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魔王会談

アーサーは『ゼウスロア』を後にした。

扉をくぐった瞬間、ひんやりとした外気が頬を撫でる。

その表情には満足の色が浮かんでいた。

会談はうまくまとまった――だが、胸の奥に灯る熱は冷めていない。


「次は……魔王軍四天王、セスラだな」


アーサーは小さくつぶやくと、転移の魔法陣を展開した。

蒼白の光が足元を満たし、空間が音もなく歪む。

強烈な光とともに、彼の姿は掻き消えた。


──魔都市ニド。


転移が完了すると、重い魔力の空気が肌を刺した。

アーサーは深く息を吸い込み、軽く昼食をとって休息を取る。

身体の芯に溜まった緊張をわずかにほぐした後、再び立ち上がった。


「さて、セスラの魔力を探そう」


――スキル《魔力感知》。


薄い魔力の波が周囲へと広がっていく。

街全体を覆うように意識を拡げると、無数の灯が夜空に散る星のように瞬く。

だが――目的の魔力は見当たらない。


(どうやら街にはいないらしいな……)


アーサーは目を閉じ、意識をさらに遠くへ飛ばした。

戦場の方向へと感覚を向ける。

すると、荒れ狂う魔力の嵐の中に、かすかな光が見えた。


(……ん?これだな。ここから十キロ地点で戦っている……だが、セスラの魔力が明らかに尽きかけている)


