第5日-4 内密の依頼 ★
オーパーツ監理局の終業時間、五分前。
そろそろ監理局に戻ってくるはずだ、とミツルに聞いてエントランスに下りてみると、グラハムさんがポケットに手を突っ込みながら歩いてくるのが窓ガラスの向こうに見えた。
待つ間、グラハムさんのここ三日ほどの報告書には目を通しておいた。
グラハムさんが街の少年から回収した『結晶なしのオーパーツ』のこと、およびその後の調査に関する内容だ。
そのオーパーツを持っていたのはワット・ネルソンという少年で、年齢は十六歳。スラム育ちではなく、もともとは高級住宅街エペ区在住。父親はシャルトルトの大企業重役で、いわゆる恵まれた環境で育っていると言える筈なのだが、素行が悪く何度も警察に捕まっていた。
数カ月前についに親に勘当され、バルト区のペッシェ街をウロついていたらしい。
バルト区は鉱山があるアーキン区とシャルトルト・セントラルの間にあり、いわゆる旧市街だ。
働き盛りの若い人間がシャルトルトへと移っていったことが原因で、急速に廃れ始めた。特に、北東部の『ペッシェ街』と南西部『レッヘン街』のスラム化が問題になっている。
『ペッシェ街』は工場区画に近い古い集合住宅が並ぶ地域で、空き家や閉鎖した工場、倉庫も多い。
よからぬことを考える人間たちが集まる格好の場所となっている訳だが、全員が全員そうではない。まだ稼働している工場はあるし、その場所でコツコツと働いてきちんと生計を立てている人間もいる訳で……どこにも留まれず彷徨う羽目になったということからも、ワットの素行の悪さを窺い知ることができる。
彼が持っていたオーパーツはナックルダスターの形状をしており、握り込むと気弾が発射する仕組み。
うっかり彼が口を滑らせたことで『ある人間に貰ったもの』ということは判明しているが、「誰に」「どこで」貰ったかについては黙秘している。
ワットは一時期、バルト区のペッシェ街を拠点とする『愚連隊』というチームに身を置いていた。
『愚連隊』は、親がいなかったり親に虐げられたりと行き場を失った子供たちが自然と集まり、できたグループだという。
しかし『愚連隊』とは言いつつも別に悪いことをしている訳ではなく、おつかいのような小さな仕事をこなしつつ細々と暮らしているらしい。
実際、素行不良であるワットは二か月前にこの『愚連隊』からも追い出されている。
『愚連隊』のリーダーは、アスタという十五歳の少年。グラハムさんの報告書によれば頭の回転が早く人望もあるようで、「犯罪には加わらない」というポリシーのもと、子供たちをしっかりとまとめあげているらしい。
ワットを『愚連隊』から追い出したのはこのアスタであり、それ以降は関わっていないようだが、報告書には「今回の事件に関係がある可能性は高い」と書かれていた。
アスタからは特に有力な情報が得られたわけではなさそうだが、捜査官として何か感じるものがあったのだろう。
今後はワットとアスタ、この二人の少年の背後を探っていく……というところなのだろうが、今日の聞き込み調査はあまり上手くはいかなかったらしい。
いつもより歩くスピードがのろいし、顔もやや俯き加減だ。
「あれっ? リュウ?」
セキュリティゲートを抜けて自動ドアの外へ。ピロティに出て近づいていくと、気配を感じたらしいグラハムさんが顔を上げ、俺の存在に気づいた。
次の瞬間には「あっ!」と叫び、凄い勢いでこちらに走ってくる。
何だ?と思っていると、そのまま両腕を伸ばしてガバッと俺の顔に向かって突き出してきたので、思わず掴んで後ろ手に捻り上げてしまった。
「わっ、イテ、イテテ……」
「だから何で出会い頭に攻撃を仕掛けてくるんです?」
うん、グラハムさんは一度、ちゃんと痛い目をみたほうがいい。
腕をキメたままそう聞くと、
「違う、攻撃じゃない! 違うからぁ!」
と涙目になっていた。
「顔! その頬の絆創膏、どうしたの!?」
「……ああ」
そう言えば、と思い出し、グラハムさんの腕を離して左手で自分の頬を触る。
