魔王ザギオンVS魔王レグザード
──二日後
魔王レグザードとの魔王会談の日。
ゼノはまず、魔剣オメガの状態を念入りに確認した。刃先にわずかに光を宿らせ、握りを何度も確かめる。その目には、先に待ち受ける戦の予兆が映っていた。
ライトアーマーにマントを羽織り、破邪の仮面を装着する。
普段は隠している三本の頭の角が、暗い室内の光に照らされ、禍々しく浮かび上がる。その影はまるで、静かに世界を呑み込む獰猛な龍のごとき威圧感を放っていた。
魔力は極力抑えられている。それでも、ゼノの周囲に漂う気配は、空気を押しのけ、張り裂けんばかりに張り詰めていた。
息を呑むほどの絶対的恐怖――その気配を纏い、ゼノは微動だにせず、冷徹な瞳で室内を見据えていた。
少しして、セスラが宿屋に現れる。
「朝のご挨拶を申し上げます、魔王ザギオン様。魔王会談のお迎えにあがりました。」
「うむ、ご苦労であった。今日はよろしくたのむぞ!セスラよ」
ゼノの声には、朝とは思えぬ張り詰めた力があった。今日もまた、尋常でない戦いが待ち構えていると告げているようだ。
二人は、皆に見送られながら魔法転移の構えを取り、瞬間移動で魔王城前に降り立った。
「ほう、立派な城ではないか!城の大きさは、魔王の権力の大きさを示すからな。楽しみだ!」
ゼノの声には、わずかな好奇心と、鋭い戦慄が混じっていた。
城内に足を踏み入れると、重苦しい気配が立ち込める。
だが、門衛も、警備兵も、誰一人として見当たらない。
静寂が異様に響き、二人の足音だけが長い通路に反響した。
長く、暗い通路を歩み、目の前に巨大な門が現れる。
セスラは一礼して扉を押し開き、魔王の間に足を踏み入れた。
――――
中央には玉座が鎮座し、その上に魔王レグザードが君臨している。
横には三体のデーモンが、膝をつき、沈黙を保っている。
セスラは片膝をつき、声を震わせずに告げた。
「魔王軍四天王 魔法士団長 セスラ・ゼーリス、ただ今参上いたしました。こちらのお方は前魔王ザギオン様でございます。」
魔王レグザードは、重厚な鎧に身を包み、全身から禍々しい魔力を放つ。
その魔力は室内の空気を切り裂き、見る者の心を凍らせ、全ての存在を圧倒する。
その隣に膝をつくデーモンロードたちは、
魔王軍四天王 魔戦士団長 リゼル
魔王軍四天王 獣牙士団長 ギンガ
魔王軍四天王 暗殺部隊長 シキ
四天王が完全に揃っていた。
魔王レグザードが口を開く。
「前魔王ザギオンよ、よくぞここまで来れたものだな。敗北した魔王がノコノコ戻ってくるとは、余には出来ぬ芸当だぞ」
ゼノを煽るように、低く、重く、冷たい声が響き渡る。
「確かに……我は敗れた。だが、お前の目の前にいる元魔王は今は別人だぞ?
そんなことも見抜けないのか?魔王レグザードよ!
魔力だけで強さを判断する時代は終わったのだ!!」
ゼノの瞳が、深紅に煌めく。魔力の気配は抑えているが、静かな怒りが空気を震わせる。
「ほう、我を実力も見抜けない、間抜けな魔王とでも言いたいのか?
