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第21日-6 サルブレア製鋼へ

 バルト区に向かう幹線道路を走っていく、何台も連なるオーパーツ監理局の警備車、輸送車。

 その先頭車両には今回の任務の指揮を執る上官と、俺を含めた五人の警備官が乗っていた。

 向かう先は、ヴォルフスブルグにあるサルブレア製鋼。


 今日の午前中、グラハムさんは令状を携えて光学研に乗り込んだ。

 しかしスーザン・バルマはおらず、突然所長に休むと伝えられた研究所内はてんてこまいの状態だったらしい。

 光学研からはめぼしい証拠は何も得られず、彼女は完全に姿をくらましていた。


 そしてグラハムさんの報告とサルブレア製鋼で撮ってきた写真――とどめは、警備会社からの

「サルブレア製鋼から一方的に契約解除の申し出がありました」

という連絡。


 サルブレア製鋼は敷地内と建物内に警備員を八人常駐させていた。その契約を解除する連絡が始業早々に入ってきた、というのだ。

 これが決め手となり、ラキ局長は早急にサルブレア製鋼を押さえる決断をした。

 警備員を派遣しなくてもよいということは、敵はサルブレア製鋼を捨てる決断をしたということ。あの場所を護る必要が無くなったということを示している。


 そうして早急に令状の手続きが取られ、昼過ぎには警備課にサルブレア製鋼包囲の命令が下った。

 そして今、各地に散っていた警備課の人間も集められ各車両に分乗し、現場であるヴォルフスブルクに一直線に向かっているのだ。


 十二時半頃まで仮眠をとるつもりだったが、

「突入部隊に加わるように」

という命令がミツル経由で下り、実際には十二時前に起こされてしまった。

 O監が公でサルブレア製鋼に介入するなら、確かにさっさと盗聴器を回収しなければならない。

 正しい判断だとは思うが、さすがに人使いが荒すぎる……。


 やや重い頭を右手で支えつつ、車内を見回す。

 この車両に乗っているのは俺を含め五人だが、施設を包囲するための人員が三十人ほど動員され、後続の車両に分乗している。


「作戦を説明する」


 上役の声が聞こえ、手にした地図に視線を落とす。すでに頭に入っている、サルブレア製鋼のものだ。

 まずこの先頭車両の人員で正門前へ。上官は指揮のため正門で待機、四人でまずはL字型の建物、実験施設に乗り込む。ここの一階が事務所になっていて、他の三つの建物の内部は基本的にここからしか行けない造りになっているからだ。

 なお、他の三十名はその間にサルブレア製鋼の塀の周りを取り囲む。俺たちの突入を察して逃げる人間がいないか見張るためだ。


 後の指示はインカムで行われるが、四人で四つのエリアに分かれて調査することになる。警備会社が契約を解除されたところをみると中に誰かが残っている可能性はかなり低いが、見つければその場で拘束、すぐに連絡。

 無人であることが確認できたら、中の荷物をすべて回収するために人員を投入。後はひたすら搬出作業ということになる。


 ……という、上官の説明に対し頷きつつも、相変わらず頭の中は鉛がつまったように重かった。濃い灰色の靄は一向に晴れる気配がない。


 光学研がすでにそのような状態だったとすると、サルブレア製鋼はもぬけの殻に違いない。俺たちが脱出したあと、マーティアスもピートも追いかけるような状態では無かったし、恐らくすぐに逃亡の準備をしただろうから。


 そういえば、工場区画はすでに殆ど作動していないような状態だった。新しい実験施設がすでに別のところにあり、マーティアスもピートを伴ってそちらに移ったのだろう。

 ……となると、その新しい実験施設の手掛かりが残っていないか、ということを念頭に置いた方がいいか。



 そんなことを考えている間に、警備車両がサルブレア製鋼の正門前についた。車から降り、指示通りすぐに中に突入したが、日中だというのに人の気配は全く感じられない。


『スミスはその場で実験施設を、リュウライは奥の研究棟に向かえ。そしてブラウンとハリスは工場区画を調べろ』


 上官からの指示が入る。上官は警備課オペレーターであるミツルとやりとりをしているはずだから、俺に研究棟を任せてくれたのはミツルの配慮だろう。了解、とだけ返事をしてすぐさま建物を北に進み、研究棟に入る。

 本来なら隅々までチェックしなければならないところだが、重要な場所はエレベーターより北側だと分かっている。盗聴器も回収しなければならないし、まずは北側の部屋だけ調べよう。


 広いロビーには誰もおらず、エレベーターの北にある各部屋の扉にはすべて鍵がかかっていた。これは後で特殊工作班を呼ぶしかない。

 そのことを上官に報告し、まず地下へ。


 扉を開けると、入口付近のパイプラックに並べられていたファイルはほぼそのまま残されている。盗聴器を投げ入れた青いファイルボックスも無事だった。

 盗聴器を回収し、パイプラックの通路をぐるりと回って資料が乱雑に置かれていた机がある場所を覗き込む。

 入り口側と違い、こちら側に並べられていた資料は殆ど無くなっていた。埃をかぶっていたし普段は全く使われていないように見えたが、やはり明確な『オーパーツ所持』の証拠を残していくわけにはいかなかったのだろう。

