第6日 足取りを追って
「あ、お疲れ様です、リュウライさん!」
グラハムさん達に内密の話をした、翌日。
恐らく俺よりも二、三歳年上と思われる警備官の制服を着た男が、俺の姿を見つけてピシッと敬礼をした。
オーパーツ監理局は入局年齢に幅があるが、先輩・後輩はあくまで入局年次で決まる。よって俺の場合、年上の後輩が非常に多い。
警備課の任務には、発掘現場の警備、要人の警護の他、違法発掘現場の警備もある。俺は今回、『各違法発掘現場の警備状況を調査する』という名目で、この現場にやってきた。
ここは俺が初めてあのひょろ長い男と交戦し、そして生き埋めにされた場所。
見上げると、一段高い斜面に開いていた穴からは大量の土砂が溢れている。
俺を救出したあとにさらに崩れて入り口が埋まってしまった、という話は聞いていた。奥まで長い通路が続いていたはずだが、もうこれでは侵入できないだろう。
それでも、一度違法発掘として挙げられた現場は監視し続けなければならない。それは主に、警備課に配属になった新人の仕事である。
「お疲れ様です。あれから一週間以上経ちましたが、状況はどうですか?」
「現場の土砂崩れは止まったようで、特に振動などは感じられません。ですが時折小石が落ちてきたりするので、防護ネットなどの何らかの対策は必要になると思われます」
「不審者は」
「見ていません。オーパーツの反応もありません」
監理局から支給されている最も簡易的な造りの小型レーダーを俺に見せる。縦五センチ横八センチの四角い手の平サイズで、オーパーツの波動を感知するとランプが点く仕組みになっている。
新人の警備官には、まだオーパーツは支給されない。もしこのレーダーが反応するようなら、それはオーパーツ監理局の人間か、不正にオーパーツを所持している人間ということになる。
「……あれ? リュウライさんは、オーパーツを装備していないんですね」
見張りの警備官が不思議そうに首を傾げた。
一般の警察ではなくオーパーツ監理局を目指す人間というと、オーパーツを扱えることに憧れる人間も多い。
この青年もそういったタイプの人間なのだろう。せっかく支給されているものをなぜ使わないのだろう、と疑問に思ったに違いない。
しかしそれは、監理局の人間としてはあまり褒められた思考ではなく、それを声に出してしまうというのは言語道断だ。
「今は整備中です。――それに」
俺が少し睨むようにして警備官を見ると、警備官はビクリと肩を揺らし、やや慌てたように姿勢を正した。
「オーパーツが無くとも対応できるようにならなくては、警備官としては半人前どころか十分の一人前ですよ。オーパーツが使えない現場もありますから」
「え……」
「なお、あなたのその発言で僕が丸腰だと周囲に知らしめたことになりますね」
「あっ!」
「不用意な発言は身の危険を招きます。肝に銘じておくように」
「は、はいっ!」
そのまま後ろに倒れるんじゃ、ぐらいの勢いで警備官は背筋をピンと伸ばすと、ビシッと右手で敬礼をした。
そこまでビビらなくてもいいんだが、と思いながらもう一度辺りを見回す。
何か手掛かりはないかと思ったが、やはり無理だったか。何の痕跡も残っていないようだ。
その後、他の警備官にも話を聞いたが、有力な情報は得られなかった。
分かったのは『あれ以来この現場にあの男は一切立ち寄っていない』ということだけだ。
* * *
「目撃者は現れていないですね……」
俺の前で渋い顔をしながらそう答えるのは、バルト署捜査課のエリック・スペンサー警官。糊の利いた服を着た痩せぎすの中年男性で、神経質そうに何度も眼鏡のブリッジを押し上げている。
彼に会うのは二度目だ。一度目は俺が検査入院しているときに事情聴取のため現れた。
そのときに爆発の経緯などと共にひょろ長い男の人相を伝えたのだが。
「走っている列車から飛び降りた、ということですが、リュウライさんが言われたタイミングだとちょうど下に道路が交差している地点なんですね。近くには建造物もなく、あまり交通量も多くありません」
「車か何かを待機させて逃走した、と?」
「我々はそう睨んでいます。計画的な犯行ですから」
そう言うと、スペンサー警官は自信あり気な顔で深く頷いた。
