最後の神殿
六人はゼド山脈を順調に超えていた。
といっても、クロウはいつも宙に浮いている。
これには不満の声も出るが、筋肉のないクロウが早く歩けるとも思えず、今では誰も気にしなくなった。
それが彼らにとっての“いつもの光景”となっていた。
ゼド山脈を超え、一行がまず最初に向かったのは魔都市ベーゼルだった。
激闘と辛い旅を終えた身体を癒すためである。
ゼノは前回利用した宿屋に入り、慣れた様子で部屋を六つ取った。
夕刻、宿の広間では豪華な料理が次々と並び、香ばしい匂いが立ちこめる。
肉の焼ける音、スープの湯気、パンの温もり――それらすべてが、戦いで荒れた心を静かに包んでいった。
久しぶりに口にする料理の数々に、皆の表情がほころぶ。
イーライは甘いワインに頬を染め、リナはまるで少女のように笑い、アーサーは山盛りの肉を豪快に頬張っていた。
マキヤは珍しく笑い声をあげ、ゼノは穏やかにそれを見守る。
クロウは、浮かんだまま静かにグラスを傾けていたが、その黒いローブの奥で、ほんのわずかに光る目が満足げに細められていた。
夜は更け、笑いと談笑が絶えぬまま、六人はそれぞれの疲れをゆっくりと癒した。
──翌日。
出発前の朝、宿のロビーで一行は円を描くように集まっていた。
テーブルの上には地図が広げられ、次の行き先が話題となる。
ここから西方へ二千キロ。
目的地は“ガーディアンの神殿”。
だが途中には魔都市ニドがあり、そこに立ち寄るかどうかで意見が分かれた。
「やはり寄っておいた方がよかろう。ゼウスロアとの連携も近いことだし、一度情報を確認しておいたほうがいいだろう」
ゼノが淡々と告げる。
その声には理性と冷静さが宿っていた。
「俺はそれで大丈夫だよ! 他の魔都市も見てみたいし!!」
アーサーの瞳は朝の光を反射して輝いていた。
彼の無邪気な好奇心が、全員の表情をわずかに緩ませる。
イーライはまだ眠そうに欠伸をかみ殺し、リナも瞼を重たげにしていた。
マキヤはすでに準備を終え、背中の剣を確かめている。
そしてクロウは、今日も変わらず空中に浮かび、何も言わずに皆を見下ろしていた。
決定は早かった。
一行は魔都市ニドに向けて歩き出す。
風は冷たく、山を越えた先の平原には霧が漂っていた。
木々のざわめきが耳を撫で、鳥の鳴き声が遠くからこだまする。
その中を六つの影が静かに進む。
旅の途中、リナとクロウとイーライは禁術について話し合っていた。
「ねえ、クロウ。この神聖魔法の禁術、理解できる??」
イーライは手にしていた古びた禁書をそっとクロウに渡した。
その表紙には、見慣れぬ神紋が刻まれ、淡い光が漏れている。
〈おお! これは己には少々きつい。神聖力が強すぎる。闇の存在である己には見るのすら眩しすぎる〉
クロウは慌てて本を閉じ、イーライに返した。
その動作は珍しく焦りを帯びており、リナがくすっと笑う。
すると今度は、リナが別の禁書を手に持ってやってきた。
「この禁書に書いてある禁術、クロウさんは知ってますか?」
リナの手には、漆黒の革で覆われた重厚な書があった。
ページをめくるたびに、紫の光が立ちのぼり、空気が震える。
クロウは無言で本を受け取り、ゆっくりと読み進める。
やがて、すべての頁を閉じて静かに言った。
〈これは、己が書いた本だ。もちろん中身の禁術は全て使える〉
リナは驚きのあまり、目をまん丸にして固まった。
「これ! クロウさんが書いたんですかっ! めっちゃすごいです! さすが不死の魔導師!」
リナの声は弾み、イーライも驚きで口を開けたままだ。
