東のガーディアン
早朝。
三人は宿の一室で全ての支度を終え、まだ薄暗い廊下に出て、部屋の前で小さく円を描くように集まっていた。
窓の外では、朝靄がゆるやかに街を包み、鳥の鳴き声が遠くで響いている。
静かな空気の中、これから向かう先の重さだけが胸にのしかかっていた。
「……あの子の魔力、ここから走って大体二時間くらいなんだけどさ。けど、今回は相手が女の子だし、いきなり仲間になってくれなんて言ったら……さすがに失礼になるかな?」
アーサーは眉をひそめ、考え込みながら言った。
彼の声には迷いが混じり、勇者の生まれ変わりであるという誇りの奥に、人としての繊細さがにじんでいた。
「ふむ、確かにいきなり男三人から言い寄られたら怖いだろう。我はともかく、アーサーの笑顔の裏には闇が潜んでいるからな。ならばイーライに任せるのも一つの手だと思うぞ。あやつは純白のような男だからな」
ゼノは真顔で言った。
その声音には一切の冗談がなく、重みすら感じさせる。
魔王の生まれ変わりである彼がそう評するのだから、なおさら説得力があった。
確かに、魔法使い同士ならば会話も弾むかもしれない。
イーライは人としても優しく、誰にでも真っ直ぐに接することができる。
その清らかな眼差しは、まるで澄みきった湖面のように見る者の心を映し出し、魅了する力を持っていた。
アーサーもゼノの提案に賛成することにした。
「そんな大役、僕に任せちゃってもいいの?」
イーライはというと、突然大役を与えられたことで顔を赤らめ、そわそわと落ち着かない様子だった。
だが、走っているうちに余計な不安は振り払われるだろう。
三人は覚悟を決め、リナの魔力のもとへと猛ダッシュしていった。
――――
―――― 二時間後。
三人は、リナの魔力の気配の五キロ手前まで来ていた。
空気は次第に張りつめ、周囲の木々もどこか緊張しているかのように静まり返っている。
俺の勘では、リナもすでにこちらに気づいているだろう。
多分、感知系ができる魔道師だ。
不用意に怪しまれぬよう、走るのをやめ、歩きながらゆっくりと近づいて行った。
やがて視界の先に、大きな岩が見えた。高さはおよそ二メートル。
その上には、一人の少女が腰を下ろしていた。
彼女は足をぶらぶらと揺らし、手をぶんぶん振りながら何かを考え込んでいるようだった。
髪は朝日を受けて光り、まるで風に踊る糸のようにきらめいていた。
すると、イーライが突然走り出した。
「わー!君の魔力、凄く綺麗だね!初めて見た!!表向きは悪どくて絶望を感じさせる感じなんだけどねー」
「ええっ!?」
いきなりそんなことを言われたリナは、動揺を隠せずにいた。
胸の奥がざわめき、鼓動が早まる。
(私の魔力が……綺麗?そんなこと、初めて言われた……この子は、私の何を見ているの……?)
そう考えていると、イーライがさらに続けた。
「僕はイーライ。で、こっちがアーサーで、あっちがゼノだよ!アーサーは勇者の生まれ変わりで、ゼノは魔王の生まれ変わりなんだよ!すごく変でしょ?あ、僕は治癒師をしてるよ」
リナは呆然とした。
魔力を褒められたかと思えば、次の瞬間には仲間の正体を聞かされる。
勇者の生まれ変わりと、魔王の生まれ変わり。
まるで物語の一節を急に読み聞かせられたかのような、不思議な感覚に陥った。
イーライはなおも畳みかけるように言った。
「今日、僕たちがここに来たのはね、君の力を借りたくてきたんだよー」
「……私の力を?」
元勇者と元魔王が、私に力を借りに来る?
それはいったいどういうことなのか。
「うん!それはね、最高位の神聖魔法の開発と、古代魔法の復活のためだよ」
リナはその言葉を聞いた瞬間、頭を強く叩かれたような衝撃を覚えた。
胸の奥から熱いものが込み上げ、心が震える。
――すごく興味深い!
――興味しかそそられない!
魔法の開発は、もともと彼女が何よりも愛する分野だった。
そして古代魔法についても、彼女はこれまで必死に調べ、研究を重ねてきたのだ。
だが、忘れてはいけないことが一つあった。
――暴発。
それこそが、彼女がずっと孤独に暮らしてきた理由だった。
また同じように、寂しい思いをするのではないか。
そんな不安が胸をかすめた、その瞬間。
ゼノの顔面が大爆発した!!
轟音が響き、土煙が舞い上がる。
全員が息を呑み、ゼノの方へ視線を向けた。
「……なんだ、蚊でも飛んできたのかと思ったぞ」
ゼノは何事もなかったかのように立っており、淡々と言った。
その堂々たる姿に、逆に恐ろしさすら覚える。
「あの!すいませんでした!でも、わざとじゃなくて……本当にすいません!」
リナは慌てて何度も頭を下げる。
声は震えていたが、必死さが伝わってきた。
「気にするでない。よくあることだ!」
ゼノは胸を張り、堂々と答えた。
……よくあることなのか、顔面爆発が?
