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第2話 悪役令嬢財務卿? それはただの節約家ですわ

「……というわけで、アメリア様。

 我がライシア王国は、あなたを正式にお迎えしたく――」


「少々お待ちになってくださる?」


 レオンと名乗った青年の口上を、わたくしは片手を上げて制しました。

 彼は目を瞬かせ、後ろの騎士たちも一様に固まります。


「まず確認しておきませんと。

 ――殿方の口説き文句を、無職の女に聞かせるのは感心いたしませんことよ?」


「こ、口説……っ」


 レオンの端正な顔が、露骨に言葉を詰まらせました。

 後ろの騎士の一人が、ぷっと吹き出しそうになるのを、必死に堪えております。


「セバス、どう思いまして?」


「そうですな。

 いきなり“才能を存分に振るっていただきたい”などと申し上げれば、

 通常は求婚と受け取られても致し方ないかと」


「でございますわよねえ?」


 わたくしが相槌を打つと、レオンは珍しい生き物でも見たような顔をして、固まったままです。


「お、お待ちください。そこは誤解です。私は、あくまで財政面での――」


「分かっておりますわ。冗談ですのに、真に受けないでくださいます?」


 軽く笑ってあげると、ようやくレオンの肩から力が抜けました。

 ……まったく、真面目な人ほどからかい甲斐がございますわね。


「それで、レオン殿。お話というのは?」


「はい」


 レオンは一度姿勢を正し、真剣な眼差しでこちらを見据えました。


「先ほども申し上げた通り、我々ライシア王国は、

 以前よりあなた――アメリア様の財政手腕に注目しておりました」


「まあ」


「隣国として会談の議事録に目を通したり、貴国を行き来する商人たちから噂を集めたり。

 “ラグランジュ公爵令嬢が、実質的に王国の帳簿を握っているらしい”という話は、もはや公然の秘密でしたから」


「公然の秘密、ですって。

 殿下はきっと、その“秘密”すらご存じなかったでしょうね」


「それは……コメントを控えさせていただきます」


 レオンは苦笑してみせました。

 この青年、なかなかバランス感覚のある物言いをなさいますわね。気に入りました。


「そこで提案です」


 レオンはすっと片手を差し出し、言葉を続けました。


「我がライシア王国は今、国境沿いに“自由都市”を設ける計画を進めています。

 複数の国をまたぐ交易と人の往来を前提とした、新たな経済拠点です」


「自由都市、ですの」


「はい。その都市の財政と運営を――すべて、あなたにお任せしたい」


 大きく出ましたわね?


