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無自覚な悪役令息は無双する  作者: ひよっと丸


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第28話 お約束の悪役令嬢?


「レイミー様、昨日は本当に楽しかったのですね」


 ウキウキが止まらないレイミーは、昼食の為に食堂へと向かうのにも軽くスキップをしていた。その様子を微笑ましいと思いつつも、同じクラスのお友達アルファの公爵令嬢エミリアは軽く目を逸らす。なぜなら、レイミーはアルファの国王アルベルトの大切なオメガだからだ。他人のオメガを愛でるなんて、アルファとして有るまじき行為である。

 そんな2人のやや後ろにいる騎士は第二騎士団騎士である。貴族籍をもつベータの騎士だ。国王陛下アルベルトの指示によりレイミーの護衛は第二騎士団の騎士と決められている。


「今日はトマトのスープですね」


 食堂の前まで来て、レイミーはうっとりとした顔で言った。レイミーは学園の食事が大好きだ。昨年まではエミリアと2人だったけれど、今年からは学園に入学した双子の妹も一緒に昼食が取れることになったからだ。だれかとお喋りをしながら食べる食事は一段と美味しいものだ。

 給仕が押すワゴンを見て、レイミーの顔がほころんだ。メインが白身魚のムニエルだったからだ。酪農で飼育されている牛や豚と違い、海や川で漁をしなければ手に入らない魚は高価な食べ物なのだ。貧乏子沢山であったマイヤー子爵家時代、魚だけはさすがに採ってくる事が出来なかった。さすがに貴族が川で食事のために魚釣りなど出来なかったからだ。レイミーはますますウキウキが止まらなくなり、少し歩く速度が早まった。


「きゃああ」


 その時だった。レイミーに激突する一人の令嬢がいた。何かにぶつかったのか、蹴躓いたのか、なんにせよ悲鳴をあげてレイミーに激突して、その弾みでレイミーの体が横に飛んだ。


「レイミー様っ」


 エミリアが驚いて手を伸ばしたが全く間に合わなかった。レイミーの軽い体はエミリアの隣から、先程レイミーが眺めていた給仕の押すワゴンに衝突してしまった。

 ガチャーン

 金属がぶつかる音と陶器の食器がぶつかる音が同時に響いた。突然の出来事に驚いて目を見開いたまま微動だにしない給仕が棒立ちをしていた。


「うわぁぁぁん」


 ワゴンの横に座り込むような体勢になってしまったレイミーが大きな声を出して泣き出した。慌てて駆け寄るエミリアと騎士に気圧されて、給仕は顔を青くした。絶対に近付いてはいけないと言われていたご令息が目の前でトマトスープを被って泣いているのだ。


「レイミー様、お怪我はございませんか?」


 エミリアがポケットからハンカチを取りだし、とりあえずレイミーの顔を拭いた。飛び散った何かの汁らしきものが頬の辺りについてはいたが、問題はそこではなかった。ワゴンに乗っていたトマトスープは、あろうことかレイミーの太もも辺りに全てこぼれていたのだ。


「うわぁぁん、制服が汚れちゃったよぉ」


 確かに、レイミーの制服のズボンは見事にトマトスープの色で染まっていた。だが、言うことはそこでは無い。そこではないのだ。


「レイミー様、直ぐにお召換えを致しましょう」


 エミリアがそう声をかけるが、レイミーの耳には届いていないようで、レイミーは声を上げてただ泣きじゃくる。仕方なく騎士がレイミーを抱えあげ、小走りにレイミー専用の食堂へと向かった。

 残されたのは青ざめた顔の給仕とレイミーにぶつかった令嬢だった。


「「お兄様、大変」」


 トマトスープにまみれたレイミーを見て、妹2人が同時に声を上げた。泣きじゃくるレイミーを無視して汚れた制服を脱がしにかかる。


「ダメだよ、レナとアナの制服まで汚れちゃう」


 レイミーはグズグズしながらも自分で汚れた制服のズボを脱いだ。


「火傷はございませんか?」


 エミリアがぬれたタオルをすぐさまレイミーの太ももに当てた。もちろん、これはアルファの国王陛下アルベルトの大切なオメガであるレイミーの肌を人目に晒さないためだ。何しろタオルを当てたエミリアだって、アルファなのだから。


