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偽りのタナトス  作者: 異伝C
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第2話 『霊視課』

【警視庁:特別捜査室 霊視課 十二月二十三日午前六時】

雨上がりの外の景色が白けてきた。 私は室内で一人資料に目を通していた。 都内連続『死神殺人』事件。 ここ数ヶ月間の間に都内で発生している未解決の連続殺人事件。 昨日の事件を含めるなら犠牲者は二十一人。 これは近代史に残る殺人事件になるだろう。


 事件の概要から整理していこう。

最初の事件が起きたのは三ヶ月前。 遺体は都内のコンテナ倉庫内部で発見された。

死因は衰弱死。 しかし生前加害者に暴行された跡はない。 遺体――主に上半身が切り刻まれており、胸部に『to the God of Death(死神へ)』と文字が刻まれていた。 右眼球が損壊させられており、それらは被害者の死後に行われている。 以後、都内の至る所で同様の手口による事件が立て続けに起きる事となる。

最初の事件から捜査本部が立ち上がり、犠牲者が増えていく度に捜査班員は増員されていった。 十六回目の事件が起きた際、私がこの警視庁に派遣された。

外国では近年、民間請負霊視鑑定企業で実施されている『鑑定員』による霊視捜査が話題になっている。 霊視捜査とはその名の通り、超能力(主に霊視能力)を備えた人間が事件の被害者や残留思念を透視し、事件解決の糸口を探るという捜査方法のことだ。

スピリチュアルカウンセリングの要素が強く。 ほとんどはやりきれぬ遺族への慰めのためのパフォーマンスといったイメージが強い。 直接事件解決に結びついた実績はなく、警察機関が公式に霊視能力を使った捜査を行なったという記録も残されていない。 だが警視庁は非公式で私に霊視捜査を依頼してきた。 私は外国の最大手の民間請負霊視鑑定企業『ファントムフレンズ』に所属しいている霊視捜査専門の鑑定員だ。 私が選ばれたのは、そのパフォーマンス的な意味合いの強い霊視捜査にて実際に事件を解決へと導いてきた実績があるからだ。 もっとも表向きは警察機関への民間の有力情報提供者として、あくまで民間の協力者としての派遣である。 実際公に事件の捜査形態に属する者としては認識されていないが、しかし非公式ながらもささやかな上からのバックアップも受けている。 だがこの事件。 今まで私が関わってきた殺人事件と明らかな違いがある。

それは、事件現場付近に必ず存在するはずの犠牲者の『残留思念』が全く存在しないという点だ。

本来、生物が死ぬとその生物の魂はその体を離れる。 事件時の印象、つまり犠牲者の思いが強ければ強いほど残留思念は霧散する事なく色濃くその場に留まる。 

もちろん殺人事件のような印象が強く残る死に方をしたとしても時が経てばやがてはその場から残留思念は居なくなる。 例外的に思いが強すぎてその場に留まってしまう、いわゆる地縛霊などはその限りではないが。 だが例え、いずれ居なくなる残留思念でもそれは一日や二日なんかでは決して消えることはない。 今回の一連の通称死神殺人事件では犠牲者の死亡から私が現場に赴くまでの推定時間は約一日から二日。 その間に残留思念が消えることは考えられない。 可能性として、殺害現場と遺体発見現場が違う可能性も和美くんに言われたが、それもない。 遺体からはまるで匂いのように、どれだけ死後に体を移動させられたとしても残留思念への道標を残し続けるのだ。 仮に残留思念の匂いが薄く正確な場所が特定できない遺体であったとしても、残留思念のあった『痕跡』は残る。 それが今回の事件では一切存在しないのだ。 これがどういうことか。 もしそれが可能ということなら、犯人ないしその協力者は残留思念を自在に浄化、もしくは吸収する事ができる人物ということになる。 常人では……少なくともこの世では行うことができない力を持った存在。 それは即ち、死神使い。


「失礼します」

ガチャリと扉が開き、和美くんが入ってきた。

宮坂和美。 表向きはこの警視庁の異例の機関である霊視課の責任者であり課長であり私のお目付け役。 だが実質の役目は私の補助と上や捜査本部と『協力的』な情報を共有する媒体的な役割を担ってくれている。

