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生徒会シリーズ

なぜ、探偵はそこにいなかったのか

作者: aoi


プロローグ


 毎年、この学校では10月の第4週に“芸術祭”が開催されて、1週間の開催期間内で2日目に行われる合唱コンクールは、学校の近くにある多目的ホールで行われる。


 芸術祭で行われるのは合唱コンクールだけではなく、吹奏楽部のコンサート、美術部の展示会、芸術に触れる機会を増やそうと行われる行事だ。


 各クラスが合唱曲を決めて、本格的な練習を始めて少し経った10月3日に事件は起きた。



 10月3日(月)15時50分


 私は一足先に別棟の1階にある生徒会室に着いた。


 窓を開けて空気を入れると、涼しい風と夕日が入ってくる。席について一息入れると、校舎の2階からピアノの伴奏と合唱が聞こえてくる。


 「あっ、去年歌った曲だ」

私は懐かしい気持ちになって一緒に口ずさむ。


 少し時間が経った後、引き戸を開ける音で心臓がドキッとする。

 

 赤佐君がやってきた。


 私の歌声が聞こえてはいないだろうか、声量は大きくなかった気がするけれど、聞かれていたなら凄く恥ずかしい。


「すいません、1回だけ通しで歌ってきたので遅れました」赤佐君は慌てた様子で入ってきて、鞄をおろしてから私と向かい合うように席についた。


 聞かれては……いなさそう。ホッとして穏やかな気持ちになる。


「大丈夫だよ。気にしないで。校舎の方から聞こえてきたのって赤佐君たちのクラスかな?」


「ん〜多分違います。会長のいる別棟から聞こえてきたのは教室で練習している2組の合唱曲だと思いますよ」


「じゃあ赤佐君はどこで合唱練習してたの?」


「1組の教室の向かいにある多目的室です。グランドピアノもありますし、広い空間で練習にはもってこいなんですよ。今日もそこで練習してました。」


「いいよね、あそこ。懐かしい……」


「そういえば会長は放課後、合唱の練習とかしないんですか?」


「しない……かな。するクラスもあるみたいだけどね。受験生だから塾に行く子とかいるでしょ?私のいるクラスはそういう子が多くて放課後は練習にならないの」


「大変ですね。受験もあるし、今年最後っていう気持ちもありますし」


「そうなの。私のクラスは放課後できないかわりに朝練と昼練をやるんだけど、皆すごく熱心に練習してる。私も負けてられないよ」


「あぁ〜」赤佐君は頷きながら言った。「だから会長、歌ってたんですね」


 聞かれていた。口ずさんでいたつもりが1人カラオケになっていたのか。両手で両頬をあおぐ。体温が急激に上がるのを感じる。


 赤佐君は、笑っていた。



 16時15分


「すまん、遅れた」

慌てた様子で生徒会室へ入って来た1人の男性。身長は170を余裕で超える痩せ型で声は低かった。


「あっ、黒井君。こっち座って」私は黒井君を隣の席へ誘導する。

「赤佐君、こちら黒井君。私と同じクラスで芸術祭の実行委員長」


「こんにちは」赤佐君は言った。「生徒会の副会長、赤佐です」


「はじめまして、よろしく。君の事は緑さんからよく聞いているよ。今までいろんな謎を解いてきたんだって?」


「そんな、小説に出てくる名探偵には遠く及ばないです。解いてきたのは些細な謎です」

赤佐君は、首を横に振りながら言った。そんなに謙虚にならなくても。


「さぁ、揃ったことだし、始めようか」

私がそう言うと、黒井君は鞄からノートとシャーペンを取り出す。


 生徒会室の向かいの技術室の方から数人の騒がしい声が聞こえてくる。


「あぁ、きっと吹奏楽部だな。藍葉が今日、音楽室と技術室で分かれてパート練習するって言ってた。きっと楽器運んでんだな今」


「私、聞いてないよ」


「今日の6時間目の技術の授業で言ってたんだよ。大変だ〜って愚痴ってた」


 階段を楽器を持ちながら降りていく吹奏楽部の話し声や笑い声が聞こえてくる。


「うるさいよ〜早く移動して準備して!」と声が聞こえてくる。間違いない、吹奏楽部の部長、藍葉紫あいばゆかりの声だ。


 頑張れ、紫と思いながら私は生徒会室の引き戸を閉めに行く。ちょうどその時だった、吹奏楽部の話し声や笑い声が困惑した声に変わる。

 

