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無自覚な悪役令息は無双する  作者: ひよっと丸


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第5話 天変地異がやってきた


「マイヤー子爵令息レイミ―殿」


 学園での授業が終わり、生徒たちが帰宅する中、いかつい声の騎士が教室に向かって声を上げた。

 おそらく相手の姿が分からないのであろう。一見堂々とはしているものの、目線だけがきょろきょろとさまよっているのがうかがえた。

 だが、わかっていても誰もそんなこと指摘などできるはずがなかった。


「あ、の、何の御用でしょうか?」


 教室の後ろの方から小さな人影が出てきた。栗毛の髪に、緑の目、鼻の頭の辺りにはそばかすが浮いている。制服の襟元から控えめにチョーカーが見えた。成人した騎士は、教室にいる生徒たちから見れば、もれなく大男である。目の前に現れた小柄ないかにもオメガな男子学生からすれば、騎士は大きくて恐ろしいだろう。騎士は宰相に言われたことを思い出し、慌てて膝をついた。


「レイミー殿でいらっしゃいますか」


 大きな騎士が目の前で膝をついたものだから、レイミーは驚いて目を見張った。


「はい」


 そう返事をしてくれたので、騎士は心の中で安堵した。怖がられて泣かれでもしたら一大事だ。とにかく穏便に馬車に乗せて連れてくるよう言われているのだ。騎士は頭の中で素早く計算をする。目の前に立つレイミーはオメガなのにアルファの自分を怖がってはいない。堂々としているわけではないが、それでも怯えることがないことに感心してしまった。それに、ひょっこりとやってきた割には、ちゃんとカバンを持っている。これは好都合としか言いようがなかった。


「あなた様をお迎えに上がるよう仰せつかっております」


 恭しくそう告げると、レイミーは目をまん丸にした。そうして、そんなことを告げた騎士をその大きな瞳で見つめてきた。そのちょっとした小動物じみた仕草は、アルファの騎士にとってはなかなかのダメージだった。騎士の心の中に可愛いが大渋滞を起こしている。だがしかし、そんなことを表に出すわけにはいかないので、騎士は鯱張ったまま話を続ける。


「馬車のご用意がございます」


 そう告げれば、レイミーはまたまた驚きの表情になった。


「え?馬車ですか?」


 それだけ驚いたが、手にしたカバンは手放さない。貧乏子だくさんのマイヤー子爵家長男であるから、レイミーはとっても物を大切にしているのであった。このかばんはきっと双子の弟のどちらかが使うかもしれないのだ。できるだけ傷がつかないように取り扱わなくてはならないのである。


「はい。ご同行いただけますか?」


 そんなことを言っても、レイミーに断りを入れるなんて選択肢などない。なにしろ下級貴族で貧乏なのだ。迎えの馬車に騎士付きができるような財力のある人物に逆らうなんて、頭の片隅にも思い浮かばないのである。もちろん、ハイ喜んで。なんて口にはしないが、心の中では盛大に大歓迎のレイミーなのである。クラスメイトに見守られながら、レイミーは教室を後にした。いつもならレイミーが見送る側なのだが(爵位が下だから)、今日は見送られる側だ。


「それではみなさまごきげんよう」


 軽く会釈をしてくるりと向きを変える。きれいなターンが決まってレイミーは内心大喜びだ。授業で習ったものの、活躍の機会が皆無だったからである。ようやく日の目を見たお別れの挨拶からのターンが気持ちよく決まり、レイミーは思わずスキップを踏んでいた。本人はまるで気が付いてなどいないのだけど。後ろを歩くレイミーの足音がやけにリズミカルで、騎士は後ろを振り返りたくて仕方がなかった。どう考えてもオメガはかわいいのである。だがしかし、騎士の立場として振り返ることは許されなかった。でもきっと、背後を歩くレイミーがかわいいことをしていることぐらいわかっている。わかっているのに見てはいけない。騎士は仕方なく、レイミーとの距離を確認するだけ、と自分に言い聞かせ、廊下のガラスにチラと目をやった。そして、想像通りの光景を見てしまい、心の中で盛大に鼻血を流したのであった。


「段差にお気をつけください」


 騎士がレイミーにそう告げた。


「段差」


 今更だけど、レイミーの家は貧乏子沢山を地で行く子爵家だ。当然ながら、馬車など所有してなんかいない。馬車を買うお金なんてなければ、馬を買うお金もない。もちろん馬丁を雇うなんてもってのほかだ。そもそもメイドだっていないのに。だからこそ、レイミーは今困惑していた。馬車に乗るのにこんなに段差があるだなんて知らなかったのだ。だってレイミーは徒歩で学園に通っているからだ。とは言ってもまだ一週間程度しか経ってはいないけれど。


「お差し支えなければ、お手を」


 騎士がスっと差し出した手をレイミーは見つめた。手をどうするのか全く分からないからだ。白い手袋をした騎士の手は、とても大きかった。よく分からないながらも、レイミーはその手のひらの上に自分の手を乗せてみた。

 うん、なかなかに安定感がある。頑張ってそこに体重をかけるようにして段差を登る。少しふらついたけれど、なんとか登れた。だがしかし、登った先の馬車の中、レイミーは戸惑った。そう、どこに座ればいいのか分からないのだ。


「あ、あの……僕はどこに座ればよろしいのでしょうか?」


 カバンを持ったまま、レイミーは下にいる騎士に聞いてみた。もし、誰か他の人も乗るのなら、馬車の進行方向から言ってレイミーが逆向きに座らなくてはならないだろう。だってレイミーは子爵家の息子だから。


「お好きな場所にお座り下さい。……レイミー殿しか乗りませんので」


 騎士は一瞬レイミーの問いかけの意味が分からなかったが、すこし考えて言葉を付け加えた。そう、黒塗りの箱馬車にはどちらの家の家紋も着いてなどいない。まぁいわゆるお忍び用の馬車なのだ。乗り込んでからレイミーも気がついたのだろう、誰も乗って居ないことに。だからこそ、レイミー一人しか乗らないことを教えなくてはいけなかった。


「はい、分かりました」


 そうは言われても、どうにも落ち着かなくて、レイミーは何となく端に座った。手にしたカバンを座席に置くなんて考えられなくて、自分の膝の上に置く。馬車のふかふかの座面は、レイミーの家のどの椅子よりも座り心地が良かった。

 騎士が扉を閉めると、馬車が走り出した。多少揺れはするものの、レイミーが、思っていたよりも大変乗り心地が良かった。やはり座面がフカフカだからだろう。窓の外を眺めていると、騎乗した騎士が隣に並んだ。


「レイミー殿伝え忘れていました。カーテンを閉めてください」


 カーテンどころか窓迄開けていたレイミーは、慌てて窓を閉めてカーテンも閉めた。まだ午後の太陽の明るさで場所の中は柔らかな光に包まれた。


「なんかすごい、僕お姫様みたいだ」


 呑気にそんなことを考え始めたレイミーは、初めての馬車の揺れに身を任せるあまり、そのまま眠り込んでしまったのだった。

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