アーサーの眉がわずかに動く。

考えるより先に、体が動いた。


「ちょっと戦場まで行ってくるか」


瞬間、転移魔法を発動。

再び光が彼を包み、音もなく戦場の空間へと飛ぶ。


──そこは地獄のような光景だった。


黒煙が立ちこめ、爆ぜる音と悲鳴が混ざり合う。

大地は裂け、魔力の余波が焼け焦げた鉄の匂いを放っている。

かつての誇り高き魔王軍は、いまや崩壊寸前。


兵の数は五千にまで減り、闇の軍勢の猛攻に押し潰されていた。

前線ではダークナイトたちが暴れ回り、鋼の鎧が血に濡れて鈍く光る。


その後方に、杖を握ったまま膝をつく者がいた。

魔法士団長――セスラ。


呼吸は荒く、肩は震えている。

それでも、目の奥にはなお戦う意志の火が残っていた。


アーサーは地を蹴り、一瞬でセスラの傍に駆け寄る。


「セスラ!大丈夫か?俺ひとりだけど助けに来たよ。気をしっかり持ってくれ!」


その声を聞いた瞬間、セスラの胸に熱いものが込み上げた。

闇との戦いが始まってから、ずっと孤独だった。

だが今、自分を気にかけ、助けに来てくれる者がいる。

その事実だけで、心の奥がわずかに救われる。


「アーサー様……ご助力、感謝いたします……」


そう言い終えると同時に、セスラの身体が前に傾き、静かに倒れた。


――――


「セスラ、よく頑張った。あとは俺に任せて!」


アーサーは倒れたセスラをそっと地に寝かせ、立ち上がる。

風が巻き上がり、彼のマントが大きくはためいた。


――視界の先、戦場はまさに混沌そのもの。

両軍が入り乱れ、血と炎と叫びが渦を巻く。


アーサーは一瞬で全体を見渡し、冷静に分析を始めた。


「前線は乱戦状態か……闇の軍勢の後方は?」


――スキル《神眼》。


視界が広がり、遥か遠くの敵陣が透き通るように見えた。

黒き軍勢は十万を超える。

剣で切り抜けるには、あまりに多い数だった。


「ならば……まとめて吹き飛ばす」


アーサーは静かに右手を掲げる。

空気が重くなり、周囲の魔力が一点に集束していく。

その瞳には、勇者としての覚悟と、かすかな怒りが宿っていた。


精神を統一し、低く詠唱する。


第十五階梯魔法

──熾天光爆セラフィック・ノヴァ


「天よ――応えろ」


瞬間、世界が光に飲み込まれた。


天を焦がすほどの光束が降り注ぎ、大地を焼き尽くす。

闇の軍勢を包み込むその輝きは、まるで神の怒り。

轟音とともに、地面が持ち上がり、空そのものが裂けたかのようだった。


対象は――「光に触れ得る存在すべて」。


燃え、砕け、消えていく。

敵の魔法陣も、まるで塵のように吹き飛んだ。


「残り九回!」


アーサーは息を整え、再び詠唱を紡ぐ。

光が連続して爆ぜ、十度にわたり天地を貫いた。


そのたびに地鳴りが響き、あたりは白銀の海と化した。

建物は崩壊し、樹々は灰となり、空気すら震える。

焦げた匂いと、残留する魔力の粒が風に舞い、世界は一瞬――神聖な静寂に包まれた。


戦場は跡形もなく変わっていた。

十万を誇った闇の軍勢は、いまや一万に満たない。

生き残った者たちは混乱し、次々と退避を始める。


「これでいい……」


アーサーは蒼く輝く聖剣ゼータを抜いた。

剣身に宿る光が空気を裂き、刃鳴りが雷のように響く。


「まずはダークナイトを全て叩く!」


地を蹴った瞬間、視界が閃光に変わる。

アーサーの姿はまるで嵐そのもの。

その剣閃は音よりも速く、ダークナイトたちを紙のように切り裂いていく。


「まだだ――!」


一体、また一体。

ダークナイトたちが次々と斬り伏せられていく。

そのすべての攻撃は神眼によって見切られ、一度たりともアーサーに届かない。


そして――すべてを斬り終えたとき、戦場に残るのはただ一人。

聖剣を携えた勇者だけだった。


アーサーは聖剣を納め、静かに息を吐く。

セスラのもとへと戻り、肩を叩いた。


「セスラ!起きろ!魔王軍を立て直すチャンスだ!早く指揮を取るんだ!」


セスラの瞼が震え、ゆっくりと開く。

目覚めた瞬間、その瞳の色が変わった。

覚悟と責任を取り戻した戦士の顔だった。

瞬時に戦況を確認する。


「アーサー様……お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ございません。そして……ありがとうございます。見事に戦況がひっくり返っております」


「無事で何よりだよ。闇の軍勢の戦力は十分の一にしておいた。ダークナイトも壊滅させたから、あとの指揮は君に任せるよ」


「え?ダークナイトを……?何をなさったんですか?」


「ただ切っただけだよ」


「何百体もいた気がするのですが……」


「そう!何百体も切ったんだ。いやー、いい剣を見つけてさ!」


アーサーは笑う。

その明るさに、セスラは思わず苦笑を漏らした。


(このお方は……やはり人の理では測れませんね)


「ここからは私が必ず前線を押し上げてみせます」


「じゃあ、俺も手伝うよ」


二人は目を合わせ、頷き合う。

そして再び戦場へと飛び込んだ。


──その戦いは、夜が更けるまで続いた。


――――


――魔王軍駐屯地・魔法士団長テント内


アーサーとセスラは、静かに向かい合って座っていた。

戦況はわずかに前進。

それでも、この結果は確実な希望をもたらした。


「本題に入りたいんだけどいいかな?」


「はい。何でもおっしゃってください」


アーサーは真剣な眼差しで続ける。


「原初の闇を討つ準備は、ほぼ整っている。古代魔法の起動方法も確認済みだ。あとは術者の能力次第だな」


セスラは静かに頷く。


「そして、SSSクラン《ゼウスロア》が、護衛部隊として共に行動してくれることになった。

……だから、魔王軍に補給を手伝ってもらいたいんだ」


セスラは少しだけ目を伏せ、考え込む。


「……協力に異論はございません。ですが魔国は勇者との戦いで苦戦しております。魔王は全勢力を戦場に投じ、原初の闇の件は後回しになっているかと」


「まぁ、だろうね」

アーサーは肩をすくめ、笑みを浮かべる。


「セスラってさ、正直……魔王への忠誠心って高いの?」


「アーサー様だからこそ言いますが、忠誠心などありません。あの方は横暴で冷酷です。私は四天王としての義務を果たしているだけです」


アーサーは大笑いした。


「ははっ!だよなぁ!」


そして、ふと真顔に戻り尋ねる。


「前魔王ザギオンと、現魔王レグザード。どっちが強いと思う?」


セスラは空を見上げる。


「……前魔王ザギオン様でしょう。私は直接お会いしたことはありませんが、その武勇は数多く語られています。人々の記憶に残るほどの存在ですから」


(ゼノ、案外評判いいな。今度酒でも奢るか)


アーサーは口元に笑みを浮かべた。


「なるほど。じゃあもし、前魔王と現魔王が話し合ったらどうなると思う?」


「話し合いにならないでしょうね。知的で合理的な魔王と、横暴で強引な魔王が話しても、結論は出ません」


アーサーはニヤリと笑った。


(いける……この流れなら、ゼノをぶつけられる)


