不死王 リッチキング
私の名はクロウ・ネクロフェル。
かつて王国に仕えし宮廷魔導師団長であり、幾多の弟子を育て、数多の魔法理論を生み出してきた。
だが、私の歩みはいつも孤独だった。
私は魔法に全てを捧げた。
食事も忘れ、眠ることさえ惜しみ、ただ知の果てを追い続けた。
やがて私は気づいたのだ。
どれほど魔法を極めようとも、肉体は老い、魂は死によって断たれるという残酷な理を。
寿命の限界、肉体の脆弱さ、そして死による知の断絶――。
それらすべてが、私には“最大の理不尽”に思えた。
「死こそが、知の断絶。ならば、死を滅せねばならぬ」
そう口にした瞬間、私という人間はもう戻れなくなった。
その日から私は“魔導師”ではなく、“禁忌に手を伸ばす異端者”となったのだ。
死霊術、魂学、生命錬成――かつての仲間が震えて口にも出せぬ禁領を、私は迷うことなく踏み越えた。
死を理解し、魂を分解し、そして――魂の切り離しへと至る。
それは、己の存在を試す究極の儀式。
肉体を捨て、魂だけで永遠を生きるための“魔法の暴挙”だった。
儀式は二段階に分かれる。
まず、自らの魂を封じる器を創造する。
金属や宝石、心臓、果ては小世界までがその座となりうる。
次に、死の瞬間、魂をその器へと転送する。
だが、それに成功する者は一握り。九割九分は虚無へと消える。
それでも私は成功した。
リッチ――不死の魔導師として、私は再び目を覚ましたのだ。
肉体を失い、魂のみで存在する身となった私は、時の制約から解き放たれた。
飢えも眠りも不要。ただ無限の時間を手にした。
研究に没頭し、幾百の呪文を生み出し、やがて禁術の創造に手を染める。
“存在してはならぬ魔法”。
神々すら目を背ける理の外側。
私は千年を超える歳月をかけ、それらを完成させた。
リッチからアークリッチへ。
さらにリッチロードへと進化し、魂そのものの構造を理解する。
やがて辿り着いたのは、リッチキングという頂。
だが私はそれすらも超越した。
神々はそれを畏れた。
死を超え、理を踏み越えた者の存在を。
そして――審判は、静かに降りた。
天を裂き、金の鎖が降り注ぐ。
その輝きは、祝福にも似て――だが、確かに罰だった。
鎖は大地を割り、空を焦がし、やがて私の胸を貫く。
雷鳴が轟く。
それは怒りではなく、神々の嘆き。
無限の光が体を絡め取り、永遠の牢へと封じ込めた。
「貴様らに、我を裁く資格があるのか!」
叫びもむなしく、光が視界を焼き尽くし、私は封印された。
南の新殿――永劫の牢獄。
訪れる挑戦者たちを相手に、私は戦い続けた。それは意志ではなく、ただ課せられた宿命。
いつしか、燃え盛っていた魔法への探求の炎も、灰となり、心の奥で消えていった。
――――
「今回の戦闘の本質は、リッチキングを封印から解放すること、だったわけね!これは読めない」
マキヤが頭を軽く小突き、苦笑まじりに呟いた。
「鎖の封印があったからよかったものの、普通に戦闘してたら、かなりヤバい相手だよ」
そう言うマキヤの表情には、まだ緊張の残滓があった。
「リッチキングさんの魔法、本当に凄かった!ゼノさんが言ってたように、魔力自体が違うのに興味を惹かれるー!いにしえの魔力!興味しかないです!」
リナが勢いよく言葉を放つと、その目は輝いていた。
アーサーはエクスカリバーを鞘に収め、深く息をつく。
そして、周囲に散らばる遺物の山を見回した。
ここは幾多の挑戦者が訪れ、敗れ、遺していった聖遺の墓場。
彼は慎重に剣を一本ずつ鑑定し始めた。
聖剣オルタリアの刃は淡く光り、聖剣アゼルラは微かに祈りの波動を放つ。
聖槍セレスティア、聖弓アンエアリング、魔杖グリムソーン、聖杖ライトスパイア――。
どれもが伝説級の遺産であった。
さらに、転生の石、古の魔導書、 蓄魔の指輪、そして防御力強化の護符。
アーサーは迷いなくそれらを選び取った。
だが、真の宝は他にあった。
ゼノがマキヤに手渡した伝説級の双剣。
マキヤは息をのむようにその刃を見つめ、頬をほころばせた。
そして思わずゼノに抱きつく。
「今度試し切りに付き合ってね!」
ゼノは少し顔をそらしたが、どこか満更でもない様子だった。
その瞬間、空気が震えた。
神殿の中心が低く唸るような音を発した。
鎖が軋みながら崩れ落ちていく。空気が重く、黒い魔力が渦を巻いた。
アーサーたちは即座に構えを取る。
