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第33日-4 過去は過去へ

 警備課に行きかけて、ふと足を止める。

 《クレストフィスト》のバングルにはめこまれた結晶を確認すると、やや黒ずんでいた。


 紅閃棍と《クレストフィスト》の調整をしておいた方がいいかもしれない。今朝はオーラスとの戦闘でかなり被弾したし。わずかのズレも、〈クリスタレス〉との戦闘では命取りになる。


 まずは紅閃棍の方を、と二階に降りる。

 備品管理課に向かうと、窓口のサーニャさんがいつものように

「あ、リュウライくーん」

と元気よく手を振っていた。


「あら、元気ない?」

「そんなことは……」

「ちょうどお昼だし、ランチにでも行かない?」

「いえ、今は時間もないですし……」

「駄目よ、ちゃんと食べないと!」


 お姉さんよろしく注意するサーニャさんに、若干げんなりする。

 来るタイミングを間違えたか。ちょっと面倒なことになったな。


「それより、これをお願いしたいんですが」


 話題を変えよう、と本来の目的である紅閃棍を懐から取り出した。カウンターの上に置く。


「また命令が来るかもしれないので、仮調整だけでも」

「ふうん……?」


 急に『秘密の(シークレット)武器庫(・アーセナル)』の顔になったサーニャさんが、拳大の紅閃棍を手に取りジャキッと棒状にする。

 注意深く中央から棒の両端を眺めまわしたサーニャさんは、ふと眉間に皺を寄せた。


「……リュウライくん。ちょっと冷静さを欠いてたんじゃない?」

「えっ!」


 予想外のことを言われて思わず声を上げると、サーニャさんが紅閃棍の中央部を指差した。


「ここ。掌紋が二センチもズレてる」


 掌紋、つまり紅閃棍を握っていた痕だ。いつもの場所とかなり違う、と言いたいらしい。

 そんなことも分かるのか……。


「多分そのせいかな、攻撃を受け止めた時の加重が偏っていたせいで重心がズレてるの。リュウライくんにしては珍しいね。これはちゃんと調整した方がいいかも」


 ジャキン、ジャキン、と元の長さに戻したサーニャさんがカウンターの下に置いてあった箱に入れ、蓋をした。

 小脇に抱え、にっこりと笑う。


「だから、私の部屋に行きましょ」

「何でそうなるんですか……」


 へなへなと肩の力が抜けるのがわかる。

 サーニャさんは真面目なのか不真面目なのかよくわからない。誰かを彷彿とさせるな……。


「僕にそんな暇はないんですが」

「外じゃないわ。O監の技術部棟に、内緒で部屋を一つもらってるの。そこに行けばお昼の間に調整できると思うわ。ついでに《クレストフィスト》の方もね」

「いや、だから……」

「リュウライくんは、その間にちゃんとご飯を食べなさい。買い置きしてある食べ物を分けてあげるから」


 それが条件よ、とサーニャさんがムン、と口元を曲げながら言う。

 確かに、正規の手続きを経ずに直接調整してもらえるなら助かる。

 昼食も、面倒だからパスしようと思っただけで食べられない訳ではないし。


「じゃあ、お願いします」

「オッケー!」


 機嫌よく返事すると、サーニャさんはあっという間にカウンター横の出入り口から廊下に出てきた。

 そしてやや離れた後方の席に座っていた同僚に

「じゃあ、ランチ行ってきまーす」

と声をかけ、俺の背中をぐいぐいと押した。



   * * *



 技術棟の地下一階。こんな場所があったとは、と思うぐらい薄暗い、無機質な壁に囲まれたエリア。

 整備課の人間が作業をしているとおぼしき部屋はあるものの、それ以外は電気室や機械室といったおよそ人が来ないような部屋が並んでいる。

 

 発掘されたオーパーツを研究するだけではなく、そこから一部を捜査官や警備官に支給する形にまで仕上げる、というのも技術部の仕事としてある。そちらを主に担当しているのが整備課。

 しかし中には、

「これは使えるようにはならないな」

というような中途半端なオーパーツもあるという。


 武器全般に造詣が深く、また機械いじりも得意だったサーニャさんは、完成されたオーパーツよりむしろそういう一見ガラクタに見えるものを蘇らせるのが好きらしい。

 その辺のマニアぶりを見込まれ、特捜に抜擢されたそうだ。そして表向き整備課窓口としていろいろな人間と関わりつつ情報を仕入れたり、それぞれに合ったものを考案したりして形にしているらしい。


 オーパーツのO監からの持ち出しは技術官と言えど禁止されていて、課長以上の許可が必要だ。そのため、そういったオーパーツを使った道具作りの場所として、技術棟の地下に部屋があるそうだ。

