、分かりやすいのが一番ですもの。


◇ ◇ ◇


「さて。成功の数字も出ましたし――」


 わたくしは立ち上がり、窓の外の港を見下ろしました。


「ここからもう一段、“薪”を積み増していきませんと」


「具体的には?」


「商人向けの“第二弾キャンペーン”ですわ」


「第二弾……!」


 ユリウスが、なぜか戦慄したような顔をしております。

 大丈夫ですわよ、命までは取りませんもの。


「第一弾が“税優遇”だったなら、

 第二弾は“安全とサービス”でございますわ」


「安全……というと、治安ですか?」


「ええ。

 どれだけ税が安くても、“荷物が盗まれる可能性が高い港”には、誰も寄りませんもの」


 わたくしは、指を二本立てました。


「ですので、次にやるべきことは二つ。

 ひとつ、“港と倉庫の警備体制を整えること”」


「そして、もう一つは?」


「“商人たちが使いやすいサービス”を整えることですわ」


 ユリウスが首を傾げました。


「サービス……?」


「たとえば、“荷物の一時預かり”とか、“為替の両替所”とか。

 “支払いをこの港でまとめて処理できる仕組み”を作って差し上げるのですわ」


「銀行、みたいなものですか?」


「銀行ほど大げさではありませんけれど、

 簡易版くらいはあってもよろしいですわね」


 レオンが腕を組みました。


「なるほど。

 “税が安い”だけでなく、“便利で安全”なら、商人たちは戻ってくる……」


「ええ。

 “税は国の顔”、

 “港は商人の台所”ですもの」


「名言っぽいのに、どことなく食い意地が張って聞こえるのはなぜだろう……」


 ユリウスの呟きは聞かなかったことにいたします。


◇ ◇ ◇


「ではまず、“安全”のほうから整えましょうか」


「騎士団の増派を頼む必要がありますね」


 レオンが言いかけたところで、わたくしは首を横に振りました。


「もちろん騎士の方々の力も必要ですけれど――

 “それだけ”では足りませんわ」


「と、申されますと?」


「“困ったときにすぐ駆けつけてくれる顔なじみ”が、街のあちこちにいること。

 それが、一番の“安心材料”ですもの」


 わたくしはにこりと笑いました。


「つまり、“ご苦楽シティ自警団”を結成いたしますわよ」


「じ、自警団……!」


 ユリウスが青ざめました。


「お嬢様、まさか、また無茶な条件で募集を?」


「セバス、ひどい偏見ですわね。

 今回はとってもお得な条件にいたしますもの」


「……お得?」


「“給金の一部を、ご苦楽シティの共同基金に積み立てる”仕組みにいたしますの」


 レオンが目を瞬かせました。


「共同基金?」


「ええ。

 “街のインフラや治安に自分たちのお金が使われる”と分かれば――

 皆、自分から街を守るようになりますもの」


「なるほど……。

 “自分の店の前は自分で掃除しよう”の、治安版ですね」


 ユリウスが、ぽんと手を打ちました。


「その通りですわ、ユリウス君」


 わたくしは満足げに頷きました。


「あなた、だんだん話が早くなってきましたわね」


「アメリア様の言い回しにも慣れてきましたので……」


「それは慣れてしまってよろしいのか、少々疑問でございますな」


 セバスのぼそりとした一言に、執務室に笑いが広がりました。


◇ ◇ ◇


「では、次の一か月は――」


 わたくしは、新しい紙を机の中央に広げました。


「“数字を武器に、信頼と安心も売る”期間にいたしましょう」


 火種は燃え移り始めております。

 あとは、この街全体を、ちょうど良い火加減で焼き上げていくだけですわね。

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