「何かあったのか?」

黒井君が技術室の方を見て言った。


「ちょっと行ってみますか」

と赤佐君が言うと、2人は技術室の方へ向かう。私も後をついていった。



「何があったんですか?」

赤佐君は先に技術室にいた吹奏楽部に言った。


「これ……」

紫が1枚の紙を私に渡してきた。


「え……」


 それは、はがきサイズの画用紙だった。表面には顔文字^_^が書かれていて、私が表面を見ていると、赤佐君は紙の裏の方を覗き込むように見た。


 私は思わず彼と距離を置いた。いきなり距離が近くなって驚いたからだ。


「会長、裏に何か書いてあります」

「ん、なに?」


 私は裏面を見ると、書かれていたのは

“どのようにしてこの紙を置いたでしょう?”


「これってどこに置いてあった?」

私は紫の方を見て言った。


「技術室に入ってすぐ机の上に置いてあったよ。ドアを開けた時にすぐ見つけた」

紫の声は少し震えていた。


「鍵を開けたのは誰ですか?」と赤佐君。「技術室の鍵はいつも技術科担当の鹿熊先生が持っている筈です」


「あー、それは私達の顧問の先生が練習で使いたいからと言ったら鹿熊先生が貸してくれたみたいで、それを私が受け取って開けたの」

紫は落ち着いた口調で答えた。


「技術室は普段、鹿熊先生が自ら鍵を開け閉めする。閉める時にしっかり確認したはず。密室にどうやって入り込み、この紙を置いたのか」

赤佐君はブツブツと独り言を言っていた。


 吹奏楽部の練習の邪魔になってしまうと思った私と赤佐君は、紙を持ってすぐに生徒会室へ戻った。


「それにしてもどうやって置いたんだろうな?」

少し遅れて帰ってきた黒井君は、席へ着くなり、私たちの方を見て言った。


 赤佐君は「うーん」と言うと、続けた。

「技術室に入るのは今、俺たちが廊下から入ってきた出入り口と、技術室の中から外へ出るガラスの引き戸だけです」


「ガラスの引き戸は内側から鍵を閉めるから、外から入るのも不可能だしなあ」

黒井君は腕組みをしながら背もたれに寄りかかる。


「これまでの情報を整理するとですよ」赤佐君は人差し指を立てながら言った。


「普段、技術室の鍵は鹿熊先生が持っているため、生徒は開けることができない。今回は藍葉先輩が開けましたけど先生同士で鍵が移動してやっと生徒が使えました」


 赤佐君は続けて2本目の指を出し言った。

「ガラスの引き戸は内側から鍵を閉めるので外から開けることは不可能」


「入ってすぐの所に紙が置いてあったなら、先生が施錠する時に気づくはずだ。犯人はどうやって入った」

黒井君は、静かに言った。


「そうですね」赤佐君は冷たい口調だった。

「犯人が前もってガラスの引き戸を開けていたなら別ですが」


「どういうこと?」

私は前のめりになる。


「犯人は鹿熊先生が鍵を施錠する場に一緒にいた。ガラスの引き戸が鍵がかかっているか確認すると先生に言って閉まっていると嘘をつき鍵を開けておいた」


「開けておいたガラスの引き戸から技術室に入り顔文字の書いてある紙を机の上に置いたってことだな」

黒井君は答えが分かり、安堵した表情で言った。


「安心してる場合じゃないですよ」と赤佐君はまた冷たい口調で言った。「技術室に入った犯人は紙を置くためだけに来たとは考えにくいです。盗みが本当の目的なら早く先生に報告しないと」


