第4話 聞いてないよ。から始まる大事件
「へ、え?は?ああ、いや、はぁぁぁあ?」
想像の斜め上だった。いや、考えたこともなかった。
当たり前だ、マイヤー子爵は下級貴族、しかも貧乏子だくさん。下級役人で領地がない。かわいいオメガの息子に抑制剤さえ買ってやれないほどなのだ。そう、オメガは金がかかる。三か月に一度やってくる発情期は、誘惑のフェロモンをまき散らしアルファを誘うから、番のいない伴侶を持たないオメガは、鍵のかかった部屋の中に閉じこもり、発情期が終わるまで過ごす。平民なら教会の地下室が定番だ。貴族なら、そこは安全のためにしっかりとした部屋を用意して、オメガが安全に過ごせるように高い抑制剤を用意するものだ。が、マイヤー子爵は貧乏子だくさん。オメガの息子に鍵のかかった自室は用意できても、抑制剤は用意できなかった。
だがしかし、今マイヤー子爵の目の前に置かれた書類には、抑制剤は体質に合わせたものを都度用意する。と書かれてあるし、専用の部屋と専属の使用人を用意する。とまで書かれていた。
何よりも一番の驚きポイントは、国王アルベルト陛下という文字だ。
それはつまり、マイヤー子爵のオメガの息子の相手は、目の前にいる宰相閣下のアルファの息子ではない。ということで……
「内容は理解してもらえたかな?マイヤー子爵」
宰相はとても落ち着いた声で聴いてきた。しかも、優雅にカップを持ち、紅茶を楽しんでいた。其の紅茶はさきほどマイヤー子爵が飲んだものと同じなのだが、飲む人が変われば、こんなにも優雅なひと時になるのであった。
「はい、しかし、その、息子はまだ」
マイヤー子爵の息子はまだ十五歳。この間学園に入ったばっかりだ。成人するにはあと一年かかる。それに、買いそろえた学用品や制服のことを考えると、マイヤー子爵は泣きたくなってきた。
「そのことなら心配しないで欲しい。御子息がまだ十五歳で、学生なことぐらいわかっているよ。だから、そう、十六までは愛妾、寵姫、そんな待遇になってしまうことを許してほしい」
宰相としては、成人していないから側室として向かい入れるまでは侍女見習い程度の待遇にはなるが、国王の後宮としては予算がたっぷりとあるから安心してほしい。そんなつもりだった。
「いや、でも」
まだ学のない息子では、国王陛下にどんな粗相をしてしまうか気が気でないのだ、マイヤー子爵は。
「本日から居を後宮にうつしてもらい、学園には後宮から通ってもらって構わないのだよ」
宰相に言われ、マイヤー子爵は喉を鳴らした。単純に食い扶持が一人減る。
「それから、御子息次第ではあるが、陛下に気に入られればお手当も弾んでいただけるだろう」
そう言って、にんまりと笑う宰相に、マイヤー子爵は何度も首を縦に振るのであった。
「では、こちらをお使いください」
次の秘書官がペンとインクを出してきた。
ペンもインクも魔道具である。マイヤー子爵がサインをして、そこに宰相が印を押せば契約は結ばれる。
「は、はい」
返事をしながらマイヤー子爵は吐き出しそうだった。この書類にサインをすれば、支度金としてマイヤー子爵家に自分の給金の十年分が支払われるのだ。着の身着のままで学園から後宮にはいるオメガの息子に、支度金が支払われるのだ。城に上がるために恥ずかしくない二頭立ての馬車に、その日のための豪奢な衣装、親として恥ずかしくないようマイヤー子爵夫妻のための衣装、そう言ったものをそろえるための支度金だ。
「馬車や馬ていはこちらで用意をするから、届いたら支払いをするように」
宰相がさも当たり前のように告げた。
「はい」
マイヤー子爵は短く返事をして改めて書類に向き合った。背筋を正してペンを握りしめる。ゆっくりと呼吸をしてペンを走らせサインをした。すると、魔道具である書類が光った。そこに宰相が印を押すと、魔力により契約が締結した。
「馬ていはそちらに住み込みになるから、使用人部屋を早めに用意しなさい。メイドを何人かそちらに回そう。執事もいないと聞いている」
契約が決まった途端、宰相が矢継ぎ早に言い出した。
「はい、お恥ずかしい限りで」
マイヤー子爵は恥ずかしくなって下を向いた。
「ご子息が恥をかかぬよう、一年でそちらの体裁を取り繕わなくてはならない。わかるな」
宰相に言われ、マイヤー子爵は頷いた。
「私が紹介状を持たせた者を近日中にそちらに向かわせるから、素直に迎え入れてくれよ」
マイヤー子爵は何度も首を縦に振り、その日は宰相閣下が用意した黒塗りの馬車で帰宅したのだった。
この一部始終を見ていた侍女は、その日の食堂で大勢に囲まれたのであった。




