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第20日-6 久しぶりの共闘 ★

「そう言えば、例の時間操作への対抗策は見つかったの?」


 イーネスさん達が暮らすマンションの近く。

 そろそろ到着、というところでキアーラさんが唐突に切り出した。


「三秒、ですよね。接近戦において三秒は命取りですから、アレを使わせないように攻め立てるしかないかな、とは思っていますが」

「……足りないわね」


 俺の答えに、キアーラさんが不満げに鼻息を漏らす。


「足りない?」

「思考が」

「……」


 言われて、もう一度あの男とのやり取りを思い出す。


 一回目は時間停止ではなく、体感時間をゆっくりにするオーパーツだったんだと思う。言うなれば、時間を止める前段階のオーパーツだろうか。

 男の足取りがおぼつかなかったにも関わらず攻撃をすべて躱されたのは、そういうことだろう。男が紅閃棍を躱し、後ろに飛び退った瞬間に気配が消えた。


 二回目は瞬間移動。男の左手からシールドのオーパーツを弾き飛ばし、それをキャッチして体勢を整えた。男に近づこうと走り出した瞬間、風が止んだ。


 〈クリスタレス〉を起動させたのは、いずれも俺が奴と距離を取っていたときだ。

 だから距離をあまり空けず一方的に攻撃し続ければ起動させる隙はないと思ったのだが。


「――今まで見つかった〈クリスタレス〉」


 俺が答えを見い出せていないのが分かったのか、キアーラさんがおもむろに口を開いた。


「全部、握る形になっている。起動の仕方はレバーだったりボタンだったり様々だけど」

「はい」

「〈クリスタレス〉の動力は人間。つまり、人が起動する際には必ず肌が触れていなければならない」

「え?」

「〈クリスタレス〉の起動には、人の『手』が必要なの」


 キアーラさんが自分の左手を広げ俺の前に突き出した。


「手、ですか?」

「そうよ。〈スタンダード〉の場合、スイッチを押すことで結晶とオーパーツが繋がり、結晶のエネルギーがオーパーツの起動装置に流れ込み、発動。同時に発生した有害物質は結晶に送り返される」

「……ですね」

「〈クリスタレス〉の動力源は人の生命エネルギーよ。肌に触れていなければエネルギーの供給ができない。当然起動もしない」

「……あ!」


 言われてみればそうだ。人が〈オープライト〉の代わりをするから、有害物質が人の身体に流れて蓄積される。現時点では仮説にすぎないが、他の論文などとも併せて考えるとかなり有力な説。

 それが心配だからキアーラさんは少年達に「二度と使うな」と厳しく言った訳で……。


「となると、手袋をしたまま握って起動したり靴を履いたまま足で起動するということは不可能、ということですね」

「そうよ」

「なるほど……」


 そうなると、手の動きに注意すれば〈クリスタレス〉を使おうとする瞬間が見えるはず、か。


「ありがとうございます、キアーラさん。教えてくださって」

「オーパーツの原理を知っている人間なら、自分で気づいてほしいわね」

「そうですね、確かに」


 それはもっともなので素直に同意すると、キアーラさんはきまり悪そうな顔をしたあと、

「ま、リュウライくんなら無駄にはしないでしょ」

と独り言のように言った。


「ええ、必ず」

「……ふっ」


 キアーラさんは微かに微笑むと

「じゃあ、ここでいいわ。送ってくれてありがとう」

と言い、颯爽とマンションの奥へと消えていった。



   * * *



 右、右、左。

 男の身体の動きではなく、手の動きに注意しながらナイフの切っ先を躱す。なるべく距離を開けず、隙があれば攻撃。


 両手にナイフを持つ男の手の動きは、攻撃か防御か陽動。

 そのいずれでもない動きをしたときが要注意。


 紅閃棍を左下から右上に振り上げ、男の左手のナイフを弾く――つもりが躱され、左腕で思い切り払われる。勢いに押され、二、三歩後ろに退かされる。

 不意に、左手のナイフが見えなくなった。


「……っ!!」


 男の左手が右の胸元へ消える間際、その左手を突く。男は右足で踏ん張り、左腕を外側に大きく振ることで左半身を後ろに反らせ、紅閃棍の先を躱した。


 解った。男のオーパーツは、背広の右側の内ポケットにある。使うとしたら、左手だ。


「――ピート! 全員始末しろ!」


 開け放たれた扉の向こうから、女の大声が響き渡る。

 ハッと気を取られた瞬間、男は扉の前に立っていたグラハムさんに襲いかかっていた。

 駆け寄ろうとして、いったん足を止める。


 グラハムさんなら簡単にはやられはしない。今のうちに、とボディバッグから黒いゴム袋を取り出し、左手にグローブをはめた。いざとなったらすぐに逃げられるように、《ワイヤーガン》を入れたホルスターを腰のベルトに装着する。


