南のガーディアン
五人は神殿の巨大な扉の前に立っていた。
その隙間から漏れ出す魔力は、尋常ではない。
無数の魔力が混ざり合い、まるで“何かが壊れた”ような異様な波動を放っていた。
アーサーはゆっくり扉に手をかけた。重く鈍い感触が指先に伝わり、押し開くたびに軋む金属音が静寂を切り裂く。
扉が開くと同時に、空気が一変した。目に見えぬ魔力の奔流が五人を包み込み、皮膚を刺すような圧迫感と息苦しさが走る。
少し進むと、背後の扉は音もなく閉じ、逃げ場のない広間が目の前に広がった。
体に重くのしかかる魔力は、ただの力ではなく、圧倒的な存在感をもって意識の奥まで侵食してくる。
中央に不気味な大きな棺が、静かに置かれていた。
『ここまでは……いつも通り、だな』
アーサーが前進する。
『この魔力……古のものだ。
今の魔力とは原理が違う。普通の魔法が効かぬ可能性が高い、注意しろ!』
ゼノが珍しく、緊張を滲ませる。
マキヤがすぐに指示を出した。
『アーサー、ゼノ、イーライは前衛で動いて。
私とリナは後衛。リナ、《インフィニティ・プロテクション》を百枚張ったら、すぐ攻撃体制に移って!』
さらに続けて、ゼノに声を飛ばす。
『ゼノ、できるだけ“魔剣グラム”で攻撃して!
魔法攻撃が通らないかもなら、剣で敵の翻弄をお願い!』
作戦を立てながら、五人は大きな棺の前へと進む。
その瞬間──
棺が、まるで意志を持ったかのように、音もなくゆっくりと開いた。
闇の奥から姿を現したのは、黒いローブを纏い、骨だけの顔を持つ魔導師。冷たい風のように、死の気配が広間を満たす。
そして、骸骨の魔導師の手から放たれたのは、濁りきった黒い魔力。広間を渦巻きながらすべてを飲み込み、存在そのものを塗り潰すかのように迫り来る。
『な、なんだこの気持ち悪い魔力は……!』
アーサーが怯んだ。
すぐにスキル《鑑定・改》を発動する。
『名前──クロウ・ネクロフェル
職業── リッチキング
リッチキングとは、古代の闇魔法によって生まれた“不死の大魔導師”。
もとは天才的な死霊術師だった者が、禁断の儀式によって肉体を捨て、魂を“フィラクタリー”と呼ばれる器に封じた存在。
その眼窩の奥では黒い光が揺らめき、理性を保ちながらも、死者の叡智を独占する。
最終的な目的は──世界そのものの終焉。』
『不死のリッチキングって……反則じゃない?』
マキヤが舌を巻く。
『フィラクタリーを壊さないと勝てないみたいだね!』
イーライは目を輝かせた。
──ヴァルスレイ、南の神殿にて。
闇より生まれし“不死の叡智”との戦いが、いま幕を開ける。
――――
──《ネクロジェネシス》
リッチキングが低く詠唱を始めると、大地が呻き声を上げた。
黒い霧が地表を覆い、乾いた土がひび割れていく。
次の瞬間、地面を突き破り、無数の腕が伸び上がった。
冷たい手が泥を掻き、骨と腐肉が這い出す。
死者たちが、蘇る。
その数、三十余体。
皆、かつて戦場を駆け抜けた歴戦の兵たちだ。
錆びた鎧を軋ませ、空洞の眼窩から、禍々しい怨念が噴き出していた。
イーライが両手を広げる。
──《オートヒール》
五人の足元に緑の魔法陣が浮かび上がり、優しい光が包み込む。
神聖なる自動回復の魔法――これもイーライが作った魔法だった。
『みんな!フィラクタリーを探す前に、本体を叩くぞ!』
アーサーが脳内で伝達する。
最初に動いたのはイーライ。
両手で聖なるセイクリッドハンマーを構え、全力でリッチキングの顔面へと叩き込む。
鈍い衝撃。だが、砕けたのは空気だけだった。
リッチキングの身体を包むのは、極薄でありながら絶対的な防御膜。
イーライの一撃は弾かれ、金属音を残して宙に跳ね返る。
少し遅れて、アーサーが踏み込み、聖剣エクスカリバーを振るう。
閃光が走り、首を狙った一閃が叩きつけられた。
だが、これもまた防御膜に阻まれる。
火花と衝撃波が周囲を薙ぎ、床の石畳が爆ぜた。
ゼノも既に攻撃に入っていた。
魔剣を構え、魔力を極限まで高める。
剣魔一殺──剣影千迅
無数の剣閃が走り、刃の残光が空間を埋め尽くす。
千の斬撃が、やがて万に至る。
閃光の雨がリッチキングの全身を覆うが――それでも傷ひとつ付かない。
その防御はまさに“魔導の城壁”だった。
マキヤが指示をだす。
『リナ!第十階梯魔法の炎系!ゾンビの真ん中で爆発させて!アーサーとイーライは薄いところを二人で叩いて!』
リナが両手を組み、瞳に紅の魔力が灯る。
『了解です!