任務の過酷さに比べればこんなのは怪我のうちにも入らない、とすっかり忘れていた。
「ちょっとガラスで切っただけです」
「リュウくんの可愛い顔に、傷がー!」
「フザけるのも大概にしてくださいね」
「わりと本心よ? それより、どうした? 俺に会いに来てくれたのか? やっだ、かっわいー……」
「そうです」
おふざけの台詞だとはわかっていたが、実際にその通りなのでしっかりと肯定する。そして俺より頭一つ高いグラハムさんを、まっすぐに見上げた。
「グラハムさんが担当している案件について、イーネスさん達も含めたお三方に重要な話があります。できましたら、イーネスさん達のお宅に伺わせて頂きたいのですが」
一語一語、力を込めて伝えると、グラハムさんの顔からいつものおどけたような表情がスッと消えた。
かなり深刻らしい、と咄嗟に気づいたようだ。グラハムさんはいつも軽快でテキトーな感じではあるが、状況判断はとても早い。
「わかったよ。二人を呼んでくる。ここで待ってろ」
とだけ言うと、足早に監理棟の中へと消えて行った。
* * *
イーネスさん宅のテーブルにつき、いい香りのするお茶をご馳走になる。
ゆっくりと喉を癒しながら、どこから説明するべきか考えた。
まずは七年前の爆発事故からだろうか。この事故自体はシャル島に住んでいる人間なら全員知っていることだし。
「前置きが少し長くなるんですが」
カップをテーブルに置くと、三人の視線が俺に集中する。
俺の方から話がある、ということは初めてのこと、しかもグラハムさんの案件がらみとあって、余程のことだというのは伝わっているらしい。
責任重大だ。アルフレッドさんから聞いた話を、ちゃんと伝えなくては。
「七年前に、トロエフ遺跡で爆発事故が起こったのをご存知ですか?」
俺の問いに、グラハムさんとイーネスさん達三人が顔を見合わせる。
やや顔を顰めたキアーラさんが、
「ちょうどその件について、調べていたの」
と三人を代表するかのように応えた。
少々、驚きだ。あれは公にはただの発掘現場の爆発事故。七年も前で、今は封鎖されているし……今回の案件と繋がりがあると知っていた訳ではないだろうに。研究者の勘だろうか。
「さすがキアーラさん。もうそこまで調べ上げていたんですか」
「いえ、その……まだそこまで明確には」
「記録には細かいことは書かれていなかったから、もしかしたら何かあるのかも、くらいにしか思っていなかったわ」
キアーラさんの言葉を引き継いで、アーシュラさんが簡潔に言う。
アルフレッドさんがすべてを封じたと言っていたのだから、その違和感に気づくだけでも大したものだと思う。
ラキ局長がイーネスさん達を重用しているのも、こういったところだろうか。
「もしかして、あの結晶なしのオーパーツに関係があるの?」
「はい。順を追ってお話しします」
七年前、新しい遺跡の入口が見つかったこと。
若き二人の研究員の立ち合いの元、発掘調査が行われていたこと。
あるとき爆発事故が起こり、一人の研究者だけが生き残ったこと。
事故原因は未知のオーパーツとされ、未だに原因不明とされていること。
しかしそれは、ただ一人の生き残りだった研究者が「何も覚えてない」と言い、公的記録には「発掘物なし」とされていたからだ、ということを説明した。
「実際にはそのときに結晶を必要としないオーパーツが発掘されていました。見つけたのは、マーティアス・ロッシという当時O研の特別研究員だった人物です。爆発事故のただ一人の生き残り、ですね」
「特別研究員?」
「かつて、O研では在学中の学生を引き抜いていたそうです。それが特別研究員。当時はマーティアス・ロッシの他、アヤ・クルトという女性が居たようですが」
俺の言葉に、グラハムさんが「ああ」というような顔をする。
「それで? そのマーティアスのO研在籍記録がほとんど消えていたのには、訳があるのか?」
急に核心に迫る質問がきて、少々面食らった。
