古代兵器
アーサーはこの時、死ぬほど待っていた。
なぜなら、それは古代聖剣ゼータと出会えるからだ。
エクスカリバーには申し訳ないけれど、この興奮だけは止められない。
奥の扉を押し開け、六人は静かに中へと入っていった。
途端、冷たい空気が肌を刺し、緊張の気配が場を支配する。
広間の中央には、いつものように巨大な石版がそびえていた。
その表面一面には、びっしりと古代文字が刻まれ、淡く青白い光を放っている。
リナはその光を見つめながら、わずかに息を整える。
そして、どこか覚悟を決めたように振り返った。
「では今回も一時間、時間をください。間違いなくこの石版の内容には重大なことが書かれています。」
リナは静かに言い残すと、背を翻し、軽やかに神殿の奥へと戻っていった。
残る五人は、散らばっている武具の鑑定を始めた。
石畳の上には、いくつもの武器が整然と置かれ、その一つひとつがかすかな魔力の脈動を放っている。
魔剣シビル、魔剣レグニ、魔槍グングニル、弓ノーグル、杖エルド・オブリヴィオン、槌アーク・アナイアレーター
「今回は武具自体が少ないな」
ゼノが低く言った。その声には、わずかな警戒と落胆が混ざっていた。
「多分、挑戦する人がほとんどいなかったんだろうねー。魔大陸の端っこだし」
アーサーも少し肩を落としながら同意する。
だが、彼の瞳にはまだ、探求の炎が宿っていた。
「でも杖と槌が手に入った。リナとイーライの装備を変えれば、また一段とレベルが上がるはずだ」
アーサーは自身たっぷりに言い切り、口元に笑みを浮かべた。
それは戦士としての自信と、仲間を思う誇りの笑みだった。
そして、気持ちを切り替え、振り返る。
「よし、次は太古の武器を探そう!」
「どこにもないよ、太古の武器」
マキヤが首を傾げながら言った。
「だって、部屋中見回してもどこにもないでしょ?」
「た、た、たしかに……石版しかない」
アーサーはその場で崩れ落ち、両手で顔を覆った。
「今度ご飯付き合ってくれたら探してあげるよ!」
マキヤが軽く笑いながら言うと、アーサーは藁にもすがるように顔を上げた。
「お願いだ、マキヤ!」
「私は忍者。斥候も得意だよ!少しだけ待っててねー」
そう言うと、マキヤは猫のように軽やかな動きで部屋の隅々を調べはじめた。
その目は鋭く、すでに獲物を狙う狩人のそれだった。
彼女の頭の中には、過去の石版の記憶が蘇る。
(そういえば、前の石版で“神殿の奥の方にある”って書かれてたっけ?)
神殿の奥には出口の扉しかない。
それなら、隠している場所は──そこしかない。
マキヤは無言で出口の石畳を調べはじめた。
指先で石の継ぎ目をなぞり、耳を近づけ、微かな違和感を探る。
その動きはまるで熟練の盗賊のように無駄がない。
やがて、ひとつの石にわずかな浮きを感じ取る。
「……ここだ」
双剣を抜き、刃を石と石の間に突き差す。
ギリリ、と金属音が響き、彼女は剣をゆっくり下げた。
すると、重い石がわずかに浮き上がる。
「当ったりー♪」
マキヤは嬉しそうに声を弾ませ、石を持ち上げて横へと移動した。
その下には、わずかな出っ張りのような突起が隠されていた。
マキヤは迷わず、その石を押し込む。
次の瞬間──
石畳全体がゴゴゴと音を立てて動きはじめた。
空気が震え、床がわずかに揺れる。
重厚な石が左右に開き、舞い上がる砂埃の向こうに階段が現れた。
まるで地下の奥底へ誘うように、暗闇がぽっかりと口を開けている。
「マキヤ、すごい才能だな」
ゼノが目を見開いて言った。
その声には驚きと感嘆が入り混じっている。
アーサーは立ち上がり、両手を高く掲げて叫んだ。
「マキヤー!ありがとう!!」
「さすがマキヤねーちゃん!えらい!」
イーライも嬉しそうに跳ねながら言った。
「まだ罠があるかもしれないし、安心できないから私が先頭行くね。みんなついてきて」
マキヤは双剣を構え、慎重に階段を降りはじめた。
その背中を、仲間たちは信頼のまなざしで見つめていた。
階段は滑らかに磨かれた石畳で造られており、まるでつい先ほどまで人が通っていたかのように整っている。
冷たい風が下から吹き上がり、どこか聖域のような気配が漂っていた。
しばらく進むと、通路の先にぼんやりと光が見えはじめる。
そして──六人は、広大な半球状の空間にたどり着いた。
そこは静寂に包まれていた。
壁面には古代の文様が彫られ、天井には星空のような光が点々と瞬いている。
敵の気配はない。