第十階梯魔法──《ギガフレア》!!』
次の瞬間、戦場の中央が白熱した。
灼熱の魔方陣が地面を貫き、そこから紅蓮の爆炎が噴き上がる。
光と音が世界を飲み込み、ゾンビたちは悲鳴も上げぬまま焼かれ、吹き飛ばされた。
炎に包まれた亡者が崩れ落ち、黒い煙と灰だけが残る。
アーサーは剣を構えながら低く呟く。
我流三式── 神滅聖剣
剣に白金色の光輪が宿り、刃全体が神光そのものになる。
特性は物理と魔法の両方を貫き、防御・結界・呪いなど、あらゆる“理”を破壊する一閃だ。
アーサーがリッチキングに狙いを定めた瞬間――
敵が詠唱を始める。
空気が一変した。
黒い稲妻のような魔力が空間を満たす。
第十五階梯魔法
── 黒地焔龍
地を裂く轟音と共に、大地がひび割れた。
その裂け目から這い出るのは、岩でできた龍──。
しかも一匹ではない。二匹、三匹……いや、千を超える岩龍が地の底からうねり上がってくる。
龍たちはまるで意志を持つかのように、首をもたげ、五人の前に立ちはだかった。
その巨体が揺れるたびに、地鳴りが響く。空気が震えた。
そして──。
『来るぞっ!』
轟音と共に、千を超える龍が一斉に突撃してきた。
アーサーは即座に目を閉じ、神眼を発動。無数の岩龍の避けきれない程の軌道が全ゆっくりとみえる。
『《ノヴァ・ガード》!』
勇者の絶対防御が発動しする。
岩龍の衝撃が次々と防壁を叩く。地がめり込み、空気が悲鳴を上げた。
ゼノは魔力を高め、詠唱を始める。
『《タナトス・ワールド》!』
闇が渦巻き、絶対防御の結界が展開される。黒い球体が幾重にも重なり、龍たちの突進を拒んだ。
それでも数が多すぎる。押し返しても押し返しても、次の波が襲いかかる。
「はっ、数の暴力ってやつか……!」
イーライも即座に詠唱に入る。
第十二階梯神聖魔法
── 天聖幕
眩い光が彼の周囲に渦を巻き、やがて結晶のような防御結界へと変わった。
岩龍が体当たりしても、光の幕は揺らぐことすらない。
触れた瞬間、龍の体が弾かれ、砕け散る。
マキヤは土遁を展開。大地を操り、何枚もの厚い岩壁を瞬時に立ち上げた。
「ふふ、これで少しは防げる……!」
その背後で、リナが両手を組み、静かに呟いた。
「《インフィニティ・プロテクション》──百重展開」
数え切れぬ魔法陣が重なり、彼女の前に幾重もの防御層が生まれる。
岩龍の突撃も、もはや傷一つつけられない。
アーサーは息を吐いた。
『この岩の龍……面倒だな。時間はかかるが、一体ずつ潰すしかない!』
《ノヴァ・ガード》を解除し、エクスカリバーを握る。
「行くぞッ!」
閃光のように飛び出し、岩龍を次々と斬り伏せていく。
その軌跡は白い閃光の線となり、地を奔った。
『リナ、そろそろデカいの行ってみようか♪』
マキヤが軽く笑い、リナの背中を押す。
『はい!分かりました。岩の龍を……壊滅させます!』
リナの瞳が真紅に光った。彼女は深く息を吸い、詠唱を始める。
第十二階梯魔法
── 天罰衝焔
次の瞬間、天が赤く染まった。
轟くような爆音と共に、獄炎の渦が大地を覆い尽くす。
炎は竜の群れを呑み込み、その身を溶かしていく。
焼け爛れる岩の悲鳴が、空気を裂いた。
一瞬にして、千の龍が灰と化した。
「よし!みんな、反撃よ!」
マキヤの声が響いた──が、その直後。
「──《デス・リベリオン》」
低く、響く声が空気を震わせた。
闇の渦から姿を現したのは、百を超える紫鎧の兵士の軍勢。
