第5日-6 瞬間移動 ★
――僕が敵と戦った時に、実際に使用されたからです。
「え……」
「……えっ」
「はっ?」
俺が告げたときの三人の第一声は、こんな感じだった。目だけではなく口も大きく開け、ぽかーんとしている。
一番早く回復したグラハムさんが、
「敵って……は? どういうことだ」
とますます渋い顔をして俺に問いかけた。
「生き埋めになったときのことです。警備課の初動捜査前に単独で場所を突き止め、潜入していました」
「それも特捜の任務ってやつか?」
「はい」
そう言えば、あれは内偵も兼ねた調査だったんだよな。グラハムさん達にどこまで言っていいんだろう。
でも、実際には流出も裏切りもなかった訳だし、何が捜査のヒントになるか分からない。知っていることは全て話しておいた方がいい。
「違法発掘の裏で監理局からのレーダーの流出が疑われていたため、正規の出動命令が出る前に調べていたんです」
「レーダーの流出?」
オーパーツレーダーと言えば技術部の仕事だ。オーパーツ技師のアーシュラさんがピクッと反応し、眉をひそめる。
いつも朗らかなアーシュラさんといえども、さすがに冷静ではいられないらしい。
「遺跡に到達するまでのオープライトなども残さず発掘されていたので、これは何か感知するものを持っていないと無理だろう、という話になりました。まさか外部の組織にレーダーを製造する知識と資金力があるとは思わなかったので、真っ先に内部からの流出が疑われたんですね」
「どうだったの?」
「流出の事実はありませんでした。ただ、敵がレーダーを持っているのは確かだと思います」
「どうして?」
俺は服の袖をまくると、左手の《クレストフィスト》を見せた。
O監では、勤務時間外のオーパーツの使用は勿論、所持も禁止している。帰宅する際にはO監のロッカーに厳重にしまうことが義務付けられているのだ。
しかし今回は特別。ひょろ長い男と二回も顔を合わせているし、いつ何が起こっても対応できるようにと許可を貰ったのだ。
逆に言えば二十四時間勤務中ともいえる訳だが……そう考えると眩暈がするのでこれ以上はやめておこう。
「潜入時、あらゆる電子機器はオフにし、何の痕跡も残さず侵入しました。身につけていたのは、この《クレストフィスト》だけ。……ですが、敵は僕が中にいることを察し、僕が誰かを確認することもなくいきなり攻撃してきた」
「……」
「オーパーツが反応したことで、敵は僕がO監の人間だと、そう判断したんだと思うんです」
「う……ん……」
「……それって、裏を返せばレーダーを製造する知識と設備と資金力がある組織が背後にいるということになるわよね?」
何か気になることでもあるのか、アーシュラさんは曖昧な相槌を打つのみ。代わってキアーラさんが、俺が考えていたことと同じことを言ってくれた。
やはりこの案件の裏には何か根深いものがあるかもしれず……決して考え過ぎではなかったのだと少しホッとする。
「はい。実は僕も、それを疑っていました」
「マジか」
グラハムさんは一瞬だけボヤいたが、すぐに身を乗り出し
「その、敵って奴? どんな奴だったの?」
と噛みつかんばかりの勢いで尋ねてきた。
「ひょろ長いナイフ使いの男です。生き埋めになったのは、その男に衝撃のオーパーツを使われ、トンネル内部が崩れたからですね。公にはしていませんが」
「その男の身元は?」
「監理局のデータベースでは見つけられませんでしたね。警察署でも空振りでしたし……完全に裏の人間だと思います」
監理局のデータベースは過去の違法発掘に関わった人間はすべて登録されている。証拠不十分で検挙されなかった場合も、関係が疑われる組織の人員は、すべて。
念のため警察署で管理されている住民データも閲覧させてもらったが、該当する人物は見つけられなかった。
つまりあのひょろ長い男は、このシャルトルトに存在しない人間――要するに、最初から裏の世界で生きている人間ということになるのだ。
グラハムさんは「はああ」と大きな溜息をつくと、腕を組んで椅子の背もたれにドスンと寄りかかった。天井を見上げる。
だいぶんお疲れみたいだ。きっと今日も、あちこち聞き込みに行っていたに違いない。
申し訳ない気もするが、もう少し話を聞いてもらわなければ。
「それから、ここ数日はオーパーツ研究所の前所長、アルフレッド・ワグナー氏の護衛任務に就いていたのですが……列車での護送中に、例の男にまた会って」
「まさか、あの脱線事故って……」
「ああ、それです。奴に爆弾を仕掛けられたんです」
「爆弾……」
奴が自分の安全のためにシールドを持っていてくれて、本当に助かった。咄嗟にアレが使えなければ被害はもう少し大きくなっただろうし、俺もただでは済まなかっただろう。
不幸中の幸い、といったところか。
「それで、そのとき瞬間移動を使われて、逃げられたんですよ」
「瞬間移動~?」
「そう見えた、ということね。であれば、何らかの時間操作のオーパーツの可能性があるわけね」
