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第20日-2 作戦開始 ★

 闇にぼうっと浮かぶ綺麗に舗装された幹線道路をバイクで走り、シャルトルト・セントラルからバルト区へ。

 山側、ヴォルフスブルクの工場地帯のやや東側にある喫茶店『ノーチラス』に午後十一時、グラハムさんと待ち合わせ。


 店の裏手にバイクを停めさせてもらい、表に回る。この地域は外灯も少なく辺りは真っ暗で、この喫茶店の白い光だけが煌々と点っている。まだ営業中となっているし、普通に表から入ればいいはずだ。


 扉を開けた途端、ちりん、という軽やかな鈴の音と共に

「お客さーん、もう閉店よ~」

というしゃがれ声が飛んできて面食らった。


 あれ、間違えたか!?と一瞬思ったが、カウンターには既にグラハムさんが座っていた。肘をつき、口髭を生やした男をジロリと見上げる。


「俺の連れに意地悪すんなよ」

「え~だってぇ~」

「……」

「でも、閉店なのは本当だから、表札裏返してくれる?」


 グラハムさんに向かって妙にくねくねしたあと俺に向かってビシッと言われたので、何となく言われた通りに従う。

 しゃがれ声の髭を生やした男は、多分、この店のマスターなんだろう。グラハムさんもいることだし、俺の思い違いではないはず。……多分。


「それで、何する? 本日のカレーは野菜カレーで、チャイかラッシーとセットにするとお得なのだけれども」

「カレー屋かよ! つか、喰うか! そんな匂いのするもん。仕事よ、これから」

「こんな可愛い子と二人きりなんて、羨まし~」

「アホか」


 二人の会話に圧倒されて、ただただその場に立ち尽くす。

 とにかくこの店はグラハムさんの馴染みの店で、マスターはグラハムさんの仕事も熟知している旧知の間柄なんだろう。

 ツッコミどころが色々あって気にはなるが、今はそれどころじゃない。


「ええと……」


 とりあえず仕事の話をしていいんですよね?という意味を込めて切り出すと、グラハムさんが「おっ」というように椅子から飛び降りる。


「どうよ、これ。なにか問題ある?」


 両腕を広げて「どうだ!」という風に自分の恰好を見せつけてきた。

 上下とも紺の、電気工事士が着るような作業服。すぐ近くのテーブルには同じ色のキャップ。

 目立たないようにという意図だと思うが、グラハムさんは身長が百八十センチぐらいあるし、骨格のバランスもいいのでどこかオシャレに見える。昼間の任務なら全然オーラが消せてないので失格だが、夜中の潜入捜査の服装としては何も問題はない。


「いいえ。ないと思います」

「お前さんは、逆に目立ちそうだけどな」

「これが一番動きやすいので」


 俺はと言うと、いつもの深緑色の拳法着にゆったりとした黒いズボンという出で立ち。紅閃棍は小さくして内ポケット、ちょうど心臓の上あたりに仕舞ってある。

 この拳法着の袖は白い折り返しが付いていて、ここにワイヤーリールや針金、鏡など潜入時に使う細々した道具が入れられて便利だ。

 ただ、今日はオーパーツである《ワイヤーガン》と《クレストフィスト》は装着できないので、黒いゴム袋に入れて斜めがけにした黒いボディバッグに入れてあるけれど。


「オーパーツは銃以外持ってきていない。それも、レーダーに感知されないようにゴム製の袋の中だ。すぐには出せない。代わりに、俺の昔の相棒を持ってきた。消音装置(サプレッサー)付きだ。援護は専らそれになると思ってくれ」

「分かりました」

「じゃあ、準備はいいのかしら?」


 ぬっと現れた口髭マスターが俺達二人にゴミ袋を差し出した。「勝手口はあちら」と顎で指す。

 グラハムさんはキャップを被ってテキパキと準備をすると、「はーいよ」と言ってマスターからゴミ袋を受け取り、俺の方を振り返った。


「行くぞ、リュウ」

「どういうことですか?」

「こんな人の居ない夜の街角で待ち合わせなんて、怪しいにも程があるだろ? だから、ノースの店を使った。で、表から連れだって出るのも怪しいから、裏口から出してもらったわけだ。店のごみを捨てる従業員を装ってな」


