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原初の闇

「邪魔だ、お前たち、邪魔だ──!」


突如として勇者ルシエルと魔王ザギオンの前に降り立ったのは、未知なる存在だった。

その姿は人の影のようで、輪郭さえぼんやりとしている。だが、周囲に漂う圧縮された魔力は尋常ではなく、空気を押し潰すような重圧が広間を支配した。


「人間でも魔人でも獣人でもない……いや、生命そのものさえ存在しているかどうかわからぬ──絶対的な闇だ」


ルシエルはその威圧に体を硬直させながらも、剣の柄を握り締めた。


闇は冷たく、低く、しかし全てを飲み込むような声で言った。


「お前たち、邪魔だ……勇者も、魔王も、排除する」


言い終わるや否や、数千もの刃のような闇が一斉に二人を襲い掛かる。

鋭い衝撃が空気を切り裂き、床の石が微かにひび割れた。


ルシエルは咄嗟に剣を構え、闇の刃を弾き返す。


「魔王!あれは一体……!?」


「……わからぬ……だが、間違いなく我々よりも強き存在だ」ザギオンの声には焦りがあった。


『……我は原初の闇…始まりの闇、そして全てを飲み込む闇──お前たちの絶望とともに』


原初の闇が告げると、周囲の光が瞬間的に吸い取られ、まるで空間そのものが闇に押し潰されるように揺れた。


ルシエルの瞳が鋭く光る。


「どこの誰だか知らないが、私の前に立ちはだかるなら切る! 絶対に勝って見せる!」


叫ぶその声には、仲間たちの想い、犠牲となった者たちへの怒りが込められていた。


原初の闇は答えず、ただ静かに浮かぶ。

その背後では、無数の影刃が渦を描き、まるで生き物のように空間を支配する。


第二形態のザギオンも即座に最凶の攻撃魔法の体制に入った。

黒き魔力が足元から立ち上り、全身を覆い尽くす。


その威力は、単なる物理的な破壊にとどまらない。

時間も、空間も、そして存在そのものすらを消滅させるほどの絶対的な力。

異次元へと裂け目を生じさせ、まるでブラックホールのような現象を呼び起こす。

周囲一帯では重力が狂い、気候が荒れ、自然法則そのものが乱れはじめていた。


この魔法を発動するには、術者の全魔力を吸い尽くし、ほとんどの場合――命すらも代償とする。


ザギオンは叫ぶ。


「滅びの鐘は鳴り響き、星は沈み、大地は裂け、天は崩壊する──!

すべてを閉ざすは終末の魔光! 我が力に宿り、最後の時を刻め……!」


そして、血を吐くような声で咆哮した。


「くらいやがれ! 我が最凶の奥義!第十階梯魔法!

終焉斬光──《カタストロフィ》!!」


その瞬間、ザギオンの全魔力が爆ぜた。

暗黒を裂く閃光が走り、闇の身体を正面から貫く。

地面は抉れ、空気は震え、世界が大きく揺らいだ。


――――


原初の闇の注意がわずかに逸れる。

その隙を――勇者ルシエルは見逃さない。


「アルティメットスキル! 

無限連斬――《アンリミテッドストライク》!!」


ルシエルの全身を聖なる光が覆い尽くし、スキルが渾然一体となって炸裂する。

空気を裂く轟音とともに、無尽の斬撃が嵐のように連なり、次々と闇を切り刻む。


一瞬の隙も許さぬ超高速の斬撃は、まるで光そのものが剣となって奔流の如く暴れ狂う。

闇はただ圧倒され、抵抗する間もなく、刻まれ砕かれていった。


ザギオンの最凶魔法カタストロフィが光と魔の奔流と衝突する。絶対的な力で闇は呑み込まれ、衝撃は城を震わせ、空間さえ裂ける。


その刹那、世界は白光に包まれ、魔王城は跡形もなく崩壊した。存在も時間も吹き飛び、残されたのは圧倒的な絶望だけだった。


瓦礫が舞い散る中、地に倒れた原初の闇がゆっくりと身を起こす。


「……痛い」


吐き捨てるように呟いたその姿に、ルシエルもザギオンも、思わず背筋を凍らせる。


原初の闇は無感情に言葉を紡ぐ。


「さて、君たちには……そろそろ……退場してもらおうかな?」


原初の闇は静かに宙を漂い、渦巻く影が空気を引き裂くように膨らむ。

右手を高く掲げ、人差し指で天を指し示す。

その指先からぞっとするほどの魔力が流れ出し、低く、震えるような声で呟く――


「古代魔法……メ……テ……オ……」


その呟きが空気を震わせると、瞬間、漆黒の空に十個もの巨大な魔方陣がゆっくりと現れ、赤く灼けた光を放ちながら浮かび上がった。


魔方陣の中心からは、直径百メートルを超える巨大な隕石が、まるで空そのものを引き裂くかのように姿を現す。


それらは灼熱の輝きを帯び、空気を焦がす熱波を巻き起こしながら、ルシエルとザギオンに向かって無慈悲に次々と落下を開始した。


大気は轟音と衝撃波で震え、地面には小さな亀裂が入り、視界の端からは閃光が飛び交う。


その圧倒的な光景に、戦場全体が凍りつき、空気が重く、濁るように感じられた──まさに絶望そのものが空から降り注ぐかのようだった。


――――


ルシエルは奥歯を噛みしめた。


(……この規模の魔法、防ぐ方法は……ない!)