アーサーは笑った。
――――
アーサーが一歩踏み出す。
「リナ・セラフィスさんですよね?エルフの森のリファレットさんから話を伺い、今日こちらに参りました。ちなみに、リファレットさんはイーライの師匠でもあります」
アーサーは一息つき、真剣な声で続ける。
「俺が言いたいのは、三人は怪しいものじゃないということ。そしてさっきイーライが言った“力を借りたい”というのは――仲間になって欲しい、ということなんだ」
そう言い終えると、アーサーは真っ直ぐにリナを見つめた。
「……話は、わかりました」
リナは静かに答えた。
この人たちなら、一緒に旅ができるかもしれない。
そう思えたのは、先程のゼノの顔面爆発が大きかった。
全く気にも留めないその姿勢が、彼女にはとてもありがたかったのだ。
アーサーも、イーライもまた同じだった。
彼らとなら――。
そして彼女は胸の奥に、強い決意を抱いた。
仲間になる……なら、四人で、あそこに挑戦したい!
そこには、古代魔法のヒントが隠されている可能性があるからだ。
「一つ条件があります」
リナは息を整え、静かに告げた。
「それは――東のガーディアンを打ち倒すことです」
普通の人間なら驚きの条件だろう。
だが、この三人には常識など通じない。
「ガーディアンの討伐か!興味がないこともないが、主がそう希望するなら打ち倒してやろう!」
ゼノが吠える。
「やれやれ、やっぱりね……」
アーサーは肩を竦め、苦笑を浮かべた。
「うわあ!楽しみだな!戦えるって最高だよ!」
イーライは目を輝かせ、純粋な喜びを隠しきれない。
そしてリナは――彼らのあまりに軽い反応に、呆然と立ち尽くすしかなかった。
――――
四人は、ガーディアンを討伐するための方法を話し合うことにした。
相手は、この大陸の東にそびえ立つ神殿を守護する最強の存在。
千年以上、すべての侵入者を排除してきた。
その姿を見た者は誰一人として戻らず、正体はいまだ不明のままだ。
ただ、語り継がれるのは「絶対に越えられぬ壁」という事実だけだった。
それほどの敵に挑むのだ。
まずは、自分たちの能力を冷静に確認し合う必要がある。
アーサーは、幼少期はもちろん、旅立ちのときから今日に至るまで、欠かさず毎日訓練を続けていた。
剣を振り続け、魔力と剣技を磨き続け、心身を鍛え上げる。
ゼノとの実践訓練も有効だ。
その積み重ねは勇者だった頃をも凌ぎ、実のところ、彼自身も驚くほどの戦闘力を手にしていた。
ゼノもまた、赤子の頃はもちろん、三年間の闇との死闘を生き抜いたのち、怠ることなく日々を鍛錬に費やしてきた。
かつて世界を震わせた魔王ゼギオンを上回る強さを、すでにその身に宿している。
かつての魔王の威圧感が霞んで見えるほどの力だ。
イーライとはまだ付き合いが浅い。
だがゼノを相手に、日常的にウォーハンマーを振るい、真っ向から打ち合っているのだから、戦闘力は目に見えて伸びていた。
その姿は新人というより歴戦の兵士に近く、接近戦での戦力は確実に増していた。
そして最後に視線が集まったのはリナ。
この娘については、まだ未知数な部分が多い。
戦場での経験も浅いが、彼女の秘めた力は計り知れない。
だからこそ、いろいろなことを聞いてみよう――そう、アーサーは決めた。
「リナは戦闘経験ほとんどないんだよね?」
「…2回だけです」
申し訳なさそうにリナはいう。
「リナは後衛に徹すれば、問題ないだろう、最強の魔法防御は何が使える?」
ゼノが問いかける。
「第十階梯魔法が使えます。たぶん、百個は重ね掛けできます」
アーサーとゼノの目が大きくなった。
思わず息を呑み、顔を見合わせる。
その防御魔法の強力さを、彼らは身をもって知っていた。
あの魔法の百個掛け――それはアーサーがルシエルであった時代に、一度だけ発動した経験がある。
十個の巨大なメテオを防ぐ、神域の防御。
その凄まじさは、今でも身に染みて忘れられない。
「で、では、最強の攻撃魔法はなんだ?」
ゼノが身を乗り出して聞く。
「第十一階梯魔法 死烙──《デス・エンバー》です」
「おお!デス・エンバーかっ!我もよく使った!あれはいい魔法だ!」
満足そうにゼノは言った。
「だが…やはり古代魔法は使えぬのか?」
ゼノが問うと。
「はい、そればかりは…でも手がかりが、この東の神殿にあるかもしれないんです」
