最後の出撃
─十日後
リナとイーライ、二人はついに完全回復を果たしていた。
長い療養の末に立ち上がった彼らの表情には、疲労の跡を残しつつも、確かな決意の光が宿っている。
その日の午後、遊撃隊の本陣にて軍議が開かれた。
テントの中央に広げられた古代の地図と魔法陣の設計書を囲み、アーサー、リナ、イーライ、そしてクロウが顔をそろえる。
外では冷たい風が砂を巻き上げ、幕が音を立てて揺れていた。
クロウが静かに口を開いた。
「当初のリナの古代創世魔法に二つの禁術を融合させる計画は一旦なしにする。リナの体の事を思ってだ。代わりに、己が禁術を起動し、二人の魔法を融合させる」
その言葉に、場の空気が一瞬で張りつめた。
リナは立ち上がり、真剣な眼差しでクロウを見つめる。
「それじゃあ、クロウさんの負担が大きすぎると思うんですけど!」
「古の魔法は普通の魔力より数倍は濃い。しかも己はアンデッドじゃ。どうにでもなる」
クロウの声音は穏やかだったが、その奥には決死の覚悟が潜んでいた。
リナは唇を噛みしめ、言葉を飲み込む。
その時、イーライが口を開いた。
少年の声が沈黙を切り裂くように響く。
「最後の魔法はね、リナねーちゃんじゃないとダメだと思う。多分だけど、古代人の血が入っているんじゃないかな?師匠が言ってた。ちっちゃい時、目に古代文字が流れてたって!」
「幼少期に古代文字が目の中で流れていた?」
リナの声が震える。
自分の知らなかった真実に、胸の奥がざわめく。
確かに、幼い頃から古代文字を“読める”ようになったことは覚えている。
だが、それは学んだというより、“感じ取る”ような感覚だった。
それが血に刻まれた力だとしたら──。
リナは深く息を吸い、クロウを真っ直ぐに見据える。
「古代創世魔法に二つの禁術の発動は、私にやらせてください!」
その瞳には、迷いのない光が宿っていた。
死を恐れぬ者だけが放つ、決意の輝き。
クロウはしばらく黙したまま、リナを見つめていた。
やがて、ゆっくりと目を閉じて言葉を絞り出す。
「……確かに、古代創世魔法に禁術を融合させる方が理にかなっておる。禁術魔法に古代創世魔法と神聖禁術魔法を融合させるのは、元となる禁術魔法が耐えられぬ可能性が高い。
よって失敗の確率も高くなる……」
沈黙の後、クロウは重く呟いた。
「やはりリナにしか出来ぬか……」
「クロウさん!私のことなら大丈夫!すでに覚悟はできているから!」
リナの瞳に宿る光は、強さと儚さを同時に帯びていた。
その姿を見て、イーライもアーサーも、もう言葉を挟むことができなかった。
誰もが理解していた。
この少女こそが、この戦いの鍵を握っているのだと。
テントの外では、風が一段と強く吹き荒れる。
嵐の前の静けさ──それは、運命の時が近いことを告げていた。
――――
─出撃日
夜が明け、黎明の光が大地を照らす。
その日、誰もが胸に同じ覚悟を抱いていた。
アーサーは静かに聖剣ゼータを抜き、刃先を確かめる。
淡い金光が刃を伝い、彼の瞳に映り込む。
「……これが最後の戦いになるかもしれないな」
小さく呟いた後、新調したライトアーマーを装備し、深紅のマントを羽織る。
破邪の仮面を顔に装着し、静かに部屋を出た。
一方、ゼノもまた戦いの支度をしていた。
その額には三本の角が輝き、本気を示している。
長年愛用した黒銀のライトアーマーを纏い、マントをなびかせ、破邪の仮面を装着する。
そして、魔剣オメガを構え、軽く振るう。
刃が空を裂くたび、低い唸り声のような魔力の波が響く。
確認を終えると、魔剣オメガは闇に溶けるように消えた。
「ゼロス、ここえ」
「はっ」
ゼノの影が揺らめき、そこからゼロスが霧のように現れた。
「我は主に褒美を与えようと考えておる。欲しいものはあるか?」
「お言葉ながら、褒美はまたの機会に頂きたく」
ゼロスは深く頭を下げ、静かに断った。
ゼノはわずかに笑みを浮かべ、胸のあたりに手をかざす。
空間がひび割れ、そこから眩い光と共に一本の剣が現れた。
「ゼロス、これを使え。主には物足りないかもしれぬがな」
「……魔剣グラム」
ゼロスがそれを握った瞬間、爆発的な魔力が周囲に広がった。