天を裂くメテオは、斬ったところで無意味。

防御壁も紙切れのように砕かれる。


ならば――。


「スキルで防御力を限界まで高め、肉体を極限まで強化し、魔力の全てを注ぎ込んで魔法防御壁を百枚……それしかない、この一撃を耐え抜くために、今持てる全ての力をここに集中するしかない!」


ルシエルは即座に詠唱に入る。


「無限の力よ、我に集い、束ねよ!

時を超え、空間を満たす、永遠の結界よ!

すべての攻撃を拒み、すべての脅威を跳ね返せ!

そしてここに展開せよ! 第十階梯魔法ーー《インフィニティ・プロテクション》!」


魔力が尽きるのは承知の上。

それでも退けば終わる。

勇者ルシエルは一片の迷いもなく、全魔力を注ぎ込み決死の魔法防御を百枚展開した。


一方、魔王ザギオンも思案していた。


(あの隕石を……異空間に幽閉できれば……! だが、魔力が足りん! 一つならともかく、十個は不可能だ……)


考えに考え抜いた末、彼は己に言い聞かせる。


「ならば……魔王最強の魔法防御で凌ぐしかあるまい!」


ザギオンは残る魔力を振り絞り、咆哮と共に魔法を発動する。


「すべての力よ、我が身に集え!

時空をも貫く災厄を拒み、天と地を砕く暴威を封じよ!

揺るぎなき守護の壁よ、魔王の意志に応え――

ここに展開せよ!!

第十二階梯魔法 終極防壁――《ガーディアンフォース》!!」


瞬間、眩い光が爆ぜ、ザギオンの全身を神域のごとき防御壁が包み込む。

それはただの障壁ではない。

大地を揺るがす爆炎の衝撃すら拒む、絶対の守護。

魔王にのみ許された究極の魔法防御壁であった。


やがて空が灼け裂ける。

頭上から迫る隕石群は、燃え盛る太陽の破片のように落下し、轟音と共に天地を揺るがす。

熱風が吹き荒れ、空気が悲鳴をあげ、大地は砕けて震動を繰り返す。


「勇者ルシエル! なんとしても耐えろ! 後のことなどどうでもいい、今は耐えることだけ考えろ!」


「こんな化け物に負けてたまるか! 魔王ザギオン! お前こそ死ぬんじゃないぞ!」


空を裂く轟音。

隕石まで残り五十メートル。

ルシエルとザギオンは力の限りを振り絞り、魔法防御の強度を上げていく。


そして――。


直径百メートル越えの隕石が、無慈悲に襲いかかる。

大地は何度も、骨まで響く轟音と衝撃で揺れ、視界は灼熱の閃光に覆われる。


ルシエルとザギオンは全力で耐え、体に力を込め、魔法防御壁と己の防御力で隕石の圧力に抗う。

しかし、その衝撃はあまりにも強大で、あらゆる感覚が痛覚と恐怖で満たされる。


生き延びるための力を振り絞る二人の体には、限界の影が差し込み――絶望が空気のように重くのしかかる。

人間が絶対に耐えられない破壊の前で、それでも二人は必死に踏みとどまる。


――しかし。


最後に現れたのは、直径二百メートルを超える隕石だった。


「……くっ、あれが最後の一撃か! ヤバいな……」ルシエルが唸る。


「奴さえ凌げば……今度は我が…切り伏せる!」ザギオンは弱々しくも気力を奮い立たせる。


そして、二百メートル越えの巨大隕石が直撃する。


世界は灼熱に包まれ、全てを蒸発させる衝撃が数キロ先まで駆け抜けた。

大地には巨大なクレーターが幾重にも刻まれる。


――――


「うっ……くっ……」


勇者ルシエルは、辛うじて生きていた。

鎧は砕け、左腕を失い、全身は血まみれで瀕死。


その横には、大量の血に濡れ、今にも命が尽きようとしている魔王ザギオンの姿があった。


「ザギオン……生きているか……?」


「あぁ……生きてはいる……だが、長くはもたん……」


「俺も同じだ……」ルシエルはかすれ声で応じる。


「今の俺たちでは…あの闇は倒せん。だが……魔王をここまで愚弄するなど…絶対に許…せん……!」


ザギオンは必死に思考を巡らせる。

攻撃は効かない。剣も通じない。自分たちは瀕死。

どうする!?時間はほとんど残されていない……。


「!!!……そうか! まだ最後の一手が……ある!」


ザギオンは残る魔力をかき集め、声を震わせながら詠唱を始める。


「悠久の星よ……魂の揺り籠を紡げ。

時の鎖を解き、因果の糸を断て。

闇の彼方に光の胎動を……勇者の魂、新たな肉体に宿れ……

永遠の輪廻──第十二階梯魔法サムサーラ・ルミナス!」


ルシエルの足元に巨大な魔法陣が展開された。


「ザギオン……お前、俺に何をした!?」


「勇者ルシエルよ……主に転生の魔法をかけた……百年後、お前は再び生まれ変わる……だが、間違いなく原初の闇も存在しているだろう……我らの力をもってしても砕けなかった宿敵だ……」


