第2日-1 護衛任務(1)
ダーニッシュ鉄道の終点、アルゴン駅は非常に閑散としていた。
アルゴン地区はVG鉱山の入口として開かれた場所だ。
この地で採掘されたVG鉱は南のヴォルフスブルクや海側の工場地帯に運ばれ、選鉱・分離・精製を経て大陸へと輸出される。
シャル島の経済の中枢を担うのが、このVG鉱産業だ。
しかしそれは、ここ数十年ぐらいの話。島全体が急速に発展した結果である。
その前までは、VG鉱は分離・精製に八十工程も必要と非常に手間がかかるため、『質は良いものの費用対効果が低い』とあまり注目されていなかったのだ。
四十年前。ナータス大陸の一企業の社長だったアルベリク・オーラスが島唯一の鉱業会社を買収し、自社の独自技術を投入。アルゴンの南西にあるベリアム地区に工場設備を整え、結果として八十工程もあった精製工程を半分以下の三十二工程にまで減少することに成功した。
たちまちVG鉱の価値が見直され、音響機器、通信機器など様々な製品に利用されるようになった。
そのおかげでVG鉱事業は飛躍的に拡大したのだが、人や物資もそちらに集中することになり、この地は社会の発展から取り残される形になってしまった。
その後もこのアルゴン駅はVG鉱山入り口として使われ続けてはいるが、人が住む場所としての整備はなされてないため、昔のままだ。
普段、ビルが建ち並ぶきちんと区画整理されたセントラルの駅や街並みを見慣れているせいか、新鮮に感じる。
駅は石造りの三メートルぐらいの高さの壁で覆われただけのもので、路線は一つ、改札も一つ。
そもそもここは人のためではなく掘り出した鉱石を運ぶために造られた駅だ。だから隣にある、貨物用出入り口の方が大きくて目立つし、重厚な雰囲気を醸し出している。
駅の壁はベージュや茶色の石を積み重ねてできていて、かなり頑丈そうだ。駅の外を見ると、全体的に二階建ての建物が多く、空が三分の二を占めている。
今日はとても良く晴れていて、空には雲一つない。
その広大な青い空の下に赤茶色の人家の屋根や石造りの建物が緑の木々の間に見え隠れしている様子はどこかのどかで、少し穏やかな気持ちになれる。
鉱山の村に相応しい光景だな、と思った。
外に出ると、貨物列車に荷を積み込もうとしている作業員があちらこちらにいる。一通り見回したが、特に怪しい動きをしている人間はいない。列車への積み込みを指示する人、鉱石を運ぶ人……皆、地元の人間のようだった。
彼ら作業員の邪魔にならないよう少し離れた場所に、オーパーツ監理局の車が停まっていた。車の傍にはやけにでかくガタいのいい、角刈りの男が立っている。
赤髪が日光に反射してギラギラしていて、この駅で働いている作業員とあまり変わらない風貌だが……間違いなく、O監警備官のマトスさんだろう。
「お疲れ様です」
俺の声に振り向いたマトスさんは「えっ」というような顔をして俺を見下ろした。
ラキ局長が〝リュウライとは分からないように〟かつ〝孫〟設定で変装しろと言うから、俺は元気な少年に見えるよう茶髪のカツラを被り、少しでも顔の印象が残らないようにさらにその上からキャップを被った。
アクセサリーを身に付け、服もセントラルでよく見かける少年たちが来ているようなものを調達して。
どうやら変装は完璧で、本当に十代の少年にしか見えないようだ。コンプレックスではあったが、任務で役に立つのならこういうリアクションもそう気にはならない。……ように努めている。
「えっと……」
「警備課のリュウライ・リヒティカーズです。ここからジョーンズさんとチェンジすると聞いていますが?」
「あ……ああ」
仕方ないので身分証明証を見せると、マトスさんはやっと納得したように頷いた。とりあえず車に乗れ、と言われたので後部座席のドアを開く。
コの字型に並べられたシートの一番角に、豊かな白髪の、頬髭と顎髭が顔の大半を占めている妙に姿勢のいい老人が座っていた。髭であまりよく見えないが、頭の中で写真の顔と一致した。
「警備課のリュウライ・リヒティカーズです。よろしくお願いいたします」
「よろしく、頼む」
皺枯れてはいるもののよく通る声でそう言うと、ワグナー氏はゆっくりと頭を下げた。俺の容姿に驚くかと思ったが、殆ど反応がない。