「うん、どこも痛くないよ」


 グズグズしていたレイミーであったが、双子の妹であるレナとアナに心配をかけるわけにはいかないと、お兄ちゃんの気持ちがムクムクと湧き上がった。


「大丈夫、僕はどこも痛くない」


 自分の体をじっくりと確認して、レイミーは答えた。

 確かに、制服を脱いで下着姿になったレイミーの体には、どこにも怪我の様子はなく、エミリアがタオルを当てた太ももの辺りでさえ赤くなってはいなかった。


「どうしよう。制服が汚れちゃった」


 トマトスープの色に染まった制服を見てレイミーが悲しそうな顔をした。まるで雨に打たれた子犬のようだ。


「ああ、騎士様の制服も汚れてる。どうしよう」


 トマトスープを被ったレイミーを抱き抱えて運んできたから、騎士の白い騎士服の胸の辺りがほんのりとトマトスープに染っていた。


「心配には及びません」


 騎士がすぐさまポケットから何かを取り出した。


「それは何?」


 白い石鹸のようにも見える手のひらサイズの石を見せられて、レイミーは小首を傾げて考える。だって、初めて見たのだから。


「コレは浄化石です」

「浄化石?」

「はい。汚れを綺麗に落とします」

「汚れを綺麗に?」


 レイミーの瞳がキラキラと輝いた。

 今、この騎士はなんと言っただろうか?なんだかとても素晴らしいことを口にした。なにしろ貧乏子だくさんのマイヤー元子爵家には浄化石だなんて高価な道具は一切なかったのだ。だから服は手洗いで、レイミーの服は弟たちにお下がりするからとにかくレイミーは服を汚さないように心がける生活をしてきたのだ。だから、今回制服がトマトスープで汚れてしまったことにレイミーはとても落胆したのだ。それはもう、この世の終わりが来てしまったと感じてしまったほどだ。

 けれど、騎士がなんとも素晴らしいアイテムを出してくれた。

 話には聞いたことがあるけれど、浄化石はとても高価なものだから、レイミーはいまだかつて見たことがなかった。いったいどのようにして使うのだろうか?レイミーはわくわくした気持ちを抑えきれずに、騎士の手元をじっと見つめた。


「レイミー様、近すぎます」


 あまりにも騎士に近づきすぎたレイミーを、エミリアが少し後ろに下がらせた。浄化石が作用した時、ほんの少し光を発するので、それを直視されるのも困るのだけれど。


「「お兄様、私たちも見たいです」」


 レイミーの双子の妹レナとアナもレイミーの隣にちょこんと座った。六つの瞳に見つめられ、騎士はおかしな緊張を持ちながら浄化石を自分の制服に当てた。


「「「うわぁぁ」」」


 ほんのりと光を発して、浄化石は騎士の白い制服についたトマトスープのシミを消し去った。騎士の白い制服は、元通りの白さを取り戻したのだ。


「「「素晴らしいです」」」


 浄化石を初めて見たレイミーと双子の妹レナとアナはまるで魔法のような(魔石だけど)出来事に感嘆の声を上げた。


「レイミー様も使ってみますか?」


 これは非常によろしくない状況になったと判断した騎士は、手に持っていた浄化石をレイミーの前に差し出した。このままではレイミーに素晴らしい騎士様と思われてしまう。


「僕にも使えるの?」


 差し出された浄化石を手に持ち、しげしげと眺めるレイミーに、エミリアがトマトスープ色に染まった制服を差し出した。


「レイミー様、浄化石を当ててください」


 エミリアが床の上に丁寧に制服を広げると、レイミーは浄化石をトマトスープ色に染まったか所に押し当てた。浄化石が淡い光を放つと、制服に広がっていたトマトスープの色の汚れが見る間に消えていく。


「「わああああ、すごい」」


 双子の妹レナとアナが感動して声を上げた。あの洗濯が大変なトマトスープのシミが綺麗になくなったのだ。なんと素晴らしいことだろうか。これでレイミーは卒業するまで制服が着られて、弟たちにお下がりすることができる。レイミーはトマトスープの汚れが綺麗になくなった制服を手に取り、上に掲げるようにしてじっくりと眺めた。


「すごい、完璧です。まるで新品のようです」


 レイミーはうっとりと綺麗になった制服を眺めると、いそいそと制服を着用した。すっかり忘れていたけれど、ここはレイミー専用の食堂で、今は昼食の時間なのだ。


「レイミー様、慌てなくても大丈夫ですわ。いつも通り、お席に着きましたらお食事が運ばれますから」


 エミリアにそう言われ、レイミーはほっと一安心した。よかった。よかった。大好きなトマトスープはちゃんと出てくるようだ。熱々のトマトスープを前にして、レイミーは極上の笑顔で昼食を食べたのだった。そして、


「あ、僕にぶつかった子はけがなどしてなかったのでしょうか?」


 レイミーの今更な発言にエミリアの心臓が大きく動いた。


「と、くにそのような報告は来ていませんわ」

「そうですか。ならよかったです。給仕の人もケガなんかしてませんよね?」

「もちろんですわ」

「よかった」


 なんてことのない会話だけれど、大変重要なことが述べられていた。そう、アルファの国王陛下アルベルトの大切なオメガの寵姫であるレイミーは、自分にぶつかってきた相手を心配したのである。さらに、給仕のことまで気にかけたのだ。これは大変重大な事実であるため、すぐさま女官のセシリアに報告が飛んだのであった。

 

 

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