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エルフの森

三人は、ひとまずイーライの家で腰を落ち着けることにした。

小さな木造の小屋は質素ながらも温もりがあり、棚には乾燥させた薬草が吊るされ、ほのかにハーブの香りが漂っている。


ゼノが静かに口を開く。


「イーライ、主はいったいどこで神聖魔法を学んだのだ?どのくらいの期間でその力を習得したのだ?」


「師匠に習ったんだよ!物心つく前から基礎を叩き込まれて、毎日が魔法漬けだったんだ!師匠はとにかく厳しくて、魔法の理論から実践まで全部叩き込まれたんだ!」


イーライは胸を張って答えるが、その顔はすぐに曇る。


「でも、一年前に森に帰っちゃったんだ。……なんか、すごく大変らしくて…師匠、村や森のことが心配で仕方ないって感じで…もう会えないかもしれないんだ」


「ふむ……森に帰った、か。それとも森で何か重大な任務があったのか……」


ゼノは腕を組み、思案するように目を細める。


「となると、主の師匠はエルフか?どのような知識があるか興味があるな」


「そうだよ!師匠は女性のエルフで、千年も生きてるんだ!すごく物知りで、しかも……めちゃくちゃ綺麗なんだ!知識も深くて、戦闘も完璧なんだ!」


イーライは顔を輝かせ、椅子から半分飛び上がる勢いで声をあげる。


「よくわかったね!本当にすごいんだ、師匠は!どんな質問にも答えてくれるし、魔法の知識も半端じゃない!村でも皆師匠の事、尊敬してるんだ!」


「おお……やっぱりエルフか!長命で美しい……そして知識も深い……最高じゃないか!なあゼノ、想像してみろよ。銀色の長い髪に、透き通るような瞳……それに、声までが優雅で耳に残るんだぞ!」


アーサーが目を輝かせる。


「アーサー、妄想は控えよ。」


ゼノが呆れたように吐き捨てるが、アーサーは全く気にせず夢見心地で続けた。


「耳が長くて、声は鈴のように澄んでるんだよなぁ……しかも話すだけで心が落ち着くというか、魔法の理論まで自然に頭に入ってくるんだ!」


イーライは思わず笑ってしまう。


「だいたい合ってるよ!師匠、ほんとにすごく綺麗なんだ!優しくて、でも教えるときは厳しくて、僕にいろんなことを教えてくれた!」


「くっ、羨ましい……その容姿もそうだが、力も知識も、すべてが完璧なんだろう……!」


アーサーは両手で顔を覆いながら悶えていた。


「それでイーライ、その十四年間でどんな特訓を受けてきた?毎日の修行の内容や、特に印象に残っている出来事はあるのか?」


ゼノが興味深そうに身を乗り出す。


イーライは少し考え込み、指折り数えながら語り始めた。


「物心つく前から魔法の基礎を叩き込まれていたよ、あとは早朝のランニングと、筋トレ。夜は魔法研究に魔法開発。それからヒールを使えるようになると、師匠は僕に言ったんだ、“患者にひたすらヒールを使い続けなさいって。それで、ずーっと村の人や冒険者にヒールを使ってきたんだ!」


「ひたすらヒール……それは退屈ではなかったのか?それとも、使うたびに新しい発見があったのか?」


ゼノが問いかけると、イーライは肩をすくめる。


「最初は面倒だったよ。でも、村の人が喜んでくれるのを見てたら、続けられたんだ。それに、ヒールにもいろんな応用があって、ただ治すだけじゃなくて、戦い方まで工夫できるようになったんだ!」


