第38話 大変おめでたいことのようです
「こちらをどうぞ」
眠気まなこのレイミーの前に出されたのは、白く可愛らしい形の何か。銀のぼんに乗せられているから、何か特別な品なのだろう。
「これは何?」
しげしげと眺めてみたけれど、全くレイミーには分からない。オマケになんの匂いもしない。いいや、強いていえばどこかからうっすらと甘い匂いがする。
「こちらは祝い菓子にございます」
「祝い?お祝いのお菓子?なんのお祝いなの?」
ほややん、とした顔でレイミーが可愛らしく訪ねれば、後宮の女官であるセシリアは小さく咳払いをしてレイミーの傍らに膝を着く。
「こちらは、レイミー様がめでたく国王陛下アルベルト様の番様となられたお祝いのお菓子にございます」
ゆっくりとそう言われ、レイミーは大きな瞳を瞬かせた。
「番様?」
はて、なんだっけ?レイミーは考える。後宮に来た時に聞いた話では、たしか側室になれたら給金が増えるのではなかっただろうか?番とはなんだっただろうか?なにか、本で読んだ気がする。
「発情期を迎えられて、レイミー様は国王陛下と無事に番になられましたでしょう。……ああ、見えませんものね」
セシリアは慌てて侍女を呼び、大きな鏡をレイミーの前に用意させた。
「レイミー様、今から鏡に写しますから」
セシリアはそう言って大きな鏡にレイミーの後ろ姿を映し出した。
「もう少し近づけて」
正面で、大きな鏡を持つ侍女に指示を出す。そうすると、レイミーの正面の大きな鏡に段々とレイミーの首筋が映し出され、髪の毛の生え際の辺りに何やら赤い痕が見えた。よくよく見てみれば、レイミーの首にチョーカーが付いていない。マーガレットとリリィから贈られた黒い宝石の付いた綺麗なチョーカーだ。
「あれ?僕、チョーカーをつけてない……それに、この首の後ろ、なんか赤い」
どうなっているのだろう?とレイミーは鏡を見ながら該当の辺りを手でまさぐってみた。右寄りの首の後ろになにやら膨らみがある。傷が塞がって肉が盛り上がっているのだ。ポコりとした小さな膨らみは二つ。大きさは不揃いだ。
「発情期にアルファとオメガが繋がって、アルファがオメガの項を噛むと番が成立するのですよ」
今更ながらの説明をセシリアがすると、レイミーの表情がばぁっと、明るくなった。
「そうだ、そうでした。だから僕チョーカーをつけていたのだった。うわぁ、僕つがったんですね」
鏡を覗き込みながら、レイミーは首の後ろにある傷痕を何度も確認した。
「僕のお仕事大成功ですか?」
無邪気に聞かれれば、素直に答えるしかない。
「はい。もちろんで御座います」
セシリアに褒められて、レイミーはふんすっと鼻を鳴らすと、目の前に出された祝いの菓子に手をつけた。手にした感じでは、どうにも堅い。レイミーはこんなにも堅いお菓子を未だかつて見たことがなかった。だが、祝いの菓子として振る舞われるのだから、食べられないわけが無い。なんだかよく分からないけれど、白く可愛らし見た目と、ほんのりと香る甘い匂いにレイミーは思い切って口を開いた。
「かひゃい」
ガブリと噛み付いて見たけれど、どうにもこうにも固すぎて歯が立たない。
「レイミー様、その、その菓子はとても堅いのです。ですが、祝いの菓子なので刃物を使うことは出来ないのです」
なにやら後付けのようにセシリアに説明されたけど、今更すぎた。もうレイミーはかじりついてしまったし、あまりの硬さに少しだけ目じりに涙が浮かぶ。
「ううん、でも食べたいです。ちょっと食べれたけど、とっても甘いです」
レイミーの口の中に小さな白い塊が見えた。
「ええとですね、レイミー様。こちらの菓子は焼き菓子を砂糖漬けしまして、回りを砂糖で固めてあります。とても日持ちのする菓子でございます」
「ふぇ」