紫の鎧に包まれたその者たちは、生気の欠片もない。
眼窩の奥で、淡い紫光だけが瞬いていた。
アーサーたちは息を呑む。
『ゼノ、アーサー! あの兵士、二人で押さえて! イーライはリッチキングに最大出力を!』
『了解!……でも神殿、吹き飛んじゃうよ?』
『構わん!思いっきりやれ!』
ゼノの声を受け、イーライは頷いた。両手を胸の前で組み、静かに祈りを始める。
「天に座す光の王よ──
我、穢れなき祈りを捧ぐ。
闇を裂き、輪を描き、汝の栄光を顕現せよ。
そして世界を光で満たせ──!」
第十五階梯神聖魔法
── 神環光
白光の柱が天を貫いた。
神殿全体を包み込むほどの光が爆ぜ、世界が一瞬、純白に染まる。
リッチキングとその軍勢はその中心で焼かれ、空間ごと吹き飛ばされた。
神殿の天井には巨大な穴。瓦礫が崩れ落ち、あたり一面が光の残滓で輝いていた。
それでも──。
リッチキングは立っていた。
〈……素晴らしい! 我とここまで渡り合うか。今日という日は、実に良き日だ。だがな……我に繋がれた鎖は、誰にも断ち切れぬ。〉
リッチキングが両手を広げ、再び詠唱する。
「──《デス・リベリオン》!」
再び、不死の軍団が現れた。
彼の瞳が妖しく黄色に光る。次の瞬間、地を震わせながら不死の兵が突撃を開始した──。
――――
アーサーとゼノはこれを食い止める。
何度か攻撃を食らうが、オートヒールですぐに回復する。
火花が散り、衝撃波が地を走る。二人は息を合わせ、迫り来る死の波を押し返した。
イーライは、不死の軍団に狙いを定め、ヒールを放つ。
が、不死の軍団には効かなかった。
『えーなんで?普通のアンデッドと違うのかな?』
イーライは歯を食いしばりながら、この異形の群れを観察する。
ただの屍ではない。魂の核ごと呪縛され、生と死の狭間で永久に徘徊する存在。
アーサーは相手の剣撃を受け、逆に切り伏せる。
ゼノは横一閃、漆黒の閃光を放ち、数十の不死の軍団が一瞬で切り刻まれる。
だが、切り捨てたはずの不死の軍団は、霧のように元通りになり、再び立ち上がる。
地を這う呻きが戦場を満たした。
イーライはそれを見て、はっと目を見開く。
セイクリッドハンマーの柄を地面に突き立て、魔力を解き放つ。
右手を不死の軍団の群れへ向けると、足元の大地が光を帯び、巨大な魔法陣が刻まれた。
──《遠隔パーフェクトヒール》
白光が大地から噴き上がり、不死の軍団を包み込む。
瞬間、彼らの肉体は灰となり、魂は安らぎの光へと還っていった。
『よし!大成功!』
イーライは嬉しそうに笑った。
『いいぞ!イーライ!次は本体だ!』
アーサーが叫ぶ。
その瞬間、ゼノが大地を踏み砕くように前へ出た。
剣魔一殺──天断一閃!《ヘヴンスマイト》
魔剣グラムに込められた膨大な魔力が爆ぜ、天を裂く光の刃が放たれる。
閃光がリッチキングの防御膜を断ち割り、結界が砕け散った。
『これで攻撃が通るようになったはず、みんな思う存分攻めてくれ!』
ゼノの声に、アーサーとマキヤが同時に動いた。
二人は息を合わせ、交錯する刃でリッチキングを押し込む。
これまで通らなかった攻撃が、確かに骨を裂いている。
リッチキングはたまらず魔法を連発した。
漆黒の弾丸が嵐のように飛び交う。
その一撃をマキヤが直撃で受け、吹き飛ばされる。
イーライは即座に腕を突き出す。
──《遠隔フルヒール》
純白の光がマキヤを包み、その傷が瞬時に癒えていく。
マキヤは再び剣を握り、戦場に身を投じた。
