第3話 それは不幸か幸運か
「単刀直入に言う、マイヤー子爵、そちらにオメガの息子がいるな?」
促されるまま椅子に座り、あろうことか宰相閣下と向かい合うように座ったところでそう切り出された。
確かにいる。
十五になってようやく学園に入学させることが出来た長男だ。貴族の子弟なら十三から入学することの方がポピュラーなのだが、マイヤー子爵には家庭の事情があった。子沢山なのだ。その長男の下には双子の妹と弟がいて、さらに弟がいる。
有り体にいえば貧乏子沢山。
困ったことに、貴族の嫁入りは支度金がいる。オメガの長男は嫁入りする立場だ。学園で伴侶を見つけて貰いたい。その下の双子の妹、この2人もいずれは嫁ぐ。この時点で3人分の支度金が必要だ。跡継ぎが必要だ。生まれた男子は双子だった。双子4人がベータだと判明した時、マイヤー子爵は油断した。そのおかげでもう一人息子が生まれてしまった。養育費だけでいっぱいいっぱいだ。
そんなわけで、オメガの長男は学園に入学するのが十五になってしまった。制服の代金だって馬鹿にならないからだ。来年には双子の娘の制服を用意しなくてはならない。費用は2倍だ。再来年は、また双子の息子の制服を用意しなくてはならなくて……マイヤー子爵の家計は火の車なのだ。
だから、こうして宰相閣下に個別で呼び出されたということは、非常によろしくない。話の流れから言って、オメガの長男になにかがあったということなのだろう。
マイヤー子爵はゴクリと唾を飲み込んでから返事をした。
「はい、おります」
心臓が早鐘を打ち、背筋には冷たい汗が流れる。貧乏子沢山なマイヤー子爵は、仕事の制服も一着しか持っていない。下級役人は3年に1度しか支給されないからだ。
「婚約者はいるか?」
続けてきた質問に、マイヤー子爵の思考が止まった。
いま、なんて?
「え、あ……そ、その」
言葉に詰まった。
確か、宰相閣下の家にはアルファの息子がいた。学園に通っていたはずだ。まさか、まさか、見初めたとでも言うのだろうか?無理だ。無理である。宰相閣下の家は公爵家、支度金など用意出来るわけが無い。
「いるのか?」
宰相閣下の顔がマイヤー子爵の直前に迫った。
これは怖い。圧迫面接である。
いない。と、素直に答えればいいのか、嘘をついた方がいいのか。マイヤー子爵には判断が出来なかった。何しろマイヤー子爵家は貧乏なのだ。領地を持たない名ばかりの貴族。下級役人としての給金しかない貧乏貴族なのだ。
「……ぅう、おりま……せん」
宰相閣下の圧に負け、マイヤー子爵は素直に白状した。支度金の用意など出来ないから、息子をずっと隠してきた。十五でようやく学園に通わせたのは、第二次性が、安定する年頃だからだ。さすがに成人する年齢ならば、学園とは言えどおかしな事をする生徒は居ないだろう。なんなら、高位貴族の娘ほど、十五からしか学園に通わせない。そこでさっさと婚約者を見つけるのがポピュラーなのだから。だから、マイヤー子爵もそれに習った。ことにしてある。
「おらぬのだな」
宰相が、大きな声で確認をしてきた。
「はい、おりません」
これはやはりそうだ。宰相閣下の息子のアルファが、自分の息子のオメガを見初めてしまったのだ。マイヤー子爵は深くうなだれた。公爵家に嫁ぐにあたり、支度金は金貨何枚必要なのだろう。そんな大金用意出来るわけが無い。何とか免除して貰う策を考えなくてはならない。マイヤー子爵の頭の中では、必死の計算が行われていた。
「…………で、どうだろう?」
宰相閣下が、何かを言ってきた。
「は、はいっもちろんでございます」
よく聞き取れなかったが、とにかく返事をした。なにか条件を出されたとしても、文句など言える立場では無い。とにかく穏便に、金のかからない方向で話をまとめたい。マイヤー子爵はその事で頭がいっぱいだった。
「そうか、それではすぐさま書類を用意する。ここでそのまま待ちたまえ」
宰相閣下が大きな扉から出ていった。
すぐさま書類を用意すると言って。
書類の用意。
「ど、どんな内容になるんだ。ああ、恐ろしい」
マイヤー子爵が頭を抱えていると、軽いノックの音がして、城の侍女が入ってきた。銀色のワゴンを押して、マイヤー子爵の座る椅子の横で止まった。
「紅茶でよろしいでしょうか?」
侍女はありえない質問をしてきた。
紅茶でよろしいか?なんて、では断ったら代わりにが出てくるというのだろうか?と、言うより、飲み物に選択肢があるなんて、そんな贅沢をマイヤー子爵は知らない。
「は、はい。よろしくお願いします」