クロウはわずかに肩をすくめ、照れたように視線を逸らした。
だが、その表情に浮かぶ影は静かで、どこか誇らしげでもあった。
「じゃあこの、魔法融合の書は知ってますか?」
リナは興奮気味に次の書を差し出す。
表紙には無数の魔法陣が重なり、淡く光を放っていた。
クロウは興味深そうにその本を受け取り、じっと読みふける。
〈ふむふむ、なるほど、おお……! ふむふむ……〉
ページをめくるたびに彼の周囲に微弱な光子が舞い、空間が揺らぐ。
まるで本そのものが魔法を放っているかのようだった。
クロウの目は鋭く、しかし楽しげでもあった。
リナは、その様子を見てすぐに理解した。
彼が“何か”を掴みかけている、と。
「クロウさん、この書の解読、お願いしてもいいですか?」
〈よかろう〉
短い返答。だがその声には、確かな熱があった。
旅は続く。
彼らはゼノがかつて目覚めた森を横切った。
あの時と同じ風が吹き、木々の間から淡い光が差し込む。
しかし、そこに感傷に浸る余裕はなかった。
彼らは知っていたのだ。
この先に待つ戦いが、これまでとは比べものにならぬ“運命の衝突”であることを。
そして、六人は再び歩き出した。
未来を照らす光を信じて――。
――――
そして一行は魔都市ニドに着く。
ここは闇との最前線の街で、通りを行き交うのは鋭い眼光を放つ魔族の兵たちだった。
鎧の軋む音、怒号、剣の衝突音が絶え間なく交錯する。
街全体が戦場のようで、地面には血と魔力の霧が混ざった薄い靄が漂っていた。
兵士たちは神経を張り詰め、ほんの小さな衝突が一瞬で刃の交わる争いに変わる。
誰もが明日ではなく「今この瞬間」に命をかけていた。
その緊張が街全体を押し潰すように広がっていた。
軍の陣営では、今にも出撃命令が下されるかのような熱気が満ちていた。
魔族の咆哮、モンスターの唸り声、武器と鎧がぶつかる音が混ざり合い、地面そのものが震える。
焦げた匂いと魔力の奔流が空気を震わせ、周囲は戦の嵐の前触れのようだった。
その中心に立つのは、一人の少女。
長い黒髪を夜風になびかせ、額から伸びる二本の角が月光を反射する。
冷ややかな瞳は闇を貫き、戦場の先を見通しているかのようだ。
魔王軍四天王・魔法士団長──
セスラ・ゼーリス。
黒衣の外套を翻し、セスラは静かに手を掲げた。
その瞬間、周囲の空気が一変する。
指先が描く軌跡に沿って、幾重もの魔法陣が宙に浮かび上がり、淡い蒼光を放った。
暴れ狂っていたモンスターたちが次第に静まり、光の中で規律を取り戻していく。
「落ち着け。敵はまだ来ていない。だが、油断するな。」
その声は凛として響き、まるで冷たい刃のように空気を切り裂いた。
部隊の視線が一斉に彼女へと向かう。セスラはその中心に立ち、魔力の波を制御し続けた。
しかし、その瞳の奥では焦燥が渦巻いていた。
敵の気配は確実に近づいている。
ただの闇の眷属ではない──
もしダークナイト級が姿を現せば、戦線は容易く崩壊する。
表向きは完全な統制。しかしその裏には、綱渡りの緊張が張り詰めていた。
セスラ・ゼーリスは静かに息を吸い込み、月下の中で己の覚悟を確かめる。
そんな時──
「やあ!久しぶり!覚えてるかな?」
戦場の喧騒を切り裂くように朗らかな声が響く。
セスラの肩が小さく震え、目を見開いた。
忘れるはずのない声。忘れられない顔。
その瞬間、記憶が一気に蘇った。
「え?もしかして忘れちゃった??」
アーサーが軽く笑う。
セスラは状況を把握すると、深く息を吸い、礼をした。
