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第19日-2/第20日-1 事前調査

 夜の十時半。サルブレア鉄鋼の塀の外、東側の部分。

 月齢1.9、黒い空に月は無く、辺りは真っ暗闇だ。侵入するには絶好の機会、とも言えるか。


『では、侵入可能個所としてはA4、G8、H5ですか』

「そうだね。ただA4は広めの庭が広がっていて身を隠す場所がない。タイミングが難しいかも」

『わかりました。ではH5から侵入、まずは工場区画の様子を探ってください』

「了解」


 以前来た時と同じように、まず塀に飛び乗り、そのままジャンプして有刺鉄線を越える。

 警備員の巡回と巡回の間は約五分。その間に工場区画の東側から窓や扉の有無を確認する。

 窓がずらりと並んでいるがすべてブラインドが下ろされている。

 

「工場から入るならH8かな。一か所だけ開いていた換気用の窓、今も開いたままだ」


 ペンライトで窓の桟を照らすと、前に潜入したときに仕掛けておいた粘土はそのままだった。時間が経って色が変わり、カチカチに固まっているのが見える。

 ということは、この工場区画には二日間誰も立ち入っていない、という証明にもなる。かなり安全に侵入できるはずだ。


『分かりました。一度外に出て、G8へ。そろそろ警備員が来ます』

「了解」


 再び塀の外に出て、今度はG8に移動する。ここは有刺鉄線が一か所だけボコリと凹んだ場所があった。服を引っかけたりすることもないし、工場の裏に当たる部分なので一番人目につかない場所かもしれない。


『G8からH5の窓には行けますか?』

「警備員の巡回と巡回の間に移動する分には問題ない」

『では、それは一つ押さえておくとして、次は直接研究棟に行くルートをシミュレートしてみます』

「了解」


 今度は北のG8から入り、目の前の工場区画と二階連絡通路で繋がった研究棟を見上げる。

 元々は細かい部屋に仕切られ窓も多いのだが、すべて鉄格子が填まっている。二階・三階に至っては内側から板でも打ちつけてあるのか窓の向こうが全く見えない状態だ。

 建物に沿って歩いてみたが、侵入できそうな隙は全く無い。


「研究棟は無理だね。見取り図にあった窓はすべて死んでいると思った方がいい」

『西側もですか?』

「それは後で見てみよう。連絡通路も……駄目だな」

『中庭には入れますか?』

「……うん」


 中庭と言えば、あの奇妙な実験を目撃した場所だ。

 研究棟と実験施設の間の連絡通路に生えた、人の腕。

 そのときのことを思い出して、背筋が寒くなる。


 首を横に振って気合を入れ直し、中庭に侵入する。ぐるりと見回してみたが、窓にはすべて鉄格子が填められていた。

 連絡通路は一か所を除いてすべて一階なので、ここは行き止まりでもある。身を隠すとしたら植えられている木にでも登るしかないから、リスクが大きい。


「入れそうな場所は無いね。一度外に出て、A4からの侵入を試みる」

『わかりました』



 その後西側の窓を確認したが、三階の三か所の窓だけが生きている状態で、一階と二階は全滅だった。

 とすると、三階からの逃走も考慮に入れて準備をした方がよさそうだ。

 実験施設にはいくつか窓や扉もあったから、A4から入ってまずは実験施設に潜入、一階連絡通路から研究棟に侵入するルートもあるか。警備員が詰めている事務所に近く、巡回によっては挟み撃ちになる危険もあるが。


