第2日-3 護衛任務(3)
オーパーツ監理局で取ってくれた列車は、今度も旅客車両七両とコンテナ車両が二両連結された混合列車だった。進行方向の先頭が一両目で二両目三両目と続き、コンテナ車両が最後尾となっている。
その一両目から三両目、それに六両目と七両目が自由席。四両目と五両目は指定席だ。
途中の停車駅はバルト駅だけ。旅客列車に比べると停車駅が少ない分、セントラル駅に着くまでの時間が短い。多分、一時間足らずで着くだろう。
「ちょうど真ん中か。なるほど」
ガティさんが切符を見て納得したように頷いた。
番号を見ると、四両目のほぼ中央、乗降ドアに一番近い座席。何かあったときに対応しやすい位置だ。
「僕、飲み物を買ってくるよ。お父さんとおじいさんは先に乗っていてね。後からそっちに行くから」
「わかった」
人通りが増え、電波で辿られることはないだろうと通信機をオンにする。ガティさんはとっくにオンにしていたようで
「『また後でな』」
と肉声と通信機の両方を響かせ、アルフレッドさんを伴って列車の中へと消えていった。
その後ろ姿を見送ると、俺はベリアム駅のホームを歩きながら列車に乗ろうとしている人間の顔ぶれを確認していった。
車掌室は七両目、貨物車両と隣接している。ということは……何か仕掛けるとするならば、前方だろうか。
貨物車両を確認すると、オーパーツ鉱業のマークがでかでかと入っていた。工場でできた製品を運ぶためのコンテナだろうか。すでに扉は閉ざされており、作業している人間は見当たらなかった。
列車に乗り込む人間の顔を一人一人確認する。とりあえず今のところ、挙動不審な者はいない。
『僕は一両目から乗車し、確認していきます。ガティさんは四両目の人間にだけ気を配ってください』
『了解』
* * *
列車がベリアム駅から走り出す。
一両目から順番に見て回り、違和感を感じないか確認。通勤時間から外れているせいか、自由席でもあまり混んではいない。
特におかしなところはないまま二両目、三両目と過ぎ、ガティさん達のいる四両目に到達した。途端にふっと外が真っ暗になる。トンネルに入ったようだ。
このトンネルを抜ければ間もなくバルト駅に着くはず。仕掛けて来るならバルト駅に着く前だと思っていたのだが……予想が外れただろうか?
バルト区は旧市街で、いまだにこの街で暮らす人間は多い。しかし中枢機能はセントラルに移ってしまったので、働くにしろ遊ぶにしろ買い物するにしろ、まずはセントラルに行くことになる。
つまり、バルト駅から乗り込む人間は平日と言えどかなり多いと予想される。よからぬことを企むなら人目を避けるのでは……。
いや、そもそもはラキ局長の
「妨害工作が行われる可能性がある」
という推測の元での任務だ。何事もなく終わるなら、それに越したことは無い。
そうは言いつつもちゃんとセントラルに着くまで気は抜けないな、と四両目の様子を注意深く見て回る。
ちょうどガティさんの座席まで来たところで、車掌が入ってきた。七両目から順番に切符の確認をしているのかもしれない。一度座った方がいいか、とガティさんの隣に腰掛ける。
「どうだった?」
「んー、特には」
「また行くのか?」
「うん」
ガティさんと適当に親子の会話をしながら、車掌が来るのを待つ。しかしどうやら切符確認はないらしく、車掌は乗客に会釈をしながら通り過ぎるだけだった。
車掌が四両目から三両目へと消えていくのを確認して、再び立ち上がった。四両目の様子を確認しながら、四両目と五両目の連結部分に移る。特におかしなところはないな、と思いながら五両目の扉を開けた。思わず息を飲む。
――そこは、無人だった。そして窓は、すべてカーテンで覆われている。
さっきまでいた四両目を思い返す。料金の安い自由席に人が多い分、指定席は確かに人は少ない。
しかし、四両目には少なくとも十人はいた。切符を取った全員が全員、五両目を避けて四両目を希望するなんてことがあるだろうか。
いや、ない。この事態から考えられるのは……まさか、五両目が貸し切り状態になっている、とか?
