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第20日-3 工場区画から地下室へ ★

 サルブレア製鋼の北から工場区画の東に回り、念のため粘土で閉まらないようにしておいた窓へ。見上げると、カチカチの粘土もそのままになっていて少し安心する。

 グラハムさんにアシストしてもらい、壁から窓へと手をかける。右に引いて限界まで開け放すと、桟にへばりついていた粘土を回収して中に入り込んだ。窓のすぐ傍の壁にちょうど鉄骨が走っていたので、突き出ていたボルトにワイヤーリールのリングを引っかけ、下に垂らす。


 グラハムさんがワイヤーを使って登ってくるまでの間、辺りを見回した。設計図通り、正方形のエリア全部が工場になっている。大きな機械は残されているものの、布が掛けられていて稼働していた気配はない。トンと機械にぶつかると、ペンライトの光の中、埃がふわっと舞い上がる。


 この工場から音が聞こえたためしは無かったから、やはりこの加工場はとっくの昔に使われなくなったようだ。とはいえ、出土オーパーツを使えるようにするには何らかの外付けの部品が必要なはず。そしてその加工も。


 一部ぽっかりと開いた部分の床を調べてみると、何か大きなものを搬出したような跡がついていた。つまり、使える機械はすでに移動させたということ――ここ以外に違法オーパーツの加工場がある、ということになる。


「よっこらせっと」


 窓からグラハムさんの声が聞こえたので一度出向き、ワイヤーリールを回収する。俺と同じように辺りを見回したグラハムさんが「んん?」というような顔をして俺を見た。明らかに使われていない様子を不思議に思ったのだろう。

 頷いて、この工場はもう機能していないことを伝える。


「調べてみるか?」

「機械を搬出した形跡があります。おそらく何処か外部へ移動させたのでしょう。部品や製品が置かれている様子もないですし、目ぼしいものが見つかるとは思えません」


 とは言え、万が一ということもある。

 部屋の奥の扉の近くにあったひと際大きい機械に近づいてしゃがみ込み、下に盗聴器を滑り込ませた。

 直径二センチほどの黒い樹脂円盤に金属の円柱がついた、一見すると化粧ビスにしか見えない代物。充電タイプの録音型で、百時間連続録音ができる。

 発見されないように動かしづらい大きな機械を選んだが、仮に見つかってもビスが転がっているとしか思わないだろう。


 さて、ミツルとの話では真っすぐ研究棟に向かうことになっている。

 グラハムさんを促し、扉を開けた。右手の階段を昇って二階に上がり、研究棟と繋がる連絡通路へと向かう。


『その先の連絡通路を行けば、D6地点から研究棟に入れます。警備の巡回は当分ありませんが、一本道です。向かいからの人に気をつけて』

「ああ」


 しゃがみ込んで身体を低くし、そっとズッシリと重い金属製の扉を三ミリほど開ける。

 人の気配もしないし、足音もしない。

 念のため薄板ミラーを差し込み様子を窺ったが、何も映らなかった。


 扉を開けて通路を素早く渡り、研究棟側の扉の前でしゃがみ込む。こちらも誰もいないようだ。


「この先から研究区画です。ミツルの指示が変わりますので、気をつけて」


 俺の後ろからついてきたグラハムさんに言い、頭の中のマップを工場区画から研究棟のマップに切り替える。こちらもほぼ正方形の建物だ。

 黙って頷いたグラハムさんだったが、やはり慣れないことの連続だったせいか顔が強張っている。緊張しているんだろうか。

 特捜(コチラ)の事情に巻き込んだようで申し訳ない気持ちになり、思わず溜息が漏れた。


「……この先、特に目的地があるわけではありません。人目を避けて闇雲に建物内を探し回ることになります。危険を伴いますし、成果があるかも分かりません」


 急に何だ?というようにグラハムさんの右眉が上がる。


「……それでも行きますか?」


 ここまで来てこんなこと言ってもな、と思いつつ聞くと、グラハムさんが

「なにを今更なことを言ってるんだよ」

と呆れたような声を出した。


「もう乗り掛かった船だろ? ここまで来て引き返せねぇよ」

「……そうですね、すみません」


 グラハムさんの「構わない」「大丈夫だ」という台詞を期待して言葉を投げかけたようなものだ。意味がない。

 らしくない、俺も緊張しているのかもしれない、と思いながら再び溜息をつく。


 絶対にミスは許されない、自分のミスはグラハムさんをも危険に晒してしまう。

 そう思うと、無茶はできない。より安全に、確実に……。

 あれ? ひょっとして、それがグラハムさんの狙いなんだろうか。



 ひとまず扉を開け、研究棟に入る。右手には階段、正面には研究棟内の廊下に出る扉。

 耳をそば立てたが、人の気配は全くない。


「で、闇雲って言っても、間取り図を見てるんだ。行き先の目星くらいはつけてんだろ?」


 そっと連絡通路との間の扉を閉めたグラハムさんが、扉と階段を見比べながら小声で呟く。


「はい。この研究棟には地下があります。間取り図の通りなら、他の階に比べ、フロア面積が八分の一しかありません。配電室が一階に在ったことを考えると、設備系のものが押し込められている場所だとは考えにくい。……資料室かなにかではないかと見ています」

「OK。んじゃ、そこに行ってみるか。ミツルくんナビゲートよろしく」

『はい。それでは、右手の階段から一階へ。その後G7に向かってください』


 階段を下りて一階へ行き、二階と同じ位置にあった金属製の扉を開く。廊下の照明はすべて落とされているが、オレンジの非常灯だけは点されているのでペンライトは必要が無い。