「セスラ、その会談をセッティングしてもらえないか?」


「……は?」


セスラの目が点になる。


「あ、そうだ。言ってなかった。うちのクランには元魔王――ザギオンがいるんだ。知ってるだろ?あの偉そうなやつ」


「!!あ、あのお方が……!?わ、私はなんて無礼を……!」


セスラは焦りで顔を青くした。


「で、どう?無理ならザギオンを一人で魔王城に行かせようかと思ってるんだけど」


「それだけは絶対にやめてください!!!」


セスラは即座に立ち上がった。

そして深呼吸をし、落ち着きを取り戻す。


「……わかりました。魔王レグザード様には私から直接話をつけて参ります。この会談、必ず成功させてみせます」


アーサーは微笑み、立ち上がる。


「セスラがいない間は俺が何とかしておく。だから会談のことだけ考えろ。いつ行けそう?」


「今から行ってきます。早ければ早いほど良い気がしますので」


言うが早いか、セスラの足元に魔法陣が展開される。

光が彼を包み、静かな音を立てて消えた。


アーサーはその光を見送りながら、呟いた。


「頼んだぞ、セスラ」


──そして、戦いの歯車はさらに加速していく。


――――


ある夜、アーサーとゼノは夜の鍛錬を終え、酒場で酒を飲んでいた。

鍛え上げた体に酒の温かさが染みわたり、疲労と心地よい緊張感が混ざる。


今夜の目的は、ゼノに魔王レグザードとの交渉を任せるため。事前に話してあるので、話はスムーズに進むはずだった。


アーサーがグラスを傾けながら口を開く。


「 魔王軍の補給の話、うまくまとまらなかったよ。セスラは協力したいらしいけど、魔王レグザードが闇に興味がないらしくて困ってる状態だ 」


ゼノは片眉を上げ、にやりと笑う。


「 さようか、なら我も準備せねばならぬな。まあ、準備といっても準備体操位だがな 」


(前に元魔王のこと、気にならない事もないって言ってたから、楽しみなんだな……でも、嫌な予感しかしない)


アーサーは心の中で呟きつつ、ゼノの様子を観察する。


「 何の話をするかわかってる? 」


「 決まっておる!どっちが強いかだ! 」

ゼノは拳を握りしめ、戦闘前の戦士のような気迫を放つ。


(またこのパターンか……まあ、最悪ゼノが魔王を倒す方向で考えればいいか)


アーサーは苦笑いする。


「 なあ、ゼノ、今回は話だけでいいんだ。補給を手伝ってもらうだけでいい 」


「 主は魔王というものをわかっておらぬ。頼み事をした時点で屈服したことになる。どちらが上か証明すれば、おのずと道は開かれよう 」


「 ふーん、魔王にも色々あるんだな。まあ、補給が出来れば何でもいいよ 」


アーサーは肩をすくめ、半ば諦めながらも希望を捨てていなかった。


「 まあ、まかせておけ!我に出来ぬことはない 」


──次の日早朝


霧に包まれた宿屋前。まだ街は眠っており、淡い光が建物を照らす。

セスラは息を整え、深呼吸を一つ。

今日の任務の重大さを思いながら、静かに宿屋の扉を押し開ける。


アーサーの部屋の前に立ち、ノックを打つ。


「 コンコン、おはようございます。セスラです。早朝から申し訳ございません、急ぎの話がありまして 」


扉の向こうから、アーサーが慌てて半裸で現れる。


「 セスラ、おはよう!こんな格好でごめんね 」


アーサーは急いで服を整え、席につく。

セスラは毅然とした態度で座り、緊張を隠すように背筋を伸ばす。


「 今回協力してくれたこと、本当に感謝するよ!わざわざ魔国にまで戻ってもらって……で、成果はどうだった? 」


アーサーは前かがみになり、期待と安堵を混ぜた視線で問いかける。


セスラは深く息を吸い、静かに口を開く。


「 結果から申し上げますと、魔王レグザード様は、魔王ザギオン様との会談に合意致しました、が、これには条件があります。詳しくはゼノ様にお聞きください 」


アーサーの目がぱっと輝いた。


「 そうか!大役ありがとうセスラ、この恩は忘れないよ。後はゼノが補給の件をどう説得するか……だな 」


「 補給に関しては、私からも何もお伝えしておりませんので、ゼノ様の交渉は重要です 」

セスラは冷静に告げるが、その肩の緊張は隠せなかった。


「 今からここにゼノ呼んでくるから、二人で色々話してみてよ!何か決まったら教えて 」


アーサーが部屋を出て行くと、しばらくしてゼノがゆっくり入室した。

椅子に腰かけ、鋭い眼光で周囲を見渡す。戦士としての威圧感が漂う。


最初に口を開いたのはセスラだった。


「 ゼノ様……いえ、魔王ゼギオン様、前回の無礼な行い、お許し下さいませ。今回は魔王レグザード様との会談について、ご報告に参りました。 」


セスラは体と額に汗を浮かべつつも、呼吸を整えて話を続ける。


「 セスラと言ったか?そう緊張するな、これでも魔力は、最小限に抑えている状態だ 」


「 ご配慮痛みいります 」


セスラは一瞬恐怖で硬直するが、すぐに呼吸を整え、顔を上げる。


「 会談の件でございますが、双方の合意により実現することとなりました、ですが一つだけ条件を出されました。……魔王レグザード様と魔王ゼギオン様の決闘です 」


ゼノは不敵な笑みを浮かべた。


「 ハッハッハッ、面白い、我と戦う資格が、魔王ごときにあるのかどうか、我が目で確かめてやろう 」


「 それで、我はいつ魔王城に行けばよいか? 」


「 二日後の朝に、私がご案内致します 」


「 よし!わかった。この宿屋で待ち合わせだ。ここに着いたら声をかけてくれ 」


ゼノは静かに去って行き、アーサーが部屋に入り深い感謝を伝えた。


「 セスラ、今回の大役、本当にお疲れ様だったね!ありがとう 」


アーサーの瞳には、誇りと信頼、そして戦士としての尊敬が色濃く映し出されていた。

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