魔王ザギオンよ、よほど死にたいらしいな。」
その瞬間、玉座の間全体が張り裂けるかのような緊張に包まれる。
一触即発――戦端が、今まさに切られようとしていた。
「今日、お前をみて思ったことがある。それは、歴代魔王の中で”最弱”だと言うことだ」
ゼノは涼しい顔で言い放った。
「聞いていれば、言いたいことばかり言いやがって!」
魔王軍四天王、魔戦士団長リゼルの瞳が鋭く光る。眉間に皺を寄せ、握った拳が自然と震えた。
彼の背後で、他の二人も武器に手をかけ、戦闘態勢を整える。空気がビリビリと張り詰め、まるで雷雲が渦巻く前の静寂のように、場内全体が緊張に包まれた。
「まあ待て、四天王よ」
魔王レグザードの低く冷たい声が、静寂を切り裂く。「あやつとはこれから”殺し合い”をする。その目でしっかり見ておけ」
その一言だけで、戦士たちの身体中に戦慄が走る。戦いの気配が、肌の奥まで染み込むように迫る。
誰もが本能で理解していた――これから目撃するのは、歴代魔王に匹敵する力の激突。
すると、玉座に座していた魔王レグザードがゆっくりと立ち上がった。
その動作一つで、部屋全体の空気が圧迫されるような、強烈な存在感が漂う。
「魔王レグザードよ、一人で大丈夫なのか? 我は四人同時でも相手できるぞ?」
「舐めおって、お前なんぞ我だけで十分だ」
魔王レグザードは深く息を吸い込み、全身の魔力を解放した。
その瞬間、空気が渦を巻き、嵐のごとき魔力の奔流が室内を支配する。
――――
「いでよ──《魔剣デスブリンガー》」
天井から、巨大な魔剣がゆっくりと落ちてくる。
鋭い光を放ち、空気を切り裂きながら、床間近まで迫る魔剣。
その動きを見て、ゼノも動いた。
体の正面に空間が裂け、黒い裂け目の中に手を差し入れる。
指先が触れた瞬間、漆黒の魔剣グラムが、静かにしかし確実に現れた。
鋼と魔力が渾然一体となったその剣は、握るだけで心拍が加速するほどの存在感を放っている。
魔王レグザードは魔剣を握り、全力でゼノに斬りかかる。
「おい! 遅すぎるぞ! もっと早く動け」
ゼノは寸前で剣撃をかわし、さらに続く一撃、二撃、三撃──全てを見切り、僅かな隙を突いて反撃する。
「こしゃくな! 動きだけは早いようだな、では、これはかわせるか?」
第十二階梯魔法──
蝕爆界
黒日が昇り、世界を“蝕”の闇が覆い尽くす。
その中心で光と闇が反転し、膨大なエネルギーが暴発する。
天と地の境界が消え、世界そのものが飲み込まれていく。
──《タナトスワールド》
黒い防御結界がゼノの周りを覆い、強烈な爆発を完全に防いでいる。
ゼノは防御結界の内側から冷静に、魔王レグザードの動きを見据える。
アーサーがよく使う技でもある。
剣魔五殺
──天断一閃
刹那、タナトスワールドを打ち破り、ゼノは神速の速さで魔王レグザードの腹部を突いた。
鎧は爆散し、剣が肉に深く突き刺さる。魔王レグザードは一歩後退した。
「魔王レグザードよ、まだ分からぬか? 主と我とでは力の差は天地ほどに大きいぞ。それを一目で見抜けぬなら、魔王なんかやめてしまえ!」
「ふふふ、手加減してしまったこと、詫びるぞ」
レグザードは不気味に笑った。
「ほう! 大口を叩く、なら本気を見せてみろ」
「後悔するぞ! 我が真の力!!」
――――
魔王レグザードは全身から魔力を迸らせ、周囲の空気が震えた。
身体を覆う闇がうねり、次第にドラゴンの姿を纏うが、その威容はなお人型──
魔導龍──《ドラマギア》
「面白い。ドラゴン由来か、全力でかかってこい!」
その瞬間、空間ごと揺らすような轟きが響く。
人型のドラゴンとなった魔王レグザード《ドラマギア》は、神速で暴れ回る。
魔剣デスブリンガーを振るう度に、鋼鉄が粉砕されるような衝撃波が発生し、地面は亀裂を走り、周囲の空気が焼き焦がされる。
