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第18日-1 夜が明けて ★

 胸がザワザワして、落ち着かなかった。

 サルブレア製鋼を脱出した俺は、離れた場所に隠してあったバイクにまたがり、いつもよりスピードを上げて幹線道路を走り抜けた。


 オーパーツレーダーはオーパーツやオープライトの波形を検出するもの。確実にオーパーツが使われているのにレーダーが反応しなかったということは、全く未知のエネルギー波だったということだ。

 恐らく……〈クリスタレス〉。だとしたら、あの影の二人はあの研究施設で働いている人間の中でかなり上の位置にいる者なんだろう。

 ひょっとしたら、一番トップにいる人間かもしれない。下っ端の人間が研究途中の〈クリスタレス〉を自由に扱えるとも思えないし。


 だが、思ったより若い。アロン・デルージョがあの研究施設を仕切っているんじゃないかと考えていたんだが、彼は現在六十四歳のはずだ。歩き方、その姿勢や速さからいっても、あの人間はそんな老人ではなかった。

 いや、アロン自身は奥に引っ込んでいる可能性もあるか……。


 色々と考えを巡らせながら、一度家に帰る。

 ひとまず寝なくては、と思いながらベッドに潜りこんだものの、なかなか寝付けなかった。

 結局二時間ほどで飛び起き、オーパーツ監理局の始業と同時にミツルに連絡を取った。


 局長に言われた「ひょろ長い男を突き止める」という指令はまだこなせてはいない。しかし、あの施設を放っておく訳にはいかないんじゃないか。


 そう言うと、ミツルから

『本日は監理局に出勤し、そのまま待機していてください』

という返事が返ってきた。


「え?」

『リルガの方でも動きがありました。彼も来るはずですので、直接ラキ局長に報告してもらいます』


 ミツルの声が、心なしか緊迫しているように感じる。

 詳しいことは資料を送っておくので、と言われたので、すぐさま家を出た。ものの十分もしないうちに監理局に着く。


 オーパーツ監理局の三階が警備課フロアになっていて、南北に走る通路とそこから枝分かれした通路により四つのエリアに分かれている。南東が会議室、他の三つがすべて警備課の局員の席。北東と南西のエリアには事務机を十個ぐらいくっつけた島が三列ほどできているが、全員が揃っていることはまずない。それぞれ担当の場所に散っていることが多いからだ。


 そして今日も、このフロアに出勤しているのは七名ほどだった。北東と南西、二つのエリアにポツンポツンと三、四人ずつ散っている。

 軽く会釈をしながら西エレベータ近くの一番狭いエリアに行く。今日は誰もいなかった。

 俺の座席があるのはこのエリアの一番奥。いくつかの島や、さらに机の上に置かれている棚のせいで通路からは殆ど見えない。

 いるのかいないのかわからない、こういう場所の方が特捜任務に出かけるときには都合がいいし、性格的にも何だか落ち着く。

 

 ふう、と一つ息をついてからパソコンを起動させ、メールボックスを開いた。

 ミツルからのメールは、一昨日までのグラハムさんの報告書と、ミツルが書いたと思われる文書だった。

 ミツルの文書は作成日が昨日の日付になっているから、さっき言っていた『グラハムさん側の動き』に関することに違いない。

 とりあえず時系列に沿って読んでみるか、とまずはグラハムさんの報告書を開く。


 それによると、目を付けていた少年グループがたまり場から姿を消してしまった、ということだった。

 光学研に出入りしていたメイと、少年グループのリーダーであるアスタ――この二人を手掛かりに捜査を進めるつもりだったのに、当てが外れてしまったのだ。

 グラハムさんの報告書にはそれから一週間、休日も挟んで実際に捜索した足取りが書かれていたが、その最後はすべて「目撃情報なし」で結ばれていた。


 メイが襲われたことからも、彼らは命を狙われている可能性がある。グラハムさんのことだから、単に『重要な手がかりを失った』という落胆ではなく本気で彼らの身を案じているに違いない。淡々とした文章からは、その裏の無念さや焦りが感じられる。


