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第1日-3 イーネス家で夕食を ★

 オーパーツ監理局から歩いて五分ほどの場所にある、十階建てのマンション。

 建物内に入るには鍵と暗証番号が必要で、入ってからもエレベーターでは暗証番号の入力、自宅のフロアでは鍵と指紋認証、と「やり過ぎではないのか」と恐ろしくなるほどの警備システムが導入されている。


 この最上階に、イーネスさん達は住んでいる。彼女達はオーパーツ監理局の研究者の中でも飛び抜けて若いが、その能力と研究実績も飛び抜けている。

 ……それだけ『特別』なのだ。


 そんな彼女達なので技術課でも浮いているのかもしれないな、と思う。グラハムさんが毎日通うのも、孤立しがちなイーネスさん達を思いやってのことだろうか。


「アーシュラ、今日は何?」

「とりあえずサラダと、カプレーゼと……。あ、お魚があったと思うわ。ムニエルにしましょうか」

「いいねー、それにしようぜ」


 ……いや、やっぱりただの溺愛かもしれない。

 と、目尻が下がりっぱなしのグラハムさんを見ながら思い直した。キアーラさんはと言うと、見飽きているのか特に気にも止めない様子で自宅玄関の指紋認証をしている。


 扉が開き、お邪魔します、と言いながら中に入る。すると

「すぐにご飯の準備をするから、座って待っていて」

とアーシュラさんがダイニングテーブルの椅子を勧めてくれた。

 前に訪れた時はすでに夕食の準備が整ったあとだったけど、今日は急に決まったから何だか大変そうだ。


 手伝わなくていいのだろうか、と思いながらキアーラさんを見ると、

「いいからどうぞ」

と言われたので大人しく椅子に腰かけた。


 イーネスさん宅のリビングは、木目調の床にモノトーンの家具で統一されたとてもシンプルな部屋。必要最低限の家具しかなく、女性らしい華やかさはあまりない。

 ただ、ソファのそばに観葉植物が一つだけある。黒い鉢植えに植えられた、いくつもの大きな葉が上に向かって伸びている……確か『極楽鳥花(ストレリチア)』という名前だったかな。オレンジ色の花をつけるらしいが、今は時期では無いらしく緑一色だ。


 ほどなくグラハムさんがグラスとピッチャーを携えて俺のところにやってきた。

 その金木犀のいい香りのするお茶を頂きつつグラハムさんと話をしていると、サラダが現れた。

 そしてそのサラダを取り分けている間にカプレーゼが現れ、それをつまんでいると白身魚のムニエルが現れ……と、非常に手際よく料理がテーブルの上に並べられていく。


「ごめんなさいね、今家にはあまり食材がなくて」

「本当はもっときちんとしたものを作りたかったのだけれど」


 ということだったが、普段は適当に済ませてしまっている俺からすれば、十分にご馳走だった。

 確かに、前に来たときはどこぞの一流シェフが作ったんだろうか、というようなコース料理が出てきて、内心かなり驚いたのだが。

 それからすると見劣りしてしまう、と感じるのかもしれない。


 すべての料理が揃い、イーネスさん達も席について食事が始まった。グラハムさんはかなりお腹が空いていたらしく、結構な勢いで次々と食べ物を口の中に収めていく。しかしその間もお喋りは止まらない。

 器用だな、と思いながら俺もパクパクと目の前の料理を片付けていく。どうやら俺も、思ったよりお腹が空いていたらしい。

 ……いやそうではなく、やはり二人の手料理が美味しいからだろう。グラハムさんが毎日来るのも、分かる気がする。


 そんな俺の様子を見て、アーシュラさんがくすくすと笑う。


「以前も思ったのだけれど、リュウライくんは食べるのが早いのね」

「現場を飛び回ることが多いので、食べられるときにさっさと食べてしまうのがクセになってしまっているかもしれません」

「身体に悪いわね。それじゃ持たないわよ」


 キアーラさんがパンをちぎりながらボソッと言う。……多分、心配してくれてるんだと思う。


「そうですね、気をつけます」

「無くなりゃしないから、もう少し落ち着いて食えよ」

「焦ってはいないのですが、やはり美味しいので」

「……そう」

「……やっぱり、もっときちんとしたものを作れば良かったかしら」


 どうやらイーネスさん達の目指す料理のレベルは俺の想像より遥か上に設定されているらしい。だから今日に関しては不甲斐ないというか、かなり納得がいっていないようだ。

 得意ではないけれど、ここはやはりちゃんと感謝の気持ちを伝えよう。


「充分です。いつも凄いな、と思っていました。この家で初めて食べた料理もたくさんありましたし」

「あれ? リュウの実家、ディタ区にある定食屋じゃなかったっけ?」


 確か店の名前って『ディタ・プロスペリータ』だったよな、と言いながらグラハムさんがキッシュを切り分けている。

 よく覚えているな、店の名前なんて。さすがO監捜査官、といったところだろうか。


「はい。でも、来るのは常連客が多いので、決まった料理をより早くより安く提供する、という感じでしょうか」


 店があるのは企業の研究施設が立ち並ぶディタ区の山側のエリア。

 初めて遺跡が発見された現場に近く、そこには研究施設だけでなく大学や発掘現場の作業員が寝泊まりする施設もある。O研があるのもこの辺りだ。


 研究者は時間に追われていることが多いし、学生は懐が寂しい人も多い。そして作業員は限られた時間でたくさん食べたい、という人間が多数。

 より短い時間で需要のある料理を確実に提供するためには、必然的にメニューは絞られてしまう。


 特にランチ時は二種類の日替わり定食の提供で済ませていた。食に無頓着な忙しい人たち相手なので注文を決める手間も省いてしまおう、と父親は言っていたが、これが大当たり。