 急いで扉から出ると、グラハムさんが膝立ちして銃を構えたところだった。

 待て、あの男は……。


「危ないっ!」


 グラハムさんの背後から男――ピートがナイフを振り下ろす。

 床を蹴り、紅閃棍を突き出して男の鳩尾を狙う。


「くっ!」


 ピートはナイフで紅閃棍の先を薙ぎ払い、軌道を変える。反動でよろめいたものの、すぐさまナイフを両手に構えた。

 俺はすかさずグラハムさんの前に出た。一歩踏み出し、紅閃棍を水平に構える。


「気をつけてください。奴が例の黒スーツの男です」

「だと思った」


 床を蹴り、紅閃棍で突きの連続攻撃を繰り出す。真ん中程を持ち、あまり距離を開けないようにする。

 オレンジ色が点灯しているだけの廊下は、ひどく薄暗い。離れるとピートがいつオーパーツを使うか分からないし、未然に防ぐこともできない。


 左のナイフで棍の先をいなされ、右のナイフが眉間に近づく。しゃがみ込んで躱すが、その隙にピートの姿が消える。俺の死角を利用していつの間にか背後へ。

 すぐさま振り返り、首を狙っていたナイフの切っ先を棍で受け止め、左腕で撥ね退ける。


 俺のオーパーツ、《クレストフィスト》。第一形態〝トライアングル〟が起動し、左腕の保護と強化がなされている。多少の打撃ではダメージは食らわず、腕力が上昇している。


 しゃがんだ姿勢から左腕を突き、低い姿勢から右足を振り上げて回し蹴りを放つ。ピートに躱されたがそのまま右足を床につき、その反動で今度は右半身を軸に左腕に力を込め、棍を振り上げる。ガキン、という音がして受け止められ、弾き返される。


 ピートは左腕を金属の装甲か何かでカバーしている。だから攻撃してもなかなかダメージは与えられない。しかし〈クリスタレス〉を使うのは間違いなく左手。この暗闇の戦闘では左手を封じることが絶対条件。

 三秒与えたら、俺はピートに殺される。


 俺の攻撃に、大きくよろけたピートが「チッ」と舌打ちしながらナイフを振りかぶる。棍で薙ぎ払おうとした瞬間、いつの間にか右手からナイフは消えていて、棍の先を掴まれた。そのままグイッとねじられて身体が振られる。倒れる前に床を蹴り、棍の動きに自分の動きを合わせ、捻りながら床に降り立つ。


「……っ!」


 先ほどまでピートがいたはずの場所は、誰もいない。

 ギョッとして顔を上げると、ピートはグラハムさんに襲いかかっていた。グラハムさんも応戦、カシュンという消音装置(サプレッサー)の音がしたがハズれたようだ。


 グラハムさんがピートのナイフを右に左にと避ける。そしてさっとしゃがみ込んで避けた瞬間、強化した左腕で棍を最大限振り回し、がら空きになった右の脇腹に叩き込んだ。


「……っ!」


 小さく呻きながらピートがかろうじて両足を踏ん張り、俺を睨みつける。


「はい、そこまで」


 素早く立ち上がったグラハムさんが、ピートの背中に銃を向けた。

 これで完全に挟み撃ち。後は、距離を――。


「ちっ」


 舌打ちを伝える音が途切れる。咄嗟に右腕で喉を、左腕で心臓を庇って床を蹴り、後ろに飛びのく。


「くっ!」


 案の定、〈クリスタレス〉を起動させたピートが俺の心臓を狙ってきていた。左腕にナイフの刃先が食い込んでいる。

 距離を稼いだおかげで致命傷には至らない。左腕は強化されているものの、これ以上抉られるとマズい。腕を引き、自ら身体を倒して後ろに飛ぶ。


「ぐわぁっ!」


 わざと大声を出して倒れる。ズザザーッと背中から床に打ちつけるが、左腕を大怪我をするよりはマシだ。奴ほどの手練れなら自分の攻撃が効いているかどうかは分かるだろうが、この暗さだ。少しは油断させられるはず。

 寝ころんだ姿勢のまま、《クレストフィスト》の第二形態〝ヘキサグラム〟を起動。手首の甲に円盤型の盾が出現、これでナイフの攻撃は無効化できる。やはり躱し続けるのはなかなか難しい。


 こっそり起き上がると、奴は通路の一番奥にいた。北側の行きどまり、グラハムさんを追い詰めている。

 この狭い場所では、俺も満足な動きができない。奴を確実に仕留めるなら、グラハムさんの《トラロック》の攻撃がカギだ。どうにかして、奴の意識を俺に引き付けなくては。


 紅閃棍を構え走り寄り、後から振りかぶる。気づいたピートが半身を翻して避けた。その隙にグラハムさんが左側から逃げ出し、俺の背後へと駆けてゆく。

 躱された棍を半分に縮め、迫りくるナイフをひたすら躱す。右、左、右。今は両手にナイフを持っている。左のナイフの持ち方が変わった。すかさず棍を伸ばし、左手を突く。ガキッという音がしてナイフの柄で受け止められ、いなされた。そんなこともできるのか。