 そうして昨日ついに見つけたんだろうか、と思いながら、次にミツルの文書を開いた。


 それによると、アスタと会ってたまり場に案内してもらったところでメイたちのグループが襲われている現場に遭遇した、とある。

 襲ったのは、あのナックルダスターの〈クリスタレス〉を所持していたワットという少年。単なる仲間割れなどではなく、彼女たちを始末しに来たらしい。大人の男を四人も引き連れて、オーパーツで完全武装した状態で。


 ……となると、そんな行動を単なる金持ちの家出少年が独断でできるとは思えない。背後には確実に黒幕がいて、粋がるワットを操り、汚れ仕事をさせているのだろう。自分たちには捜査の手が及ばないように。


 どうもこのやり口は、俺が戦ったあのひょろ長い男とは一線を画する。あの男はすべて自分の手で行っていた。たった独りで、黙々と。

 時間操作の〈クリスタレス〉のこともあるし、無関係とは思えないが……。

 だとすると、やはり命令系統がいくつか分かれている、それなりの規模を持つ組織、ということになるか。


 自分が遭遇してきた場面とミツルの文面から分かったことを照らし合わせながら、さらに読み進める。

 残念ながらワットには逃げられたが、リーダー格のアスタと倒れて病院に運び込まれたメイはオーパーツ監理局で保護、とある。現在はイーネスさん達が住むマンションにいるようだ。


 〈クリスタレス〉についてはまだ極秘案件で、オーパーツ監理局の他の捜査官には知らされていない。監理局内で身柄を預かる訳にもいかず、イーネスさん達が匿うことになったんだろうか。

