第15日/第16日 ヴォルフスブルクの施設
バルト区、ヴォルフスブルク。オーラスがVGの採掘事業に乗り出した際、最初に手掛けた地域。
当時はまだダーニッシュ交通による道路の整備もあまり進んでいなかったため、こうした工場はVGの発掘現場のすぐ近くであるシャル火山のふもとに作られた。
その後、鉄道の開通と共に人々は去り、この地は取り残された。
ヴォルフスブルクは、そうしたシャルトルト創成期の面影を残す場所。
都市開発の際、鉄道に近いアーキン区の中央部、および大陸間鉄道や海輸に便利な海側のエリアに大規模な工場地帯が建設されていったため、ここに残っているのは中小工場のみだ。
とは言え、繊細な加工などは大規模工場などでは難しい。昔ながらの職人などは、あえてこのヴォルフスブルクに留まり続けている、とも聞く。
ヴォルフスブルクの北東にある、すでに稼働していない鉱石精製工場。あらかじめ目を付けていた高い煙突が、曇天に突き出している。
捜査をするにあたって、何の準備もなくこの地に来ても仕方がない。
目的の場所は今どうなっているか、近くに潜伏先はあるか、そのために何が必要かなどを考えるために、休日を利用して下見に来ておいたのだ。
該当の施設からはやや離れている無人の工場。誰にも気づかれないように、するりと忍び込む。
作業員もいないのだから、中に入ってしまえば余裕だ。
煙突の外には梯子が付けられていたが、そんなところから登ると目立って仕方がない。少なくなったとはいえ、人が全くいない訳ではないのだ。
煙突の中を登っていくのが安全だろう、と備品管理課からハーケンやロープ、ライト等を持ち出した。
「……リュウライくん、ロッククライミングでもするの?」
例によって、仕事はできるが無駄話も多い窓口のお姉さんに訝し気な顔をされた。俺が管理庫から持ち出した道具を見て首を捻っている。
「オーパーツ研究所がシャル山の岩肌に開いた穴を発見したそうで、危険はないか警備課が先に調査することになっています」
「あらぁ、大変ねぇ。それで身軽そうなリュウライくんに白羽の矢が立ったのね」
「はい」
「気をつけてねー」
持ち出し許可の手続きを終えると、お姉さんはひらひらと手を振った。
任務のことなどは何も知らないだろうが、笑顔で見送られると何となく励まされるというか、頑張ろうという気にはなる。
そんなどうでもいいことを思い出しながら、煙突の壁の隙間にハーケンを刺し、ロープを繋ぎながらジリジリと登っていく。
一番上まで到達し、そっと顔を出した。地上からは20メートルほどの高さ。あたりの工場ではせわしなく働いている人影も見えるが、およそ煙突の上など気にも留めていないようだ。
これなら大丈夫そうだと外に這い出た。役所分署で見つけた設計図の場所を、双眼鏡で観察する。
サルウィア鉄鋼に下げ渡された二つの工場、そしてキリブレア精工に下げ渡された研究室と実験施設。
設計図と見比べても、ほぼ当時の建物をそのまま利用しているようだ。
ただ、敷地を隔てていた塀などはすべて取り払われていた。そして工場と研究室、実験施設はすべて繋がっており、大きな正方形になっている。
東側半分がサルウィン鉄鋼の敷地、西側半分がキリブレア精工の敷地。
東側が工場区画で北と南、二つの正方形の建物が並んでいる。南側は体育館ぐらいの高い天井となっている平屋構造で、北側は二階建てになっていた。
北側二階部分から北西の研究棟にすりガラスの窓が並ぶ連絡通路がついていて、研究棟と南西の実験施設の間にも同じ連絡通路が……ただし一階につけられている。
工場区画の北と南はこれらの連絡通路とは違い、開放性の高い渡り廊下で繋げられていた。
外を巡回している警備員は四人。正方形を四等分したそれぞれの区画に一人ずついる感じで、一定時間ごとに時計回りに巡回している。建物と建物の間を移動しているときに隙があるといえばあるが、かなり厳しいな……。
一名は正門のところにずっと立っている。こちらは全く動く気配はない。まさか一日中立っているのが仕事なのだろうか。
それにしても、サルウィア鉄鋼とキリブレア精工という異なる会社に下げ渡したはずが、一つの大きな施設になっている。表向きどういう会社になっているんだろう。
近づいて調べてみたいが、想像より厳重な警備だ。この辺りはそう人通りも多くないし、正門付近をうろうろしていたらすぐに怪しまれてしまう。向こうに気づかれてしまってはマズい。
焦らずに、じっくりといくか。
まずはここの警備体制と、人の出入りを把握しよう。
――それが、一日目の感想だった。
* * *
ヴォルフスブルクの施設の偵察、二日目。
正門に立っている警備員は午前・午後・夜の三部体制で、誰もいなくなる時間が全くない。
確かに真夜中になっても研究棟から光が漏れることがあった。どうやら一日中この場所にいる人間がいるようだが。