 俺の背後に回ろうとしたピートが、飛んできた青白い球に気づいて体の向きを変える。続けざまに、二発目、三発目も身体さばきだけで躱す。

 グラハムさんの《トラロック》だ。カートリッジを替えることで様々な効果がある弾を打ち出すことができる。

 青白く光るのは電気の弾。一瞬だけ辺りを照らし、ピートの眉間の皺がグッと深くなったのが見える。オーパーツによる攻撃はさすがにマズい、と思っているようだ。


 ピートの左手はナイフを握ったまま。視界の端で確認しながら棍で右腕を狙う。右半身を後ろに引き、左半身が前に出たところを、グラハムさんの青白い電気の弾が狙う。


 いい感じだ。これならピートに〈クリスタレス〉を使う隙は与えない。

 が、このままじゃ決め手に欠ける。三人は横に並べないほどの狭い通路、棍での攻撃のバリエーションが狭められる。

 ピート、俺、しばらく距離があってグラハムさん、という位置関係。ピートの動きを止めるなら……。


 棍を軸に宙で一回転、男の背後に回る。これで俺とグラハムさんがピートを挟む形に。

 ピートが身体ごと俺の方に振り返った。すぐさま紅閃棍を下から振り上げ、男の顎を狙う。


 棍の先を紙一重で躱していたピートが

「うぐっ」

という声を漏らし、右膝をガクリと折った。体勢を崩しながら、ピートの目が右後ろに流れる。忌々しい、とでもいうような表情。

 グラハムさんを狙う気だ、と気づいて再び庇うようにピートの前に立ちはだかるが、奴の目は俺を見ていない。紅閃棍を円を描くように振り回し、ピートの視界を遮りつつ、追撃。


 しかし、棍は宙を切った。ピートの姿が一瞬で消える。

 〈クリスタレス〉の起動だ、でも――。


「ふぐうっ!」


 ピートの呻き声と共に青白い光が四散する。パチパチッという小さい音が聞こえ、黒い細長い体が両膝から崩れ落ちた。

 振り返り、すぐさまピートの両手のナイフを棍で弾き飛ばた。左手でピートの左腕を取り右手でピートの左肩をグッと押さえ、床に跪かせる。


 よし。やっと因縁の黒スーツのひょろ長い男――ピートを確保できた。

 さっさと連れ帰って、洗いざらい喋ってもらわなければ。

 

 膝で男の背中の中央を押さえ込み、右手の紅閃棍(くせんこん)を縮めて懐に仕舞う。足の下でもがいているが、完全にキメた左腕はビクともしない。


「大丈夫かぁ~? 後輩」


 グラハムさんがホッとしたような笑顔を浮かべながら近寄ってくる。カシャンと腰につけたホルスターに銃をしまい、「やれやれ」と肩をすくめて。


「ええ。ですから、先輩はもう一人を――」


 そのとき、キィ、という音がして三〇五の扉が開いた。

 ピートが行動を共にしていた『もう一人』か。

 そう思いながらその人物を見て――俺は息を呑んだ。


 白衣を着た女性。無造作に後ろでくくった髪からほつれ出た一筋が、痩せこけた頬に張り付いていた。吊り上がった目が俺を凝視する。

 髪の色、瞳の色はこの暗さでは分からない。だけど、この顔は――。



    * * *



 脳裏に、あの日の昼過ぎの光景が蘇る。

 ディタ区にある、実家の食堂『ディタ・プロスペリータ』。行き交う人を避けながら、後ろ姿を追いかける俺。

 呼びかけた声に振り返る、二人の女性。馬のしっぽのような金色の髪が肩で跳ねて、くるりと回る。


『あ……それ!』


 忘れ物のハンカチに気づいた女性が声を上げる。


『もう、マーサったら本当に落ち着きが無いわね』


 黒髪の女性にたしなめられ、恥ずかしそうにしていた金髪の彼女。


『届けてくれてありがとう、ボク!』


 俺が差し出したハンカチを受け取り、吊り上がった碧色の目が優しい弧を描いた。



   * * *



 あの日の彼女の姿と、目の前の女性の姿が重なる。

 嘘だ。あり得ない。そんな、馬鹿なこと。

 ――まさか、『マーサ』なのか……?


 

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こちらが本編です。是非こちらから読んでいただきたい!
 森陰五十鈴様作:
『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~SideG:触れたい未知と狂った運命~

こちらで共同制作の創作裏話をしています。よろしければ合わせてどうぞ。
 『田舎の民宿「加瀬優妃亭」へようこそ!』
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