ザギオンは荒く息をつきながら、全身に残る魔力の震えを感じつつ、声を振り絞るように続けた。


「転生後は……鍛えろ! 生まれた瞬間から、すべてを超えるために己を磨け!

今の自分を、過去の自分を、そして俺たちの限界を――必ず超えろ!

究極のスキルを生み出し、力を極め、……そして仲間を集めろ。

だが、忘れるな……奴の恐怖を、絶望を……それを乗り越えて、必ず奴を滅ぼすのだ……!」


言葉の一つ一つに、魔王としての使命と絶望、そして覚悟がにじみ出る。

その声には、限界を超えた疲労と痛み、そして未来への希望と悲しみが混ざり合い、聞く者の心を締め付けるようだった。


しばしの沈黙の後、ザギオンはそっと目を閉じた。

深い呼吸が胸を揺らし、魔力の余韻が静かに空気に溶けていく。

その姿は、まるで今にも力尽きて消えそうな蜉蝣のようでありながら、同時に不屈の意志を宿す孤高の存在そのものだった。


ルシエルを包む魔法陣の光が強まり、彼の身体はゆっくりと魔法陣に沈んでいく。


「待て、ザギオン! なんで俺だけなんだ! 強き仲間を集めても……あの闇には勝てない! そう思わせるほど、奴は恐ろしい!」


ザギオンはもう応えない。呼吸だけがかすかに聞こえる。

ルシエルは最後の決意を固めた。


「魔王よ……勝手なことをしておいて、一人で逝くなんて絶対に許さない!原初の闇を倒すのは、私とお前だ!」


魔法陣に呑まれながら、勇者は己の命を燃やし尽くし、神聖魔法を詠唱する。


「天上の光よ、魂の穢れを洗い流せ。

神々の恵み、永遠の輪を紡ぎ出せ。

闇を払い、命の炎を再び灯せ。

魔王の魂よ、神の御許に還り、新たなる器に宿れ!

聖なる──《ディヴァイン・リバース》!」


詠唱の終わりと共に、ルシエルの体は光に包まれ、ゆっくりと魔法陣の中に沈んでいく。

光はまるで天から降り注ぐ神の手のように、彼を安全に包み込む。


同時に、ザギオンの周囲にも魔法陣が浮かび上がる。

彼は既に動かない。

だが、清らかな光がその身体を包み込み、やがて柔らかく弾け飛んだ。


その瞬間――魔王ザギオンの姿も、空間から消え去った。

瓦礫と炎に包まれた戦場に、静寂が訪れる。


――――


原初の闇は上空で状況を観察していた。


「…終わりだね」


その声は、静かに響き渡りながらも、全てを見透かすような冷たさを帯びていた。


「他に僕の脅威となるものは、大陸中央を縦断するゼド山脈にいると言われている邪龍――その存在は人々の恐怖と畏敬の念を集め、力の全貌は未だ謎に包まれている――そして大陸の東西南北に神殿を構え、何者も立ち入ることさえ許されない、古の時代から封じられた未知のガーディアン……てところかな?」


原初の闇の瞳が戦場を一瞥する。

崩れた魔王城の瓦礫、焼け焦げた大地、砕け散る残骸――すべてが、力の証明であり、絶対的な支配者としての存在感を示していた。


「ゆっくり遊ぶとしよう」


そうつぶやくと、原初の闇はまるで影が溶けるかのように、空中から忽然と消え去った。

残されたのは、荒廃した戦場の静寂だけである。


後に、魔王城を訪れた人族の斥候部隊によって、歴史にはこう記されることとなる。


魔王城は戦いの爪痕をそのまま残して全壊し、勇者ルシエルと魔王ザギオンは、互いの力を限界までぶつけ合った激闘の末、相打ちとなり、二人の姿は完全に消失した──と。


だが、誰もその恐怖に気がついてはいなかった。

深淵から生まれ、世界の理をねじ曲げるほどの力を持つ、あの闇の存在を。

勇者ルシエルと魔王ザギオン――大陸の英雄と魔の王さえ――を、たった一発の古代魔術で完全に屠ったという事実を。


その圧倒的な力、そして無慈悲な結末は、人類に知る術すら与えられなかった。

絶望の重みは、歴史の書物や伝承に微塵も残されることなく、静かに、しかし確実に世界の片隅に刻み込まれた。

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