「……お久しぶりでございます。覚えておりますとも。忘れたくても、忘れられません」
微笑む表情には緊張と安堵が入り混じり、瞳がわずかに揺れた。
「嬉しいよ!ところで──戦況はどんな感じ?」
アーサーが尋ねる。
セスラの表情が曇る。
「戦況は……正直、厳しいです。魔国に援軍を要請しましたが、返事すら来ません。兵は減る一方で、補給も底を尽きかけています」
その声は冷静だが、わずかに震えていた。
アーサーは頷き、真剣な眼差しで見据える。
「……大丈夫だ!俺たちだけでも助ける!数日後、“西の神殿”を落としたその後、すぐに合流する。だから、それまでなんとか耐えてくれ」
セスラは胸に手を当て、深く頭を下げた。
「ご助力、痛み入ります。その言葉を信じ、限界まで戦い続けます」
その声には戦士としての誇りと、少女としての微かな希望が宿っていた。
戦場の空気が、わずかに和らぐように揺れた。
──その直後。
ヴァルスレイは即座に決断した。
闇の侵蝕は容赦なく進み、待つ時間はない。
休む間もなく、次の目的地──西の神殿へ向かう。
アーサーは、SSSクラン 蒼雷牙のリーダー、レオン・アークライトに現在の状況や今後の行動を記した手紙を送った。
距離は約五百キロ。
三週間に及ぶ過酷な旅路だ。
幸い、季節は穏やかで、風は涼しい。
だが油断すれば命は簡単に失われる。
五人は焚き火を囲みながら、最後のガーディアンを討つ作戦を練り続けた。
遠くで赤く揺れる戦火が、彼らの行く手を照らす。
空には群青色の月が昇り、夜の闇に静かに光を落としていた。
それぞれの表情に緊張と覚悟が漂い、決戦への高揚が波打つ。
そしてヴァルスレイは急ぎ、魔都市ニドを後にした。
行軍速度を上げ、西の神殿へ向かって進む。
――――
ヴァルスレイは、ついに最後の神殿──西の神殿に辿り着いた。
なぜか、この神殿だけが黒く染まっている。
アーサーが眉をひそめた。
「この黒い神殿、違和感があるな。材料は石でできているみたいだけど、嫌な予感がする」
イーライは怒りをあらわにした。
「黒い神殿なんて、神様、絶対怒っちゃうよ!」
リナは精神を集中させ、魔力の流れを慎重に読み取っている。
マキヤは武器を確認し、戦闘準備を整える。
クロウは、ただ中に浮かんでいるだけだった。
マキヤが口を開く。
「そろそろ作戦会議を始めようか、ってなる時なんだけど、今までのみんなの戦闘を見ていて、作戦なんてあまり役に立たないことがよくわかったんだよ。
個の力が大きすぎるから、作戦通りには動けない、いや、むしろそれが足かせになっているかもしれない」
マキヤは六人を見回し、笑みを浮かべる。
「だからさ、各自自由に戦うっていうのはどうかな?戦況判断は各自でして、即マインドリンクで共有。そして有利な位置から攻撃。まあ、ガーディアン一体の想定だけど、二体の場合、みんなでなら対応できる!」
「俺はそれで大丈夫だよ」
アーサーは笑った。
ゼノも静かにうなずく。
イーライもリナ、クロウも同意を示した。
そして六人は破邪の仮面を顔につける。
──《マインドリンク》
アーサーのスキルが六人を脳内でリンクさせる。
『リンク完了。さあ、これが最後の神殿だ!何が起こるかわからない油断ならない場所だ、みんな!好きなだけ暴れてくれ』
『なに!これ脳内で話せるのかっ?愉快だ、大いに使わせてもらうよ』
クロウが笑った。
六人は神殿の奥へ歩みを進め、突き当たりの巨大な扉にたどり着く。
黒く巨大な扉は重厚で、立ち入るものを拒む不吉な雰囲気を放っていた。