空気が震え、砂が舞い上がる。
「さすが伝説の魔剣。申し分ございません」
ゼロスは胸の前に異空間の亀裂を生み出し、魔剣グラムをそこへ収納した。
同じ頃、マキヤも静かに装備を整えていた。
「私に出来ることは、リナに命を預けることだけかな。できたら使いたくない術が一つあるんだよね~」
軽く笑ってみせたが、その声はどこか張り詰めていた。
ライトアーマーを着込み、マントを羽織り、破邪の仮面を装着する。
小柄な体で装備を確かめ終えると、彼女は一歩ずつ仲間たちのもとへ向かった。
イーライはベッドの上で静かに祈っていた。
両手を胸の前で組み、短い言葉で神へと願う。
そして立ち上がり、破邪の仮面を付け荷物を背負うと、朝の光の中へ歩き出した。
リナは部屋の中で荷物を整理していた。
散らかった資料の中から、一枚の紙を取り出す。
アーサーが念写した、東の神殿の石版の写しだ。
そこに記された“古代創世魔法”の詠唱文。
そして今、その魔法に二つの禁術を融合させようとしているのだ。
「……絶対に、成功させる」
リナは小さく呟き、深く息を吐いた。
ローブを纏い、破邪の仮面を付け、杖オミクロンを握りしめる。
その手に、迷いはなかった。
そして──。
クロウは空中に浮かんでいた。
夜通し眠ることなく、禁術魔法の微調整を続けていたのだ。
彼の周囲には薄い光の粒が舞い、静かに形を成していく。
「……あらゆる角度からのアプローチができたはずだ。どんな状況にも対応できるはず。神をも恐れる己叡智を敵に回したこと、必ず後悔させる」
その低い声が風に溶ける。
黎明の光が差し込む中、クロウはゆっくりと外へと向かった。
決戦の刻が、確実に近づいていた。
――――
今回の遊撃隊は小規模となった。
《ゼウスロウ》
レオン
ルーク
レイ
リアン
ネイト
リリー
《デーモンロード隊》
ゼロス
イゼラ
ニーセ
サブザ
シシア
《ヴァルスレイ》
アーサー
ゼノ
イーライ
マキヤ
リナ
クロウ
《魔王軍》
セスラ
アークデーモン五体
陣形は《ヴァルスレイ》を中心に、左上に《ゼウスロウ》、右上に《デーモンロード隊》。
その背後には《魔王軍》が控える。
闇に覆われた荒野を、重い空気を裂きながら一行は歩みを進めていく。
今回は万の軍勢が出た場合、上位魔法を乱発することはできない。
長期戦を見据え、魔力を温存しながら戦う必要がある。
ゆえに、素早く目的地──ザギオンの城──へ辿り着くことが最優先だった。
だが、闇はいつでもこちらの動きを嗅ぎつけてくる。
張りつめた空気の中、一瞬の油断も許されない。
その静寂を切り裂くように、左翼から不吉な轟音が響いた。
デスナイトの大軍が現れたのだ。
無数の黒甲冑が月光を反射し、荒野を埋め尽くしていた。
その数、五百体。
闇に輝く眼窩が、一斉に遊撃隊を睨みつけてくる。
魔道士ネイトが素早く詠唱に入る。
「終焉を告げる焔よ、滅の鐘を鳴らせ──!」
第十階層魔法が放たれ、爆炎が敵軍を包む。
しかし、デスナイトの被害は軽微。
黒い甲冑が炎を弾き、立ち上がった兵の数はほとんど減っていなかった。
「くっ……耐えるのか!」
ネイトの焦りが滲む。
前衛はすぐさま対応に移った。
レオン、ルーク、レイ、リアンが陣を組み、波状攻撃を仕掛ける。
レオンのエクスカリバーが閃光のように走り、レイの槍が隙を突く。
ルークの聖剣が交差し、リアンの矢が敵の眼窩を正確に撃ち抜く。
だが、数が多すぎた。
デスナイトの剣が嵐のように降り注ぎ、地を割る。
一人が倒れれば、すぐさま別のデスナイトがその穴を埋める。
絶望の影が戦場に差し込んだ、その時──
後方からセスラが歩み出た。
人差し指を立て、静かに微笑む。
「いい魔法がありますよ」
その声は穏やかだったが、周囲の空気が一変する。
杖に魔力が吸い込まれていき、彼女の瞳が淡く輝いた。
わずかに唇が動いたかと思った瞬間、地が凍りついた。
第十二階梯魔法
──終焉氷獄
青白い冷気が嵐のように吹き荒れ、五百のデスナイトを瞬く間に飲み込む。
甲冑が悲鳴のような音を立て、次々と凍りついていく。
それは表面を覆う氷ではない。
骨の髄から凍てつかせる、生命を奪う氷の地獄だった。