拳と蹴りが衝撃を伴い、轟音を引き連れて炸裂する。
その口から吐き出される灼熱の奔流は、まるで地獄の業火の如く、大地を焼き払い、空気を裂き、進路上の全てを無差別に消し去る。
その眼光は漆黒に光り、深淵のような邪悪さを帯びている。
圧倒的な力――ただ存在するだけで世界を脅かす威圧感が、戦場を支配していた。
だが、ゼノはそのすべての攻撃を完璧にかわした。
(やはりこの程度か。昔の魔王ザギオンよりは弱いくらいだろう……そろそろ決着をつけるか)
ゼノは魔剣グラムに限界まで魔力を込め、十二階梯魔法を剣に宿すと、魔剣グラムを空高く放り投げた。
その瞬間、《ドラマギア》の瞳が凍るように光った。
右手に握った魔剣デスブリンガーを振り下ろし、左手の拳を同時に振り抜く。ドラマギアの両手から繰り出される連続攻撃は、空気を切り裂くほどの速度と重圧を伴って迫った。
ゼノは咄嗟に上空へ跳躍する。体が宙に舞い、風が彼の髪と服をなびかせる。右からの剣は、体を反らすことでぎりぎり回避。左手の拳は、拳先がかすめる寸前で逆に叩き返した。
ガキッ!
ゼノの拳がドラマギアの拳を殴り、体勢が大きく崩れる。空気がビリビリと震え、衝撃で床の砂塵が舞い上がった。
「──剣魔五殺ッ!!」
ゼノの声に魔力が乗り、拳が重厚な破壊力を伴って飛ぶ。
ドラマギアは咄嗟に踏ん張ろうとするが、パンチの衝撃で後方に崩れ落ちる。
ゼノの瞳には熱が宿り、全身から戦士としての覚悟と仲間を守る意思が漲っていた。
一撃一撃が、ただの拳ではなく、戦場を支配する重厚な力として放たれる。
ゼノの叫びが戦場を震わせる。空が悲鳴を上げ、大地が共鳴した。
「天墜轟破ッ!!」
その一閃は、まるで天界から降り注ぐ裁きの剣。
剣が落下する瞬間、黒雲を貫き、巨大な光柱が地を貫く。
衝撃波が奔り、山を崩し、空気そのものを焼き切る。
世界が一瞬、無音になり、続いてやってくる轟音は、まさに神の咆哮そのものだ。
魔剣グラムは魔王レグザードの右肩を貫き、その勢いのまま地面に刺さっていた。
魔剣技をまともに受けたのだ、ただでは済まないだろう。
「クグッ……やりおる、魔王ザギオンよ、だが……まだ本気を出してないようだな、末恐ろしい存在だ」
「魔王レグザードよ! 主も中々の強者だ。少し話をしないか?」
ゼノは話し合いを持ちかける。
先ほどの激闘は、話し合いに繋げるための布石だったのだ。
――――
「余の命は取らないのか?」
レグザードが問う。
「必要ない!」
ゼノは鋭く返した。
「我はお主を殺しに来たのではない。我らのクランに協力してもらいたいだけだ」
威厳を滲ませ、ゼノは魔王レグザードを見据える。
「……魔王ザギオンが余に協力を求めるか……」
レグザードは少し考え、言い放つ。
「我に何を求める?」
「補給だ! 我がクランは魔大陸北西部を目指し、宿敵『原初の闇』を討つために旅をしてきた。だが魔大陸では食料や清らかな水が手に入らぬ。その補給を魔王レグザードにお願いしたい!」
「それは……闇の軍勢のことだな?」
レグザードは静かに問いかける。
「そうだ! 闇の軍勢のことだ! 情けない話だが、我は一度奴に敗北している」
ゼノの顔がわずかに歪んだ。
魔王レグザードは話を聞き終えた後、口を開いた。
「魔王ザギオンをも凌ぐ闇の軍勢か……侮っておったな」
レグザードはセスラを呼び、闇の軍勢討伐のための増軍を指示した。
そして最後に、魔王ザギオンへの補給支援と後方支援も命じた。
「魔王レグザードよ、礼を言う」
「礼など要らぬ。本来なら、この地の闇を払うのも余が魔王軍の務め。
だが……人族ら勇者どもの勢い、想定以上だ。下手に動けば、こちらの被害も無視できぬゆえな」
「魔王レグザードよ、勇者パーティーの脅威もわかるが、その後のことにも目を向けよ。真に脅威なのは原初の闇だということを!