何に対してお願いをしているのか、口にしたマイヤー子爵本人が一番よくわかってなどいなかった。だから、侍女は黙って紅茶をいれた。いつも通り、宰相閣下が飲むやつだ。だから当然お高いやつだ。薫り高く品質のいいやつだ。違いの分からない男、マイヤー子爵は出された紅茶を、味のわからないまま飲んだ。鼻から抜ける何とかとか、渋みの向こうに何かがあるとか、そんな気の利いた感想などマイヤー子爵の口から出るわけなどない。マイヤー子爵の口から出るのはため息だけだ。だって、どんなに頑張ったって公爵家に嫁ぐための支度金何て用意できないのだから。
そんなマイヤー子爵を、侍女は完全なる無表情で見ていた。
ありていに言えば興味がわかなかったからだ。
だって目の前にいるのは下級役人だ。下級貴族がなれる一番下の役人なのだ。侍女はそれでも伯爵家の三女であるから、それでもなんとなくは高いプライドは持ち合わせていた。だから、仕える宰相閣下の大切な客人を完全なる無表情で観察しているのだ。はたしてこの出会いは益となるのか否か。
「お代わりはいかがですか」
それとなく声をかければ、マイヤー子爵の肩が面白いほどに反応した。当然紅茶と一緒に出された菓子は手つかずであったから、侍女はそれとなくマイヤー子爵に促した。
「ミルクティーの方があうかもしれませんでしたね」
ふわりと香り立つミルクティーがマイヤー子爵の前に出された。それを見て、ようやくマイヤー子爵は気が付いた。その隣には焼き菓子がある。手を付けないだなんて、大変だ。
「おお、確かに」
なんて言ってミルクティーを飲んでみる。だが、実際味わってなどいられないほど、マイヤー子爵は落ち着きがなかった。
「待たせてすまなかったな」
マイヤー子爵が三杯目のお茶を飲み干して、さすがに腹がいっぱいになった時、ようやく宰相閣下が戻ってきたのであった。
「はっ」
なんとも聞き取りにくい返事をして、マイヤー子爵は立ち上がった。下級貴族で下級役人であるから、役人の最高位である宰相がやってきたのであっては、座ってお迎えするわけにはいかないのである。ガタン、まではいかなかったが、それなりの音を立ててマイヤー子爵は立ち上がった。そうして帰ってきた宰相閣下を見れば、後ろに秘書官が三人もついてきていた。
何たることとマイヤー子爵は背筋を正す。伸ばしすぎて後ろにひっくり返りそうなほどだ。それを黙って見守る侍女は、間違いなく今年最高の噂話になるであろうこの状況に対して、きっちりと蓋をした。追い出されてはたまったものではない。
「ああ、すまない」
宰相の発言を受け、侍女は素早くテーブルの上を片付けた。浄化の魔石が練り込まれた布巾でひと撫ですれば、マイヤー子爵がこぼしたクッキーのくずもきれいになくなるというものだ。
「さて、マイヤー子爵、本題に入ろう」
マイヤー子爵の正面に座った宰相の目は本気である。マイヤー子爵はゴクリと唾を飲み込んだ。
「こちらの書類を読んでください」
秘書官の一人が文箱を開け、恭しくマイヤー子爵の前に書類を一枚置いた。書類には何やら難しい言葉が並んでいる。きっと婚姻の条件なのだと思い込んでいるマイヤー子爵は、金額だけを先に見て、大いに驚いた。自分の給金の10年分が記されていたのだ。これは大変だ、払えるわけがない。マイヤー子爵はもはやパニックに陥っていた。
「さささささささささ、さ、さい、宰しょ、さい、宰相閣下ぁ」
そんな風に慌てふためくマイヤー子爵を見て、宰相はまあ当然の反応だと思い、すこし様子を見ることにした。普段からこの手の書類は見慣れているはずだから、内容に驚いたのだろう。なにしろ破格の契約である。下級役人では想像もつかない金額が記されているのだが、この程度の金額は後宮では当たり前の額なのだ。一呼吸おいて落ち着くのをまってみたが、マイヤー子爵の目はまだまだ落ち着く様子はなかった。
「…………」
察した侍女が、優しくマイヤー子爵の背中をさすった。下級役人の制服の生地は薄い。ダイレクトに感じた侍女の手の温かさに、マイヤー子爵は我に返った。
ハクハクと口を動かして、何かを訴えようとしたが、すでに気付いている秘書官が、書類を指さして読むように促した。
「マイヤー子爵家嫡男レイミーを第48代国王アルベルト陛下の後宮に迎え入れる。条件一つ、給金は…………」
落ち着いて、いつものように書類に書かれた文言を読み進める。なにかおかしな点はないか、文法に誤りはないか、金額に不備はないか、そうして読み終えた時、マイヤー子爵はようやく事の重大さに気が付いたのだった。