だが、目に見えない何かが空間全体を包み込んでおり、まるで“神そのもの”の存在を感じさせた。
――――
部屋の端には、謎の素材でできた四角い箱が数個、整然と並んでいた。その上には鋭い刃を持つ武器が突き刺さっており、冷たい光を放っている。箱の側面には古代文字が刻まれ、光を反射して淡く輝いていた。
「聖剣ゼータってこれかな?」
アーサーは慎重にマキヤを見つめ、声をかける。
スキル鑑定改でも鑑定は不可能。マキヤは深呼吸し、聖剣ゼータに視線を落とす。まるでその存在を舐めるかのように、目で追い、手で触れるように観察した。だが、得られる情報は一切なかった。唯一わかったのは、この剣が未知の素材で作られているということだけだった。
「あー全然駄目だわ、全くわからない素材でできてるし、これが剣なのかもわからないよ」
マキヤは肩を落とし、残念そうに呟く。
「あ、でも剣抜いちゃえばいいんじゃない?」
その瞬間、マキヤの顔に僅かな笑みが戻る。元気が湧き上がったようだった。
アーサーは深く息を吸い込み、思い切って聖剣ゼータを握った。
瞬間、電撃のような衝撃が腕を走り抜け、視界が一瞬赤く滲む。剣は大量の魔力を吸収し始め、アーサーの全身が熱を帯びる。
魔力の制御は不可能で、剣は一方的に魔力と生命エネルギーを吸い尽くしていく。
アーサーは必死に手を引き、聖剣ゼータを放した。全身から力が抜け、床に膝をつく。
「やばかった、やばいなんてものじゃない……この剣は最後の切り札でないと自分が持たない」
肩を落としつつも、アーサーは心の奥で納得していた。聖剣ゼータの恐ろしさを身をもって理解したのだ。
その時、奥からリナの声が響いた。
「……皆さん、お待たせいたしました。石版の解析が……終わりました」
リナの声は低く、どこか震えていた。
喜びの色は一切なく、その表情には深い影が落ちている。
「これで……全て、繋がってしまいました」
静まり返る空気。
仲間たちは息を潜め、リナの次の言葉を待つ。
彼女は険しい表情を崩さぬまま、ゆっくりと口を開いた。
「最初に――古代魔法の発動条件が分かりました。簡単に言えば、一人の人間が四つの別々の詠唱を行い……最後に、それを一つにまとめることで古代魔法が起動します」
リナは言葉を止め、目の前の状況を整理するかのように静かに言った。
「一人の人間が四つの詠唱を同時に行うことが必須条件となります」
みんな静まり返った。
一人で四つの詠唱なんかできるわけがない。
しかし、クロウが珍しく口を開いた。
「さすがは古代の魔法、人智を超えている、が、それは己がいれば問題ではない」
リナが驚き、クロウに視線を向ける。
クロウは落ち着いた声で続ける。
「己はリッチキング、不死を司る王、両手に死霊を憑依させ、術者自身にも死霊を憑依させる。これで口は四つとなり、古代魔法の使用が可能となる」
その説明は、誰もが理解不能なほど複雑で危険なものに聞こえた。
「憑依のリスクはあるの?」
マキヤが恐る恐る尋ねる。
「自分の体の中で他人が動くのだから、それなりの違和感はある。だが無害だ、心配するな」
クロウは淡々と答える。
リナの顔が次第に明るさを取り戻す。
「クロウさん!その訓練、ぜひやらせてください!力を貸してくれませんか?古代魔法を完成させたいんです!」
クロウはゆっくりと浮かび上がり、静かに頷く。
「憑依させることは簡単だ、だが問題は四つの詠唱を如何に一つに纏めるか……にかかっておる、時間がない。訓練は明日から始める」
「はい!わかりました。よろしくお願いします」
リナの瞳には燃え盛る炎のような決意が宿っていた。
――――
アーサーはリナに声をかけた。
「聖剣ゼータが刺さっている石に書いてある古代文字ってなんて書いてある?」
「これはですね、『古代聖剣ゼータここに眠る 眠りを妨げるものは 試練を受けよ 壮絶なるそれを超えれば 我は其方に力を貸すだろう』って書いてます、試練受けるんですか?」
リナは心配そうに顔を歪める。
「実はさっき試したんだけど、とんでもない試練だったよ。魔力も、生命エネルギーも全て吸い尽くされる……死しか見えない世界だったよ」
アーサーは深く呼吸を整える。
「だけど、もう一度やってみるよ、こんなところで死んでられないしね」
意識を研ぎ澄ませ、アーサーは自分の体と精神をアップデートする。
魔力の放出総量、生命エネルギーの強度、そして絶対に飛ばされない強い意識――全てを最適化した。
スキルを使わず、アーサーは再び聖剣ゼータを握った。今度は自らの力を全て流し込む!