意外だな、と思っていると続けてマトスさんが乗り込んできて、ドンと奥に押しやられてしまった。ワグナー氏の向かいに二人並んで座る形だが、マトスさんの身体が大きいのでやけに狭く感じる。
「話には聞いていたが、本当に二十歳には見えないな。俺は、ガティ・マトス。ガティでいい」
「わかりました、ガティさん。しかし本日は親子設定ですので〝お父さん〟と呼ばせていただきます」
「何だと!? 俺はまだ三十三だぞ!?」
どうやらそこまで聞いてはいなかったようで、ガティさんがかなり不満そうに声を上げた。それを見たワグナーさんがプッと吹き出す。
「つまり君は、私の孫ということかね」
「列車を降りるまではそういうことになります、ワグナー様」
「いや、アルフレッドでいいよ、リュウライ。あ……〝おじいさん〟か」
アルフレッドさんはそう言うと、ふふふと笑った。この偽りの家族を楽しんでいる風すらある。
隠遁している研究者と聞いていたから、生きる活力を失ったヨボヨボの老人を想像していたが、ダークブルーの瞳は生き生きと輝いているし、背筋もシャンとしていてかなり元気だ。
七年前なら六十五歳……研究者ならまだ引退するような年齢ではないように思う。実際、現オーパーツ研究所の所長はアルフレッドさんと同世代のはずだ。
「リュウライ、今回の件、君はどう聞いている?」
「え……」
不意に真面目な顔をしてアルフレッドさんが俺に問いかけた。その目は何かを探っているようにも見え、こちらが尋問されているような奇妙な感覚に陥る。
ガティさんの前で特捜の任務を話す訳にもいかず、
「〝父〟であるガティさんが常に〝祖父〟であるアルフレッドさんの傍につき、僕は周囲の巡回など、ガティさんの手足となって動く、と聞いています」
とだけ答えた。
「……そうか」
どうやら聞きたかった答えではなかったらしく、アルフレッドさんは少し残念そうな顔をした。
しかし察しがついたのか、アルフレッドさんはそれ以上何も言わなかった。ひょっとすると、四日前の事件や俺がただの警備官ではないことも知っているのかもしれない。
ガティさんは俺とアルフレッドさんの間に流れる微妙な空気には気づかなかったようで、
「なるほど、そういうことか」
と力強く頷いた。
「つまり、俺はアルフレッドさんにずっと付き添っていればいいんだな」
「ええ。とにかく壁に徹してください。雑務は僕がこなします」
「わかった。じゃあ、ちょこまか動いてもらうからな、リュウライ!」
「ちょこまか……」
「何だ、今日は息子なんだろ? 父親に細かい口答えするんじゃねーぞ」
「……ええ、まぁ」
「可愛くねーなー」
そう言うと、ガティさんはがっはっはと豪快に笑った。アルフレッドさんも穏やかな笑みを浮かべており、心なしか楽しそうだ。
護衛任務となると、緊張感が走るものだ。特に護衛される側は怯えて縮こまってしまうことも多い。いざというときにパニックになり、こちらの指示を聞かずに暴走してしまうこともある。
そんな空気ではなく全員がリラックスできているのは、アルフレッドさん自身がオーパーツ監理局に詳しく素人ではないということもあるだろう。しかしやはり、ガティさんの存在は大きい。
確か、護衛任務に長けたベテランだと資料には書いてあった。対象を信頼させることに関しては抜きんでているのかな、と思う。
そしてそれは、コンビを組む俺も例外ではなかった。
この人も、グラハムさんやラキ局長とは別の意味で俺を特別扱いしない人だ。
それから簡単に打ち合わせをし、俺たち三人は車の外に出た。運転席にいたジョーンズさんは、ここからは別行動。この車をセントラルまで運転し、オーパーツ監理局に戻ることになる。
俺が乗ってきた列車はこのまま折り返し、再びセントラルへと向かう。どうやら発車時刻が迫っているらしく、さっきまで所狭しと働いていた作業員がだいぶん少なくなっていた。残っている人達もテキパキと帰り支度をしている。
「……今のところ周囲に問題はないようです。行きましょう」
「二人共、よろしく頼む」
「勿論ですとも、アルフレッドさん。……よし、行くか、リュウライ!」
「はい」
これから一時間余りの、列車の旅。
何事も、起こらなければいいが――。