つまり、切符だけとって誰も乗り込んでいない、ということだろうか。勿論、バルト区から五両目の客が乗り込んでくる可能性もあるが、バルト区は旧市街。工場関係者、特に労働従事者が多く、指定席を利用する層はかなり少ない。ましてやこの時間は、これだけ空いているのだ。
しかしそれでは金もかかるし大掛かり過ぎる気もする。
だがとにかく、ここは慎重に動かなければならない。
『ガティさん、五両目が無人です』
『何?』
『目隠しするかのようにカーテンも全て閉まっています。何かある可能性がありますから、アルフレッドさんと一緒に前方の車両へ移動してください』
『わかった』
ベリアム駅で外から車両を確認したとき、すべての窓のカーテンは開けられていた。当然、この五両目も、だ。
ん? となると、発車してからこの車両に入った人間がいる、ということか。その人間が五両目のカーテンを閉じた。
となると、この五両目のどこかで身を潜めている可能性も……?
入った扉の前から動かず、まずは視線だけで列車内を見回す。耳を研ぎ澄ませ、気配を窺うが何も感じない。
しかし、座席の影などいくつか死角はある。無人の車両、カーテン――何のためにこうしてあるのか。何か仕掛けてあると考えた方がいい。
俺はそろそろと歩き始めると、一番手前の座席の下を覗き込んだ。並んでいる座席の間、座席と窓の間も忘れずに確認する。
そうだ、天井やカーテンもおかしな部分がないか調べなくては。
そうして、ちょうど真ん中、乗降ドアがある少しだけ広い空間に辿り着いたところで――ふと四両目への扉を振り返った。
そういえば、車掌はこの五両目を通って四両目に来たはずだが。
何か気づかなかったのだろうか……いやもし、あの車掌が偽物だとしたら?
ここで何かの下準備をして、何食わぬ顔で出てきたのだとしたら?
『ガティさん、車掌の姿は見ましたか?』
『今二両目に入るところだが、まだ見ていない』
『そうですか……』
『車掌が怪しいのか?』
『可能性はあります』
『わかった。注意してみる』
車掌がもし関係ないとしたら、無人の五両目について変だと思わなかったのだろうか。
……いや? もしかしたら、そのときにはここに誰かがいたのかもしれない。
――ゆらり、と空気が動く。
「……っ!」
振り返る視界の端に何かの影が見えた。咄嗟に左腕で受け止める。身につけていた金属製のリストバンドに当たり、ギィンと鈍い音がする。
――前に見たのと同じ、ナイフの切っ先。
「ふっ……!」
右腕のアタッチメントを作動。金属製の棒が現れる。そのまま男に突き付けるように拳を突き出すが、既にそこに胴体はなかった。男は身体を仰け反らせて間一髪かわし、右足で棒を蹴り上げようとしている。
取っ手が現れてトンファ状になった棒を握り、回転させる。男の右足を跳ね飛ばし、同時に左足で男の左足を蹴り飛ばした。
「ぐおっ……!」
男は派手に倒れてゴロゴロッと通路を転がったが、素早く起き上がり体勢を立て直した。
二人の間に、二メートルぐらいの距離ができる。俺が四両目側、男が六両目側。
やはり――四日前に戦った、あの男だった。あのときとは違いグレーの作業着のような物を着ている。
今度は間違いなく、一人のようだ。
左腕のアタッチメントも起動、金属製のトンファを両手に構える。紅閃棍より射程は短いが、仕方がない。
「……っ!」
男が両手のナイフを顔の横に構えて駆けてくる。
右、右、左。両利きのようだが、わずかに左の攻撃の方が鋭い。真の一撃は左。
トンファで攻撃をすべて防ぎながら男の動きを観察する。
右腕のガードの位置がやや上寄りだ。脇が上がり、一瞬、死角ができる。
男のナイフを避けながらトンファを回転し、左のこめかみを狙う。右腕でガードさせ、その隙に――。
「ぐほっ……!」
死角から右腕のトンファで思い切り男の胸元を突く。そのまま踏み込み、左足で蹴りを食らわす。
まともに食らった男が横に吹き飛び、身体ごと乗降ドアにぶち当たった。男のナイフが窓にぶつかる。ガチャーンと派手な音を立てて割れ、破片が辺りに飛び散った。