「……ふむ。やはりただ者ではないな。魔法の実戦経験は乏しいだろうが、その精神力が尋常ではない。師匠の教えは、まさに最適だったわけだな」


ゼノは顎に手を当て、真剣な表情を浮かべた。


イーライはさらに言葉を重ねる。


「接近戦も習ったんだ! ウォーハンマーの使い方とか! 師匠なんて、細い木の棒一本で、僕のハンマーを軽く受け流すんだよ!」


「木の棒で……ウォーハンマーを?」


ゼノの声には驚きが混じっていた。


「だってエルフだもん!」


イーライは楽しげに笑った。


「ふむ……鍛え直す必要がありそうだな」


ゼノは笑みを浮かべながらつぶやいた。


アーサーは二人のやり取りを聞きながら、別のことを考えていた。


――原初の闇を倒す方法を。


一つは神聖魔法。最高位の神聖魔法ならば、必ずダメージを通せるはず。

そしてもう一つは、古代魔法。原初の闇は古代魔法を使ってきた。ならば、こちらも古代魔法を用いれば対抗できるのではないか?


イーライの言葉の中に、そのヒントが隠されている気がしてならなかった。千年生きるエルフ――その知識の中には、古代魔法の手がかりが眠っているかもしれない。


「イーライ、お願いがある」


アーサーは真剣な眼差しで彼を見つめる。


「君のお師匠様に会わせてもらえないだろうか?特に古代魔法について、どうしても聞きたいことがあるんだ」


イーライは困ったように首を振った。


「多分無理だと思うよ。師匠、森が大変なことになってるって言ってたけど……それ以上は何も教えてくれなかったんだ」


しかし、アーサーは引き下がらない。


「ならば――我々三人でエルフの森へ行くというのはどうだ?」


イーライはしばらく考え込んだ。胸の奥にある不安を完全に消すことはできない。だが、本音を言えば、師匠のことが心配でならなかった。


「……うん。行こう。僕も、師匠を助けたい」


ゼノもまた頷く。どうやらエルフに対して嫌悪感はなく、むしろ少し好意的ですらあるようだった。


イーライは棚から古い地図を持ち出し、机の上に広げた。


「エルフの森は、この森から北西に千キロだよ」


指で場所を示しながら説明する。


「ふむ……イーライ、主は走るのは得意か?」


ゼノがうれしそうに尋ねる。


「走るのは得意だよ!毎朝早朝に二百キロくらい走ってるよ!」


その言葉にアーサーとゼノは顔を見合わせ、思わず笑った。


こうして三人は旅の準備を整え、イーライは小屋を出る前に深く一礼する。そして仲間のもとへ駆け寄った。


「さあ、行こう!」


三人は猛ダッシュで、エルフの森を目指した。


――――


二日後――


森を抜ける風の匂いが変わった。


焦げ臭い。


アーサーが眉をひそめた瞬間、ゼノが足を止め、険しい顔で呟く。


「……異変だ」


視線の先、はるか遠くの森のあちこちから赤い火の手が上がっている。黒煙は空を覆い尽くし、太陽の光すら遮ろうとしていた。


「まさか……魔族の仕業か?」


アーサーが低く問う。


ゼノは唇を結び、言葉を濁した。


(あれは間違いなく魔族だ。エルフの森は要衝――近くには激戦地となるダンジョンがある。森全体が防御壁の役割を担っている。だが、今の状況は……壊滅的だ)