私たちはすぐに職員室へ行き、鹿熊先生に報告をした。翌日聞いた話だが、技術室から盗まれたものは何もなかったという。



 10月11日(火) 12時50分


 技術室の件から1週間が経ち、未だ犯人の目的がわからないままでいた。給食を食べ終えて昼休みに入ろうとしている時に隣のクラスから写真部の部長、末永さんがやって来た。


 「ごめん。今、時間ある?」

ヒソヒソ話をするような口調で、彼女はとても真剣な表情だった。


 末永さんは2、3度話した程度だけど、同性の私から見てもきれいな人で、華のある人という言葉に1番にあう人かもしれない。


「大丈夫だよ。どうしたの?」 

私もおもわずヒソヒソ声で話す。


「変なことが起きて……まずはこの写真を見てほしいの。タイトルは“3階の教室と夕日”」


 末永さんが渡してきた1枚の写真。教室の中から夕日を撮った写真だ。黒板と机、教室全体が綺麗なオレンジ色の染まっていた。


「凄い綺麗だね。変なことって?」

受け取った写真に視線を落としながら言った。


「写真部ではね、毎週水曜日に綺麗な写真が撮れたら部室前の掲示板に貼ってるんだけど今朝、部室の前を通ったらその写真に重ねるように顔文字が書かれた紙が画鋲でさしてあって。これなんだけど」


 末永さんは怯えた声で私に顔文字が書かれた紙を渡してきた。顔文字はm(_ _;)m


 裏にはこう書かれていた。

“この写真に隠された真実をつきとめろ”



「なに……これ」

紙を見てから私は末永さんの方を見て言った。


「緑さんもそう思うでしょ?私……不安になってきちゃって。もしよかったらなんだけど、顔文字の紙を誰が貼っていったのかのと写真の件、つきとめるの手伝ってくれる?」


 私はふたつ返事で依頼を引き受けた。放課後、生徒会室で待ち合わせる約束をして別れた。


 同日 15時50分


 今日は職員会議で芸術祭の実行委員と部活をしている生徒以外は下校していて、校舎の中は静かだった。別棟の音楽室から聞こえてくる楽器の音色が心地よかった。


 末永さんと私が生徒会室に行くと、すでに赤佐君がいて席についていた。彼は私たちに気付くと、末永さんの方を見て軽く会釈した。


 末永さんも会釈しかえすと、私は生徒会室の中へ誘導する。席につき、数秒間の沈黙の後に赤佐君が切り出した。


「何かご相談があって来たんですか?」


 末永さんが赤佐君の方を見て、昼休みのとき私に話した内容を伝えた。写真と顔文字が書いてある紙と共に。


「“この写真に隠された真実をつきとめろ”……ですか。この写真を撮ったのは誰なんですか?」


 末永さんによると写真を撮ったのは1年生の男子生徒で撮った場所は3階、3年1組の教室だそうだ。写真部で使うカメラを持ってきてもらい、私と赤佐君は、中のデータを見た。


「10月3日の16時ちょうどに撮ったんですね。とても綺麗な夕日です」

赤佐君は、カメラに視線を落としながら言った。


 でしょ!と言いたいところだが末永さんの困った表情を見ていると言えるような空気ではなかった。


「実際に撮った場所に行ってみましょうか?」

赤佐君は、優しく提案した。


 私と赤佐君、末永さんで撮られた3階に行くことにした。


 3階に着いた矢先、情けない声が聞こえた。

「提案した手前、申し訳ないんですけど何か入りづらいです」


「どうして?」

私は振り返って赤佐君の方を見た。


「独特の雰囲気ありませんか?他の学年の教室の廊下って。うまく言えないですけど、全然違うんですよ、漂う空気感が。そう感じるのは俺だけかもしれないですけど」


 気にし過ぎでしょとバッサリ言ってもよかったのだが、大丈夫だからと諭して、撮られた場所へ向かう。


3階は教室から入ってくる夕日の光が廊下の方まで照らされていて、3階全体が綺麗なオレンジ色に染まっていた。


「今は撮られた3日と同じ天気と時間です。男子生徒の言った3年1組の教室に行けば何か分かるかもしれません」


 1組の教室に着くと、私たちはある違和感に気がつく。渡された写真には夕日がとても綺麗に撮れていた。だが今、私たちがいる教室は逆光が強すぎてとてもじゃないが写真を撮れる状態じゃなかった。