「今のところ、ダーニッシュ鉄道またはオーラス鉱業への嫌がらせ目的、という線で捜査しています」
「嫌がらせ?」
「事前に客を遠ざけていたことと爆弾の規模から考えて、死者が出ない程度の損害を画策していたと考えられます。目的は、列車を止めることかと」
まぁ、普通に考えればそうなるか。
――あの男があの異常なオーパーツさえ使わなければ、俺もそう思っただろう。
「ただ、オーラス社は不幸中の幸いでしたね。被害は殆どありませんでしたから」
「え?」
思わず大声で聞き返す。
あの列車は、確かオーラス鉱業のマークを付けたコンテナを付けていたはずだ。列車が横倒しになったのだから、中の荷も傷物になってしまっただろう。
……でもそう言えば、作業員の姿は見かけなかったような……。
「ベリアム駅で荷を下ろして引き返したところだったらしく、中身は空でした」
俺の疑問に答えるように、スペンサー警官が補足する。
俺は
「……なるほど」
と一応は頷いたものの、ふと引っ掛かりを感じた。
それは、空になる時間帯を選んだのか、それとも列車事故を知っていたから空にしたのか。
グラハムさんの情報から考えると、オーラス財団のいずれかの組織がこの事故に関わっているとみて間違いない。
前者だとしたら、余計な損害を出さないために、あえてその列車を選んだのだろう。どの荷をどの時間帯に運ぶかぐらいは、同じオーラス財団の傘下の企業ならどれだけでも調べられる。
後者だとしたら、列車事故を起こすのはあの列車でなければならなかった、ということになる。
いずれにしても、列車事故はオーラス財団のいずれかの組織が仕組んだこと、で間違いないな。
……とすると、あのひょろ長い男もそのうちのどこかに潜伏しているはずだが。
だとしても、この列車事故の目的は何だったんだろう。まさか本当にダーニッシュ鉄道への嫌がらせ、という訳じゃないだろう。あの男が出てきた以上、絶対にオーパーツが絡んでいるはず。
まさか、アルフレッドさんじゃないだろうな。オーパーツ監理局への招聘を阻止するため、とか……。
だとすると、敵はアルフレッドさんがオーパーツ研究所の前所長だと知っていることになる。そのうえで、以前からマークしていたことに……。
「あの、リュウライさん?」
考え込んでしまった俺を見て、スペンサー警官が訝し気な顔をする。
「あ、すみません」
「何か気になる事でも?」
「……オーラス鉱業の荷物のことです。コンテナを空のまま動かすというのはよくあることなのかと思いまして」
「それは、調べてはいませんが……」
スペンサー警官がますます不思議そうな顔をする。
「この事故に関係あるんでしょうか?」
「いえ、それは……ただ疑問に思っただけなので」
「そうですか。ただ、オーラス鉱業に問い合わせるとなると……」
そう言うと、スペンサー警官は言葉を濁してしまった。
オーラス財団はこのシャルトルトの産業の大半を担っている巨大企業、オーラス鉱業はその中でも中枢を担っている部門。そしてオーラスはこのシャルトルトの王様だ。
何の嫌疑もないのに警察の捜査の手を入れるというのは難しいのだろう。
それに、こっちがオーラス鉱業に目をつけているのがバレても困る。
「いえ、問い合わせなくても大丈夫です。すみません、スペンサーさん。おかしなことを言いました」
そろそろ切り上げよう、と席を立ち、頭を下げる。スペンサー警官が「ああ」と慌てたように立ち上がった。
「いえ、とんでもない。何か分かったらお知らせします。また、当時の状況でもう一度確認したいことなど出てくるかもしれませんので、その場合には……」
「オーパーツ監理局の方へ通していただければ、可能な限り時間は作ります」
「よろしくお願いいたします」
この列車事故における俺の立場は、あくまで『犯人の目撃者』であり、捜査官ではない。
その立場に徹し、スペンサー警官の職務に介入するようなことは言わない方がいいだろう。
俺はスペンサー警官にお辞儀をすると、バルト署を出た。
あの男はいったいどこへ行ったのか……。こうしている間にも奴らは着々と計画を進めているに違いない。こちらは奴らの影すら踏めないというのに。
漠然とした不安と焦りを感じ、思わず長い吐息が漏れた。




