第27話 僕の旨はドキドキです
「これは砂糖であろう?」
「綿菓子です」
「これも砂糖だ」
「飴細工です」
「これはリンゴに砂糖をかけた物だろう?」
「りんご飴です」
むううっと口を尖らせたレイミーをアルベルトは笑いながら眺めていた。
レイミーの食べたいものだけが集められた屋台は、すべて甘いものだらけだった。何しろ砂糖は高級品だ。砂糖を使った菓子なら城下町でも売られているが、砂糖だけを使った綿菓子や飴細工は簡単に買えるものではない。特に綿菓子は溶けてしまうため、特別な日にしか屋台が出ないのだ。それが年に一度の建国祭で、国王陛下から子どもたちに特別にふるまわれる大変ありがたい食べ物なのだ。
レイミーをからかうようにふるまうアルベルトではあるが、ふわふわした綿菓子を食べるレイミーが愛らしくて仕方がないのだ。だから、その姿を他のアルファに見られたくないのである。だがしかし、今日は家族が共にいるおかげで、誰もレイミーを見ることがない。第三騎士団は平民のアルファで構成されているから、その妻はオメガ、会場にいるアルファはまず自分のオメガを見てしまうため、威嚇のフェロモンが出ることもなく、なんとも平和な状態なのであった。
「あれは何だ?」
一番高い観客席からサーカスを眺めていたアルベルトがレイミーに問いかける。あくまでも国王陛下アルベルトはサーカスを知らない設定だ。
「あれは犬の曲芸です。大玉に乗ったり、芸をするんですよ」
綿菓子を頬張りながらレイミーが解説をする。
フェロモンテロを防止するために、サーカスのテントは屋根の部分しか幕が張られていなかった。それでも、国王陛下アルベルトと寵姫のレイミーが座る席だけは壁と屋根に囲われてはいるけれど。
「犬が芸をするのか。それは興味深いな」
どれどれと言った感じでアルベルトは舞台を見てみるが、隣に座るレイミーがキラキラと瞳を輝かせるからどうにも落ち着かない。レイミーが両手をこぶしにして、小さな声をあげるたび、思わずフェロモンが漏れ出してしまうのだ。そのたびに女官のセシリアが小さく咳ばらいをするので、アルベルトは心の中で舌打ちをするのであった。
「陛下、見てください。ワンちゃんが大玉の上を歩いてます」
レイミーが興奮気味に言ってくるけれど、目線は舞台の上の犬にくぎ付けだ。それが若干面白くはないと思うアルベルトなのだが、たかが犬、されど犬。アルファではない(多分)。だからこそ、こんなことで己がフェロモンを漏らしてしまうことが悔しくてたまらないのである。
「なかなか器用なものだな」
ありきたりな感想を口にしなくてはならないもどかしさでいっぱいのアルベルトであるが、そんなことはレイミーの知ったことではない。
「うわぁぁ、ワンちゃんが輪くぐりをしていますぅ。すっごーい」
レイミーが舞台にいる犬に声援を送っている。そんなこと、いまだかつてアルベルトはしてもらったことなんてないのに。たかが犬の分際で国王陛下アルベルトのオメガであるレイミーの声援を受けるだなんて、なんて贅沢な存在なのだろう。ひじ掛けに頬杖をついた姿勢で余裕ぶっているアルベルトではあるが、威嚇のフェロモンを押さえるのに必死なのてあった。
「空中ブランコです。陛下、見てますか?」
レイミーが相変わらず隣で叫んでいる。でもレイミーの目線は相変わらずアルベルトの方を見ていない。今度は揺れる空中ブランコにくぎ付けだ。アルベルトの袖を掴んではいるものの、まったくアルベルトを見ないレイミーがもどかしくて仕方がない。けれど、瞳をキラキラと輝かせ、興奮して頬を紅潮させる自分のオメガの顔を眺めるのも悪くはない。アルベルトは銀の盃に注がれた酒をちびちびとたしなむのであった。
「本日は素晴らしいショーをありがとうございました」
日が少し傾いてきたころ、レイミーがお礼のあいさつを始めた。もちろんサーカスの団員に向けたあいさつではあるが、それではアルファのアルベルトがやきもちを焼いてしまうため、当然締めくくりは国王陛下アルベルトに感謝の気持ちを伝えなくてはならない。
「こんなに素敵な贈り物を下さった陛下に感謝してもしきれません。僕、とっても幸せです」
そう言ってにっこり微笑まれてしまえば、悪い気はしない。綺麗なお辞儀をしたレイミーを、国王陛下アルベルトが抱き寄せた。そうして抱きかかえて額に唇を落とせば、感嘆のため息が聞こえてくるというものだ。
「余の番が大変満足をした。褒美をとらせよう」
実にアルファの国王陛下らしい言葉を残し、アルベルトはレイミーを抱きかかえて会場を後にしたのであった。もちろん、まだ会場にいた第三騎士団院の子どもたちは綿菓子やりんご飴を堪能したのであった。
「うわぁ、ワンちゃんの飴細工ですぅ」
部屋に戻ったレイミーの前にはたくさんの飴細工が並んでいた。犬だけではない、鳥、猫、兎と身近な動物の飴細工がレイミーのために用意されていた。
「注文を聞く時間がありませんでしたので、全ての飴細工を揃えました」
女官のセシリアが説明をするけれど、レイミーの耳には入っていないようで、レイミーは手に取って一つ一つじっくりと眺めては嬉しそうに笑っていた。
「レイミー様、一日一つでお願いしますね」
「え?」
「本日はすでに綿菓子とりんご飴を食べられていますから、明日の分ですよ」
セシリアにそんなことを言われてレイミーはしょんぼりしてしまった。だって、目の前にこんなにたくさんあるのに食べてはいけないだなんて、あんまりすぎる。
「お夕食の時間が来てしまいます」
「あ、そうだった」
時計を見てレイミーはハッとした。マイヤー子爵家改めマイヤー伯爵家になったのだけれど、実家にいたころはこんな贅沢許されてはいなかった。一つの飴細工を弟妹達と仲良く分け合って食べていたのだ。
「あのっ」
「ご安心ください。ご弟妹様たちはお好きな動物の飴細工をお土産にされました。妹様たちは色違いの鳥、弟様たちは犬にございます」
「それはよかったです」
それを聞いて安心したレイミーは、ウキウキした気分で飴細工を眺めたのだった。だって、一人で一つを最後まで食べられるのだ。なんて贅沢なことだろう。もちろん今夜の閨で話すことは決まっている。会場では語りつくせなかったサーカスの感想を余すことなく国王陛下アルベルトに伝えるのだ。話す内容を考えながら、レイミーはウキウキと夕食を食べたのであった。