何だそりゃ、というような顔をするグラハムさんに、キアーラさんが的確に補足してくれた。しかしまだ納得がいかないのか、グラハムさんは
「おいおい、時間を操るって」
とツッコミを入れている。
確かに、アロン・デルージョやマーティアス・ロッシの話を直接聞いていなければ、遥か彼方の夢物語としか思えないに違いない。
「だいぶ話が逸れてしまったけれど、RT理論の話をしたのって、そういうことでしょ? 実用段階にあるって言ってたし」
キアーラさんは半ば呆れたような口調でそう言うと、時間を操るオーパーツの仕組みについて説明し始めた。
俺もアルフレッドさんの話からだいたいは理解したつもりでいたが、あまり自信がなかったのでキアーラさんの説明をきちんと聞くことにした。
それによると、RT理論においては『時間操作のオーパーツは使用者の時間には影響を与えない』とされているらしい。
つまり、『使用者の時間には影響を与えない』=『使用者の時間はその場で流れている』ということ。しかしその作用が影響を及ぼしている空間では時間は止まっている。
結果として、使用者の空間の外にいる人間にはその流れが認識できない。つまり、使用者の動きが全く見えないということになる。
キアーラさんはこのことをストップウォッチを例に出して説明した。
使用者がラップボタンを押すと、時間表示は止まる。使用者は表示が止まっている間も動けるが、ボタンを押されたことを知らない人間はストップウォッチに表示される時間に支配されているため動けない。
ボタンが解除され、再び正しい時間を表示し始めたときに初めて、数秒飛んでいることに気づく。
止まっているのは時間ではなく自分――まさか、そんなからくりだったとは。
実際に使われたときは戦っている最中で、当然時計を睨んでいる暇なんて無いから気づかなかった。時間がスキップしているだなんて。
グラハムさんが「はあああ」と肺が空になりそうなほど大きく息をついた。ガッシガッシと乱暴に頭を掻いている。
「そんなことができたら強盗でも殺人でも何でもアリになっちまうぞ。なんつー恐ろしい……」
「いえ、敵の移動はせいぜい三メートルぐらいだったので、ほんの数秒だと思います」
ひょろ長い男が目の前から姿を消したときのことを思い返す。
六両目に続く通路から左手に並ぶ座席を飛び越え、窓が割れた乗降ドアまで移動。手足の長いあの男の動きから察するに、せいぜい二、三秒といったところか。
からくりさえ分かってしまえば何らかの対抗策も……と思いそう答えたものの、グラハムさんは
「ほんの数秒でも命取りだっつの」
と、ひどく憮然とした様子で呟いた。
敵は三秒、現実の時間から解放され自由に動くことができる。自分を縛るものは何もなく、障害となるものを潰すことすら可能。
解放されるのは行動だけではない。道徳や倫理といった〝人が守るべきとされるもの〟も、じゃないだろうか……。
「防ぐ手立てはないのか?」
同じことを考えたのか、グラハムさんが険しい表情のままキアーラさんに問いかける。
それに対し、キアーラさんは
「さあ」
とだけ答えた。続けて
「それは調べないと……それより」
と、アーシュラさんの方へと振り返る。
俯いてずっと黙ったままだった彼女の様子の方が、よっぽど気になるらしい。
「アーシュラ。レーダーの話が引っ掛かってるんでしょう?」
「……ええ」
アーシュラさんはゆっくりと頷くとようやく顔をあげた。ひどく浮かない顔だ。
「リュウライくん、繰り返すけど、レーダーでリュウライくんのオーパーツが察知されたのよね」
「推測ですが」
「でも、O研からも、O監からもレーダーが紛失されてはいなかった」
「それはラキ局長が内偵を進めた結果『なかった』と断言されたので、間違いありません」
「何だよ、何を気にしてるんだ?」
アーシュラさんの様子がいつもと違うことが心配なのか、グラハムさんが口を挟む。
「貴方たちが使っているような政府支給のオーパーツと、発掘されたばかりの出土オーパーツではね、レーダーで検出される波形が違うの」
O監の捜査官や警備官に支給されるオーパーツは、技術部によって必ず調整がなされている。イーネスさん達によれば、その結果、波形・周波数・振幅にも必ず変化があるらしい。
しかし現在O研で使用されているオーパーツレーダーでは、遺跡に眠る『出土オーパーツ』と、O監局員に支給されている『調整オーパーツ』の違いまでは認識されない。なのに躊躇なく俺を襲ったということは、俺の《クレストフィスト》を『調整オーパーツ』だと正確に認識したということだ。
何しろ場所はトロエフ遺跡に繋がる洞窟。まだ眠っているオーパーツが反応する可能性だって十分にあったのだから。
そして、この『調整オーパーツ』を検出するには、より検出領域が広範囲で、かつ高感度なレーダーが必要だということ。
敵はそれだけの技術があり、またレーダーを開発できる資金も持っている、ということになる。
つまり――これは何年もかけて周到に準備された〈未知技術取扱基本法〉に反する計画。
非常に大掛かりな組織犯罪、と言えるのだった。