 なるほど、カモフラージュか。そしてあのマスターはノースという名前なのか。

 しかし妙に手慣れてるな……。


「バルト署にいたときから、結構こうしてお世話になってる。さっき顔合わせも済んだことだし、機会があれば頼ってみろ。協力してくれるぞ」


 確かにこういう場所があると便利だな。バルト区は治安が悪いから潜入には気を遣う。任務で野宿になるときもザラにあるし。

 だけど……。


「……見返りは?」


 さっきのグラハムさんとのやり取りといい、一筋縄ではいかないタイプのように見えたけど。

 情報か、金か……。


「ブロマイド」

「……は?」


 予想外の答えが返ってきてまたもや面食らっていると、グラハムさんがニヤリと笑いつつ人差し指を振って見せた。


「アイドルから、スポーツマン、レーサーなんていう代表格から、アニメのキャラクターなんていう、ブロマイドっていうには怪しいものまで。とにかくブロマイドなんて名のつくものなら、男女問わずなんでも。ポテチの裏に付いているやつでも良いな。むしろ古いもの見つけたら有り難がるぞ」

「……」


 不思議な需要と供給もあるものだ。これからは少し気に留めるようにしておこう。


 そんなことを話しているうちに、サルブレア製鋼近くのゴミ置き場に着いた。持っていた黒い袋を捨て、顔を上げる。

 ――高い塀と有刺鉄線に囲まれたサルブレア製鋼。研究棟にはところどころ明かりが点っているようだ。


「――行くぞ」


 グラハムさんの言葉を合図に、回線をONにする。


「お待たせ、ミツルくん」

『よろしいですか? 工場の外形は頭に入っていますね?』

「……ああ」


 グラハムさんの返事がやや遅れたのは、多分気のせいではないんだろうな。

 確か地図を覚えるの苦手、と言っていた気がする。それは今も変わっていないらしい。


『何はともあれ、まず敷地内に入ってください。予定通り、G8地点からの侵入をお願いします』


 事前調査でルートは三つほど候補にしていたが、打合せの結果、多少遠回りでも一番安全なルートで潜入することに決定した。

 今回の任務はあくまで情報収集。職員に見つかるのが一番マズい。


 了解、と返事をしかけたが、首を傾げているグラハムさんとハタと目が合う。ひょっとして場所が分からないのだろうか。


「ミツルが見せた見取り図に、マスが引かれていたのに気づきませんでしたか? ミツルは、そのマス目を元に指示して来るんです」

「……面目ない。そこまで記憶してなかった」


 そう言えば、ミツルとの打ち合わせはいつもの調子で最低限しか言葉を交わしていなかったから、同席していたグラハムさんに詳しい説明をするのを忘れていた。


「事前に言わなかったこちらのミスです。僕がちゃんと覚えてますから、大丈夫です」

「ああ」

「ついてきてください」


 サルブレア製鋼の北側に出て、左に曲がる。G8、北側の端に辿り着いて壁の上を見上げる。凹んでいた有刺鉄線は直されてはおらず、そのままだ。


「見てください」


 壁の上を指差すと、グラハムさんが納得したように頷いた。

「あそこだけ、空いてんのか」

と独り言のように呟く。


「あれ、登れるかな」

「アシストしましょうか?」

「……いい。どうにか越えられるだろう。このまま行って良いのか?」

『今より五分以内が警備巡回の穴です。今のうちに、早く』


 ミツルがやや焦れたように口を挟む。確かにこの巡回と巡回の間にH5まで行って中に入らなければならないので、あまり躊躇している時間は無い。


「下に茂みがあります。下りたらそこで待っていてください」

「OK」


 グラハムさんは助走をつけると手前でジャンプし、さらに壁を蹴って壁のてっぺんに手をかけてぶら下がった。そのまま自分の身体を持ち上げ、ひらりと壁の上に立つ。そしてすぐに有刺鉄線の向こうへと消えていった。

 自信がないようなことを言っていたけど、身のこなしは軽やかだと思う。対人能力も高いし、全体的に万能というか。

 それは、四年前に半年間コンビを組ませてもらった頃と比較しても、全く衰えていない。


 ラキ局長はこの機会にグラハムさんを特捜に引き抜くつもりなんだろうな。

 と言うよりその存在をバラした以上、引き抜いたも同然か。

 ミツルやサーニャさんを見るに、突出した能力重視の人選だとある意味、人としては偏っているというか……それは俺も同じか。

 とにかくそういう人間ばかりなので、バランス感覚のあるグラハムさんを取り込みたかったのかもしれない。


 壁の上に飛び乗り、有刺鉄線に等間隔に立てられている鉄の棒を左手で軸にしてジャンプ。空中で身を翻し鉄線のバーを越え、敷地内に飛び降りる。

 ふと顔を上げると、グラハムさんがニヤニヤしながら立っていた。


「……なんですか?」

「いや、若いって素敵だなって」

「……」


 任務中の軽口も全然変わってないな、と思った。

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『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~SideG:触れたい未知と狂った運命~

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