 眩しすぎて薄目になる。赤佐君は手で夕日を隠すようにしていた。末永さんは写真を見ながら眉を顰めている。


「じゃあ、どこで撮ったのこれ」

末永さんは私の方を見て言った。


「夕日の角度的にこの場所で撮ったと思いますが、とりあえず2階に行ってみましょう」

何か分かったのか赤佐君の声が明るかった。


 私と末永さんは赤佐君の言う通り2階に来た。3階程ではないが、夕日に染まって綺麗だ。人の気配がまったくない時が止まっているのかと思った。


 赤佐君のさっき言っていた独特な雰囲気っていう意味が分かったかもしれない。去年いた2階が別の雰囲気に感じる。


「赤佐君のいるクラスだね」


「はい。さっき写真を見せてもらった時、もしかしてと思ったんです。普段、俺がいる教室からこの写真は撮られたんじゃないかと」


 私と末永さんは赤佐君の誘導で2年1組の教室に入る。


「あれ」

末永さんが囁くように言うと私も「あっ」と思わず声が出た。写真で見た同じ光景が目の前にあったからだ。


「撮られたのは3年1組の教室じゃなくて、真下にある2年1組で写真が撮られたんです」


 確かに真下なら夕日の光の入り具合が若干変わって逆光もさっきよりも和らいでいる。これなら撮れそうだけど1つの疑問が出てくる。


「なんで1年生の男子生徒は、2階で撮った写真を3階で撮ったと噓をついたのか……ですね」

私の心を読むように赤佐君が言った。


「明日、本人に聞いてみる。2人共、今日は本当にありがとう」

末永さんは深々と頭を下げた。


「力になれて良かったです。嘘をついた理由分かると良いですね」


 末永さんは赤佐君に優しく微笑むと私の方を見て口パクで「ありがとう」と言って1階に降りていった。


「紙に書かれた謎も解けたし、帰ろうか」


「はい」


 私と赤佐君も1階へ降りて昇降口に着く。


 下駄箱の方を見ると末永さんの所にはもう上履きが置いてあった。私は自分のクラスの下駄箱の方へ行き、ふと用事を思い出す。


「あっ」と私は言った。「用事、思い出したから私はここで。赤佐君、また明日」


「お疲れ様です。また明日」


 決して一緒に帰るのが気まずいから……とかではない。帰る方向も逆だし、これまでもこういった場面はあった。


 私は1階の会議室へ向かった。



10月12日(水)


「会長、放課後お時間いいですか?」


「……いいけど」


 昼休みが始まる頃、赤佐君が私の前にやって来て言った。私が返事をすると彼は早々に2階へ帰っていった。


 3階に来るのを独特の雰囲気が〜とか言っていた赤佐君がわざわざ来たのだから重要な話なのだろうと思った。


 

 私が生徒会室へ着くと、赤佐君は先に着いて席に座っていた。私に気付くと、彼は会釈した。私は向かい合うように座る。


「忙しいのに呼び出してしまってすいませんでした。顔文字の件について話がありまして」


「何か分かったの?」


「はい」赤佐君は目を合わせず言った後、まっすぐとこちらを見る。「まず、技術室にあの紙を置いた人物についてです。


話が長くなると思うので、結論から言います。あの顔文字が書かれた紙を置いたのは黒井先輩です」


「どうしてそう思ったの?」


「あの時に言った俺の推理、覚えてますか?」


「犯人が前もって開けておいて、そこから入ったっていうやつでしょ」


「はい。あの時は言わなかったんですけど、続きがあるんです」赤佐君は言った。「前もって開けておいた犯人は当然、開けておいた所から出ます。ガラス戸は外からは閉められない。


開けておいたままなので密室にはなりません。犯人は皆が顔文字が書かれていた紙に釘付けになっている隙に開けておいたガラス戸の鍵を閉めて密室を完成させた。


あの場でそういうことが出来るのは黒井先輩しかいません。あともう一つ理由があります」


昨日の写真の件なんですが、このまま顔文字が書かれた紙を置いた犯人が黒井先輩だと仮定したまま話をします。


3日、黒井先輩が生徒会室に来たのが16時15分頃。


同日、写真が2階で撮られたのが16時ちょうど。


黒井先輩は生徒会室に来る途中に2階を通り、写真を撮っている1年生を見た。後日、写真部の前に貼ってあった写真を見てすぐ嘘だと分かったから写真部に顔文字の書いてある紙を写真の近くに画鋲でさした。


15分の空白は、技術室に顔文字が書いてある紙を置いた時間と考えれば黒井先輩が紙を置いた人物で間違いないと思います」


 黒井君が犯人と分かっているのならなぜ私に自分の推理を打ち明けたのだろう。もしかして、いや、分からない。


「何で私に話すの?いやっ、変な意味じゃないよ。でも赤佐君はいつも推理してわかったらまっすぐ犯人のもとにいって話すでしょう?」


「あぁ、まだ分からないことがありまして。考えを整理したくて言いました。今回はもう考えても分からないので黒井先輩のところに行って聞いてこようと思います。もう、帰っちゃったと思うんで明日にでも」