アーサーとゼノは前線を押し上げ、リッチキングを追い詰めていく。
だが、リッチキングは不死の存在。
真に倒すには、フィラクタリーを破壊しなければならない。
リッチキングが咆哮を上げ、両腕を掲げた。
第十五階梯魔法── 永劫雷獄
轟音とともに、黒い稲妻が空を覆い尽くす。
天地が震え、大地が裂ける。無数の雷が降り注ぎ、空気そのものが焼き焦げる。
防御が間に合わない。
五人は黒い雷撃の直撃を喰らった。
アーサーは吹き飛び、ゼノは片膝をつく。
マキヤは地に伏し、リナは防御障壁を張りながら必死に耐える。
だがイーライだけは、怯まず立っていた。
四人に向けて両手を掲げる。
──《遠隔パーフェクトヒール》
眩い光が放たれ、仲間たちの身体が再び立ち上がる。
アーサー、ゼノ、マキヤ――三人は即座に戦闘体勢を整えた。
そのとき、イーライはある異変に気づく。
リッチキングの背中から、金色の鎖が伸び、どこかへ繋がっている。
それはまるで、この場に縛りつけているようにも見えた。
『みんな!リッチキングの背中見て!金の鎖のようなものがつながっているよー!』
イーライの声に、全員の視線が一点に集中する。
『多分……あれは封印魔法の一種だと思われます。鎖を切れば、リッチキングの解放を迎えるかもしれませんが……逆に魔力流入により、凶暴化する可能性もあります』
リナが冷静に告げる。
――――
アーサーは覚悟を決めていた。
何が起こるか分からない。だが、このままでは何も変わらない。
彼はエクスカリバーを構え、全身の魔力を剣へと流し込む。
刃に刻まれたルーン文字が青白く輝き、空気が震える。
「まだだ……もっとだ……!」
エクスカリバーが眩い白光を放ち、白炎が剣を包む。
その瞬間、膨大な魔力が爆発的に解き放たれた。
『みんな!俺が金の鎖を断ち切る!その後の対応を頼む!』
アーサーの叫びに、マキヤがすぐさま指示を飛ばす。
『みんな、大規模魔法の防御を準備して!……いや、禁術が来るかもしれない!』
ゼノが咆哮する。
『我のもとに来い!我が結界で防ぐ!』
マキヤとイーライが急いでゼノのそばへ向かう。
そのとき、リッチキングが詠唱を始めた。
第十五階梯魔法── 地殻崩壊
しかし詠唱が終わるより早く、アーサーが神速で飛び出した。
音を置き去りにする速度。残像すら残さない。
リッチキングが防御壁を張るが、アーサーの一撃がそれを粉砕する。
彼は宙を舞い、頭上へと回り込んだ。
我流二式──《ブレードテンペスト》
天より降り注ぐ、数万の突き。
暴風のような斬撃がリッチキングを貫き、その身を揺らす。
アーサーは金色の鎖へ狙いを変え、全力で突きを放ち続けた。
一点集中。白光を纏う刃が鎖を削り取る。
そしてついに、金の鎖に亀裂が走る。
アーサーは全魔力を込め、最後の一突きを放った。
轟音とともに鎖は爆散し、金の粒子を撒き散らして天へと消えた。
『やったぞ!結界解除!何か異変は起こってないか!』
アーサーが叫ぶ。
マキヤが息を詰めながら答える。
『リッチキングの様子がおかしい……ガクガク震えてる……!』
ゼノは技の構えを取り、イーライもハンマーを掲げた。
リッチキングの震えが次第に激しくなり、やがて繋がれていた鎖が白光となって消えた。
その身体が崩れ落ち、光を放つ。
〈あの鎖を断つ者が現れたか……ありがとう〉
微かな声を残し、リッチキングは静かに光った。
その輝きが完全に消えたとき、戦場に深い静寂が訪れた。