 ……となると、ここで何らかの撤収作業は行われたはずだ。盗聴器に残された音声から何か情報が拾えるかもしれない。


 その後階段から一階に戻り、二階へ。まっすぐに北側の奥、〈クリスタレス〉が置いてあった準備室へと向かう。少し緊張しながらノブに手をかけたがすぐにぐるりと回った。鍵はかかっていない。


 扉を開いて中を見ると、パイプラックはその場に残されたまま、中身は完全になくなっていた。ここには〈クリスタレス〉も含めた大量のオーパーツが並べられていたから、予想通りではある。

 問題は、盗聴器に気づかれたかどうか……。


 緊張しながらマグネットタイプの盗聴器を貼り付けた天板の裏側を覗き込む。俺が貼り付けた位置のまま残されていて、思わず安堵の息が漏れた。

 しかしこの準備室はかなり重要な部屋だったはず。そんな部屋に鍵がかかってないなんて……まぁ、物がなくなってしまえばただの倉庫にしか見えないが。

 となると、鍵がかかっている部屋はむしろ既に使用されなくなっていた部屋なのかもしれない。あまり期待できないが、どっちにしろ後は通常の警備課の仕事だ。



 その後三階にも行ったが、案の定三〇五はもぬけの空だった。机や書棚などは残されていたものの、中身はすべて消え失せている。

 マーティアスの私室だ。無理もない。不必要なものなど一つもなかっただろう。


 こうしてガランとした部屋を見ると、昨夜の出来事は全部夢だったような気がしてくる。

 そうであってくれれば……という思いがよぎったところで、胸ポケットの中の盗聴器の感触に気づいた。慌てて首を横に振る。


 そうだ。昨日ここに盗聴器を残していったから、いま俺はそれらを回収している訳で。それを夢などと……。

 馬鹿な考えだ。現実から逃げてどうする。


 気を取り直し、新しい実験施設の手掛かりはないかとあちらこちら調べてみたが、それらしいものは何もなかった。

 上官に報告し、他の警備課や外の警備官も研究棟に入って来た。

 鍵の解錠、中に残されていたものの搬出作業が始まる。


 警備課の人間が入り乱れている隙に工場区画に転がしておいた盗聴器も回収し、俺の特捜としての任務は終わった。



   * * *


 

 今日はそのまま直帰となり、久しぶりに自分のマンションに戻った。

 ICチップを取り出しパソコンにセット。自動テキスト変換を起動させ、音声を再生させながら自分の耳でも聞いた。もう一台のパソコンに録音時間や自動変換では拾えない情報を打ち込んでいく。


 工場区画はゆうべ見た光景と何一つ変わっていなかった。やはりあの場所はとっくに機能を停止していたようで、盗聴器にも何も録音されていなかった。

 そして、地下室の盗聴器のデータからは。


『こんな古い資料までいるんスか? もう使ってないのに?』

『オーパーツ関連はすべて持ち出せと言われています』

『うへぇ……』


 比較的若い、二人の男の声。サルブレア製鋼の研究員だろうか。


『わかったっスけど……うわっ、くっせぇ! 埃ひでぇっ!』

『急いでくださいね。撤収後、カミロさんに会いに行かなければならないので』


 え、カミロ!?

 思わずキーボードを打つ手が止まる。データの波形を眺めたところで何も読み取れないのに、まじまじと見入ってしまった。


『あー、あの、シュッとした本社のイケメンさんっすか』

『工場の新規募集をしている最中にこんなことになったものですから』

『だいぶんバタバタしてるんスね』

『ですので、打合せを』

『所長、どこ行っちゃったんスかねー』

『……そうですね』


 グラハムさんが追っている、ゴンサロ・カミロ。やはりこことも繋がっていたか。そしてどうやら、連絡係のような人間がいるらしい。

 この丁寧な言葉でしゃべっている方の人間がそうなのだろう。

 サルブレア製鋼とカミロ、オーラスの工場、オーラス精密……ひょっとしたらマーティアスとも繋ぎを取っているのかもしれない。

 この男が誰かが分かればいいのだが。



 もう少し何か情報が得られないかと思ったが、あとは乱暴な口ぶりの男の愚痴ばかりだった。恐らくこっちは下っ端で、だから重要書類ではない方の搬出を任されたのかもしれない。

 なぜなら二階準備室ではずっと無言で作業をしていて、物を動かす音しか聞こえなかったから。

 

 連絡係の男。本社のカミロ。

 どこから、何を追えば、マーティアスに繋がるのか。

 寝不足の頭では思うように考えられず、腹の中の空気をすべて押し出すような大きな溜息が漏れた。




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こちらが本編です。是非こちらから読んでいただきたい!
 森陰五十鈴様作:
『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~SideG:触れたい未知と狂った運命~

こちらで共同制作の創作裏話をしています。よろしければ合わせてどうぞ。
 『田舎の民宿「加瀬優妃亭」へようこそ!』
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