「いや、今日も実行委員の会議があるからって言ってたからまだ学校にいるはずだよ」


「どちらにいるかわかりますか?」

赤佐君は前のめりになる。


「1階の会議室だよ」


「分かりました。行ってみます」

赤佐君は申し訳なさそうに言った。


「私からも話があるんだけどいい?」


「はい」

赤佐君は小さく頷いた。


「赤佐君に黙っていたことがあるの……本当にごめん」

私は目を閉じて頭を下げた。


「なんですか?」


 私が頭を上げると、赤佐君は困った顔をして私の方を見ていた。


「あの顔文字の紙、私が黒井君に頼んで作ってもらった謎解き問題なの」


 赤佐君は言葉も出ないほど驚いた表情で「そうですか」としか言わなかった。


「あの日、私は芸術祭で生徒会もなにかできないか悩んでたの。9月の終わりごろだったと思う。


悩んでいる私を見かねて黒井君は声をかけてくれた。

『どうしたんだよ。そんな思い詰めた顔をして』ってね。


黒井君に話をしたら、『学校にまつわる謎をテーマにして問題を作る。週末にある記念式典に来る来賓にもウケるようなもの作るんだよ』って言ってくれた。


謎解きどうやって作ろうって思ってたら『俺が作るよ。こういうの得意なんだ』って言ってくれて任せちゃった。


黒井君が『謎解きが得意な生徒会の後輩に俺の謎解きを解いてもらう。ゲームのバグを見つけるテストプレイヤーのように俺が作った問題に矛盾がないか確認する役割をやってもらう。そうしたら良い問題ができるはずだ』って言ってくれた」