それだけ根を詰めるほどの研究がここではなされている、と。そういうことになるか。
出入りしている人間はそれなりにいる。時間帯によってバラバラだが、正門の警備員に会釈をして入っていき、また軽く挨拶をして出ていく。
双眼鏡で一人一人の顔を確認したが、少なくとも過去にオーパーツ犯罪で捕まった人間ではなかった。恰好や姿勢、歩き方からいって裏の世界で生きている人間でもなさそうだし、この施設で働いている研究者達ではないか、と思う。
これまでに二回闘った、あのひょろ長い男。
もしここがオーパーツの研究施設なら、あの男が出入りする可能性は高いと思っていたのだが、まったく姿を見かけない。
あれらの事件とここは無関係なのだろうか。
そして、アロン・デルージョの姿も見かけなかった。出入りしているのはせいぜい五十代ぐらいまでの人間で、老人はいない。
どうやら研究棟が空になることはないようなので、ずっと籠っているのかもしれないが……。
人の動きが見えるのは西側の研究棟と実験施設だけ。東側の工場区画は、今は使われていないようだった。
研究棟、実験施設とは連絡橋で繋がっているが、ここを通っている人間が全くいない。明かりが灯されることもないし、すでに役目を終えているのかもしれない。
しかし十四年前にわざわざ大陸の企業に下げ渡しをし、一見オーラス社とは無関係に見えるように仕組んでまで造ったこの施設。
オーパーツが発見されたのは十五年前。「オーパーツは全て国の管理下に置くべし」という判断のもと〈未知技術取扱基本法〉が制定され、オーパーツ研究所が作られたのは十四年前。
これを不満に思い、秘密裏にオーパーツを研究、利用するためにこの施設を用意した……と考えると、辻褄は合う。
仮にここがオーパーツ関連の施設だったとしたら、実用化するための部品などを作っていた筈だが……。
しかしこんな大規模な工場で生産するほどオーパーツ技術はまだ確立されてはいない。大量生産が可能になったのなら、もっと目立つ動きになっているはず。
……となると、やはり『サルウィア鉄鋼』は会社としての体裁を整えるだけのものだったのか。
そう言えば、アロン・デルージョの隣の家のおばさんが、
「オーラス鉱業の工場で募集をしていた」
「場所はわからない」
「誰一人帰ってこない」
と言っていたか。
研究者らしき人間が通っているところを見ると、ここがその工場ではないということは確かだ。つまり、こことは別に何らかの工場施設がある……?
ということは、やはりハズレなのだろうか。
* * *
『いえ、限りなくアタリに近いでしょう』
偵察二日目の夜。俺の報告を聞いたミツルがずばりと言い切った。
「そうかな」
『その女性は「特に最近は」と、言っていたのでは?』
「……そうだね」
休日前に出した俺の報告書を、ミツルは一字一句逃さず読んでいたらしい。
そう言えばそうだ。つまり、ずっとここは稼働していたけれど、最近になって新しい秘密工場ができて、そっちに人員も物も移動している。
だから残されたこの場所はあまり人がいないが、秘密の研究自体は続けられている。
そうとも考えられるのか。
『研究棟にはつねに人がいる、ということでしたが、具体的な場所はわかりますか?』
「わからない。一階、二階、三階でたまに光が漏れる程度だから……」
恐らく窓が潰されているんだと思う、と答えると、ミツルは
『恐らく?』
と聞き返してきた。
「まだ施設には一切近づいてないんだ。双眼鏡で覗いただけ。……でももう、限界かな」
研究所に出入りする人間、物、警備状況など、外から探れることはだいたいこの二日間で把握できた。
これ以上の情報……となると、やはり施設自体を調べるしかないだろう。
『では、一度報告に戻ってきますか?』
「いや、明日一日だけ待ってほしい。明後日には戻るよ」
限りなく怪しいが、まだ何の確証も得られてはいない。
このままでは手ぶらも同然だ。O監に報告に戻ることはできない。
明日の夜、敷地内に入ってみよう。さすがに建物の中は厳しいが、せっかくイーネスさん達にレーダーを作ってもらったんだ。オーパーツレーダーの反応があるかどうかぐらいは確かめたい。
それは、遠くの煙突から偵察しているだけではわからない。
しかし、潜入捜査は本来ラキ局長の許可が必要になる。相手の懐にまで入り込むわけじゃないから、グレーゾ-ンではあるが。
ここは黙っておくか……。
「報告は明後日の朝一番に。それでいい?」
『了解です。それでは、今日はこれで』
俺の思惑には気づかなかったらしく、ミツルはいつものように淡々と返事をし、プツリと通信を切った。
ホッと息をつく。
さて、と。じっとしているのはもうおしまいだ。
明日は久しぶりに、身体を使うか。本来俺の仕事というのは、陰でひっそりと動き、正攻法では得られない証拠を掴むことなのだから。




