第15話 聞いてないよーって言ってもいい?
「は?へ?」
レイミーの脳内は軽いパニックだった。だって聞いてない。そんなの聞いてない。毒味?毒味って、あの毒味?そんなの危険な仕事じゃないか。魔法契約書に書かれたなどいなかった。こんなの契約違反だ。レイミーは抗議しようと口を開いた。
「んん、むぐぅ」
開いた口にパンが押し込められた。焼きたての香ばしい香りが口いっぱいに広がった。いつも母が作ってくれていたパンとはまるで違う。ふっくらとしていて、小麦の味がして、それでいて甘かった。もぐもぐと口を動かしていると目の前にカップが現れて、レイミーは驚いた。もちろんそれを持つ手は国王陛下アルベルトだ。
「毒味だ、飲め」
ありがたく両手で頂戴し一口飲んでみれば、柑橘系の飲み物だった。
「ちょっと酸っぱいけどおいしいです。口の中が爽やかになりました」
お行儀として口の中の物がなくなってから答えた。レイミーが答えると、その残りをアルベルトが飲み干した。レイミーはきちんと毒味ができているらしい。レイミーが安心していると、今度はベーコンが口の中に入ってきた。しかもちゃんとレイミーの小さな口の合わせたサイズに切り分けられて。
「…………」
ちょっとだけカリカリに焼かれたベーコンは、うっすら塩気が乗っていて、噛めばジンワリと脂がでてきて、口の中に燻製の匂いが広がった。残念ながら、レイミーのこれまでの人生で、こんなにしっかりとした味のあるベーコン何て食べたことがなかった。なにしろ貧乏子だくさんのマイヤー子爵家では、ベーコンさえ夫人の手作りだったからだ。燻製に使われたのは、おそらくその辺で拾ってきた木の枝だだったのかもしれない。だって、燻製の香りがこんなにもおいしいだなんて、レイミーは初めて知ったのだから。
「どうした?」
何も答えないレイミーの顔を国王陛下アルベルトがのぞき込む。
「おいしいです。僕はベーコンがこんなにもおいしいものだと初めて知りました」
レイミーが小さく握りこぶしを作ってこたえると、アルベルトは満足したようで、レイミーの口に追加でベーコンをいれてきた。もぐもぐと口を動かすレイミーの前で、やはりアルベルトもベーコンを食べていた。
その後は、卵を食べたりサラダを食べたり、パンにジャムがぬられたものを食べたりして、そのたびにレイミーは「とってもおいしいです」と感想を述べるのだが、頭の中ははてなマークでいっぱいだ。なにしろ一度食べたものを何度も食べさせられるし、レイミーが皿に取ってきていないものも口に入ってくる。おまけにレイミーはテーブルではなく、アルベルトの方を向いて座っていた。いつの間にかに向きが変わっていたのだ。そんなことにも気づかないで、レイミーは毒味という名の朝食を食べたのだった。
「これは梨だ」
目のまえに出てきたのは、レイミーが見たことのない果物だった。白いけれど、なにかぬるっとしたようなそんな光り方をしている。
「変わった果物で、収穫してから追熟と言うことをしている」
聞きなれない言葉にレイミーは首を傾げた。
「面白い味がするから食べてみなさい」
国王陛下アルベルトからそう言われてしまえば、断るわけにもいかず、レイミーは目の前に出された果物を口にした。果物は、レイミーが想像していたのとは全く違って、柔らかく、歯などいらないのではないかと思うほどに口の中で解けていった。しかも甘みはしつこくなく、後味は大変さっぱりとしていた。不思議な果物の味にレイミーは瞼を瞬かせた。
「ほれ、もうひとつ」
アルベルトは楽しそうに次々とレイミーの口の中に梨をいれていく。レイミーもこの不思議ななしという果物がおいしくて、次から次へと飲み込んでいった。
「うまかったか」
アルベルトに問われ、レイミーは素直に頷いた。
「はい。とっても」
アルベルトは非常に満足したらしく、優雅にカップを傾け食後のお茶を楽しんでいた。だがしかし、レイミーは気付かない。そのお茶の毒味をしていないことに。しかもアルベルトが飲んだ後にカップを渡されて、「ちょうどいい温度だぞ」なんて言われて素直に飲んでしまったのだった。
そうして、国王陛下アルベルトが退室すると、レイミーはセシリアに手を引かれ後宮に帰っていったのだった。




