第26話 そうして幕はあけたのだった
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
王城の中庭に作られたサーカスのセットを見てレイミーは興奮した。学校帰りの馬車の中、窓からほんのちょっとのぞいただけなのだが、空中ブランコ用の太い柱や、観覧用の座席が並べられているのを見たらどうにもこうにも興奮が抑えられなかったのだ。今までの建国祭ではサーカスのテントに入るのに並んで、座席を確保するのはとても大変だった。だがしかし、今回は違う。招待する人数分の座席が作られるのだ。なんと凄いことだろう。おまけにレイミーが食べたい綿菓子に飴細工りんご飴も食べ放題なのだ。食事用に串肉屋まで呼んでくれるというのだから、国王陛下アルベルトはなんて優しいのだろう。
「レイミー様、危ないですから身を乗り出さないでください」
女官のセシリアがレイミーをたしなめる。いくら馬車が低速で走っているとはいえ、身を乗り出して落ちてしまえば大けがをすることは間違いない。そうなったら楽しみにしていたサーカスを見ることは出来なくなってしまう。もちろん、そうなったらセシリアなんて明日がなくなることは明白だ。
「はーい。わかりました」
招待状のデザインを決めて、もう印刷に回しているから、レイミーのすることはもうないのだ。しいて言えば当日に着る衣装を決めることぐらいだが、レイミーが考える必要は全くなく、セシリアが呼んだデザイナーが流行のあれこれを出してきて、レイミーのサイズを計って帰っていっただけだった。当日レイミーが国王陛下アルベルトにお礼を述べるセレモニーがあるだけなのだが、そのためだけの衣装なのでレイミーにとってはどうでもいいことだった。重要なのは家族がみんなやってくることだ。久しぶりに家族全員と顔を合わせるのだ。もちろん家族あての招待状はレイミー直筆だ。そしてその時になってレイミーは父の爵位が子爵から伯爵になったことを知ったのだった。
「レイミー様、お部屋に戻りましたらご挨拶の練習がございます」
「今日もするの?」
「もちろんです」
「昨日もしたのに?」
「前日まで毎日でございます」
セシリアにぴしゃりと言われてレイミーは大人しくなるしかなかった。確かにあいさつの練習は重要だ。学校だって、毎朝挨拶の授業から始まっているぐらいだ。短い時間ではあるけれど、反復練習が大切なのだとマナー講師が毎度口にしているのでレイミーにとっては耳タコだ。
「よろしいですか、レイミー様。当日はこの紙は持ってはいませんからね?」
「はーい」
当日の挨拶とは言っても、寵姫のレイミーが国王陛下アルベルトにお礼を述べるだけだ。三行程度の挨拶を言うだけなのだ。だがしかし、大切なセレモニーであり、公の場でレイミーが初めて名を名乗る重要なことなのだ。その時レイミーの実家マイヤー家の爵位が告げられる。
「レイミー様、大変すばらしいです」
たった三行の挨拶を五回繰り返しただけで女官のセシルはべた褒めだ。もっともレイミーは教会の説法を丸暗記できるだけの(貧乏ゆえの)素晴らしい記憶力を持っているので、なにも難しいことではないのだけれど。
「では、今夜の物語を覚えます」
レイミーは閨で毎晩ちゃんと違う物語をアルベルトに聞かせていた。教会で神父が子どもたちに話して聞かせる道義についてまとめられた本だ。だから国王アルベルトは聞いたことがない話なのでよく聞いてくれる。そのかわり内容は似たり寄ったりだ。嘘をついてはいけません。人には優しくしましょう。アルファとオメガの仲を裂いてはいけません。オメガは発情期には周りに注意しましょう。なんて内容を物語仕立てにしてあるだけだ。だからまあ、話の半分ぐらいで優秀なアルファであるアルベルトはオチが分かってしまうのだが、一生懸命に話すレイミーがかわいくて、毎晩真剣に聞き入ってしまうのだった。
「今夜も陛下と素敵な時間を過ごされますように」
閨の扉の前でセシリアはレイミーにそう告げる。女官が使う定型文ではあるが、セシリアの本心でもあった。
「はい。頑張ります」
レイミーは元気よく閨へと消えていくのであった。
そうして、大きな寝台の上でアルベルトと話をすることはただ一つ。
「僕、サーカスは空中ブランコが大好きなんです」
「ブランコを見るのが楽しいのか?」
「違います。空中ブランコです」
「空中?」
「そうです。高いところにブランコがあって、そこから人が飛び移るんです」
「飛び移る?」
「はい。ブランコが離れたところに二個あって、揺れるブランコから隣のブランコに飛び移るんです」
「落ちたりはしないのか?」
「そうなんです。だからドキドキするんです」
熱心に話すレイミーを微笑ましく見守るアルベルトだが、もちろん空中ブランコぐらい知っている。公務と称して王都の劇場でサーカスを視察済みだ。だからレイミーが何を一番の楽しみにしているのかをこうして聞いているのだ。好きなことを熱弁するレイミーがかわいくて仕方がないのだが、そんなことを悟られることがないのは、ただ単にレイミーが世間知らずすぎるのも原因だろう。
「それで?飛び移るだけなのか?」
「回転したりもします」
「回転?」
「揺れるブランコの上で回転するんです」
「ほう、それは凄いな」
「すごいんです」
レイミーは瞳をキラキラと輝かせながら熱心にサーカスの空中ブランコについて熱弁をし、そうしているうちに眠ってしまったのだった。
「今夜の話も興味深かったぞ。また明日、楽しみにしている」
アルファの王アルベルトは、愛しいオメガのレイミーと額に優しく唇を落とし、柔らかなフェロモンで包み込むようにして眠りにつくのだった。




