第11話 それでは本題です
「じゃ、こっからは俺ね」
レイミーがサインした魔法契約書をもって女官が退室すると、今度はレイミーの前に綺麗な男の人が座った。淡い金髪に、透き通るような白い肌、そしてキラキラとした青い瞳が印象的だ。きれいな服を着ているが、先ほどの女官とは違い、あちこちにレースやフリルがついていて、あまり実用的ではない。素材はおそらくシルクなのだろう、光沢があってとても美しかった。だが、服装はともかく、話し方や仕草はまったくもって先ほどの女官とはかけ離れていた。なんというか、所作は丁寧なのだが、どことなくフランクなのだ。
「はい」
それでもレイミーは背筋を正して返事をした。たしか貴族令嬢のオメガが二人いたはずだから、自分にとっては先輩にあたる。それに、貴族籍の序列から言っても相手の方が格上で……レイミーは相手のことをまじまじと見つめた。礼儀作法としては全くダメなことなのだが、確かに目の前の相手は自分のことを俺と言った。聞き間違いではないはずだ。
「んー、俺は男だよぉ」
レイミーの疑問に気が付いたらしい相手は、先に答えを口にしてくれた。
「ついでに言えば俺はベータね。あと平民。ちょっと前まで城下の娼館で働いてたんだ」
言われた内容が衝撃的すぎて、レイミーは固まってしまった。さすがに貧乏子爵家とは言えど、貴族である。しかもレイミーはこの間学園に入ったばかりの十五歳、未成年である。つまりそんな、大人な夜のお仕事については何も知らない。家の本棚に埃をかぶっておかれていた、いつの時代かわからないほど古い小説から得た知識しかないのである。だから、目をまん丸にして驚いたけれど、実際のところはよくわかってなどいなかった。
「名前はジル、年齢はナイショ、明らかに年上相手に年齢なんて聞いたらダメだからな」
そんな風に言われたら、聞くことは出来ない。
「はい、わかりました。僕はマイヤー子爵家が長男レイミーです。この春学園に入学したての十五歳、オメガです。国王陛下のために精一杯尽くしたいと思います」
なぜだかレイミーは初心表明をしてしまった。なぜだかわからないけれど。
「か、かわいいねぇ」
ジルは笑いをこらえながらレイミーを見た。どう考えてもレイミーは後宮に来た意味が分かっていない。いや、何をするのかその内容を正しく理解していない。本当に真っ白でまっさらな、ジルとは対極に位置する存在だった。だからと言って、ジルはレイミーをいじめてやろうとは思わなかった。娼館では、新入りはよくいじめられるものだった。特に河岸を変えてきたような奴は、けん制の意味も込めていじめるものだった。
「ありがとうございます」
レイミーは素直すぎて、頭を下げてお礼を言ってしまった。貧乏だけど、いいところのおぼっちゃんなのだ。そう、子爵という肩書を持った貴族の息子である。
「俺が説明するのは閨での作法ね」
純真無垢な相手だろうと、ジルは容赦するつもりはなかった。だって相手はオメガなのだ。童貞処女だろうとしても、狂おしいほどにアルファの精を求める本能を経験したことがあるだろう。だって、ここで見たオメガのご令嬢の発情期は凄かった。
「閨!?」
レイミーは驚きすぎて大きな声を出してしまった。そしてそれが恥ずかしくて下を向いてしまう。そんなレイミーをかわいいと思ってしまうのは、雄の本能なのだろうと、ジルは思った。だがまぁ、それは置いておく。
「そう、後宮に入った侍女はもれなく陛下がお手を付けるから」
言われてレイミーは顔を上げた。だから適宜で都度なのだ。
「アルファの精を受けてアルファを産めるのはオメガだけじゃん?それは知ってるよね?だから国一番のアルファである陛下が即位したときに後宮が興されたんだけどさ、隣国の姫君が面倒なことに陛下に一目ぼれしたわけだ。十二のガキが二十五の王様にだよ。普通なら即お断わりなんだろうけど、国同士のことだし、即位式っていうおめでたい席でのことだから、ガキの戯言って無下にできなかったわけなんよ」
とっても面倒くさいって顔でジルは語り始めた。
「陛下はアルファだから、まだ覚醒してなくてもオメガが本能でアルファを欲したのかもしれないじゃん?だからさ、発情期を迎えたら成人した十六の年に婚約してやるって返事をしたわけだよ陛下は」
本当はもっと丁寧な言葉を使って回りくどい言い方をしただろうけれど、簡単に言えばこんなところだろう。
「こっちとしては隣国との政略結婚とかなんのメリットもないからしたくもないんだけどさ、わざわざケンカすんのも面倒だから、条件を付けたわけよ。オメガならもらってやるって。早けりゃもう発情期迎えてるじゃん?でも式典に連れてきたときは首輪をしてなかったわけよ。王族でオメガなら、万が一を考えて外出するときは首輪をするもんじゃん。だって拉致られて噛まれたら大ごとだよ?」
もっともなことを言われてレイミーは深く頷いた。レイミーだって、学園から支給されたチョーカーをしている。オメガの弱点である項を守るためだ。意図しないアルファに項を噛まれ、番にされてしまっては一大事であるからだ。もっとも、アルファからしたって、興味のないオメガの項なんて噛みたくはない。うっかり事故を防ぐためにも、外に出るときオメガは何かしらつけて項を守るのがお約束である。
「だからさ、お前ベータだろ?ベータになんか用はないんだよ。って遠回しに言ったのに、あちらさん、発情期を迎えました。って返事をしてきたわけよ。んで、約束通りに姫はオメガです。って公表したわけ。でもさ、式典での出来事を知っている国は知らん顔なわけ。だってそうだろ?面倒事じゃん。ぜってえ嘘だって思ってんのよ。もちろん、うちだって思ってんだよ。でもさ、言えないじゃん?だからさ、仕方がないから来年隣国の姫と陛下は婚約するわけ」
そこまで話してジルは大きなため息をついた。そう、目の前にいる哀れな生贄、貧乏であるが故、否、男オメガであったが故に未成年なのに後宮に入らなくてはならない運命を背負ってしまったレイミーを憐れんでのことである。
「そんな事情があるからさ、御貴族様のオメガは後宮入りを断ったってわけだよ。隣国の姫の顔を立てるために子ども作れないんだもん。やってられないだろ?絶対に陛下の子どもを産めるんだぜ?しかもアルファだよ?なんならお世継ぎしか産めないってえのに、隣国のワガママ嘘つきベータの姫のせいで一番アルファが欲しいときにアルファの精をもらえないんだよ。ありえないじゃん。生き地獄だよ。そんなのがあと二年も続くなんて絶望しかないでしょ?」
オメガなら彼女たちの気持ちわかるよね。なんて感じで言われたけれど、レイミーは困ったように眉尻を下げ、あいまいにほほ笑んだ。
「ちょっと難しかった?まあ要するに、三年後陛下が結婚するまでは側室になれないよってこと。だから発情期には体質に合った抑制剤がもらえるんだけど、そう簡単に薬は調合できないって話だからさ、しんどい思いするけど大丈夫かな?」
そう言われてレイミーは少し考えたような顔をして、それからちょっと斜め上を見て、そうしてようやく口を開いた。
「あの、ごめんなさい。僕、まだ、発情期きてないんです」