ゼノが剣を抜き、マキヤが風を読み、リナの詠唱が始まる。
イーライの魔力が波紋のように広がり、場を照らす光が揺らめいた。
するとリッチキングの骨がゆっくりと動いた。
ゆっくり動いたかと思うと、今度は立ち上がり、次いで、骸骨が宙に浮かび上がる。
その頭蓋の奥に、紫黒の焔が脈動していた。
〈己は……魔法の探求者にして、神の怒りを買った男。長き間この地に封印され続けてきた者なり。だが、今、封印は破られた。己は再び現世に顕現する〉
重く低い声が神殿に響き渡る。
黒い魔力が骨を包み込み、何度も閃光が走った。
次の瞬間、大きな骸骨は徐々に形を変え、人の姿へと戻っていく。
荒ぶる古の魔力が吹き荒れ、瓦礫が舞い上がった。
そこに立つのは――不死王 リッチキング、クロウ・ネクロフェル。
〈今回の結界崩し、見事だった。神の鎖を破壊できる人間がいるとは……感服する〉
ゼノが静かに言葉を返す。
「不死王リッチキング……魔界でも異質な存在。魔王ですら接触を避けるという。我の体感からしても、二度と戦いたいとは思わないな」
〈──もちろん、二度と戦うことは無い。五人は、己の全ての恩人だ。
この命で報いることができるなら、幾度でもその恩を返そう〉
その声音には、かつての魔導師としての威厳ではなく、静かな感謝が宿っていた。
アーサーはその響きに微かに目を細め、口元に穏やかな笑みを浮かべる。
「リッチキングってさー、禁術、何個くらい使えるの?」
軽い調子で言った一言。けれど、場の空気はどこか張りつめている。
この存在が本気を出せば、ひとつの国が消し飛ぶ──それを全員が理解していた。
〈十の禁術を保有している〉
低く、地の底から響くような声。
淡々としているのに、その言葉の重みが空気を震わせる。
アーサーが少し眉を上げる。
「じゃあさ、俺たちとの戦いの時……なんで使わなかった?」
〈禁術は……己も無事ではすまない。最後の切り札だ。使えば、存在の半分が崩れる〉
言葉の端に、ほんのわずかに人間的な“ためらい”が混じった。
イーライが首をかしげ、興味深そうに目を輝かせる。
「ねえ、神様のことって、どう思ってるの?」
その問いに、リッチキングは長い沈黙を置いた。
そして、わずかに頭を垂れるようにして、呟く。
〈……年月が長すぎた。怒りも、憎しみも、すでに風化した。
今、己の胸に残っているのは“探求心”だ。どんな世界になったのか……知りたくて仕方がない〉
その声には、千年を超える孤独の果てに見つけた、かすかな“生”の名残が滲んでいた。
アーサーはそれを静かに聞き、そしてゆっくりと息を吐いた。
「じゃあ、俺たちと旅しないか?」
彼は笑う。軽く、けれどまっすぐに。
「髑髏の魔導師一人じゃ大変だぞ。まず間違いなく街には入れないしな」
その冗談めいた言葉に、マキヤが小さく吹き出し、イーライもくすっと笑った。
だが、リッチキングは沈黙したまま、静かに空を見上げる。
長い時を閉じ込めた瞳の焔が、風に揺らぐように、淡く光を揺らめかせる。
それはまるで、遠い昔に失った“心”の残り火のようだった。
そして、ぽつりと零れるように声が落ちる。
〈……己が……ついて行ってもいいのか?〉
「もちろんだ!我がクランは、人族、エルフ族、魔族、獣人族と多種多様だ!それにアンデッドが加わるだけだ。問題ない!」
〈皆に迷惑がかからなければいいが……だが、やはり旅がしたい。〉
ゼノが笑い、軽く肩を叩く。
「過酷な旅になるかもしれないが、大丈夫か?」
〈何かあれば、己が皆を守る盾となる〉
「それは心強い、だが《フィラクタリー》はどこにあるんだ?」
ゼノの問いかけに、クロウは床に落ちている武具を押しのけ、かき分け、そしてそれを持ちあげた。
〈この宝石の中に封じておる〉
(ずいぶん適当なところに置いてるんだな)
ゼノは思わず笑いそうになった。
すると、ゼノは無理矢理、亜空間を開け《フィラクタリー》を投げ込んだ。
「これで主は本当の不死だ、場所が亜空間なら《フィラクタリー》を砕くのは不可能だからな」
〈亜空間……それなら助かる、隠し場所に困っておった〉
今度はリナが嬉しそうに目を輝かせ、クロウへと詰め寄った。
彼女の質問は尽きず、魔法理論から詠唱構造まで矢継ぎ早に飛んでいく。
その光景を見ながら、クロウは静かに呟いた。
〈己のことはクロウと呼んでくれ〉
――――
その後、一行は石板の間へと辿り着いた。