それはセスラが一番よく理解しているはずだ」
魔王レグザードがセスラに目を向ける。
「勝手に発言することをお許しください。
十万の魔王軍は魔都市ニドを拠点にし、前線を押し上げるべく日々善戦せておりました。
何度も作戦が成功し、少しずつ前線を上げて参りましたが、その頃からダークナイトが現れ始めました。
ダークナイトは巨大で厚い鎧に覆われ、振るう大剣はすべてを粉砕します」
セスラは一呼吸置いた。
「そして現在、ダークナイトの影響もあり、魔王軍の兵士数は五千体を切っており……限界状態です」
「闇とはそこまでの軍勢なのか。セスラよ、今までよく耐えてくれた。増軍の詳細は後に話そう」
そう言い終えると、魔王レグザードは考え込む。
「……なあ? 魔王ザギオンよ、闇について分かることがあれば教えてもらえぬか?」
「よかろう。知っている事は多くはないが、語ってやろう」
ゼノは思い出すように、ゆっくり話し始めた。
「闇と初めて対峙したのは、勇者ルシエルとの最後の決戦の最中だった。
闇は我らを突然攻撃してきたが、我らも反応し、とっておきの技を二人同時に叩き込んだ。
するとどうなったか、想像つくか?」
「勇者と魔王のとっておきの技を同時にくらえば、普通は存在ごと消滅するな」
魔王レグザードは静かに答えた。
「そう、そうなんだ! 通常ならな。
だが闇は、『……痛い』の一言だけしか言わなかった!その直後、闇の古代魔法一発で瀕死にされたという訳だ」
ゼノは悔しそうに拳を握る。
「では何故、お前はこの世で生きていられるのだ? 死んだのではないのか?」
魔王レグザードが尋ねる。
「勇者ルシエルに転生魔法をかけられたようだ。そして我もまた命が尽きる前に勇者ルシエルを百年後に転生させた」
セスラは内心、驚きを隠せなかった。
今の話の内容からすると、勇者ルシエルの正体はアーサーである可能性が高い。
あのアーサーが元勇者……笑いがこぼれそうになった。
「魔王ザギオンよ、話したくないことまで語ってくれたこと、深く感謝する。
それと同時に、余の魔王軍は闇の軍勢を正式に敵とみなし、軍事行動を本格化させ、闇を制圧する。
補給の件も任せておけ、セスラを全面的に協力させる。必要であれば、四天王も動かすぞ」
ゼノは魔王の風格を滲ませつつ、魔王レグザードに告げた。
「魔王レグザードよ、主の計らい感謝する。前線は我らが上げることを約束する」
ゼノの声には揺るぎない決意が宿り、背筋まで凛と伸びていた。光を反射する瞳に、これまでの戦いで培った重みと信念が映る。
「そして必ず”原初の闇”を屠る!この戦いは伝説になるぞ」
言葉の端々に、怒りと希望、そして深い覚悟が混ざり合い、周囲の空気まで熱を帯びるようだった。
「伝説の戦いか……それは興味しかないな」
魔王レグザードは不敵に笑い、しかしその瞳の奥には、何か柔らかく温かい光がちらついた。戦いを経て芽生えた、元魔王と現魔王、二人の微かな友情――戦場の荒波の中で、確かにその瞬間、静かに生まれたのかもしれない。