「シエラさん、髪乾かしましたか? まだ少し濡れてますよ」

「ここは暖かいから大丈夫だよ。 朝飯前さ」

「風邪ひいちゃいますよ。 しっかり乾かしてください」

和美くんは言いながらわたしのデスクに缶コーヒーを置いてくれた。

「ああ、ありがとう。 いつも気が利くね。 後でお金渡すから」

「良いんです。 僕は形式上とはいえシエラさんの上司です。 たまには上司らしい事もさせてください」

たまにはか……ほとんど毎日だけどね。 だが、彼も元は捜査一課の人間だった。 この霊視課に配属されたのは左遷も同然。 彼の心中を察すると複雑な気持ちになる。

私はひとことお礼を言うと、置かれた熱々の缶コーヒーを手にする。 プルタブを開けて一口啜る。 熱い。 私は缶コーヒーを静かに置いた。

「で、昨夜の事件の被害者、山村透の身元情報は分かった?」

和美くんは捜査本部での説明資料を見ながら説明を始める。

「被害者、山村透は都内在住の無職二十六歳男性です。 接点がある人物は現在調査を進めてますが、警察内部に彼のデータベースが保管されていました。 というのも、彼は半年前に都内で起きた交通事故の重要参考人として取り調べを受けていた経緯があります」

「犯罪者?」

「目撃者からの通報でしたが、入念な取り調べと証拠捜査の後、嫌疑無しの不起訴処分とされています」

「なるほど。 その交通事故って、車とかかな? 轢き逃げ?」

「そうです。 事故の被害者はその後入院先の病院で意識が戻らないまま死亡……ちょうど昨日亡くなっていますね。 犯人は逃亡。 目撃者はその場に一緒に居た知人です」

「本当に証拠は見つからなかったの?」

「わかりませんが、その後事件の積極的な捜査はされていません……ちなみに彼の親、前警察庁長官の孫に辺りますね……で、その孫はウチの警視総監です」

「あ〜はいはい。 わかったよ。 いわゆるアレだね。 アレ」

よくあるやつだ。

「まあ、アレですね。 ちょっと今回の被害者の身辺を調べるのは骨が折れるかも」

「その、目撃者っていうのは? どんな人物?」

「ええっと、都内在住の学生です。 名は倉本優。 死亡したのは同じ学園に通う……名前が徳川翔。 目撃者とは恋愛関係にあったとされます」

「なるほどね。 怨恨の線から行くと一番の重要参考人だね」

「ああ、その線もありますか」

「和美くん。 ちょっとオカルトの連続で毒されてない? 死神事件は常軌を逸してるけど、それでも捜査は基本の上で成り立つもの。 初心を忘れてはいけないね」

「あ、そうでした。 すみません。 僕としたことが」

和美くんは顔をパンパンと叩く。

「この倉本優。 早急に事情聴取した方がいいね。 朝飯前に早速彼女の家へ行こう」

「え!? 僕たちでですか? その辺りは捜査一課に任せときましょうよ! 下手に動いたらまた君塚のおっさんに上へ抗議されちゃいますよ! 許可も降りないと思いますし」

「許可取る必要なんてないよ」

「は、はい!?」

「昨日の事件も含めたらもう犠牲者は二十一人。 もたもた上の指示待ちしてたらまた次の犠牲者が出る。 私たち単独で捜査しよう」

「いや、しかしそんな事バレたら……この霊視課だって今、上で存続させるかさせないかの瀬戸際会議してるんですよ?」

「じゃあ和美くんはここに居て。 捜査はあくまで私のプライベートの範疇でやるから」

私は立ち上がって扉へ体を向ける。 和美くんは慌てて私の前へと回り込んで扉の前で通せんぼした。

「プライベートの範疇って……だ、だめです! そんな事したら!」

「和美くんに迷惑はかけないよ。 もしこの霊視課が解体されたら、きっと和美くんはまた捜査一課に戻れる。 どっち付かずは私も疲れるしね」

「いや、僕はそんな事を言ってるんじゃなくて――」

私は項垂れる和美くんの肩に手を置く。

「昨夜の被害者、山村透。 今までの事件とは明らかに違ってた。 遺体の状況から見て被害者の直接の死因は刃物による失血性ショック死。 右眼も損壊されてるけど前までの事件に比べたら乱雑な損壊。 胸部へのメッセージもない。 明らかに模倣犯の可能性も出てきている。 どういう事かわかる?」

「……」

「無差別的に事件の模倣を楽しむ愉快犯が生産されつつあるということ。 捜査攪乱だけじゃない。 未知の第三者の全く関係のない殺人事件を死神殺人として演出することで、死神殺人の真犯人が霧の中へと消えていくことになる。 和美くん、わかる? 危険予知できる事案に対して足をすくませていたら取り返しがつかない事になる」

「はあ……」

和美くんはゆっくりとため息を吐くと、顔を上げた。

「わかりましたよ。 行きましょう。 でも、深追いはダメですよ。 捜査に関連なしとあれば、すぐ退散しましょう」

「ありがとう。 和美くんならわかってくれると思った」

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