そう言えば『記録には細かいことは何も書かれていなかった』とキアーラさんが言っていたか。マーティアス・ロッシに関する記録は一通り目を通したということだ。
「はい。その半年後に〈未知技術取扱基本法〉に抵触して逮捕されました。ロッシの痕跡はそのときにすべて消されたそうです」
「彼はいったい何をしたの?」
「ロッシはあの事故の後、結晶なしのオーパーツを無断で持ち帰り研究していました。そればかりか、禁じられた研究にも手を出したのです」
「禁じられた研究?」
「RT理論ってご存知ですか?」
グラハムさんは「何だそりゃ」という顔をしたが、さすが研究者であるイーネスさん達は熟知していた。
「RT理論については知っているわ。オーパーツに関する論文は一通り目を通しているから」
と言って、理論の概要をすらすらと説明してくれた。
とても助かる。俺がアルフレッドさんから聞いた説明をうろ覚えでするよりはよっぽどいい。
そもそもトロエフ遺跡は、当初はシャル火山の地殻変動により露出したと考えられていた。大昔に誰かが造ったものがシャル火山の噴火により地中に沈み、その後の地殻活動で再び地上に姿を現した、と。
しかし実際に調べてみると、火山性地層に埋もれているはずの遺跡は、その周りだけ森林性地層となっており、しかもその土壌はシャル山の火山性地層より新しい年代だと判明したのだ。
このことから
『遺跡は未来から時間を遡って現れたのではないか』
という途方もない説が打ち出され、この異説から導き出されたのがアロン・デルージョが打ち立てた〝RT理論〟なのだという。
「でも」
と言葉を切ったアーシュラさんは、少しだけ眉間に皺を寄せた複雑そうな表情を浮かべた。
「RT理論に関係する研究は、忌避されているわ」
「忌避?」
「隙がないの。だから危険と判断された」
「実際にそのオーパーツが見つかれば、本当に時間を操ることができてしまう。そう信じてしまいそうになるほど理路整然としている内容だった」
キアーラさんとアーシェラさんが畳みかけるように言葉を紡ぐ。
なるほど、表向きは研究許可を取ることを義務付けた研究。しかし実際には、許可など出るはずもない危険な理論。
確か、当の爆発現場は高エネルギー反応が出て立ち入り禁止になった、という話じゃなかったか。実際に不可能を可能にするオーパーツが見つかりさえすれば、本当に時間旅行ができるのかもしれない。
だからこそ、ロッシはその研究にのめり込んだということか……。
爆発事故のときに入手したそのオーパーツも、取り上げられて封じられてしまうぐらいなら、と考えたのだろう。
実際には、そのオーパーツは時間操作をするものではなかった。しかしこの〝結晶なしで動くオーパーツ〟を取っ掛かりに研究が進めば、いつか本当に『時間操作のオーパーツ』が見つかってしまうかもしれない。
そうなったら、一体どれほどの人間が目の色を変えるだろうか。巨大すぎる力は人間を変える。オーパーツが発見されてオーパーツ犯罪が増加したために『オーパーツ監理局』は作られたというのに。
時間操作なんて、正しく扱える人間など存在するだろうか。いや、そもそも『正しい』とは何か? 時間操作すること自体が『正しくない』のではないか?
ちょっと話を聞いただけの俺でもこれだけ考え込んでしまう。シャル島は大混乱になるに違いない。
当然、犯罪の温床にもなり得る――O研やO監は、それを恐れた。
そして今、それが現実になろうとしている、ということか。
「ふうん、生半可な知識で首を突っ込む問題じゃない、ということか」
グラハムさんが右手を口元にやり、やや頷きながらキアーラさんに問いかける。
キアーラさんは「そうね」と軽く頷くと、吐息を漏らした。
「人がまだ追いついていない、と言えばいいかしら」
――人がまだ追いついていない。
その筈が、追いついてみせると暴走し、身を滅ぼした研究者たち。そのことを知っているのか知らないのか、またもや手を出す人間が現れるとは。
絶対に未然に防がなくては。オーパーツの完成は勿論――その研究者の破滅も。