 いつも決まった時間に来る常連客もいたな。実家にいる間は手伝いをよくさせられていたから、自然に顔を覚えてしまっていた。

 俺には『一度見た人間の顔は二度と忘れない』という特技があるのだが、思えばこの実家の食堂の手伝いで培われた能力かもしれない……。



   * * *



 その後も四人で楽しく話をしながら(いや、九割グラハムさんが話していた気もするが)、夕食の時間は和やかに過ぎて行った。


「……あ、そうだ」


 そろそろお暇しなければ、と思っていたところで、グラハムさんがふと何かを思い出したように声を上げた。


「不良のガキどもがさ、オーパーツを持っていたわけなんだが、リュウ、なんか新しいルートとか知らない?」

「そういうのは捜査課の仕事でしょう。グラハムさんの方が詳しいのでは?」


 なぜ警備課の俺にそんなことを聞くのだろうと不思議に思いつつ、一応そのように答えてみる。

 警備課は違法発掘の現場の調査はするものの、犯罪者と対峙する訳ではない。回収したオーパーツはすぐに技術課に回してしまうし。

 

「そうなんだけどさ、色々あるじゃん。何処かの発掘現場の警備が手薄になったとか、あいつ最近怪しいなとか」

「……いえ、特には……」


 ラキ局長の内偵は極秘事項のはずだが、グラハムさんは何か勘づいているんだろうか。

 いや、そうではなく……捜査課の方でも何か不可解な案件を扱っているのかもしれない。

 ひょっとして、不良が持っていたオーパーツというのが問題なんだろうか。オーパーツは所持するだけでも〈未知技術取扱基本法(FLOUT)〉違反なのだが、文字通り軽視(flout)する人間が後を絶たない……。


 そこまで考えてふと脳裏に浮かんだのは、あの土砂崩れを起こした現場とそのときに戦った男のことだった。


 O研が進めている発掘現場からかなり離れているにも関わらず、最短ではないかと思えるルートで遺跡まで到達。発掘作業の途中での結晶採取も抜かりはない。背後にはかなり優秀なブレーンがいるに違いない。

 そして何より――あのひょろ長い男。


 ちゃんと訓練された動きではない。我流で身に付けたのだ思うが、異常に場慣れしていた。途中で辺りの音が消えた……というか、風が止んだ瞬間があったな。

 あのあと、俺の攻撃が全く当たらなくなった。男の体力は、限界に近かったと言うのに。


 最後に土砂崩れを起こした攻撃は、間違いなく衝撃のオーパーツだろう。俺を狙えばいいものを、なぜ……。

 ひょっとすると、男が未知のオーパーツを使用していたのかもしれない。だとすると、もし俺に向けて放ったとしたら、男のオーパーツと干渉を起こし危険な事態になっただろう。


 あのとき起こった内容は、すでに報告書に書いて提出済だ。そして、あれから既に三日が経っている。

 警備課がすでに現場の監視体制に入っているはずだし、通常の違法発掘なら警備課による調査後、捜査課に回していい案件のはず。


 だけどグラハムさんがその話をしないということは、まだ捜査課にはあの現場の話は回っていない……いやひょっとしたら監視のみで、警備課による調査も行ってはいないのかもしれない。

 土砂崩れによって、入口は完全に閉ざされた。俺を救出するために開けた小さなトンネルぐらいだ。

 その奥には――遺跡の中には入れない状態になっているし。


 そして、このあとのラキ局長の呼び出し……。

 つまり、特捜に任務が来るという事は、この件は予想以上に根深いのかも……。だとすれば、俺もその心づもりでいなければ。


 何か無茶な任務が下されるのかもしれないと思うと、やや気が重くなってしまった。また明日から、まともな食事は取れなくなるに違いない。

 とは言っても、ラキ局長に逆らえるはずもなく……。



「今日はグラハムさんに会えて、イーネスさん達に美味しいものをご馳走してもらえて良かったです。本当にありがとうございました」


 ……と、帰り際、俺にしては珍しく丁寧に言葉を紡いだ。

 すると、ぱああっと顔を輝かせたグラハムさんが、バンバンと俺の背中を叩く。


「リュウくーん! やればできるじゃないか!」

「な、何ですか、それ」

「……っ……」

「気にしなくていいわ」


 グラハムさんがオーバーに喜ぶ横で、アーシュラさんが笑いを堪え、キアーラさんがバッサリ切り捨てる。

 もう時間があまりなかったので、俺はキアーラさんの言葉通りあまり気にすることなく、三人に挨拶をしてイーネスさん家を出た。


 名残惜しかったが仕方がない。とりあえずお腹は膨れたし、元気も分けてもらえたし、これで良しとしなくては。

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こちらが本編です。是非こちらから読んでいただきたい!
 森陰五十鈴様作:
『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~SideG:触れたい未知と狂った運命~

こちらで共同制作の創作裏話をしています。よろしければ合わせてどうぞ。
 『田舎の民宿「加瀬優妃亭」へようこそ!』
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