「……これは提案なのだが、4人でここで訓練をし、互いの連携を高め合い、1年後、ガーディアンに挑戦する、と言うのはどうだ?」
珍しくまともな意見をゼノがいった。
みんなの意見は一致していた。
こうして四人は、日々を訓練に費やすことを決めた。
互いに切磋琢磨し、弱点を補い合いながら、ひたすら強さを追い求める。
アーサーは剣技と魔力の統合を磨き、ゼノはさらなる魔力の深淵を探り、イーライは体格に似合わぬ俊敏さを鍛えた。
そしてリナは、己の膨大な魔力を正確に制御するため、毎日限界まで詠唱を重ね続けた。
その訓練は苛烈を極めたが、無駄な時間は一瞬たりとも存在しなかった。
確実に、四人の力は「ガーディアン」という未知の壁を越えるための礎となっていったのだ。
――――
―― 一年後。
四人は、東の神殿の前に立っていた。
この地に眠るガーディアンを攻略するためである。
石造りの巨大な神殿は、千年を超える時を経てもなお崩れることなく、ただ静かにそこに存在していた。
しかし、その荘厳な外観からは、ただならぬ威圧感が放たれている。
彼らは一歩を踏み出し、神殿の入り口をくぐる。
奥へと続く長い石畳の道を、四人は緊張を帯びたまま進んでいった。
やがて、正面に巨大な門が徐々に見えてくる。
「さあ、いくか!」
アーサーは涼しい声で言った。
「誰であろうと我の前に立つものは切る」
ゼノは相変わらず自信満々だ。
「どんな敵なのかなー楽しみだなー」
笑いながらイーライが言う。
「お願い!作戦通りに動いてくださいね!」
このメンバーでは、そう心配されても仕方がなかった。
アーサーは巨大な門を両手で押し開いた。
鈍い音を立てながら、重厚な扉はゆっくりと開く。
その奥には広々とした石畳の空間が広がっていた。
だが、不思議なことに何の気配も感じられない。
アーサーは眉をひそめ、慎重に扉の奥へと足を踏み入れる。
他の三人も警戒を解かずに続いた。
その瞬間、背後で扉が重々しく閉ざされる。
「!!みんな戦闘体制だ!」
アーサーが即座に叫ぶ。
四人は周囲を睨みつけ、臨戦態勢を整えた。
すると、空間の中央に小さな白い球体が浮かび上がる。
鉄でも銅でもない、得体の知れぬ素材でできており、徐々に大きさを増していった。
最終的には直径十メートル近くにまで膨れ上がる。
白い球体はゆっくりと回転を始め、そのまま空中に浮遊していた。
「なんだあれは?生物なのか?無機質に見えるぞ」
ゼノは焦りを隠せない。
「スキル解析発動!」
アーサーは無機質の物体の解析を始める…が、何も見えてこない。
イーライはホーリーアーマーを纏い、ウォーハンマーに神聖魔法を流し込む。
リナは最後方に下がり防御魔法の準備を整えていた。
やがて球体の回転が止まった。
次の瞬間、表面全体から幾万もの光のレーザーが放たれる。
それらは矢の雨のように一斉に四人へと襲いかかった。
各自が防御の魔法壁を展開する。
リナだけは、第十階梯魔法の百枚掛け。
だが、レーザーは容赦なくリナ以外の魔法壁を貫いた。
ゼノは冷静に新たな防御壁を展開するが、それもあっけなく穿たれる。
「このレーザー攻撃、かなり攻撃力が高いぞ!みんな油断するな!」
ゼノが声を張り上げた。
ゼノはすぐさま戦略を切り替えた!
防御壁を解除し、無詠唱で絶対防御を展開する、
──全てを拒む絶対防御──《タナトス・ワールド》。
発動と同時に、ゼノの周囲を黒い透き通った球体が覆う。
それは圧倒的な防御力を誇り、レーザーの奔流を容易く弾き飛ばしていた。
一方、アーサーも勇者の絶対防御──《ノヴァ・ガード》を展開。
そしてイーライは神聖防御魔法──《ソラリス・プロテクタ》を発動する。
レーザーを防ぎながら、白い球体を鋭く観察していく。
しかし、目に映るのはただの球体。
斬れるのか? いや、斬らなければならない。
アーサーが思考を巡らせ、次の一手を考えようとしたその瞬間、球体がいきなり大爆発を起こした。
爆風と衝撃が神殿の空間を揺らし、瓦礫が飛び散る。
耳をつんざく轟音が響き渡り、アーサーは剣を握る手に力を込め、身構えた。
リナの魔法だ。
彼女の手から放たれる魔力が渦を巻き、空気が熱と冷気に引き裂かれるような感覚が走る。息を飲むほどの圧迫感が、神殿の内部を支配していた。




