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薄暗い通りの先に

「ど、どういうことですか、エドワードさん!」リリィは顔を真っ赤にしながら、怒りを抑えきれずに叫んだ。彼女の指が向けられた先には、道行く男たちに軽々しく声をかける女性たちの姿があった。さらにその奥には、貧相な小屋が立ち並び、いわゆる連れ込み宿が軒を連ねている。


リリィは今までこんな光景を目にしたことがなかった。だが、さすがにどんな初な小娘でも、この場所がどういうものかは直感的に理解できる。恥ずかしさと困惑が交錯し、リリィの顔はますます紅潮していった。


「ま、待ってくれ、リリィ!」エドワードは慌てて両手を上げ、リリィを落ち着かせようと必死だ。彼の顔には困惑が浮かび、どうにか説明しようとするが、何をどう言えばいいのか思案に暮れている様子だった。


「違うんだ、そんなつもりじゃない!ここは…ただの通り道で、他に抜け道が…その…」言い訳をしようとするエドワードだが、ますますリリィの怒りは増すばかりだ。


「通り道ですって?こんな場所を、何の説明もなく連れてくるなんて…」リリィの声は震えていたが、それは怒りだけではなく、どこか混乱も含んでいた。この状況があまりにも突然で、彼女にはどう対処していいか分からなかったのだ。


エドワードは額に手をやり、深く息を吐いた。誤解を解こうと心を砕いていたが、これ以上焦れば逆効果だと悟ったらしい。冷静さを取り戻し、慎重に言葉を選んでリリィに向き直った。


「リリィ、すまない。確かに、説明が足りなかった。だけど、この通りを使うの理由があるけど、君をこんな場所に連れ込むつもりはないんだ」


リリィは少し顔を背けながら、それでもエドワードの言葉を聞いていた。彼の声に嘘はなさそうだし、これまでの彼の態度からも悪意は感じなかった。それでも、リリィの胸には不安と困惑が残っていた。


「…本当ですか?」リリィは疑念を残しながらも、少しだけ落ち着きを取り戻して言った。彼女はまだ完全には納得していないが、少なくともエドワードが意図的に彼女を不快にさせようとしていないことは理解し始めた。


エドワードは真剣な表情で頷いた。「もちろんだ。誤解を招いたことは本当に謝る。だけど、ここは本当にただの通り道でしかないんだ。この先に、もっと安全な場所があるから、そこに向かおう」


リリィは少し間を置いてから、やっと頷いた。「わかりました。でも、次はちゃんと説明してくださいね」そう言って、彼女はエドワードの指示に従い、再び歩き出した。


エドワードはホッとしたように息をつき、リリィの隣を歩きながら、もう少し気をつけて行動することを心に誓った。


「ここしか通り道がないんだ」と、エドワードは神妙な面持ちで説明しながら歩を進めた。リリィはまだ戸惑っていたが、エドワードの言葉に従ってついていく。二人は連れ込み宿の並ぶ通りを抜け、雰囲気が少し変わった一角へとたどり着いた。暗く小さな店が点在し、まばらに灯る明かりが薄暗い路地を照らしていた。周囲は静かで、先ほどの喧騒からは考えられないほど、ひっそりとした空気が漂っている。


女衒の一角にあるこの場所は、いくらか落ち着いていた。それでも、リリィは居心地の悪さを感じ、エドワードの背中を見つめた。彼は迷うことなく、一件の店に向かって足を進める。


「ここだ」と短く言いながら、エドワードはその店の扉を押し開けた。


リリィはその後ろに続き、慎重に店内を見渡した。中は思ったよりも狭く、照明も薄暗い。壁にかかる古びた装飾品や、積み重ねられた帳簿が、この店が長い間ここで営業していることを物語っていた。店内には数人の男が座っていて、何かを話し込んでいるが、リリィが入ると一瞬だけ静かになり、好奇心と警戒心が交じった視線が彼女に向けられた。


店内の奥に進むと、先細りの建屋はさらに薄暗くなり、雑に設置されたボックス席が4つ並んでいた。すでに3つの席にはカーテンが引かれ、赤いランタンが控えめに揺れていた。それは「接客中」を示す合図だった。リリィはその光景に目を奪われ、思わず立ち止まってしまう。最奥の席だけが暗く、何か特別な雰囲気を漂わせているようだった。


「こっちだよ」とエドワードは、まるで日常の一部かのように慣れた動作でその暗い席に向かい、すぐに腰を下ろした。彼の落ち着いた態度が、リリィの緊張を少しだけ和らげる。


しかし、リリィはまだその空気に完全に馴染めず、ゆっくりとおっかなびっくりの足取りで席に近づいた。足元を見つめながら歩く彼女を見て、後ろにいた女将がにやりと笑い、軽くリリィの尻を叩いてからかうように促した。


「ほらほら、そんなに緊張しなくていいさ、嬢ちゃん。魔女さんだって、ここじゃただの客だよ」と、面白そうにリリィをからかう。



リリィが奥の席に向かっておっかなびっくりと歩いていると、女将がすっと近づいてきた。そして、リリィの耳元で囁くようにこう言った。


「ふふ、魔女さんねぇ。こんな場所に来るなんて、珍しいこともあるもんだねぇ」


その言葉に、リリィは一瞬肩を震わせ、思わず立ち止まってしまった。女将の甘ったるい声と、囁くように「魔女」と言われたことが、彼女の心をざわつかせる。これまでの旅の中でも、魔女と呼ばれることはあったが、この場で聞くそれは、どこか意味深な響きがあった。


振り向いたリリィの顔には困惑が浮かんでいたが、女将はにやりと笑い、さらに続ける。


「こんなところで、何をお探しなのかしらねぇ。お坊っちゃんと一緒に、面白い遊びでも?」女将は冗談めかしながらも、どこか挑発するような目つきでリリィを見つめる。


リリィは顔を赤くし、どう返事をしていいか分からず、視線を泳がせた。その様子を見て、女将は満足げに笑うと、手を軽く振って「さ、行きな」と彼女を促した。


リリィは気まずさを感じながら、エドワードが待つ席に向かって歩き出したが、先ほどの囁きが頭の中で響いて、妙な胸騒ぎが消えなかった。




チリンチリン――鈴が微かに響く。女将が鈴を軽く揺らすと、薄暗い店内にその音だけが澄んで響いた。リリィは思わず目を丸くし、蝋燭の仄かな光の中で、その鈴が上質な銀でできていることに気づく。魔女として、価値のあるものには敏感だった。


しばらくして、カーテンを手にした女性が現れた。赤いランタンを持ち、静かに歩み寄ってくる。しかし、席に着いたエドワードの顔を見た瞬間、彼女は動きを止め、驚きの声を漏らした。


「はっ?」その声には驚きと戸惑いが混じっていた。


彼女は質素な給仕のエプロンを身にまとい、長い栗色の髪をきちんと結い、頭巾の中に押し込んでいる。どこか控えめで、目立たない風貌だったが、表情には一瞬の緊張が走っていた。エドワードを見つめた後、その視線がリリィへと移ると、さらに驚きが深まった。


「サンドラ」と、エドワードは静かにその名を呼んだ。


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