 G7、すなわちこの研究棟の北東の角には地下への階段がある。 

 北側は警備の巡回ルートからは外れているが、監視カメラは設置されている。記憶していたカメラの方向を思い出し死角を移動しながら北東の階段を下り、地下室に辿り着いた。


 そっと扉を開けると、出迎えたのは両サイドがパイプラックに囲まれた狭い通路だった。確か二十二平米とワンルームマンションぐらいの広さだったと記憶しているが、パイプラックによってさらに分断されている。ペンライトで前を照らすと俺たちが足を踏み入れたことで埃が舞い上がり、長い間人の出入りがなかったことが窺える。


「……最近人が入った様子はありませんね」

「……そうだな」


 パイプラックにはさまざまな厚さのファイルが並んでいるが、だいぶん乱雑に押し込まれている。資料室なのは間違いないようだが、重要書類が置かれている部屋では無さそうだ……。


「……っ!!」


 パイプラックの通路を左に折れたところで、思わず目を剥く。

 ――天井に、監視カメラが付けられていた。映している先は左手のさらに奥。


「ミツル、この部屋にもカメラがある」

『えっ?』


 思ったより大きな声が出た気がして、慌てて唾を飲み込む。

 警備会社からの情報では、地下にカメラは設置されていなかった。つまりこれは、サルブレア製鋼の人間が後で取り付けたもの。確かにカメラの位置は随分とあからさまで素人の仕事だった。

 ペンライトの角度に気をつけながら、もう一度照らしてよく見てみる。ランプは点灯しておらず、耳を澄ませても作動音は聞こえてこない。


「見たところ動いてはいないが」


 パイプラックの陰からそっと覗き込むと、書類が乱雑に積まれている事務机と、散らかされた紙、隅に丸めて打ち捨てられている毛布などが目に入った。

 予想外の事態にミツルも少し慌てたのだろう、しばらくの沈黙のあと

『そうですか。他には?』

といういつもより早口な台詞が聞こえてきた。


「机がある。普通の事務机だ。資料が乱雑に積まれているのを見ると、閲覧用にはとても見えないが」

『……調査に支障は?』

「なさそうだ。続行する」


 カメラを一瞥し、グラハムさんに目線で合図してすぐに事務机に向かう。カメラはこの机を――正確にはこの机の前に腰かけていた人物を監視していたはずだ。

 つまり、監視しなければならないほどのものがここにはあった、ということ。


 しかし机の上はひどい有様だった。千切れた紙片が散乱し、積み上げられた本の上に雪のように降り積もっている。調べていたのか破棄していたのか分からないような状態だ。

 そしてそれらの本も、地下の湿気を含んで表紙はヨレヨレになっていたり破れていたりする。どう見ても重要なものでは無さそうだ。


「リュウ」


 書棚を探っていたグラハムさんが机の上に一つの資料を広げた。

 測定結果の一覧、グラフ……その横には石英のような鉱物と円筒形の道具のスケッチ。線で結ばれており、長さや深さなどの数値が書かれている。


「ええ。当たりですね。オーパーツに関する研究資料です」


 細かい文字は読めないが、違法発掘したオーパーツの効果や威力などを実験した結果と思われる。イーネスさん達に見せれば、どれぐらいの知識がありどれほど研究が進んでいたかも分かるに違いない。このサルブレア製鋼で違法にオーパーツを所持し研究していた、確かな証拠になる。

 小型カメラを取り出し、ページを捲りながら一枚一枚撮影した。この部屋の様子だと持ち帰っても問題無さそうではあるが、念のためだ。


 他にも探せば出てきそうだが、これはあくまで〈スタンダード〉の研究。できれば〈クリスタレス〉を扱っているという証拠、その研究成果が欲しいところだ。

 となると、もっと頻繁に使われている場所を探った方がいい。


 ファイルを閉じ書棚に戻したところで、机の上に立てかけられていた一冊の本が目についた。どうやら紙片の下に埋もれていたらしい。

 手に取ってみると、長い間放置されていたのか茶色い革の表紙がベタついて埃がこびりついている。大きさはA5サイズと他の研究資料に比べるとやけに小さい。

 何だこれは、と思いつつあちこち滲みがある薄い紙のページを開く。


 日付が振ってある。直筆の日記帳か。

 ひどく乱れた文字。文章が続くほど罫線を無視してどんどん斜めになり、空いたスペースに続きを書くという無茶苦茶な書き方。


「……これは、アロン・デルージョの手記だ」


 アルフレッドさんが見せてくれた資料の文字を思い出す。筆跡鑑定のスキルは無いが、この字体といい、書き方のクセといい、別人とは考えられない。


「デルージョってぇと、RT論の? ……ここにいるのか」

「ええ、もしかしたら」


 そう答えたものの、違和感を感じて辺りを見回す。


「……でも……」


 長い間人が踏み入れた形跡は無く、辺りは埃塗れ。とてもじゃないが人が生活しているようには見えない。

 正確には、〝アロン・デルージョは()()()()()()()()〟だろう。

 じゃあ、今は?


「何かありそうだな」


 俺と同じように不自然さを感じたグラハムさんが呟く。


「そうですね。これは、拝借していきましょう」


 恐らくこの手記が無くなったところで気づきはしないだろう。これはO研を追放されたアロン・デルージョのその後を知るうえで、重要な手掛かりになる。


「ここはもういいでしょう。頃合いを見て、他の場所へ」


 グラハムさんを促して狭いパイプラックの通路を引き返す。

 入口近くにあった青いファイルボックスにビス型盗聴器を一つ投げ入れ、俺たちは地下室を出た。

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こちらが本編です。是非こちらから読んでいただきたい!
 森陰五十鈴様作:
『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~SideG:触れたい未知と狂った運命~

こちらで共同制作の創作裏話をしています。よろしければ合わせてどうぞ。
 『田舎の民宿「加瀬優妃亭」へようこそ!』
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