第14話 作戦は実行された
「おはようございます。レイミー様」
すっきりとした目覚めなのに、レイミーは軽くパニック状態にいた。昨日の記憶をゆっくりと探り出す。そうしてようやくここはどこなのか思い出した。
「あ、僕」
慌てて起きようとしたら、横から手が出てきて軽く抑えられてしまった。
「レイミー様、後宮での規則をお伝えいたします。まず、朝のお目覚めはわたくしどもが起こしに来るまで寝台から起きてはいけません。次に、わたくしどもがお声がけをしたのち、寝台のカーテンを開けましたら上掛けをあげますので、そうしたら起きてください」
なんだそれは、とレイミーは思ったが、規則だと言われれば従わないわけにはいかなかった。
「ご気分はいかがでしょう。今朝はよく晴れております」
そんな時候の挨拶をしながらセシリアが上掛けを上げた。そうして滑らかにレイミーの背中に手がまわされる。支えられて起きるだなんて、レイミーは経験したことがない。もしかすると、使用人がいる貴族家では当たり前のことなのかもしれないけれど。確かにレイミーは弟妹たちのことを起こすとき、背中を支えているような気がした。そんなことを考えてはみたものの、いまさらそれがどうした。と言ったことだった。
「お、はようございます」
相手の顔を見ながらレイミーは昨日のことを思い出す。確かこの人は馬車を降りるときにいた人ではなかっただろうか?そして魔法契約書を見せてくれた人だ。女官だと言っていたから、侍女の身分が与えられたレイミーより偉いのではないだろうか?そんなことを思い出し、レイミーは挨拶をしたのだった。
「今朝もご機嫌麗しく」
セシリアが口にした言葉は、後宮に住まう主に対する挨拶だ。国王陛下に向かって「王国の太陽」というのと同じである。そう、後宮の主は常に機嫌よく過ごさなくてはならないのだ。
「本日のお務めは国王陛下との朝食になります。お支度をいたしますのでまずは顔を洗ってください」
寝台に腰かけたレイミーの前に、水の入ったたらいが出てきた。高さはそのままでちょうどいい。冷たすぎることのない水を手ですくい、レイミーは顔を洗った。顔をあげれば肌触りのいいタオルが差し出される。軽く当てるようにレイミーの顔から水滴を取り去ると、素早くレイミーを立たせ寝巻を脱がせにかかる。セシリアの技術は相当なのだろう。レイミーは不快に感じることなく着替えが済んでしまった。
「御髪を整えますのでこちらに」
促されたのは鏡の前。白を基調とした鏡台は、取っ手が全てクリスタルでできていて、下手に触ると手が切れそうなほどキラキラと光っていた。
整えるほどの髪の長さがないレイミーは、鏡に映る自分を見た。今日は寝癖がない。きっとあの寝台がふわふわだったからだろう。何しろ朝までぐっすりと寝てしまったのだから。しかし、昨日はいつ寝たのだろうか?まったく覚えていなかった。
「ではレイミー様、こちらに」
手を取られ、導かれるままにドアをくぐる。そしてセシリアの後をついていき、たどり着いたのは食堂だった。
「こちらで陛下がお食事をなさいますのでお相手をしてください」
セシリアに耳打ちをされ、レイミーは小さく頷いた。ついに仕事をする時が来たのだ。レイミーはゴクリと唾を飲み込むと、軽く握りこぶしを作った。だがしかし、いったい何をすればいいのかわからない。そもそもまだ陛下が姿を現していなかった。だが、食事は全てテーブルの上に並べられているように思える。かごに盛られたパンからは焼きたてのいいにおいがするし、綺麗にむかれたフルーツはみずみずしくて、なにやら甘酸っぱい匂いがした。
「陛下のおなりです」
誰かの声がして、壁際にいた人たちがいっせいに頭を下げた。それにうまく反応できなかったレイミーは、だいぶ遅れて頭を下げた。陛下は国王陛下アルベルトのことで、一番偉い人だからレイミーも頭を下げて出迎えて間違いではない人物だ。
「お前、こちらに」
明らかにレイミーのことを呼んでいた。びっくりしすぎてレイミーは思わず小走りだ。もちろんそんなことはお作法としてよろしくはないのだが、この場でレイミーを咎められるのは国王陛下アルベルトしかいなかった。
「名前は?」
お作法として、立場が上の者からしか話しかけることは許されていない。だからようやくレイミーは自己紹介の機会が与えられた。もっとも、アルベルトはすでにレイミーのことを知ってはいるのだけれど。
「はい。僕はマイヤー子爵家が長男レイミーと申します」
朝の静けさとはまったくそぐわない、レイミーの元気な挨拶だった。
「そうか」
アルベルトはそれだけ言うと自身の膝を叩いた。
「パンとサラダとベーコンをとってここに」
突然給仕を言い渡されてレイミーは焦ってしまった。だが、給金に見合う労働をしなくてはと、急いで頭を切り替える。パンの盛られた籠にはトングがあったから、それを使ってパンをとり、サラダの皿をそのままアルベルトの前に置き、銀の皿に並んだベーコンはパンを掴んだトングでそのままパンの隣に盛り付けた。
「はい」
元気よくアルベルトの前に並べたが、アルベルトは黙ったままだ。言われたとおりに給仕をしたのになぜだろう?カラトリーがないのかと思いきや、ちゃんとアルベルトの手元に並んでいた。レイミーが困って首を傾げていると、アルベルトはまたもや自身の膝を叩いた。
「ここに、と言った」
レイミーはアルベルトの膝を見た。ここに?とは、どういうことだろうか。レイミーはそっとアルベルトに近づき、またもや唾を飲み込んで覚悟を決めた。どうか間違いではありませんようにと、祈りを込めながら。
「失礼いたします」
国王陛下アルベルトの片膝にちょこんと腰かけてみた。だってアルベルトが言ったのだ。ここにと。
「向きが違う」
アルベルトがそう言ってレイミーの座る向きを変えた。レイミの―ことを簡単に持ち上げ、内側にレイミーの身体が向くように膝の上に座らせたのだ。
「お前は余の毒見役をせねばならぬのだから、この向きだろう」