言葉にはしないが、胸の奥に冷たい予感が走った。


「急ぐぞ!」


アーサーが叫ぶ。


イーライは返事もせず、一気に加速する。彼の顔には恐怖ではなく、強い決意が浮かんでいた。


森に突入した三人を迎えたのは、炎に包まれた地獄だった。


燃え盛る木々、倒れ伏すエルフの兵士たち。村の家々はすでに崩れ落ち、炎の舌に舐め尽くされている。辺り一面に立ち込める血と煙の臭いに、息をするだけで胸が痛んだ。


「……ひどいな」


アーサーは声を落とす。


「イーライには刺激が強すぎるかもしれんが……今のうちに慣れておく方がいいだろう」


ゼノが淡々と告げる。しかしその瞳の奥には、抑えきれぬ怒りが燃えていた。


イーライは立ち尽くすかと思われた。だが彼は両手を組み合わせ、瞼を閉じて祈りを捧げる。長い祈りを終えると、すぐに駆け出した。


「師匠を探してくる!」


彼の声には、恐怖よりも焦りと使命感が込められていた。


三人は幾つもの焼け落ちた村を駆け抜け、必死に生存者を探す。やがて――遠くから鋭い剣戟と魔法の炸裂音が響いてきた。


「戦ってる!」


イーライが声を張り上げ、音のする方角へ走る。


そこでは魔族とエルフ、そして人間の兵が入り乱れ、激しい戦闘を繰り広げていた。炎の光に照らされた戦場は、まさに修羅場そのもの。


ほどなくしてアーサーとゼノも合流する。


「ここが……最前線か」


アーサーは剣を抜きながら言った。


ゼノは素早く状況を見渡す。


「数は魔族が千。対するエルフと人間は五百……不利だな」


冷静に分析するその声は、逆に緊張を際立たせた。


「どうしたい、イーライ?」


アーサーが問いかける。


「助けたいに決まってる!……いや、それだけじゃないんだ。戦いたい。どうしようもなく……そう思ってる自分がいる!」


イーライは苦悩を吐き出すように叫んだ。


ゼノが破顔し、豪快に笑う。


「そーだったな!お前はバトルジャンキーだったな!!」


アーサーはゼノに目を向け、確認するように問う。


「だがゼノ……お前は魔族を斬れるのか?」


「当然だ。我が歩みを邪魔をする者は、たとえ魔族であろうと斬り伏せるのみ」


その力強い言葉に、アーサーは小さく安堵の息を吐いた。


――ここからが、「何もなきクラン」初の仕事となる。


するとイーライが目を閉じ、ウォーハンマーの柄を地面に刺した。

静かに祈るような声を漏らしながら、ハンマーに魔力を宿し始める。


最初は小さな光だった。

しかし、その輝きは瞬く間に膨れ上がり、ハンマーの先端から幾重もの光の輪が広がっていく。


空気が震え、地面がわずかに軋む。

眩い光が夜を昼へと変え、戦場を覆う煙すら押しのけていった。


「……こんな魔力の流れ、初めて見る」


アーサーが思わず息を呑む。


「まるで、神の奇跡だな」


ゼノの低い声が響く。


イーライが目を開く。 その瞳は光を宿し、神聖な輝きを放った!