うん。聞いただけでどれほど甘いのか想像がつかない。焼き菓子を砂糖に漬けて更に砂糖で固めた?そんな甘さの暴力みたいな食べ物がこの世に存在していただなんて、そんな食べものどこにある?ここにある。レイミーの口が間違いなく確認をした。固くて甘い。とんでもない食べ物だ。
「ですから、あの、レイミー様。少しづつお召し上がりになってください」
セシリアは、そう言ってお茶の支度を急がせた。鏡を持っていた侍女は鏡を元の場所に戻すと慌ててワゴンを押してきて、慣れた手つきで白磁のカップに茶を注いだ。
「こちらで口を潤しながらお召し上がりください」
「はーい」
返事だけはちゃんとするレイミーなのであった。
どうにもこうにも堅い祝いの菓子は、非力なレイミーでは割ることが出来ず、少しづつかじることしか出来なかったが、そのおかげでレイミーはその甘さを堪能していた。
「レイミー様、この度はおめでとうございます」
祝いの菓子にかじりつくレイミーに、セシリアが改めて膝を折った。
「?ありがとう」
よく分からないままレイミーは返事をした。
「この度レイミー様は国王陛下アルベルト様の番様となられました。つまりレイミー様は側室となられたわけにございます」
「ふぇえ、僕側室になれたの?本当に?」
「はい。隣国の姫ロレンシア様も番なられたよし、一日おいて、レイミー様は側室となられました」
「うわぁ、僕お仕事大成功したんですね。良かったぁ」
無邪気に喜ぶレイミーを見て、セシリアは内心ほっとした。唯一の後宮の主であったレイミーが、ロレンシアを疎ましく思わないか不安だったのだ。もちろん、ロレンシアが妃である以上レイミーは側室にしかなれないわけで、ロレンシアからすれば側室であるレイミーの存在が邪魔だろう。だがしかし、誰もが知りながらけっして口にしていない真実がある。だからこそ、後宮の主として君臨するのはレイミーなのだ。幼いと言うか、少し世間知らずのレイミーは、嫉妬などといった感情があまりないらしい。
「レイミーはいるか」
そんな時、先触れもなく現れたのはアルファの国王アルベルトだった。
「陛下、先触れがございません」
「良いでは無いか、私のオメガに会うのになぜそのような事をせねばならぬ」
セシリアを制し、アルベルトはレイミーの隣に当たり前のように座った。
「その菓子は堅かろう、割ってやるからよこしなさい」
そう言って、レイミーの返事も待たずにアルベルトは白い祝いの菓子を小さく砕いてしまった。
「えええ、そのままかじりたかったのに」
レイミーが、予想外の言葉を口にしたのでアルベルトは大いに慌てた。いやいや、かじれるわけが無いだろう。砂糖がカチカチに固められているのだ、日持ちがするようにである。この菓子、何もしなければ一年は日持ちがしてしまうのだ。そのくらい甘くて、堅く作られているのである。
「この菓子は、番となった。つまり発情期が開けたオメガがすぐに栄養を取れるようにと作られた菓子だ。こうして番のアルファがオメガに食べやすいようにするのも大切な習わしなのだぞ」
「そうなんですかぁ、僕なんにも知らないから陛下のお話はためになります」
純新無垢なレイミーは、素直にアルファの国王アルベルトの言うことを受け入れる。まぁ、その話はいくつかある習わしの一つではあるから、満更嘘でもないのだけれど、本来はかじるふりだけをして、つがっときに出来た赤子の出産祝いの時に食べるのだ。だから一年ほど日持ちがするのである。命懸けの出産の直後にエネルギーを補給すると言う意味合いの方が強いのだが、この平和なの世の中、後宮が何日もかたくとざされるなんて事はなくなったので、食べたい時に食べればそれでいいのである。
「陛下も食べますか?」
「ん?いや、それは……」
「はい、あーん」




