炎の肖像画
夢が欲しい。
自分にも他者に対して誇れる何かが欲しいと思ったのは一体、いつ以来の事だろうか。
思えば私には物心ついた時から希望という物は持っていなかったような気がする。
ゆえに私は今日この日まで夢を持つことは自分にとって禁忌の行為だと考えてきた。
持たぬ者の苦心は結局、当人しか分かり得ない。
私は孤独のまま今も生き続けている。
そんな生ける屍のような人生を送ってきた私だが転機が訪れた。
今、私は燃えている。
かつてないほど燃えている。
いや正確には燃やされているというべきか。
天に届くほどの薪木を組み上げ、その天辺に縄でグルグル巻きにされた私が転がされているのだ。
眼下では多くのクラスメートたちが私を見て笑っていた。
(今の極限状態にある私が、彼らには面白く見えているのか?)
その時、闇一色に彩られていた私の心に一筋の光が差し込んだ。
というのも私は入学以来、常にクラスメートに虫をされ続けて席替えで隣になった女子が泣いてしまった(※ここだけは実話)経験がある。
この時、どちらかというと隣の女子に対して嫌悪感を私は抱いていたが今の私を見て笑う彼女を見た時は不思議と当時の最悪の印象は薄れていたような気がする。
(ああ、こんな事ならもっと話しておくべきだったな…)
、――と私が感慨に耽っているうちに粛々と点火が始まっていた。
(マシュマロマンじゃあるまいし、このまま燃やされる事はないだろう。そろそろ誰かが助けてくれるのかな?)
私は教師か生徒会役員の到着を待つ。
だがいくら待てども誰かが現れる様子はなく、私はキャンプファイアーの一部として燃やされることになった。
「熱い!熱い!熱い!誰か助けてくれー!」
全身が火に覆われ、かつてないほどの痛みと苦しみを覚える最中で私は観衆たる皆に助けを求めた。
しかし、誰もあ助てはくれない。
多くの生徒たちは遠間から燃え盛る炎と燃やされる私を撮影しながら”X”に投稿している。
これがZ世代というものか…。
私は悲しみに打ちのめされながら必死に足掻いた。
「責任から、逃げるなー‼」
観衆の誰かが竈門炭治郎のような罵声を浴びせる。
その呼び声に同調して多くの観衆が私に”逃げるな”コールを連呼した。
そして私は意識が残っている状態で灼熱地獄に耐えるしかなかったのだ。
「よし、次は決勝戦だ。大将は任せたぞ」
気がつくとわつぃはどっかの体育館のような場所にいた。
多くの群衆に見守られる中、私は見た事も無い仲間と共に会場の中央に立つ。
私はふと頭に浮かんだ疑問を隣に立っていた副将格の人物に尋ねた。
「あの、これはどういった大会なんでしょうか?」
男は露骨に不快そうな顔をしながら私に向って言う。
「そんな事も知らないでここにいるのか、この馬鹿者めが‼不謹慎にも程度という物があるぞ。…というかそもそもお前は誰なんだ‼」
坊主頭の男は予想外の答えを渡しにぶつけてくる。
それを聞きたいのはむしろ私だというのに一体何を考えているのだ。
「ちょっと待ってください。それを聞きたいのは私の方なんだ。一体、ここは…熱ッッ‼」
今気がついたのだが私はまだ燃えていた。
背中全体がとにかく痛い。
プレッシャー的な意味では無く、圧迫感を感じている。
早く水でも被って消火しなければ大変な事になってしまうだろう。
「先生。ふじわらが身体を燃やしてふざけています」
坊主頭がそう言うと顧問とチームメイトがすぐに集まってきた。
「ふじわら、お前というヤツは自分を燃やしてまで目立ちたいのか?」
「信じられない。今どういう状況かわかってるの?」
実に見当違いな説教を食らう。
俺の身体は燃えているのに、それどころじゃにというのに「お前は場違いだ」とか「結局目立ちたいだけだろ?」と他者の自尊心を傷つける。
私は背中が燃えて大変なのに、誰もがそこを見てくれない。
「うあああっ‼会場が燃えている‼」
観客かチームメイトの誰かが突然、叫んだ。
私も気になって周囲を見たが、いつの間にか会場は大火に包まれていた。
出火元はおそらく私。
自分の意思でこうなったたわけじゃないのにあくまで私のせいにして責任をかぶせようと…。
「ぎゃあああああ‼」
突然、俺を取り囲んでいたチームメイトたちから悲鳴があげる。
(中学生にもなって外で大声を出すなんて非常識な…)
私は呆れながら彼らの姿を眺めていた。
そして炎が収まり、何食わぬ顔でやってくる別のクラスメートたち。
消防隊ではなく単なる学生の彼らが何故ここに現れたかは私ごときには想像もつかない。
「ふじわら、ガソリンは点火すると爆発するんだ。燃やすなら灯油だぞ?」
そう言ったクラスメートの誰かは私の頭に灯油をかける。
臭い。とても臭い。
「止めてくれ‼私が何をしたっていうんだ‼」
灯油に火がついて私はまた燃えてしまう。
「あはははは‼ふじわらが燃えている‼」
「ファイアーマンふじわらに誕生だ‼」
待て、ファイアーマンは消防士だ。燃えている人じゃない。
彼らは私を口々に囃し立て、その彼らもまた炎に包まれていった。
「ぎゃああああああ‼」
「制服が焦げているぞ‼ふじわら、弁償しろ‼」
もう弁償どころではない。
どちらかといえば緊急入院だろう。
「待ってろ、今警察に…」
私が非常口近くにある電話に向おうとするとクラスメートは私の腕を掴んだ。
「待て。そんな事を言って逃げるつもりだろう…ぎゃああああああッ‼」
燃え上がるクラスメートたち。
誰が正しかったのか、もう誰にもわからない。
私は何も考えないようにしながら体育館を出た。
それから私は人の目を避けるように生きてきた。
どんな時も人々は私に灯油をぶっかけて燃やしてくるのだから仕方ない。
だが私が関わると決まって私を焼却しようとする人間は燃え尽き、その度に私に「弁償しろ。そして燃えろ」と非難する。
こうなっては私も自身の責任という物を考えねばなるまい。
(もう限界だ。誰もいないところでひっそりと暮らそう)
いつしか私は甘んじて孤独を受け入れる事にした。
だが地球上に人間がいない場所などなく、私は最果ての場所でも多くの人に責め立てられる。
「それは君の一方的な被害妄想ではないか?」
「昇竜拳を破らぬ限り、お前に勝ち目はない」
「灯油追加です」
こうして私は今日も見知らぬ誰かによって燃やされている。
「熱い‼熱いって‼だからリアルに燃えているんだって‼」
こうして私は今日も居場所を失うのだ。
もしも安住の地というものがあるならば、そこは誰もいない場所だろう。