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第25日-2 イヴェール工場へ

 オーラス財団が手掛ける事業はいろいろあるが、『オーラス鉱業』と『オーラス精密』はその中枢を担う二本柱と言っていい。

 VG鉱の採掘・精製に携わるのが『オーラス鉱業』であり、VGを利用した電子機器等を作り出しているのが『オーラス精密』ということになるのだが、これらの工場は島の北側であるアーキン区に集中している。


 しかし、一年前にできたイヴェール工場があるのはディタ区。

 なぜシャル島の南、ディタ区に工場があるのかと訝しんでいたのだが、表玄関に貼ってあったポスターなどによると『VGの高純度精製』『VGのさらなるエネルギー利用』『環境への配慮・安定供給』『より緻密で正確な計測機器の製作』などを目標として造られたらしい。

 つまりは、『オーラス鉱業』の工場だが『オーラス精密』の工場・研究室と併設されており、言うなればサルブレア製鋼と同じような成り立ち、という訳だ。


 しかし、規模は桁違いだった。真四角だったり体育館のような丸い屋根だったりするコンクリートの建物があちこちに建てられており、場合によってはそれらが連絡通路のようなもので繋がっている。その敷地面積はというと、サルブレア製鋼の十倍ぐらいはあるのではないだろうか。


 そして新人バイトの仕事はというと、採掘されたVG鉱や精製されたVGの運搬だった。

 あちこちにある倉庫から荷を運び出し、台車に積んで言われるままに移動し、運ぶ仕事。荷を積むのも大変ならその台車を動かすのも一苦労だった。

 フォークリフトや工場内の運搬車は資格を持っていなければ使えない。十六歳と偽った手前、おのれの肉体を酷使する作業しかさせてもらえなかった。

 これなら確かに容姿はどうでもいい。若くて健康なら誰でも雇ってもらえただろう……。


 VGは各研究機関で使われる機器にも使われているため、研究施設が多いディタ区に工場を建設することは、一応理には適っている。

 ……が、キナ臭いことはキナ臭い。これらの工場の説明も、資料のようなものは一切渡されずすべて口頭による説明だったし、

「あの、これだけ広いので覚えられないっス。地図とか欲しいんスけど」

と現場監督らしき男性に言ってみたところ、

「そんなもんはねぇよ。新人は言われた通りに動けばそれでいいから」

と言い捨てられておしまいだった。あまり人を育てる気は無いと見える。


 なお、面接のときに住み込み希望であることを言ってみたが、

「社員寮を利用できるのは、少なくとも勤続一年以上の勤務態度が真面目な選ばれた人材だけです」

と事務方らしい女性にキッパリと言われてしまった。

 イヴェール工場自体がまだできて一年ぐらいなのにどういうことだろう、と思ったが、前身となるオーラス精密の工場があり、その頃からの仕組みのようだ。


 イヴェール工場は計画から完成までに四年の月日がかかっているが、内部的には完成した施設から順次稼働していたらしい。

 また、建設には多大な人員が必要になる。あのバルト区のおばさんが言っていた工場の募集というのはその辺りの人員を指すようだ。


 今は大々的に公表されているイヴェール工場。……となると、ここはハズレか?

 いや、そんなはずはない。当時働いていた人間たちはどこへ行った? サルブレア製鋼から運び出されたオーパーツや、もろもろの電子機器も。

 絶対に、隠された研究施設があるはずだ。そして、カミロやマーティアスと繋がる連絡係も、どこかに……。


 まぁとにかく、その社員寮とやらは新人バイトがいきなり行けるような場所では無いらしい。

 住み込みは認めてもらえなかったが、その代わりにバイトも自由に利用できるシャワールーム併設のプレハブが敷地内の隅にあるので、そこで自由に寝泊まりして構わない、とのことだった。

 しかし、これで『住み込み可』の謳い文句は詐欺ではないかと思う。


 以上のことから、この工場はなかなかのブラック企業であると言えるが、俺の身分は正社員ではなくバイトなのでこんなものなのかもしれない。 

 やはり、見えない奥の方に秘密の実験施設があるのだろうか……とも思うが、現段階での判断は難しい。


 工場内部への出入りは厳しくチェックされており、初日は入ることはおろか近づくこともできなかったが、勤務時間外の敷地外への出入りは比較的自由だった。日払いですぐに現金が手元に入るのと、その分かなりの重労働なので、黙ってトンズラする人間も多いらしい。

 工場としては、数日間でも労働力が確保できるので問題ないとのことだった。手元の金が無くなったらまたひょっこり現れて「働かせてくれ」と言ってくる、いわゆるリピーターもたまにいるらしい。

 この工場が大々的に募集をかけているのはそのせいか、とも思ったが……やはりその『選ばれた人材』あたりが怪しいな、とも思う。


「どうやったら選ばれるかって? そりゃずーっとここにいる奴だな!」


 人の良さそうなおじさんがガハハと笑う。

 マロシュという名前で、何でも二か月前から働いているらしい。


「ずっと?」

「あのプレハブに居ついてるやつだな。たまに社員がやってきてくだらねぇ話なんかしているうちに仲良くなって、それで引き抜かれるみてぇだ」


 そう言うおじさんはと言うと、バルト区で農家をやっているらしい。収穫が終わると冬の間の収入が無くなるため、この工場に出稼ぎに来ることにしたそうだ。週ごとに家族が待つバルト区に帰っているという。

