第18日-2 大いなる勘違い ★
敵が少年達に〈クリスタレス〉を使わせていた理由は、〈クリスタレス〉使用による人体への影響を調べるため――そう、推測される。
そこから始まったグラハムさんの報告内容は、驚くべきものだった。
〈スタンダード〉は填め込んである結晶――オープライトのエネルギーを使って効果を発揮する。そして使えば使うほど、結晶は黒ずんでいく。
真っ黒になってしまったら残量ゼロ、もうオーパーツは動かない。あの、ひょろ長い男から奪ったシールドのオーパーツがこの状態だった。
このオープライトの黒ずみ、実は有害物質なのだそうだ。最近発表された論文で判明したのだが、使用された結晶のエネルギーは有害物質へと変質するらしい。その仕組みはまだ解明されていないが、結晶が黒ずむ原因はこの物質が発生したからであり、しかも人体に害悪な物である、ということだ。
では、〈クリスタレス〉は? 何のエネルギーを使用しているのか。
――答えは、人のエネルギー。具体的な仕組みは分かってはいないが、人が操作することで発動する以上、動力源はそれしか考えられない。
そして、オーパーツを使用するとそのエネルギーは害悪な物へと変わっていく。
……と、なれば。
〈クリスタレス〉を使えば使うほど、人体に有害物質が蓄積される。そういうことになる。
「現に昨日、〈クリスタレス〉を使用していた少女メイが、体調不良を起こして倒れています」
一通り話し終えたグラハムさんの表情が、一瞬だけ曇った。
つまり、アスタやメイ……〈クリスタレス〉を持たされていた子供たちは、人体実験されていたのだ。体に害がある、とわかった上で使わせていた可能性がある。
というより、それが主目的か。
何も知らない人間が便利な道具を自由に使う。何の制限も無しに。オーパーツを取引に利用するにしろ、自分たちで使うにしろ、害があるとわかっているのならその使用状況と人体への影響はどうしたって無視できないだろう。
わざわざ光学研で定期的に健康診断を受けさせていたのだから、この説はかなり信憑性が高い。
「それは……なかなか由々しき事態だな」
そう相槌を打ったラキ局長だったが、次の瞬間には何とも言えない不敵な笑みを浮かべていた。
「しかし、いい手掛かりでもある。しかもオーラスとは、大物が釣れたじゃないか」
どこか楽し気にそう言い、口の両端がクイッと上がる。
どうやらラキ局長は、オーラス財団にあまり良い印象を持ってないらしい。シャルトルトの王様――この機会に尻尾を捕まえておきたい、といったところか。
グラハムさんも何かを察したのか、ふるふると首を横に振った。
「オーラス財団がどこまで関わっているかはまだ分かりませんよ? 表向き光学研は無関係のスタンスですから、関与もどれほどかは不明です。カミロ個人の企みに過ぎない可能性もまだ大きい」
「そうは思っていないくせに、よく言う」
ラキ局長はフフ、と軽く鼻で笑った後、俺に視線を向けた。
「まあいい。次、リュウライだ。アロン・デルージョについて調べているのだったな」
「はい」
一つ頷き、ここ数日間でわかったことを報告した。
バルト区のデルージョの家に行ったこと。そこで工場の間取り図らしきものを発見したこと。それは、ヴォルフスブルグにある四つの施設の一部分だったこと。
「この四つの施設は敷地を隔てていた塀も取っ払い、合体して一つの施設となっています。表の看板にはサルブレア製鋼と書かれていました」
「……聞かない名だな」
「四施設の在り方も妙です。所有はそれぞれサルウィア鉄鋼、キリブレア精工と別の名義になっていました。どちらも本社は大陸にあります。おそらく今は共同で何かしているものと思われますが」
「サルブレア、ね。安直なネーミングだな。でも、会社同士合併したって訳じゃないんだな」
「そのようですね」
答えながら、違和感を感じたのはそれもあったか、と内心頷く。
大陸の企業二社によるシャルトルトでの業務提携。わざわざシャルトルトで展開することに意味がありそうなものなのに、オーラス財団が施設を下げ渡したきり一切関わっていないという不自然さ。
「で、そんな名前も知らない企業が、どうしてシャルトルトに?」
「分かりません。ですが、そのこと以上に興味深いのは、そのサルブレアの四施設の元々の所有者がオーラス財団傘下の二社であることです」
「……ほほう」
「それで、気になって入り込んだのですが……」
あの異様な光景を思い浮かべながら、どう説明したらいいものか迷う。
結局、
「人気のない夜中に、壁から腕が生えているのを見ました」
と見たそのままを伝えることしかできなかった。
グラハムさんがぎょっとしたような顔をする。
「え、まさかの心霊現象?」
「……本気で言ってます?」
呆れたようなミツルのツッコミに「まさか」と肩をすくめたあと、グラハムさんのモスグリーンの瞳がすっと細くなった。
「……オーパーツか」
「だと思います。建物の明かりもわずかで人員も最低限。なのに警備がやけに厳重でしたから。後ろめたいことをしていると見て、間違いないかと」
だから早急に潜入したいところなのですが、という言葉はひとまず飲み込む。
「……以上が、昨日までの捜査で分かったことです」
そうしめくくり、コピーした設計図と警備状況などをまとめた報告書をラキ局長に手渡しながら、じっと反応を見る。
それらを一通り確認したラキ局長は、
「ふむ……なるほどな」
と、眉間に皺を寄せたまま頷いた。
「結局、僕が戦った男もアロン・デルージョも見つけられませんでした。しばらくあの施設を張ろうかとも思ったのですが、企業のウラを取った方がよいかもと思い、一度報告に戻ってきた次第です」
「それは賢明だったな。様子を探るにしても、実態を把握している必要がある」
しかしあまり悠長にはしていられないのでは、と言いかけて、ふとグラハムさんの様子がおかしいことに気づく。
何やら思案顔で天井を見つめたあと、
「あ」
と声を漏らした。
その「あ」の表情のままラキ局長に向き直り、グッと身を乗り出す。
「リュウライの話に出てきたキリブレア精工、カミロの前の就職先ですよ!」
「なんだと?」
「カミロはもともと大陸の出身で、十五年前にオーラス精密に転職してこっちに来たようなんですが、転職する前、大陸にいた頃の就職先が、確かキリブレア精工」
得た情報を引き出すように、グラハムさんの左手が忙しなく額を掻いている。
「それと、オーパーツで思い出したんですが、子どもたちに配られたオーパーツの一つに、おそらく時間操作と思われるものがありました」
ということは、少年たちの事件とRT理論の発案者、アロン・デルージョの足取りが繋がった?