壁一面に古代文字が刻まれ、淡い光が浮かび上がっている。
読めるのは、リナただ一人。
「うん、今回も一時間だけください」
彼女は静かに座り込み、指で文様をなぞり始めた。
光が彼女の横顔を照らし、瞳の奥に知識への情熱が灯る。
ゼノが神殿の奥をゆっくりと進むと、壁際に十枚の仮面が整然と飾られているのが目に入った。
その仮面たちは、長い年月の中で誰かを待ち続けていたかのように静かに光を放ち、微かに魔力の気配を漂わせている。
ひとつひとつの造形が微妙に異なり、顔の曲線や模様の彫り込みが違うことにゼノは気づいた。
まるで、それぞれが独自の役割を持つ戦士の面影を宿しているかのようだった。
ゼノは足を止め、静かにアーサーを呼んだ。
「……アーサー、ちょっと鑑定を頼む」
アーサーが興味深げに近づくと、ゼノは手に取った仮面の感触を確かめる。仮面は淡く光り、肌に吸い付くようにぴたりと馴染む素材でできているようだ。
空気の流れがわずかに変わり、息を吸い込むたびに全身の感覚が鋭くなるのがわかる。
「――スキル鑑定改」
名前――破邪の仮面
効果――身体能力上昇、魔力上昇、特殊攻撃無効
強度――強
「へー、この仮面はいいものだ。魔力と身体能力を強化してくれて、しかも特殊攻撃無効がついてるぞ。仮面自体の強度もかなり高いらしい」
ゼノは思わず笑みを浮かべた。
手に仮面をとり、ゆっくり顔につける。
「なんだ!付けると気持ちがいいぞ!顔に吸い付いて馴染むじゃないか!それにカッコイイ!」
ゼノは軽く剣を振ってみる。
風を切る音がこれまでより鋭く響き、動作の一つひとつに無駄がなくなるのを肌で感じた。
体の奥まで魔力が巡るようで、反応速度や感覚が鋭敏になっている。
「悪くないな……これは本物だ」
ゼノは他の仮面をクロウに手渡した。
「今の主にちょうどいいアイテムだと思うぞ。案外付け心地はいい」
クロウは骨の指で仮面を受け取り、ゆっくりと装着した。
瞬間、低い金属音が響き、仮面が骨に沿って滑らかに変形し、ぴたりと密着した。
〈こ、これは!なんというつけ心地!一つ拝借してもよろしいか?〉
「あー、持っていってくれ。カッコイイだろ?」
ゼノがニヤつく。
〈ありがたくいただこう。〉
青白い光が仮面の奥から淡く灯り、クロウの姿は不気味でありながらも、どこか神秘的で荘厳な雰囲気を漂わせる。
ゼノはさらに他の仲間たちにも仮面を配った。
本当に気に入っている様子で、目を輝かせながら子供のように楽しそうに手渡す。
「おい、これ付けてみろ。絶対気に入るぞ」
仲間たちが次々に仮面を付ける。
顔に怒りを宿すような恐怖の造形だが、装着すると動きが滑らかになり、内面の闘志が自然に呼び覚まされる。
全員が仮面を装着した瞬間、静かに統一感が生まれた。
まるで、ひとつの戦士集団の象徴のように、存在感を増す。
その時、リナが古代文字の解析を終えた。
神殿の奥の壁に刻まれていた文字は、古代魔法の発動条件を示している。
リナは静かに息を整え、皆に向かって口を開く。
「今回は、古代魔法の発動条件についての話が記載されてありました。少し難解な箇所もあったので、完璧な情報とは言えませんが、皆さん心して聞いてください。」
リナは一息つき、慎重に続けた。
「古代魔法の発動には四つの詠唱を同時に行う必要があります。しかも一人の人間だけで」
全員が息を呑んだ。
その沈黙は重く、山のように圧し掛かる。
一人で四つの詠唱を同時に?
人は口を一つしか持たない。
それを四つ?
誰にもすぐには意味が理解できず、視線は自然とリナに集まった。
「それができる方法は存在するのか?」
アーサーが問う。
その声には焦りと興奮が混じり、胸の鼓動が早まるのがわかる。
「それは……まだわかりません。ですがおそらく、最後の神殿、西の神殿に行けばなんとかなると思います!」
そう言うと、リナは仮面を付けた。
その瞳には決意と期待が光り、冷たい神殿内の空気を切り裂くように輝く。
「西の新殿なら、その前にゼド山脈を超えねばならんな」
ゼノも仮面を付ける。
その瞳には静かな覚悟が宿り、全身から闘志が滲み出る。
イーライもマキヤも次々に仮面を装着する。
そしてアーサーが口を開いた。
「次で最後の神殿だ!そしてその次は……原初の闇!あと少しだ!」
アーサーも仮面を付け、六人全員の顔が覆われた瞬間、そこに立つのはかつての冒険者ではなく、闇をも恐れる戦士たちだった。