 つまり、そういう『帰る家』がない人材が奥へ連れて行かれていると考えてよさそうだ。


「何だ、おめぇも社員になりたいのか?」

「いや、俺はいいっス。たまにはセントラルで遊びたいし」


 あまり真面目ではないその日暮らしの少年を装い、興味なさげに手を振ってみせる。

 マロシュのおじさんは「若ぇなあ」と言い、またガハハと笑った。


 今回の目的は秘密の施設を見つけることではなく、この工場に出入りしている人間から糸口を掴むこと。深入りする必要はない。

 オーラス鉱業とオーラス精密の両方が関わっている工場だからいろんな人間が出入りするのは不自然ではないが、顔は確認しておきたい。制限があるものの、出入り口を含め各施設の周辺をあちこち見回ることができるし、かつ自由に外に出入りできる今の立場の方が有利だ。


 面接後すぐに働き始めたこともあり、一日目の勤務時間は四時間程度。そんなおおよその部分を押さえただけで終わった。

 唯一入ることが許されている、工場脇の更衣室に入って作業着から私服に着替え、置いてあった荷物を確認する。微妙に中の配置が変わっていて、どうやら働いている間に調べたらしいことが分かった。外してあったアクセサリー類はまとめて袋に入れてあったのだが、こちらも紐を緩めた形跡がある。


 労働力は欲しいものの外から来ている人間を警戒し、調べているということか。工場で働く人間はここで必ず着替えることになるから、確実な手段ではある。

 これが毎日続くのかどうか。それによっても、何を持ち込み何を身につけるかは考えた方がいいな。


 そんなことを考えながらプラプラと歩き、おじさんに教えてもらったプレハブに行ってみた。四角い灰色の屋根と壁、太い鉄骨が組み上げられている、比較的しっかりした建物だった。住居というよりは倉庫という感じだろうか。

 中を覗くと入口から靴を脱いで一段高いところに上がるようになっていて、カーペットが敷かれただだっ広いスペースが広がっている。奥の一角は薄い壁に仕切られ、流し台やトイレ、シャワールームが設置されているのが見えた。

 左手の奥にいた、長くここに住んでいるらしい三十代前半ぐらいの無精髭の男がジロリと俺を睨む。


「何だ? 新入りか?」

「あ、はい」


 よろしくッス、と軽く頭を下げたあと、室内を隈なく見回す。

 あちこちに布団や毛布が散らばっているが、これは個人の物なんだろうか?


「泊まるんなら自分で場所を確保して、ちゃんとそれなりの用意をしろよ」

「あ、そうなんスか」


 どうやらすべて私物のようだ。ここに長くいる人間が自分の荷物で場所取りをしているんだろう。

 ……となると、食糧だけでなくタオルやせっけんなどの日用品も、個人が持ち込んだものか。


「何も用意してないんで、今日は帰ります。じゃあ、明日からでも! ハハハ」


 軽いおちゃらけた感じの少年を装い頭を掻きながらそう言うと、ヌシっぽい男は

「……ふん」

とだけ言い、顔を背けた。


 別人になりきって振舞うのは得意ではあるが、こういうチャラチャラした感じというのは今までにあまりないので少々疲れる。

 何も考えていない馬鹿な奴、というフリをした方が警戒されずに色々聞きだせそうではあるし、キャラ選択としては間違ってはないと思うのだが……。

 

 しかし、今日はこの辺で切り上げよう。いきなり上がり込んでアレコレ聞くよりは、この方が怪しまれないだろう。ミツルに連絡をしないといけないし。


 中にいたヌシっぽい男とその他にてんでバラバラの場所で寝転がっていた二人の男にも軽く頭を下げ、プレハブの扉を閉める。


 入口に一つ、奥の対角線に当たる場所にも一つ、監視カメラがあった。まぁ、製品の横流しなどを警戒しているのもあるかもしれないが、何らかの目的でもって振るいにかけているのは確かなようだ。

 男たちが携帯電話やテレビを持ち込んでいたから、金属探知はつけてないだろう。通信機器の持ち込みは恐らく問題ない。

 ただ工員同士で盗みをする可能性もあるし、しばらくは様子見か……。


 作業員用の駐車スペースに停めてあったバイクはいじられた形跡はなかった。仮に調べられたとしても、見つけられはしないだろう。

 ポン、とグローブと通信機器が仕込まれているボディを軽く叩くと、そのまま跨りエンジンを始動させた。

 尾行の可能性が潰えたら、ミツルに連絡するか……一日目としてはこんなものかな、と思いながらアクセルを回し、工場の入口から出てディタ区の商店街へと向かった。



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こちらが本編です。是非こちらから読んでいただきたい!
 森陰五十鈴様作:
『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~SideG:触れたい未知と狂った運命~

こちらで共同制作の創作裏話をしています。よろしければ合わせてどうぞ。
 『田舎の民宿「加瀬優妃亭」へようこそ!』
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