セスラが杖の先で一体の腕を軽く叩くと──
粉々に砕けた。
その光景に、全員が息を呑む。
遊撃隊は更に奥へと進んでいった。
進むほどに、闇は濃く、重くなる。
ザギオンの城まで残り四十キロ。
しかし、その道のりは決して容易ではなかった。
闇は容赦なく、次々と新たな兵を送り込んでくる。
ゼウスロウも、デーモンロード隊も応戦し、幾度となく敵を叩き伏せた。
だが、闇が次に放ってきたのは、異形の軍勢だった。
それは「奇抜な兵士」と呼ぶにふさわしい存在。
人の形をしているが、全身が鋭利な武器で構成されている。
闇の金属光沢が、無数に煌めく。
その数──一万。
「来るぞッ!」
ネイトが詠唱に入る。
「滅びの鐘は鳴り響き、星は沈み、大地は裂け、天は崩壊する──!すべてを閉ざすは終末の魔光!我が力に宿り、最後の時を刻め……!」
第十階梯魔法
──終焉斬光
轟音と共に閃光が奔り、敵軍の中央を爆裂が貫く。
地面が隆起し、火柱が連鎖的に立ち上がった。
「今だ!切り込めーッ!」
レオンの怒号が戦場を突き抜ける。
ゼウスロウが突撃し、デーモンロード隊が右翼を支援。
だが、奇抜な兵士は常識を超えていた。
腕を刃へ変形させ、全方位から斬りかかってくる。
レイが嵐のように槍を振るうも、幾度も切り傷を負った。
ルークも防ぎきれず、鋭い一撃を肩に受ける。
「下がるな!まだいける!」
治癒士リリーが両手を掲げ、光を放つ。
彼女の癒光が戦場を包み、倒れかけた戦士たちが再び立ち上がる。
しかし、奇抜な兵士たちは不死身のようだった。
切り伏せても、再生し、立ち上がる。
ゼノは即座に判断を下す。
「デーモンロード隊、左翼へ回れ!援護を頼む!」
ゼロスらが応答し、左翼へ飛び込んでいく。
激しい衝突が巻き起こり、地面がえぐれる。
デーモンロードは敵を封印球に閉じ込め、その球を砕くと同時に兵士を消し去った。
だが、それでも数は減らない。
魔法は効きにくく、斬撃も通りにくい。
次第に前線が押され、遊撃隊の陣が歪み始めた。
ザギオンの城まで残り十キロ。
ここで崩れるわけにはいかない。
アーサーは振り返り、セスラに叫ぶ。
「セスラ、頼む!全力で!」
「了解しました」
彼女の声が静かに響くと同時に、杖が空を震わせた。
地面に紅蓮の陣形が広がり、上空にも同じ陣が出現する。
第十五階梯魔法
──焔墜裂破
詠唱と共に大気が震え、重力がねじれる。
天が裂け、紅蓮の彗星が落下してくる。
衝突の瞬間、灼熱の衝撃波が地を貫き、前方へと突き抜けた。
大地が爆ぜ、炎の奔流が一万の兵を飲み込む。
その光景は、まさに地獄そのものだった。
「これで、道が開けました」
セスラが息を吐きながら言った。
アーサーは頷き、前線を見据える。
敵は壊滅的打撃を受け、戦場の風向きが変わる。
レオンが咆哮を上げ、奇抜な兵士を切り刻む。
レイの槍が閃き、ルークが双剣で追撃。
リアンの矢が正確に敵の急所を貫き、リリーの治癒が次々と負傷者を立ち上がらせる。
ゼウスロウが前線を押し上げ、デーモンロード隊が突撃。
闇の軍勢は次第に崩壊していく。
ヴァルスレイは着実に前進を続けた。
一歩進むごとに、闇は濃く、圧力を増していく。
ザギオンの城まで残り三キロ。
「見えてきたな……あれが、今の我の城か」
ゼノが唇を噛み、忌々しげに呟く。黒雲が渦を巻き、雷鳴が轟いた。
奇抜な兵士たちは、最後の足掻きのように周囲の闇を吸収し始めた。
身体が倍に膨れ上がり、黒い稲妻が走る。
凶暴性は限界を超え、動きも速い。大地を砕く一撃が連続し、空気そのものが震える。
レオンが神速の二段斬りを叩き込む。
しかし、刃の腕がそれを弾く。
その直後、レオンは背後へ回り込み、一刀両断に斬り裂いた。
黒い血飛沫が宙を舞い、地を焦がす。
戦場の勢いは再びこちら側へ傾く。
全員が渾身の力で前進し、闇を押し返していく。
炎と雷が交錯し、轟音が夜空を揺らした。
そして──
ついに、ヴァルスレイはザギオンの城の前に立った。
巨大な黒の城壁が、夜空を覆い隠すようにそびえ立っている。
空気は凍りつき、誰もが息を飲んだ。
「ここが……最後の戦場か」
アーサーの声が、静かに響いた。