「それがあの顔文字の書かれた紙の問題なんですね」


「うん。『表面は顔文字、インパクトあるだろ』って」

私は言った。「それで昨日、黒井君のところに行ったの。昇降口の下駄箱を見てまだ帰っていないことがわかったから。


黒井君に聞いた。なんであんな問題出すのって。黒井君曰く『1問目は赤佐君に対して腕試しというか挑戦状だった。2問目の意図はまだ教えられない』って言ってた」


「教えられない?」

赤佐君は静かに言った。


「最後の3問目があるからそれが解けたら全てがわかるって言ってた」


「それじゃ、3問目の問題が今だれかの手元にあるかもっていうこと……ですよね」


 そんな時だった。生徒会室の引き戸の方から3回、叩く音が聞こえた。


 心臓がドキッとした。赤佐君も「あっ」と声を出して驚いた表情で引き戸の方を見た。


 赤佐君は、立ち上がると引き戸の方へ行き開ける。彼は「こんにちは」と言って引き戸を完全に開けて来客を中へ誘導する。


 入ってきたのは末永さんと男子生徒。男子生徒はすごい不安そうな表情で私と目が合うとすぐにそらした。


 赤佐君が私の隣に座り、末永さんたちは向かい合うように座った。


「ごめん、今……来ちゃって大丈夫だったかな?」


「大丈夫だよ。もしかして……」

私は男子生徒の方に視線を向けた。


「そう。昨日、話してた写真を撮った1年生の子」

末永さんは隣に視線を向けて小さな声で言った。「さぁ自己紹介して」


「1年の金子といいます」

金子君は私から赤佐君に視線を移しながら言った。


「会長の緑と」「副会長の赤佐です」

私はゆっくりと、赤佐君は優しい口調で言った。


「私にさっき話したこと、生徒会の2人にも話してくれる?」


 金子君は末永さんの方を見て小さく頷くと、私たちの方を見て切り出した。


「俺は……あの日、綺麗な夕日が撮りたくて2階に上がりました。教室から見た夕日を撮れば良い写真になるかなって思ったからです。


16時くらいだったと思います。2階は先輩たちが多目的室で合唱の練習をしていました。邪魔になったらいけないと思ったのでそーっと写真を撮って帰ろうと思いました。


1組の教室から見た夕日が綺麗だったのでここで撮ろうと思いました。カメラの電源を入れていたら遅れて先輩たちが多目的室へ入っていきました。


写真を1枚撮った時に多目的室の方から怒鳴り声が聞こえました。びっくりしてすぐ帰ろうと思ったんです。でも先輩たちが俺の所に来て言ったんです。


『なに撮ってるんだ。喧嘩してるところ撮ってるんだろ』すごい勢いで、俺、怖くて。


そうしたら別の先輩が助けてくれたんです。


『お前ら何やってるんだ。君は今すぐここから離れろ』って。俺はすぐ先輩の言う通り離れました。


末永先輩に嘘をついた理由は、怖くて……でも綺麗に撮れたし咄嗟に3階って言っちゃいました」


 末永さんは金子君の背中をさすりながら頷くと「怖かったね」と静かに言った。


「2年生を代表して謝る」赤佐君は言った。「本当にすいませんでした」


 赤佐君の膝の上で手は握りこぶしになっていた。申し訳ない気持ちと、同じクラスの人たちへの怒りが込められているのだろうと思った。


 そんな時に、再び生徒会室の引き戸を叩く音が聞こえた。私が対応しようと立ち上がり、引き戸の方へ行った。


 ゆっくり開けるとそこには見慣れた人物が立っていた。


「ごめん、緑。取り込み中だった?」


 慌てた様子でやってきたのは新聞部の部長、大橋だった。


「うん」私は頷いた。「でも用があって来たんでしょ?」


「そう。生徒会室に届けてくれってうちの部室の前に貼ってあった」


 大橋がポケットから取り出したのは、顔文字が書かれた紙だった。


「えっ」と私は思わず声に出て振り返って赤佐君の方を見る。


 再び大橋の方へ振り向いて紙を受け取り「ありがとう」と大橋の両手を握ってお礼を言った。


「そんなに喜んでくれるとは思わなかったよ。ちゃんと届けたからね。それじゃ」

大橋は少し引いていたが、笑顔で引き戸を閉めた。


 私はすぐに赤佐君の方へ行き紙を渡す。受け取った彼は裏面を見て顔を顰める。


 裏面に書かれた内容はこうである。

 “視点を変えろ”