『状況はわかりましたので、明日までに考えてみます』


という言葉と共にミツルから撤収の指示が来たので、再び有刺鉄線を越えて外に出た。

 いったん、隠れ家代わりにしていた煙突のある工場に入る。煙突に残っていたハーケンなどをすべて回収し、片づける。明日、備品管理課に返却しないと。


『警備員の動きに異変はありませんでしたか?』

「うん、無い。通信とゴム袋に入れたオーパーツは問題なさそうだ」

『わかりました』


 これで、今夜の任務は終わり。ミツルに軽く挨拶をして通信を切った。

 だけど、もし今日のことをグラハムさんに話したら

「潜入するための潜入調査!? 何だそりゃ!?」

とか怒られそうだ。

 心配してくれるのはありがたいけれど、今夜のことは伏せておくことにしよう。

 そう思いながらバイクに跨り、バルト区ヴォルフスブルクを後にした。



   * * *



 翌日、昼食後。

 備品管理課に行くと、いつものお姉さんが

「リュウライくーん」

と大声で呼び、ブンブンと手を振った。

 だからそんなに身を乗り出さなくても聞こえています、と思いながらカウンターに近づく。


「こんにちは。紅閃棍(くせんこん)の調整は終わってますか?」

「バッチリよ! はい、どうぞ」


 カウンターの下から黒いプラスチックケースに入った紅閃棍が出てきた。お姉さんから受け取り、拳大の縮められた状態からボタンを押して両端を伸ばす。

 手にした感触に違和感が無いことを確認し、元の大きさに縮めて懐にしまった。


「ありがとうございます。後はこれ、返しに来ました」


 ハーケンやロープをカウンターに並べる。お姉さんがクリップボードを取り出し、数量をチェックする。


「それで、ワイヤーリールってありましたっけ? フックが手元の操作で解除できるようなものがいいんですが」

「フックが解除できるワイヤーリール?」


 お姉さんがやや首を傾げたので、いつも自分が使っているワイヤーリールを見せた。

 懐中時計のような銀色の円形で、片方に鉤先状のフックがついていてもう片方にはワイヤーを引き出す丸いツマミがついているもの。引っ張ると戻ってくる自動巻取り式。

 高所に昇る際に引っ掛けたり巻き付けたりして使用するのだが、これだと降りる際には使えない。万が一三階から脱出する場合、その場に残していくことになる。

 市販のものなのでここから足がつくことはないだろうが、潜入捜査としては所持品を残していくのは駄目だろう。


「なるほどね。許容荷重はどれぐらい?」

「百四十キロもあれば」

「百四十……ちょっと待ってて」


 高所作業での命綱にも使われるワイヤーリール。遺跡の調査で使用することがあるが、今回の場合はグラハムさんと二人で脱出することを考えるとなるべく頑丈な方がいい。持ち運ぶのに不便すぎるほど大きいと困るが。


「んー、これとかどうかな」


 奥の倉庫に行っていたお姉さんが戻ってきた。カウンターに三つほど並べる。


 一つは俺が持っているのより大きい、黒い正方形。手の平ぐらいある。フック部分が大きく四角くなっていて、木の枝など多少太いものにも引っ掛けられるようになっている。引き出してみると、ワイヤーの太さもかなり太い。

 正方形部分に二つの丸ボタンがあり、一方はフックの解除、もう一方はワイヤーの巻取りに使うようだ。

 かなり頑丈な作りだが、大きい分やや使いづらいな。これを片手で握りながら脱出……うーん。


 もう一つは、ワイヤーリール自体は俺が持っているのと同じような感じだが、少し重め。別に四角いリモコンがついていて、これで電波を飛ばしてフックの解除ができるらしい。

 これなら使えるかな。リモコンが別になっているのがやや面倒ではあるが。

 

 さて、三つ目は……。


「ピストル?」


 グリップが九センチほど、銃身が十五センチほどの小型拳銃……に見える。弾倉を引き出してみると、弾ではなく小さな結晶が入っていた。


「これっ……!」

「しーっ!!」


 お姉さんが人差し指を立ててイーッと口を横に引き伸ばす。

 いや、しーっじゃないよ、お姉さん。

 何で備品管理課にオーパーツがあるんだ? ここはロープなどの道具、それに銃や棍のようなオープライトを使用しない通常の武器を扱っている部署のはずで……。


「これ、《ワイヤーガン》」

「ワイヤーガン?」

「トリガーを引くと、中から十字の鉤先が付いたワイヤーが出るの。こっちのボタンでオーパーツをオフにすれば鉤先がゴム状に変化するから、そのままこっちのボタンでワイヤーを回収して……」

「いや、使い方の説明の前に何でオーパーツがここにあるか知りたいんですが?」

「特捜案件だからよ」


 予想外の言葉に、両肩が震える。まじまじとお姉さんの顔を見ると、お姉さんはどこか得意気な顔をして「ふふん」と言いながら蠱惑的な笑みを浮かべた。


秘密の(シークレット)武器庫(・アーセナル)と言えば私、サーニャ・プレズリーのことよ」

「……」


 何ですかその二つ名は、と思ったがとりあえず黙っておく。


 O監の捜査官に支給されるオーパーツには限りがあり、許可されるためには様々な試験をパスしなければならない。段取りも複雑で、一職員であるお姉さん――サーニャさんの独断で渡せるものじゃないんだが。

 つまりこの人も、特捜なのか。


「リュウライくん、高所の調査があるって言って色々持ち出したでしょ?」

「はい」

「いくらリュウライくんが身軽だからって可哀想よ! ……ってミツルに猛抗議したわけ。それで、こういうものがあるんだけどって言ったら調整して渡しておいてくれって言われたの」

「はぁ……」

「今回は非公式だから貸与よ。だからちゃんと返してね」

「分かりました」

「いま調整したてのホヤホヤ。間に合って良かったわ」


 サーニャさんが両手を自分の腰に当て、満足そうに頷く。

 単なる窓口のお姉さんだと思っていたが、どうやら武器のスペシャリストのようだ。サーニャさん自ら調整もしているんだろう。

 そう言えば前に紅閃棍の調整が異常に早く終わってたのも、サーニャさんのおかげだったのか。


「色々とありがとうございます。助かります」


 《ワイヤーガン》を受け取り、頭を下げる。

 サーニャさんはキュウッと口元をほころばせるとプルプルと体を震わせた。


「んもう! 可愛いー!」

「は?」

「そういう訳だから、これからは何でも相談してね! リュウライくんになら大サービスするから!」


 そういうのは特捜としてどうなんだろう、と思ったけれど、この言葉も飲み込んでおく。

 もう一度「ありがとうございました」と言い、足早に備品管理課を後にした。


 ラキ局長はどういう基準で特捜人員を選んでいるのかな。突出した能力があって使える人材なら、後はどうでもいいのかもしれない。

 まぁ、応援してくれるのは悪い気はしないけど、と思いつつ、中央エレベーターの上へのボタンを押す。


 もうすぐ、グラハムさんが局長室に来る。この二日間の調査結果を報告するために。

 しかしサーニャさんにコレを渡されたことから考えると……今夜決行、で間違いないんだろうな。


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こちらが本編です。是非こちらから読んでいただきたい!
 森陰五十鈴様作:
『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~SideG:触れたい未知と狂った運命~

こちらで共同制作の創作裏話をしています。よろしければ合わせてどうぞ。
 『田舎の民宿「加瀬優妃亭」へようこそ!』
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