「《遠隔パーフェクトヒール!》」


その瞬間、ハンマーから解き放たれた魔力は光の奔流となり、戦場全体へと降り注いだ。

まるで天から舞い降りる無数の羽のように光が舞い散り、倒れ伏していた兵士たちを包み込んでいく。


焼け爛れた皮膚が再生し、折れた骨が音を立てて繋がり、絶望に沈んでいた兵たちの顔に再び生の炎が灯る。

痛みに呻いていた声は歓喜の叫びへと変わり、戦場全体がどよめきに包まれた。


「き、傷が……癒えていく……!」


「奇跡だ! 本当に奇跡が起きたぞ!」


歓声が一斉に上がり、士気を失っていた兵士たちが再び立ち上がる。


イーライはハンマーを握りしめたまま、深く息を吐く。

だが、その顔に苦痛はない。むしろ、強い決意に満ちた笑みを浮かべていた。


「まずはこれでよし!」


イーライが言うと、今度は接近戦の体制に入る。


ゼノは口角を上げ、アーサーへ振り返る。


「さて……合理的に殲滅といこう。案はあるか?」


「魔族の中心部に大魔法を叩き込む……それがいいんじゃないか?」


「ふふ、考えることは同じだな。ならば、我がやろう」


アーサーが力強く頷くと、ゼノはゆっくりと前に進み出た。

その動作は重厚でありながらも一切の迷いがなく、まるで結果を最初から確信しているかのようだった。


「……来るぞ」

アーサーが低く呟く。


ゼノは右手を高く掲げ、静かに指を鳴らす。


「《第八階梯魔法――エンカ・ブレイズ》」


その声が戦場に響いた瞬間、空気の流れが一変する。


その詠唱は落雷のように戦場へ響き渡り、刹那、魔族の軍勢の中心部が赤黒く染まった。

次の瞬間――轟音が天地を揺るがす。


大地を割り、空を焦がすほどの爆炎が一気に噴き上がった。

それはまるで地獄の門が開いたかのようで、炎の柱が天へ突き抜け、周囲数百メートルを一瞬で火の海へ変える。


爆炎は止まらず、連鎖反応を起こして爆ぜ広がる。

悲鳴を上げる暇もなく、数百の魔族が瞬時に焼き尽くされ、黒焦げの残骸となって崩れ落ちた。


「な、なんだあれは……!」


「魔族が……一瞬で……!」


エルフと人間の兵士たちが声を失い、目を見開いて戦慄する。

彼らの眼前で繰り広げられた光景は、もはや人の魔法の領域を超えたものだった。


ゼノはゆっくりと腕を下ろし、口角を上げた。


「ふむ……これで、残り三百か」


ゼノは満足げに笑みを浮かべた。


魔族の軍勢は炎に包まれ、恐怖に支配され始めていた。

さきほどまで猛威を振るっていた軍勢が、一瞬で数百を失ったのだ。当然だった。


「今だ、押せぇぇぇっ!!」


エルフの将が叫ぶ。

怯んだ魔族を、エルフと人間の連合軍が一斉に叩きにかかる。

士気の差は歴然。矢が雨のように降り注ぎ、精鋭の剣士たちが前線を切り裂いていく。


「ふふ、形勢逆転だな」


アーサーは冷静に状況を見極めると、剣を一閃。

迫ってきた魔族の戦士を瞬時に斬り伏せる。


イーライもまた、ウォーハンマーを構え直した。

その目は恐怖に揺らぐどころか、むしろ闘志の炎に燃えている。


「うおおおおおっ!!」


大地を踏み鳴らし、イーライは突撃した。

振り下ろされたウォーハンマーが魔族の頭部を粉砕し、続く一撃で別の魔族の胴体を吹き飛ばす。

その姿は、「奇跡の人」だった面影を完全に消し去っていた。


「いいぞ、イーライ! その調子だ!」


アーサーの声援が飛ぶ。


戦場は一時間もしないうちに、完全に逆転した。

残る三百の魔族は恐怖に駆られ、逃げ惑う。

だが、退路はすでに断たれている。

矢と魔法の雨がその背を撃ち抜き、一人、また一人と崩れ落ちていった。


やがて、最後の一体が矢に貫かれて地に倒れる。


「……終わった、か」


アーサーは剣を下ろし、深く息をついた。

血の臭いと焦げた匂いが混ざり合う戦場に、静寂が訪れる。


エルフと人間の兵たちは、互いに抱き合い、歓声を上げた。

命を繋いだ喜びに、涙を流す者も少なくない。


――――


そして夜。


アーサー、ゼノ、イーライは、とあるエルフの村に招かれていた。

炎の戦場から帰還したエルフたちが次々と村に戻り、家族や仲間と再会しては涙を流し、抱きしめ合っている。


「……いい光景だな」


アーサーはぽつりと呟く。

その瞳には安堵と、わずかな羨望が宿っていた。


「俺たちも客人として招かれるとはな」


ゼノは腕を組み、少し照れくさそうに言う。


イーライは村の奥へと走り、誰かを探していた。

やがて一人の女性を連れて戻ってくる。


「アーサー、ゼノ!こちらが僕の敬愛する師匠です!」


現れたのは、千年を生きるエルフの女――リファレット・グリーンウッド。

その髪は月光のように淡く輝き、瞳には深い叡智が宿っていた。


「リファレット・グリーンウッドと申します。イーライがお世話になっているようで……本当にありがとうございます」


彼女は優しく微笑む。

だが、その目元には戦いの疲れが刻まれていた。


「この子は少し変わっておりますが……皆様なら、大丈夫そうですね」


師匠の言葉に、イーライは少し照れたように笑った。


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