第1日-4 新しい任務の通達
イーネスさん達が住むマンションを出て、O監に戻る。
そのまま中央エレベーターで五階に上がり、夜七時ピッタリに局長室の扉をノックした。「入れ」の言葉を待ってから中に入る。
オーパーツ監理局のトップ、ナァラ・ラキ局長は、俺の姿を見ると「ん?」というように一瞬、眉間に皺を寄せた。
「随分くだけた格好をしているな。そうしていると二十歳にはとても見えん」
「今日まで休暇でしたので」
休暇を許可したのはあなたでしょうが、という言葉はグッと飲み込んでおく。
オーパーツ監理局の警備課には、一応制服がある。
夕食を適当に済ませ、ロッカーで着替えてから局長室に来るつもりだったが、グラハムさんと遭遇してイーネスさん達の家に拉致されてしまったからな。結局普段着のまま来てしまった。
まぁ、時間を忘れて楽しんでしまった俺が悪いのだが。
「まぁ、いい。今回の任務にはうってつけだ」
そう言うと、局長は一枚の書類を俺に渡した。
――アルフレッド・ワグナー。前オーパーツ研究所所長。七十二歳。
そしてその下には、ズラズラと経歴が並んでいる。
写真も添付されているが、年齢の割に豊かな白髪。白衣を着ているところをみると、大陸からの天下りなどではなく、れっきとした研究者のようだ。
「写真は七年前のものだが、そう変わってはいないだろう。退官後はアーキン区の東に住んでいる」
アーキン区? それはまた、随分と辺鄙な場所に住んでいるものだ。
現在のシャルトルトの中心街はこのオーパーツ監理局もある『シャルトルト・セントラル』だ。通常ならここか、研究所のあるディタ区。もし裕福であればリゾート計画も進んでいるエペ区だろう。
アーキン区は鉱山と工場ばかり。しかも東となると山間部だ。元々この島の島民だったのだろうか。
「七年前に退官後、知人の伝手を頼ってアーキン区に移り住んだ。すでに奥方も他界されているし、独りでひっそりと余生を過ごしたかったのだろう」
「その元所長が、どうかされたのですか?」
「今回、協力を願い出て了承を得た。アーキン区のアルゴン駅まで迎えに行ってもらいたい。本来ならばオーパーツ監理局の送迎車を使用したいところなのだが、なにぶんご高齢だ。長時間の車の旅は難しいということになり、アーキン区からここまで汽車で来ていただくことになった」
アーキン区、および旧市街のバルト区は道路があまり整備されておらず、道がかなり悪い。ダーニッシュ鉄道が開通してからはもっぱらそちらが利用されているため、陸路の開発は後回しにされているようだ。
人の移動が多いセントラル・ディタ区・エペ区はそれより後からできたこともあり、重要な地区はほぼ最短で繋がれている。幹線道路は綺麗で快適なドライブルートになっているのだが……。
本来ならあらゆる装備を積んでいる監理局の送迎車が一番安全だが、凸凹道をずっと車の中で過ごすというのは確かにお年寄りには厳しすぎるだろう。
特にアルゴン駅からアーキン区の工場地帯までは鉱石の運搬のために作られた昔の古い道しかなく、車での走行は危険を伴う。乗り換えの手間はあるものの最短経路を線路で繋いでいる列車の方が遥かに快適なはずだ。
なるほど、要人の警護か。不特定多数の人間が入り乱れる鉄道ならば、確かに必要だろう。
……ん? だが、そうは言ってもこれは通常なら警備課の任務のはずだ。わざわざ呼びつけて局長自らが命令するというのは……。
「何か、懸案事項でもあるのでしょうか」
「君が生き埋めになった事件と合わせて考えると、妨害工作が入る可能性がある」
ラキ局長は続けてもう一枚の紙を俺に手渡した。
添付されている写真を見る。赤茶けた角刈りの髪、ガタイのよい浅黒い肌。警備官の制服がはち切れそうだ。
――ガティ・マトス。警備課所属、三十三歳。
……とあるが、三十ちょっとには見えないな。どう見ても四十代半ばだ。何を食べてどう鍛えたらこんなに逞しくなれるのか、羨ましい気もする。
「警備課からはマトスと、運転手としてジョーンズを派遣した。先にアーキン区に向かっているはずだ」
「じゃあ、僕は……」
「ジョーンズと交代してマトスとコンビを組んでもらう。マトスにはワグナー氏の護衛に専念しろ、若いのをつけるから手足として使え、と言ってある」
ひどい命令だ、とさすがに思わずにはいられなかった。やっぱり局長は鬼に違いない。
「――君の報告書を見たが」
ラキ局長は俺の報告書に目を落とすと、意味ありげに一瞬だけ口元を歪ませた。
「ワグナー氏の招聘を何者かが邪魔をする可能性がどうしても捨てきれない。リュウライ、君の特技は人の顔を一回で覚えるということだが」
「はい」
「マトスにはワグナー氏の傍に張り付いてもらう。リュウライは怪しい動きをする人間がいないか、周囲をつねに警戒して欲しい。後で監理局のデータベースと照合してもらう」
「わかりました」
「決定的な証拠が上がれば、その場で確保して構わない」
なるほど、そういうことか。これは危険任務込みなんだな。
決定的な証拠とは、つまり〈未知技術取扱基本法〉違反の証拠だ。オーパーツを悪用する犯罪者ならば、オーパーツ研究の第一人者にも手を出すかもしれない……と。しかも、手段を選ばずに。
「――この任務の重要性について理解してもらったところで、注意事項がある」
俺の考えていることを読んだかのように、ラキ局長の凛とした声が響く。まるで、俺の理解が追いつくのを見計らったかのようだ。
あまり自分の考えを表に出さない俺にとっては、ラキ局長のこういう敏い点は助かるのだが、非常に怖くもある。
俺は気を取り直して、再びラキ局長と視線を合わせた。
「何でしょうか?」
「マトスはワグナー氏の息子、リュウライはワグナー氏の孫という設定だ。それに相応しい服装と振舞いをするように」
「……」
それ、重要なのか? まさかラキ局長の趣味とか言わないよな。
「だから、リュウライとは分からないように変装してくれ。……ま、今日の君の服装を見ればそちらの心配は全くなさそうだが」
そうですね、と応える気にはなれなかったが、一応誉め言葉として受け取っておくことにする。
「わかりました。……が、僕を知っている人間なんているでしょうか」
しかしやっぱり、そこまでする理由がよく分からない。まぁ、分からなくてもラキ局長に逆らうことはできないのだが。
それでも、なぜ?という思いが押さえきれず零れてしまう。
ラキ局長はフッと鼻息を漏らすと、人差し指を一本立て、俺に見せつけた。
「少なくとも一人はいるだろう? ――三日前、闘った男が」
「……!」
ラキ局長の言葉に、俺は思わず息を呑んだ。