第21日-3 イーネス姉妹の過去 ★
アーシュラさんとキアーラさんがO監の特別管理下にあるのは、二人の父親が引き起こした事件のせいだ。
とは言っても、俺はO監に残されている調書でしか知らない。それと、特捜になったあとミツルから少しだけ聞いた情報と。
この件についてグラハムさんと話をしたことは無いし、当然イーネスさん達からも何も聞いていない。
六年前、オーパーツの密売人が殺された事件の容疑者として、一人の男が捜査線上に浮かんだ。
男の名は、ジョナサン・イーネス。――イーネスさん達の父親だ。
彼の妻が行方不明になり、ほどなく売人の殺害事件が起きた。そしてジョナサン自身は二人の娘と共に行方不明……売人が持っていたオーパーツを横取りして潜伏しているのでは、と推測された。
その潜伏先として浮上したのが、バルト区にある閉鎖した劇場だった。
当時バルト区の警察官だったグラハムさんが、地元に詳しい人間ということでO監捜査官と一緒に劇場に突入――そこには、ジョナサン・イーネスと双子の姉妹の姿があった。そして、違法オーパーツも。
ジョナサンはオーパーツのせいで妻を失い、妻を取り返すためにはオーパーツが必要だ、と双子の娘に研究させていたのだ。
ジョナサンは現在も、特別刑務所で服役している。
そして双子の姉妹も、無実という訳にはいかなかった。オーパーツを扱えるのは所定の資格を取ったO監とO研の人間だけであり、民間人は所有することすら禁じられている。彼女達がしたことは、明らかに〈未知技術取扱基本法〉違反だ。
しかも潜伏していた四年間で身につけた彼女達の知識も技術も、到底放っておけるようなものではなかったから。
――それから六年。イーネスさん達は、今もO監に飼われ続けている。
潜伏していた間、彼女達は父親に奴隷のような扱いを受けていたという。生き延びるためには、オーパーツに関わる知識と技術を身につけるしかなかった。そしてその知識と技術が、彼女達の未来をも縛ることになった。
完全監視の元、O監とO監が用意したマンションを往復するだけの日々。
そしてO監内でも、彼女達は他の技術官とは完全に区別されている。技術官の研究室は技術棟二階に並んでいるが、彼女達の研究室だけは四階――そのことからも、その〝特別待遇ぶり〟が窺える。
技術課はいくつかのチームに分かれており、そのメンバーは定期的に入れ替えられるが、彼女達はつねに二人のまま。
彼女達は、オーパーツの検査、分析、調整、再生、改造、修理をすべて二人だけで行える。彼女らの知識とスピードについていける技術官がいない、というのも理由としては大きい。
……が、とにかく、彼女達は他の職員と接することも殆ど無く、特別に与えられた研究室で技術者として働き続けている。
グラハムさんが一般の警察官からO監の捜査官になったのは、この事件がきっかけだった。
というより、この事件によりO監にスカウトされたのだ。度胸と慎重さを併せ持っていること、犯罪多発地域であるバルト区に詳しく人脈があること、それと天性の人当たりの良さ、交渉術を買われて。
この件についてグラハムさんは語ったことは無いし、想像するしかない。
だけど今、イーネスさん達が籠の鳥とはいえ穏やかに過ごせているのは――笑えているのは、グラハムさんがずっと二人を支え、見守ってきたからだと思う。
「――もう、六年ですよ。もういいじゃないですか」
グラハムさんが、喉から絞り出すような声を出す。しかし、ラキ局長は顔色一つ変えなかった。
「そうかもしれないな。だが、普通の人間とは事情が違う。解放するにも大義名分は必要だ。これまでのことも特別扱いだったのを忘れるなよ」
「……」
「首輪さえついていれば、檻から出してやれるんだ。悪い話ではないと思うが?」
「枷付きでぶち込んどいて、よく言うよ」
一瞬、グラハムさんから今にも暴れ出しそうな怒りのオーラが噴き出るのが分かった。局長室内に、緊張が走る。
しかしそれは本当に一瞬の出来事で、グラハムさんはすぐに元の冷静さを取り戻していた。
「……どの道、違法捜査までしてんです。この件は今さら投げ出す気はないですよ。好きに使うってんなら、そうすればいい。でも、あの二人を道具扱いするんだったら、ただじゃ置かない」
「心得ておくよ」