割れた窓から風がビュウゥと吹き込み、俺の帽子が飛ばされる。
「お前……!」
吹き抜ける風で顔が全開になり、男が目を見開いた。
どうやら気づいたようだ。俺が、四日前に戦った人間と同一人物だという事に。
すでにトンネルは抜け、窓の向こうには緑の草地が広がっていた。
列車のスピードが遅くなってきている。そろそろバルト駅に近づいているようだ。その前にケリをつけなくては。
体勢を立て直した男が列になっている座席を飛び越え、中央から離れて距離を取る。
六両目への扉を背にして「ふう」と一息つくと、再びナイフを構えた。ゆっくりとこちらに歩いてきて――一瞬だけ、視線が右へと流れる。
俺はトンファを構えて男に向かって駆け出した。
ダンッと左足を踏みしめて飛び上がり右のトンファで殴りかかる。左腕でガードされるが、それを軸に体を回転させてそのまま回し蹴り、男の脇腹にヒットする。ガツン、という鈍い音。どうやら腹部も何らかの防具でガードしているらしい。
男はよろめきながらもいったん座席の方へ避け、そのまま踏み台にして飛び上がり俺の背後へと回った。二人の位置が入れ替わって、右手のナイフが俺の頭上に振り下ろされる。
左のトンファでナイフを受け止める隙に、右のトンファで男の横っ面を叩こうとして――。
「ぐうっ……!」
何かに遮られる感触がして、咄嗟にトンファを離した。少し手が痺れている。握り込んだままだったら、手首がイカレるところだった。
飛んでいったトンファがガラン、ガラン……と重い音を響かせ、床を転がっていく。
男の左手には、いつの間にかナイフではなく小型のペンライトのようなものが握られていた。
――オーパーツ。やや黒ずんだ結晶が填められており、鈍く輝いている。
シールドを張ったのか……。ちっ、厄介な。
男は防御に徹することにしたのだろう。右手のナイフは構えたままだが、襲ってくる気配はない。じっと、睨み合いが続く。
再び、男の視線が左に流れた。
「……!」
右足で床を蹴り、左腕のトンファで男の顔を狙う。男がシールドを張ろうとした左腕を、懐から出した紅閃棍を伸ばして叩き落とす。
うわっと叫び、男の手からオーパーツが離れた。紅閃棍を床に突き空中で身体を回転させながら、オーパーツをキャッチ。そのまま受け身を取って床を転がり、体勢を整える。
男はいったん下がったらしい。再び六両目への扉を背にして荒く息をついていた。
視線がちらりと右下にいったあと、車両中央にいた俺を睨みつける。
紅閃棍を構え、一気に距離を縮めようとして……。
――そのとき、風が止んだ。
でもそれは、一瞬の出来事だった。目の前にいたはずの、男の姿がかき消える。
風を感じて振り返ると、男は俺の右側後方――さきほど割れた乗降ドアの窓を突き破り、外に飛び出していた。欠片が飛び散り、ごうっと強い風が列車内を吹き荒れる。
なぜ……いつの間に!? 男の位置から乗降ドアまでは、軽く三メートルはあった。
しかも俺の横をすり抜けて、どうやって……まったく動きが見えなかった。
まさか、瞬間移動!? そんなオーパーツがあるのか!?
『リュウライ、どうした!?』
俺が闘っている様子は聞こえていただろう。ガティさんの慌てた声が聞こえる。
『すみません、逃げられました』
『そうか……他に異変は!? 何か見つかったか!?』
そうだ。逃げたからと言って男の目的が阻止できたとは限らない。
男は途中から防御に徹していた。それはまるで、時間稼ぎをしているような……。
『――探します!』
戦っている間、男は何回かある方向を見ていた。
それは、進行方向に向かって右、無事な乗降ドアの床の方。そのすぐ近くの座席……シートの下か!?
床に這いつくばって覗き込むと、何か金属の箱のようなものが置かれていた。側面に付けられているデジタル表示の数字が、どんどん下がっていく。
5、4、3……。
『ガティさん、構えて!』
列車のブレーキ音が鳴り響くのと、カウンターが「0」を示したのが、ほぼ同時だった。