「どういう意味?」

私は赤佐君の方を見て言った。


 赤佐君は紙を机の上に1回置き、腕を組んで首を傾げる。


「私たちは、もう帰ろう……かな」

末永さんは困った顔で言った。


「あぁ!ごめん。来てくれたのに。金子君、話してくれてありがとう」


 赤佐君も慌てて立ち上がって「すいませんでした」と言って頭を下げた。


「私たちもいきなり来ちゃってごめんね。赤佐君、誰が顔文字が書かれた紙を私や大橋さんのところに置いたのかつきとめて」


「……分かりました」


「それじゃ」

末永さんは私の方を見て言った。


 末永さんが引き戸の方へ行くと、金子君は私たちの方を見て会釈をした後振り返って、出ていく末永さんを追いかけるように出ていった。


 私は赤佐君に向かい合うように座ると、彼も座って大きく息を吐いた。


「どういう意味だろう」

私は再び赤佐君に聞いた。


 赤佐君は紙の方へ視線を向けたまま、黙り込んでいた。


 少し時間が経った頃。

「会議室、行ってきます」

と言って赤佐君は立ち上がって生徒会室から出て行った。



 私はすぐに追いかけて、赤佐君の隣を歩く。横から見た彼の表情はどこか悲しい顔をしていた。


 先程、生徒会室の中の時計を見たら時刻は16時半だった。おそらく実行委員の会議は終わっている時間。


 会議室へ近づくと実行委員らしき生徒が会議室の方向から歩いてくる。どうやら終わったらしい。


 私たちは歩いている間、言葉を交わすことはなかった。


 会議室の前に着くと、電気が点いているのが外から分かった。赤佐君は戸を3回、ノックする。


 中から「どうぞ」と黒井君の声が聞こえてきた。赤佐君が引き戸を開けて入ると、私も後から追いかけるように入った。


 私は赤佐君の隣に立ち、下唇を噛んだ。後ろで手を組んで黒井君の方を見た。


 黒井君は椅子に座っていたが、立ち上がると私たちの方を見て言った。


「わかったんだね」


 数秒の静寂の後、赤佐君が切り出した。


「黒井先輩が問題を出した意図が分かりました。俺に知っておいてほしかったから……ですね」


 黒井君は微笑んで鼻で小さく息を吐いた。


「知って、どう思った?」


「正直、わかりません……写真部の金子君に謝りましたが……」


「写真部の子に会ってきたのか」

「いえ、生徒会室に末永先輩と来てくれました。そこで2階で起きたことも教えてくれました。

金子君を助けた先輩って黒井先輩……ですよね」


「そうだ」


「黒井先輩からの最後の問題も大橋先輩が生徒会室に届けてくれて」

「届けるように書いたからね」


「はい。“視点を変えろ”と黒井先輩から言われるまでずっと勘違いをしてました」

「勘違い?」


「最初はクラス内の合唱に対する熱量の差で起きた喧嘩だと思ってたんです。3日以降、クラスの雰囲気が悪かったので余計にそう思っていました。


勘違いしていたのは、金子君が教えてくれた、“遅れてきた先輩”というところ。俺は同じクラスの生徒が遅れてきたのだろうと思っていました。金子君もそう思って話してくれた。


でも違った。あの時違うクラスの生徒(,,,,,,,,)が多目的室へやってきたんです。1年生の金子君から見たら同じ2年生で、違うクラスの生徒だなんて思わないですから」


「なぜその喧嘩が起きたのかは分かってるのかい?」


「はい……あの日()俺のいるクラス、1組は多目的室を使っていた。というより占領していた。


合唱練習にもってこいだった多目的室はクラス間で取り合いの様になって、多目的室に距離が最も近かった1組は有利でした。


独占して使っていた1組にそれ以外のクラスはよく思っていなかった。その怒りが爆発してあの日、喧嘩が起きた。なぜ、俺はあの場にいなかったのかと今でも思っています」


「それが分かって明日から赤佐君はどうするつもりなんだい?」



「他のクラスに謝りに行きます。多目的室を平等に使用できるように話し合って使う日を決めます」


「できるのか?」

「やります」

赤佐君の返事は早く、力強かった。


「なんか説教っぽくなっちゃったな……あまりにもあの時の金子君が可哀想でね。力がこもってしまった」

黒井君は席に座って力の抜けた声で言った。


 もう外は黄昏時。黒井君は時計の方を見て「おっ」と言うと、私も時計の方へ視線を向けた。時刻は16時40分で完全下校の17時まであと20分だった。


「もう……帰るか。赤佐君、明日から大変だろうが頑張ってくれ。緑、生徒会の出し物の件ごめん」

黒井君は私に拝むように手を合わせて謝ってきた。


「あぁ、別にいいよ。生徒会は芸術祭がうまく無事にできるようにサポートする。ね!赤佐君」

私は赤佐君の方を見て言った。


「はい」力のない返事だった。「受験生のお二人をこの時間まで学校にいさせてしまってすいませんでした」


 黒井君は微笑んで赤佐君に近づいて肩を叩く。私は赤佐君を会議室の出入り口に体を向き直させて後ろから手で押す。


 言葉には出さないが黒井君も私も気にするなという意志で赤佐君に接する。


 会議室の電気を消して、退室した後に黒井君は鍵を閉めて言った。


「俺は鍵を返しに職員室へ行くからここでお別れだ。赤佐君、健闘を祈る」


「はい」

今度は力強い返事だった。


 黒井君は職員室へ向かっていく。私たちは昇降口へ向かった。



 昇降口を出て校門まで一緒に歩いて学校の敷地から完全に出たあと、赤佐君が言った。


「会議室まで一緒に来てくれてありがとうございました」


「何言ってんの、水臭い。」

私は微笑みながら右手で赤佐君の肩を叩いた。


「すいません」

赤佐君も照れ笑いしながら言った。 


「また明日」

「はい」


 言葉を交わして赤佐君は回れ右をして帰路につく。

私は彼の後ろ姿を見ていた。


 辺りは少し暗くなってきて、風も冷たくなってきた。微かに出ている夕日見てから校舎の方を見た。


 あと何回、この校門を通って学校に登校するんだろう。あと何回、また明日と言えるだろう。


 私は胸に穴が空いたような感覚になった。


 気づけば私は赤佐君が歩いている方向へ歩いていた。段々と速歩きに、速歩きが駆け足になる。追いついて隣に行くと彼は驚いた表情で私を見た。


「えっ、帰る方向、逆ですよね?」

「いいの」


 赤佐君はそれ以上は何も言わなかった。 

 こんにちは。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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