 あのマンションなら監理局にも近く、セキュリティは万全で、まず襲われることはない。グラハムさんもほぼ毎日顔を出していると言うし。


 こちらの情報と合わせると、やはりオーラス傘下の企業が絡んでいるのは間違いないと思う。……が、現状では残念ながら、ただの憶測に過ぎない。

 サルブレア製鋼の件といい、ギリギリのところでオーラス財団に繋がる糸が断ち切られている。紙一重でするりするりと躱されているようで、何とも言えない気味悪さを感じる。

 それに、あの壁から生えた腕……。


 昨晩の光景が脳裏に蘇り、背筋がゾッと寒くなるのを感じた。

 まともな捜査方法ではすべてが手遅れになってしまう気がする。やはり今日、サルブレア製鋼への潜入許可をラキ局長から貰おう。

 もしグラハムさんが保護した少年たちと繋がりがあるとしたら、オーパーツ監理局に保護されたことは知っているはず。ひょっとしたら早々に証拠隠滅を図るかもしれない。



   * * *



 二時間後ミツルから連絡があり、俺はすぐに局長室に行った。

 ラキ局長は少し遅れるということでそのまま入り口近くで立っていると、間もなくコンコンというノックの音と共にグラハムさんが現れた。


「お、リュウくんだ。久しぶり~」

「えっと……たった二週間です。さほどの時間でもないと思いますが」


 寝不足なのか少し疲れた様子ではあるけれど、比較的ゴキゲンなようだ。

 少年達からいい情報が得られたんだろうか。


「それで、グラハムさんはどうして局長室に?」

「昨日のどたばたと、今日見つけた面白いことのご報告。リュウも?」

「僕も、昨日の捜査でお伺いしたいことがあって来ました」


 正当な手順を踏むならサルブレア製鋼のウラを取るべきなんだろうが、できれば潜入許可が欲しい。

 とりあえず報告をした上でどうやって切り出すか……。


 考え込みかけたが、ふと視線を感じて顔を上げる。

 グラハムさんがなぜかじっと俺の顔を見つめていた。


「……なんですか?」

「いや、怪我してないみたいだな、と思ってさ。良かった良かった」

「大袈裟な」


 呆れたようにミツルが頭を振っている。

 危険任務は当たり前、という特捜の俺のことすらこうやって心配するのだから、少年たちの件ではさぞかし気を揉んでいたのかな、と思う。

 しかし俺は、そんな普通の少年達とは立場も経験も違うのだが。


「僕もそうしょっちゅうヘマはしませんよ」

「お前さん方が、特に止められるはずのミツルくんがそんなんだから、余計心配になるんだけどねぇ?」


 グラハムさんはそう言ってミツルに意味ありげな視線を投げかけていた。

 今回の案件で特捜のことを知ってその実態に驚くことが多かったのか、グラハムさんは妙に心配性になったような気がする。

 実地訓練でコンビを組んでいたときよりは、俺も成長したつもりなんだが。やっぱり、前に顔に傷を負ってしまったのがマズかったのかもしれない。


 目に見えるところは守るようにするか、と我ながら謎の決意をしたところで、ラキ局長が現れた。

 グラハムさんと言葉を交わしながら俺たちの横を颯爽と通り過ぎ、一番奥にある局長机へ。その大きな黒い椅子に腰掛け、

「さて」

と言葉を発しながら両手を組み、机の上に乗せる。


「手短に、これまでの報告を聴かせてもらおうか。まずは……そうだな。〈クリスタレス〉の出所について話してもらおう。私もリュウライも報告書は目を通しているが、状況整理のためにもはじめから経緯を話してくれ」


 ラキ局長の灰色の瞳がグラハムさんに向けられる。グラハムさんは「おっ」というような顔をしたあと、姿勢を正して流暢に話し始めた。


「まず最初に、オーラス光学研究所ですが、まだこちらはなんとも言えません。所長さんはなんか知っている風で怪しいとは思うのですが、確証が足りない。調べるにも取っ掛かりがなかったんで、今は保留にしてました」

()()()()?」

「それについては、後程」


 引っ掛かりのある表現を聞き咎めたラキ局長を、グラハムさんが右手で制止する。

 監理局内ではラキ局長を恐れている人間も多いが、グラハムさんって本当に物怖じしないな、とちょっと感心する。


「光学研がそんな感じだったんで、子どもたちから探りを入れてみました。そしたら、ビンゴ。ワット少年の他、四人がオーパーツを所持していましたよ。うち、三つが〈クリスタレス〉。

 リーダーのアスタによると、このオーパーツを提供したのは、ゴンサロ・カミロという男です。住まいはディタ区。勤務先はオーラス精密」


 ここでもオーラス、か。

 心臓が嫌な音を立てた。局長も思うところがあるのか、ぐっと眼光が鋭くなった。


「カミロはアスタたちにオーパーツを使わせ、定期的に彼らの健康状態を調べさせました。それを請け負っていたのが、オーラス光学研究所です。前にリュウライ経由で報告したモニターのバイトがそれでした。奴の狙いは、〈クリスタレス〉使用による人体への影響を見ていたものと推測されます」

「人体への影響、だと?」


 ラキ局長が眉間に皺を寄せ、思わず口を挟む。

 声こそ出さなかったが、俺も内心驚いた。グラハムさんの方を見つめる。


 〈クリスタレス〉はほんの二週間ほど前にその存在が判明したばかり。

 従来の〈スタンダード〉とはどう違うのか、どういう仕組みになっているのかといった機能面の研究をしていると推測していたのに。

 まさか使用している『人間』の方に何かがあるとは思ってもみなかった。


 しかしよく考えれば、貴重な〈クリスタレス〉をわざわざ子供たちに与えた、という点がおかしいのか。

 研究なら自分たちで秘密裏に行えばいいことで……つまり『自分たちで使う訳にはいかなかった理由がある』ということだろうか?


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こちらが本編です。是非こちらから読んでいただきたい!
 森陰五十鈴様作:
『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~SideG:触れたい未知と狂った運命~

こちらで共同制作の創作裏話をしています。よろしければ合わせてどうぞ。
 『田舎の民宿「加瀬優妃亭」へようこそ!』
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