聖剣ゼータは無尽蔵に魔力と生命エネルギーを吸い込み、部屋の空気が震えるほどの圧力が周囲に広がる。アーサーの全身の毛穴から力が迸り、血管が浮き出る。
「うおおおおぉ!」
魂の奥底から叫びをあげ、アーサーは限界を超えた力を流し込み続ける。
まだ底は見えない。だが、命を惜しむわけにはいかない。剣が求めるものは、覚悟と全力のみ。
「覚悟は決まっている」
アーサーの全身から放たれる魔力と生命エネルギーが、剣の刃先に吸い込まれていく。
長い時間が過ぎた。顔色は青白くなり、呼吸も浅くなる。だが、意識は鋭く、剣の声がわずかに耳に届く。
「そろそろ……きついな」
魔力の放出量が、みるみるうちに半減していく。
残されたのは、生命エネルギーのみ。
アーサーはそのわずかな力を振り絞り、立ち向かった。
――目と口、耳から血があふれ出す。
その時、古代聖剣ゼータの表面に薄いひびが走り、やがて大きな亀裂となって剣は爆散する。その瞬間、刀身が蒼く輝き、刻まれた古代文字も青く光り出す。
「試練を……超えたのか?」
アーサーは床に膝をつき、血を吐きながらかろうじて呼吸を整える。
聖剣ゼータは宙に浮かび、ゆっくりとアーサーの元へ降りてくる。胸の前に静かに収まり、アーサーを持ち主として認めた瞬間だった。
「はは……よろしくな、聖剣ゼータ……」
その言葉を最後に、アーサーは意識を失った。
「ふむ、アーサーでこの有様か、それなら我もそれ相応の覚悟をしなくてはならぬようだな」
ゼノは魔剣オメガの前に立ち、力強く剣を握る。
〈我が眠りを妨げるもの、死を持って償うべし〉
刹那、ゼノの体から膨大な魔力が引き剥がされる。だがオメガは魔力を吸い続け、ゼノは自然界の魔力を取り込みながら抵抗する。
「我の魔力は無尽蔵だ!いくら魔力を吸われても、枯渇する事はないと思え!」
ゼノは怒涛の魔力を剣に叩き込み、逆に攻撃を仕掛ける。
次の瞬間、オメガは禍々しい光を放ちながら、ゼノの生命エネルギーを激しく吸収し始めた。
「ぐぐっ……!」
顔を歪め、息を詰めながらも、ゼノは必死に意識を保とうとする。だが、体力はみるみるうちに奪われ、肌の色が失われていく。
骨の奥から冷たい痛みが這い上がり、死の匂いが静かに漂い始めた。
ゼノが限界を迎え、吐血した瞬間、魔剣オメガが爆散する。ゼノは床に崩れ落ちたが、魔剣オメガは宙に浮き、黒く、赤い血の色を帯びた刃を輝かせながら、倒れたゼノの胸に静かに収まった。
「アーサーとゼノ、大丈夫かなぁ?」
イーライは心配そうに二人を見つめる。
「あの二人なら何の問題もないと思うよ」
マキヤは自信たっぷりにウインクする。
リナは決意を胸に、古代杖オミクロンの前に立った。
「ゼノさんもアーサーさんも、命をかけて、古代武器の解放に成功した、それなら私もやらなきゃいけない!」
「なら私もやらない理由がないね!でも私はみんなと違って、普通の人間だから死んだらごめんね」
マキヤは古代双剣デルタの前に立つ。
「僕もがんばる!みんなのために!そして戦いを楽しむために!」
イーライは古代槌ガンマの前に立ち、拳を握りしめた。
クロウは浮かびながら静かに告げる。
「皆のことは己が護衛する、安心して戦ってこい、負けは許されない、世界の命運がかかっていることを忘れるな」
三人は、クロウの言葉にうなずくと、一斉に武器を握った。
「「「!!!」」」
武器を握った瞬間、凍りつくような死の衝動が三人を駆け巡る。
まるで全ての存在が吸い尽くされ、命そのものが消されそうな圧迫感が体を覆う。
三人は必死に踏ん張り、意識を保とうとしながら、魔力と生命エネルギーを自ら武器へと流し込む。
聖剣ゼータや魔剣オメガほどの猛烈な吸引ではないように見えた。
だが、時間が経つにつれて吸収される生命エネルギーの量は徐々に増していき、まるで武器が生き物のように渇望しているかのようだった。
リナは全身から滝のような汗を流し、肩や背中を小刻みに震わせながら必死に耐える。
筋肉は悲鳴を上げ、呼吸は荒く、まるで身体の全てが限界に挑むかのように戦慄していた。
マキヤは魔力をほぼ完全に奪われ、生命エネルギーの半分も吸い取られ、片膝をつきながらも、必死に武器に力を送る。
唇をかみしめ、全身で耐えるその姿は、絶望の中で光を探す戦士のようだった。
イーライは立ったまま、意識を失っていた。
それでも無意識のうちに、魔力と生命エネルギーを武器に注ぎ続けている。
まるで魂だけが残り、体は道具のように動かされているかのような光景だった。