ハッとしてラキ局長を見ると、口の右端だけがクイッと上がっていた。
「……どうやら、二人揃って当たり籤を引いたようだな。サルブレア製鋼の施設に〈クリスタレス〉、ひいてはRT理論に関わる何かがあるのは、ほぼ間違いないだろう」
憶測が、確信に変わる。
目の前が開けたように感じ、思わず力強く頷いた。
「そして、オーラス財団が関わっている可能性も出てきた」
躱され続けたが、やっとその背中に届くのか。
希望を感じ再び頷きかけたが、ラキ局長は
「……しかし」
と声を落とし、何かを思案するように両手を組んだ。
「財団に直接当たるには、証拠がまだ乏しいな。リルガの言う理由で一蹴され、揉み消されるのがオチだ。――まずは、カミロとサルブレアを調べあげろ。そこから糸口を探る」
「了解」
とすると、グラハムさんがカミロの大陸からの詳しい足取りを、俺がサルブレア製鋼の背景を追うことになるのか。
その元となっているサルウィア鉄鋼とキリブレア精工についてはグラハムさんに任せて、やはりあの建物内に潜入するのが手っ取り早いな。
あの夜に見た光景と俺が感じたことをもう少し詳しく伝えれば、すんなり許可が得られるかもしれない。
どうしたものかな、と思っていると、ラキ局長が「ふむぅ」と鼻から大きく息を吹き出した。
「……それにしても、大陸の企業まで利用して施設を準備するとは、予想以上の規模だな。しかも、人体実験まで……。正直、そこまでするとは思っていなかった。アロン・デルージョといい、マーティアス・ロッシといい……研究者の妄執とは恐ろしいものだな」
俺たちから視線を外し、手にしている報告書に目を落とす。
ラキ局長は、局長業務の他、アルフレッドさんと共に二人の研究者の残された実験記録などを調べていたはずだ。
自身も研究職出身であるはずのラキ局長が言うと、違った重みを感じる。
「そういうもんじゃないっすか……研究者ってのは」
グラハムさんが珍しく真面目な顔で頷いている。
……イーネスさん達のことを思い出したのかな、と思う。
今現在も、オーパーツ監理局の目と鼻の先で、厳戒なセキュリティに囲まれ、守られている彼女たち。
「それに、ロッシって奴は、恋人をその研究で亡くしたんでしょう? 案外家族や恋人が絡むと発狂する奴、多いんじゃないんですかね」
「それはそうかもしれないが……恋人?」
言葉を切り、ラキ局長が訝し気な顔でグラハムさんを見た。その視線を受けたグラハムさんが「あれっ」というような顔をする。
「爆発事故で恋人亡くして、狂ったように結晶のないオーパーツを研究してた……んじゃなかったんですか?」
「……アヤ・クルトのことか? あの二人が恋人関係にまで発展していたとは聞いていないが……」
「え?」
グラハムさんが俺の方に振り返ったのが視界の端に映る。
あれ、俺は何か勘違いをしていたのだろうか。以前、アルフレッドさんから聞いた話の通り伝えたと思っていたのだが。
「……ああ!」
ラキ局長が合点がいった、という様子で何度も首を縦に振る。
「そうか、『マーティアス』だものな。そういえば、性別にまでは言及していなかったか」
「え?」
「――マーティアス・ロッシは、女性だ」
思ってもみないことを言われて、面食らう。
頭の中の線が繋がらず何度もまばたきをしていると、そんな俺の様子をおかしく思ったのかラキ局長がやや呆れたような表情を浮かべた。
「思い込みで恋物語を創り上げていたのか? らしくもない」
「すみません……」
そう言われても、あの話の流れでは……。いや、確認しなかった俺が悪いのか。
ラキ局長はふう、と溜息を一つついた。
「アヤ・クルトとマーティアス・ロッシは、非常に仲の良い親友同士だった。そして共に、優秀な研究者だった。大学の博士課程に在籍しながらオーパーツ研究所の研究者として抜擢されたのだ」