 機械室に挟まれた、まるで物置のような扉の奥がサーニャさんの部屋だった。


「はい、じゃあちゃっちゃとやるから、ここに座ってこれ食べて」


 両肩を押さえられ、その一角にあった一メートル四方ぐらいの粗末なテーブルの前に座らせられる。そして目の前には、レンジ調理をしたオムライスと、コンソメスープが入ったマグカップが置かれた。


「ありがとうございます」

とお礼をいい、マグカップを手に取る。

 ふうふうと少し冷ましながらスープに口をつけ、ふと辺りを見回した。


 十二畳ぐらいの部屋の三方は、天井まで届く木の棚が備え付けられていた。一方には銃のグリップ部分やナイフの刃先など、武器の一部と思われるものが並べられていて、もう一方には製作に使うらしい工具が置かれている。

 残り一つは、意外なことに書類ファイルが並んでいた。オーパーツは勿論、金属・機械・電気などの工学系、物理・化学・地学などの理学系の論文などが保管されているらしい。


「まぁ、一度目を通したら十分だから、念のため綴じてあるだけだけどね」


 その中央で工具片手に紅閃棍を分解し、眺めまわしながらサーニャさんが言う。

 窓口の事務服姿と作業場の雰囲気があまりにも合っていなくて不思議な感じはするが、確かに彼女は武器のスペシャリストらしい。


「へぇ、凄いですね」

「あら、リュウライくんは人の顔を一度見ただけで覚えるんでしょ? そっちの方がスゴイと思うけど」

「そうですかね……」


 オムライスは意外に美味しかった。面倒になるといつもパンを食べていたけど、レンジ調理もいいかもしれない。

 今度適当に買いだめしておこう、と思いながら黙々とスプーンと口を動かす。


「どういう感じで覚えてるの? 出会う人なんて、増える一方じゃない。溢れちゃいそうだけど」

「えーと……それこそ、この書類ファイルみたいな感じですかね」


 棚に並べられた灰色のファイルを指差す。


「各ページに一人一人顔形と全体像が描かれていて、その下に付属事項が列記されているような。グループごとに仕分けされていて、必要になったときに自分で取り出して情報を確認する、という感じでしょうか。ですので、普段は仕舞い込まれているので思い出しません」

「へぇ……。じゃあ、私は? 私のページには何て書いてあるの?」

「普段から接している人はファイル化されてないです。情報がどんどん上書きされますし」

「ふうん。じゃあ、ファイルになっているのは過去の人なのか。やだなー、過去の人になりたくないなー」

「O監で働いている限り顔を合わせますから、過去にはならないですよ」

「そういう意味じゃないんだけどな……」


 サーニャさんが複雑な表情を浮かべる一方で、俺はスプーンを持つ手がピタリと止まってしまった。

 何気なく口に出した自分の台詞で、気づかされたからだ。

 マーティアス・ロッシが、過去にはなっていないことに。


 いや、正確にはちゃんと過去になっていた。

 七年前の爆発事故、姿を見なくなった二人の女性。当時、漠然とショックを受けたことを覚えている。

 オーパーツが発掘された遺跡で起こった事故と聞いてオーパーツに興味を抱き、自分の格闘スキルが役に立つかもしれない、とオーパーツ監理局に入ることを目指した。犯罪者を追いかける捜査官ではなく、このシャルトルトを……いや、このシャルトルトに住む人たちを守る警備官を。


 その過去があって、今がある。なのに、マーティアス・ロッシが急に現在に引き出された。違法な研究をしていた、狂って焼身自殺したと聞いて、七年前に受けた衝撃を思い出した。

 そして、その暗黒さを打ち消すかのように、より鮮やかにあのときの光景が蘇った。


 グラハムさんが言うようなことではないと思う。だけど……今の俺があるのは、やはり彼女の存在は大きくて。

 だからどうしても切り捨てられなくて、亡霊のように過去の彼女の影がちらついていたのかもしれない。


 爆発事故は、七年も昔に起こった過去の出来事。過去はちゃんと過去にしなければならない。

 過去を否定することは、現在の自分を含めたすべてを否定すること。

 それをもう一度、認識しなければならない。


 中途半端に掘り返された過去に、今一度真正面から向き合う。そして、きちんと綴じ込める。

 同じことをわからせなければいけないんだ。――マーティアス・ロッシにも。




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こちらが本編です。是非こちらから読んでいただきたい!
 森陰五十鈴様作:
『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~SideG:触れたい未知と狂った運命~

こちらで共同制作の創作裏話をしています。よろしければ合わせてどうぞ。
 『田舎の民宿「加瀬優妃亭」へようこそ!』
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