 わたくしは思わず、セバスに視線を送ります。

 セバスは特に驚いた様子もなく、わずかに目を細めておりました。


「具体的には?」

「え?」


 レオンが瞬きをします。

 わたくしはにっこりと笑顔を深めました。


「“すべてお任せしたい”と仰るのは簡単ですけれど、

 実際の権限と報酬の条件を伺わなくては、こちらも身の振り方を決めかねますもの」


「……なるほど。さすがは“悪役令嬢財務卿”」


「人聞きの悪い肩書きですこと。

 わたくしはただの、少しばかり節約家な淑女でしてよ?」


 セバスが、くつ、と喉の奥で笑った気配がしました。

 何か言いたげですが、黙っておられるところに年季を感じますわね。


「権限については、かなりの自由度をお約束できます」


 レオンはすぐに真面目な顔に戻り、淡々と条件を並べ始めました。


「まず、新設自由都市の税制と関税の設計権。

 次に、都市内の行政組織の構築、人員の登用権。

 それから、一定額までは王国からの初期投資をお約束し、その後の利潤は――」


「利潤は?」


「一定割合を、あなた個人への報酬として支払います」


 悪くありませんわね。


 王家直轄の新都市。税制の設計権と人事権。

 そして、そこから得られる利益の一部が、そのままわたくしの懐に入る。


 つまり――。


「真っ白な帳簿を一冊、わたくしに渡してくださる、という理解でよろしいかしら?」


 レオンの目が、面白そうに細められました。


「その表現、気に入りました。ええ、その通りです。

 白紙の帳簿に、あなたの好きなように数字と文字を書き込んでいただきたい」


「セバス?」


「……悪くない話かと存じます」


 セバスは、ほんの少しだけ頷きました。


「王太子殿下のような方がおられないだけでも、

 我々の血圧はだいぶ下がるでしょうからな」


「セバス、あなた最近、医者に血圧のことを言われました?」


「老体でございますので」


 まったく、この執事ときたら。

 でも、彼がここまであっさり賛成するということは、本当に条件は悪くないのでしょう。


「ひとつだけ」


 わたくしは、指を一本立てました。


「“自由都市”と仰いましたわね。

 そこに、“要らないもの”は置かないおつもりかしら?」


「要らないもの?」


「そう、例えば――」


 私は微笑を崩さず、さらりと言いました。


「既得権益にしがみつく無能な貴族とか。

 口だけで中身のない“改革者気取り”の殿方とか」


 レオンは一瞬目を見開き――すぐに小さく笑いました。


「ご安心を。

 そのような方々を送り込めば、自由都市計画そのものが頓挫しますからね」


「では、わたくしの条件はただひとつ」


 わたくしは、ふわりとドレスの裾を摘んで一礼しました。


「――口うるさいだけの無能は、一人たりともわたくしの“店”に入れないこと。

 よろしゅうございまして?」


「“店”、ですか」


「ええ。都市というのは、大きなレストランのようなものですわよ。

 客層、メニュー、内装、スタッフ。

 どれが欠けても、すぐに潰れてしまいますもの」


「……なるほど。興味深い比喩だ」


 レオンは感心したように頷きました。


「それで、お返事は?」


「そうですわね」


 わたくしは一度、窓の外に目を向けました。

 遠ざかっていく王都の城壁が、夕陽に赤く染まっています。


 ――あの城の中で、どれだけ数字を積み上げても、

 理解されることはありませんでしたわね。


 それならいっそ、最初から白紙の場所で。

 わたくしの“ご苦楽”な理想を、好き勝手に試してみるのも悪くありません。


「分かりました。お受けいたしますわ」


 レオンの目が、ぱっと見開かれました。


「ただし」


 わたくしは、にっこりと笑顔を深めます。


「もしその自由都市が倒産いたしましたら――

 あなたの国をまるごと売って、穴埋めしてさしあげますわね?」


「…………」


 レオンの背後で、騎士の一人が派手にむせました。

 セバスが、咳払いひとつで場を静めます。


「お嬢様、そのようなことが起きぬよう全力を尽くすのが、我々の仕事でございます」


「そうでしたわね。では、よろしくお願いいたしますわ、セバス」


「ははっ」


 レオンは一拍置いてから、ふっと笑いました。


「了解しました。どうか、遠慮なく我が国を使い倒してください、アメリア様」


「まあ、殿方に“使い倒していい”なんて言われたのは初めてですわ。

 責任、取っていただきますわね?」


「喜んで」


 この青年、案外ノリが良いではありませんの。


◇ ◇ ◇


 ――数時間後。


 国境を越え、ライシア王国の側へと入ったわたくしたちは、レオンの案内である高台へと向かっておりました。


「こちらが、自由都市予定地です」


 レオンが指し示した先を見て、わたくしは思わず眉を上げました。


 そこには、確かにかつて栄えていたであろう街の名残がありました。

 大きな川沿いに並ぶ石造りの倉庫。崩れかけた城壁。

 道の両側には店だったらしき建物が軒を連ねておりますが、今は半分以上がシャッター……いえ、板で打ち付けられて閉ざされています。


「戦乱と疫病のダブルパンチで、ここ十数年で一気に……」


 レオンが言いにくそうに説明しかけたところで、セバスがぽつりと呟きました。


「……いい“廃れ具合”でございますな」


「そうでしょう?」


 わたくしは、心から嬉しそうに頷きました。


「穴だらけの財政、ボロボロのインフラ、まともな貴族ゼロ。

 最高の素材ですわ」


 レオンがぎょっとした顔をして、わたくしを見ます。


「さい……」


「言い換えますわね。

 伸びしろだらけ、ということですのよ」


 わたくしはくすりと笑い、風に揺れる街並みを見下ろしました。


 人影は少ない。荷車もほとんど通っていない。

 けれど、川は静かに流れ、遠くには他国へと続く街道も見える。


「労働力は、近隣の村からある程度かき集められますわね。

 川を使えば、穀物と鉱石の輸送に向いていますし……」


 ぶつぶつと独り言を呟いていると、横でセバスが淡々とメモを取ってくれています。


「地図もございます、お嬢様」


 レオンが差し出した巻物を広げれば、老朽化した港湾設備や、使われていない倉庫群の位置が一目で分かりました。


「ここを市場に。ここを新しい宿屋街に。

 この一帯は職人の工房にして……」


 わたくしは指先で地図の上をなぞりながら、次々と頭の中で数字を組み替えていきます。


「まずは商人を呼び込まなくては話になりませんわね」


「しかし、今のこの街に、わざわざ商人が?」


「来ますわよ。条件さえ整えれば」


 わたくしは、にっこりと笑って見せました。


「関税を一時的に引き下げるか、一定額以上の取引には免税枠を設ける。

 倉庫の使用料は周辺諸都市の半額。

 その代わり、取引記録はすべてこちらで管理させていただきますの」


「……随分と大胆な減税案ですね。当面の歳入はほとんど――」


「お客様のいない店は、どれだけ値札を高くしても意味がありませんでしょう?」


 レオンの言葉を、わたくしは軽く遮りました。


「まずは“入店客数”を増やすのが基本ですわ。

 この街というレストランを、商人たちに“試していただく”ところから始めませんと」


「レストラン、ですか」


「ええ。メニューが足りなければ、職人を呼び寄せて新しい商品を作っていただきますし。

 内装がみすぼらしければ、最低限の道路整備と照明を。

 スタッフが足りなければ――」


「足りなければ?」


 レオンが身を乗り出します。

 わたくしはひょいとセバスを親指で指しました。


「執事が二、三人に分裂して働いてくださいますわ」


「お嬢様、分裂はいたしかねます」


「では、二、三人雇って、セバスに教育していただきましょうね」


「それならば、なんとか」


 そういう問題ではございませんわ、セバス。


 レオンはそんなわたくしたちのやり取りを見て、くすりと笑いました。


「……なるほど。噂に違わぬお方だ」


「まあ。不名誉な噂でなければいいのですけれど?」


「“ラグランジュの悪魔”とか、“帳簿の女帝”とか」


「誰ですの、その舌の根を抜きたくなるようなあだ名を付けたのは」


 レオンがさりげなく視線を逸らしたのを、わたくしは見逃しませんでしたわ。


「ま、よろしいですわ。

 せっかくですもの、その通り、悪魔のように数字を操ってさしあげます」


 わたくしは風に髪をなびかせながら、まだ眠るこの街を見下ろしました。


「ようこそ、破綻寸前世界の――ご苦楽シティへ。

 さあ、オープンの準備を始めましょうか」


 それが、わたくしの第二の人生の、最初の一歩でしたの。

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