そんなことを気にせず、アーサーはゆっくりと扉を押し開ける。
ゴゴゴ……
中は漆黒。足音すら吸い込まれるようだ。
六人が歩みを進めると、お約束のように後方の扉が静かに閉まった。
部屋中央まで進むと、天井と床に青白い光が差し込み、床に描かれた魔法陣が輝き始めた。
その中から異形の黒い兵士がゆっくりと浮かび上がる。
顔は丸く、胴体は円柱状。
右手は体より大きな拳を持ち、あらゆるものを粉砕できる威圧を放つ。
左手には戦斧を握り、五つの球体で構成された足で浮遊する。
素材は不明、光も反射せず、触れると冷たい感触が残る。
『みんな、あれは一番手強そうだ……』
アーサーは迷わずスキルを解放する。
──剣神、超神速、神力、剛剣、マキシマムドライブブースト(全能力限界突破)、神眼、解析改、ゼログライド(浮遊)、ブレイブフォーム(身体強化上位互換)、インヴィンシブル(完全絶対防御)、ブレインシフト(高回転思考)、グラヴ・リンク……
さらにエクスカリバーに全魔力を注ぎ込む。
ゼノは魔剣グラムに魔力を込め、第十四階梯魔法──太陽焦界を宿す。
刃は赤く燃え上がり、魔力と攻撃力を増幅させた。
イーライはホーリーアーマーとセイクリッドハンマーに神聖魔力を集中させ、力を引き上げる。
マキヤはガーディアンを鋭く見据え、攻撃のタイミングを計る。
リナは防御魔法を百枚展開し、魔力を発動形態へ変換する準備に入った。
クロウは静かに浮かぶ。
『ちょっと試したいことがある、少し引いてくれ』
ゼノが指示する。
六人が中央から後退すると同時に、ゼノは動いた。
第十五階梯魔法──太陽終滅
指を鳴らすと、空気中の魔素が超臨界状態へ変化し、術者の頭上に「第二の太陽」が顕現する。
その輝きは数千キロ先からも観測可能で、照射範囲の全物質を光子崩壊により塵すら残さず消滅させる。
小さな太陽はガーディアンに向かって飛翔、大爆発を起こすが、右手で盾代わりにしたガーディアンは、驚異的な反射速度でほぼ無傷だった。
『イーライ!でかいの一発お見舞いしてやれ!』
ゼノが叫ぶ。
『りょーかいだよー!』
イーライはセイクリッドハンマーを地面に刺し、神聖魔力を渾身に注ぎ込む。
ほぼ同時にアーサーとマキヤが接近。
薄い関節部分を連続で攻撃するが、ガーディアンの戦斧が鋭く反撃する。
『二人とも後ろに下がってー』
イーライの声で二人は後退。
同時に、
第十五階梯神聖魔法
──創界神律発動。
七重の黄金円環がイーライを包み、天・地・生命・魂・因果・時間・空間の七原律が同期する。
世界の法則を初期化し、存在のすべてを「無効」にする新たな真理を上書きする。
天上に巨大光輪が現れ、世界全域に創界波を放つ。
あらゆる悪意・呪詛・闇を根源から浄化するはずだった──しかし、ガーディアンはなお立ち続ける。
ゼノは判断する。
魔法が効かぬなら剣で切り裂く。
第十四階梯魔法を宿した魔剣に全魔力を集中し、突きの構えを取った。
その瞬間、ガーディアンの右パンチがゼノを襲う。
ゼノは瞬時に回避するが、動きの速さに耐えきれず右肩を負傷した。
──《遠隔フルヒール》
ゼノは即座に回復した。
ガーディアンは右手を前に突き出す。
同時に数千のレーザーが右手の穴から発射され、正面の大穴からは膨大な量のレーザーが放たれる。
慣れた六人はそれぞれの攻撃を捌くが、マキヤが脚に三発食らってしまった。
──《遠隔フルヒール》
『イーライありがとう!』
マキヤは全回復し、再び戦場へ戻った。
六人の足音が、闇に響く。
――それが、世界を変える戦いの始まりだった。