ラキ局長の頷きに何も言葉を返さず、グラハムさんはソファーからすっくと立ち上がった。すぐさまくるりと背を向け、廊下に出る扉へとスタスタと歩き始める。
「休ませてもらうんで」
「え……」
まだ報告は終わってないのに、と慌ててソファーから立ち上がったが、ラキ局長の「構わん」という声で伸ばしかけた手を引っ込める。
扉の閉まり際、一瞬だけ目が合った気がしたが、グラハムさんの目には何も映っていない気がした。
バタン、というやや乱暴な扉の閉まる音を聞きながら向き直ると、「ふん」と軽く息をついたラキ局長と目が合う。
元々研究者でもあるラキ局長は、イーネスさん達の境遇に少なからず同情していたらしい。少なくともオーパーツの違法所持、使用、改造の罪に問われるはずの二人は、本来なら一定期間、父親と同じように服役するはずだった。
服役させるべきだ、というO監内の意見をねじ伏せ、その豊富な知識を燻ぶらせるのは勿体ない、O監の完全管理の下で技師として働かせる、それを償いとする、という決定を下したのが、他ならぬラキ局長だ。
言葉で言うほど道具扱いしている訳ではないのだから、もう少し言い方を考えればいいのに、と思う。俺も、あまり人のことは言えないけど。
「どのみち双子の監視を解くことだけは絶対に出来ん」
俺が若干非難めいた視線を向けたのが分かったのか、ラキ局長が言葉を続ける。
「時にはガス抜きをせねばこの案件、リルガも双子も持つまいよ」
「え……」
「どう見積もっても相手が数年間は先行している〈クリスタレス〉の研究。そのハンデを埋めることができるのは、双子を置いて他におらん」
「……あっ!」
そうだ、肝心なことを言っていなかった。
スーザン・バルマはマーティアス。つまり、〈クリスタレス〉研究には既に七年も費やされているのだ。
思わず声を上げた俺に、ラキ局長が訝しげな顔をする。
「何だ?」
「三〇五の研究者――スーザン・バルマは、マーティアス・ロッシです」
「……何?」
「ですから、七年前に死んだはずの、マーティアス・ロッシなんです」
「信じられん!」「何ですって!」
俺の言葉に、ラキ局長とミツルが同時に声を上げる。
「待て、なぜそんなことが分かる?」
「マーティアス・ロッシの写真を見たからです。アルフレッドさんの部屋で」
「いや、おかしいだろう? マーティアスは収容先のO監管轄の病院の中庭で焼身自殺を図って死んだんだぞ」
「でも、絶対に彼女です」
「……」
ラキ局長の灰色の瞳が大きく見開かれ、射抜くような視線を向けられる。
だけど俺も引く訳にはいかない。俺だって信じたくはないが、これは真実だ。
「……リュウライ、その写真とやらを見せてほしい。ミツル、スーザン・バルマに関する資料をここに揃えろ」
「はい」
「わかりました」
ラキ局長の許可を貰い、ミツルからアルフレッドさんの部屋の鍵を預かった。局長室を出て、向かいの並びの一番奥にある部屋を足早に目指す。
見間違えたりはしない――なぜなら俺は、写真だけじゃない、実物のマーティアスと会っているから。
でも、そのことはなぜか言葉にできなかった。俺も「信じられない!」と叫びたいのかもしれない。
アルフレッドさんの部屋の扉を開け、電気をつける。まだ朝も早い。アルフレッドさんはO監最寄りのホテルで休んでいるところだ。部屋には誰もいなかった。
アルフレッドさんの部屋のO研の資料は、だいぶん配置が変わっていた。おかげで前に置いてあった場所にはオーパーツ研究所の履歴書はなく、思ったより時間がかかってしまう。
どうにかその束を探し当てると、まずは目的のページを開いた。
金髪に碧色の吊り上がった瞳。ムッと口を強く引き結んだ表情。
サルブレア製鋼の薄暗い明かりの中で見た痩せこけた顔とは、一見すると似ても似つかない。だけど目と鼻、口のバランスなど骨格はピタリと一致した。
三〇五の扉の前で顔を合わせた女性は、間違いなくマーティアス・ロッシだ。そして、かつて実家の食堂で見た彼女。
人の顔を見たら一度で覚えてしまう、という自分の特技。
違っているはずがない、という自信はあったが、違っていれば良かったのに、という思いがどこかにある。
いや、そんなことを考えている場合ではない。早くこれを見せなくては。
履歴書の束を掴むと、他の資料を丁寧に元の位置に直し、急いで部屋を後にした。




