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第5日-3 狂った研究者

 マーティアス・ロッシの非業な最期を語ったアルフレッドさんは、ふううと大きな溜息をついた。ひどく疲れているようだった。


「この〝結晶を必要としないオーパーツ〟とマーティアス・ロッシの研究については、発掘現場と同様に封じるべきものという決断が下されました。ですからわたしは、残された物をすべて当時のオーパーツ監理局の局長に託しました」

「それが、これだ」


 ラキ局長はテーブルの上のオーパーツと書類を顎で指す。

 確かに……詳しくない人間から見れば、結晶がないゆえにこのままでは起動しない、不完全なオーパーツに見える。


「つまり、この結晶がないオーパーツが『時間を操るオーパーツ』なんですか?」

「いや、そうではない」


 ラキ局長はテーブルの上の研究記録を手に取ると、パラパラとめくった。


「資料によると、グリップを握り込むことで剣の刃先が現れる武器のようだ。実際に起動してみた訳ではないが」

「では……」


 なぜRT理論やロッシの話を、と言いかけてギクリとする。

 そうか。この時点では『夢』に過ぎなかった時間を操るオーパーツ。

 あの男が列車で使ったのが、まさかソレなのか?

 七年の時を経て、ついに見つけ出し、実用化にまでこぎつけた人間がいる、と?

 本当に存在している? だからアルフレッドさんは俺に話を聞けと言ったのか?


「まさか……」


 思わず呟くと、アルフレッドさんは口元をワナワナと震わせ、肩を落とした。


「オーパーツ研究所では、マーティアスの研究内容について知っているのはわたしだけです。当時の局長は捜査官出身で、研究知識は全くなかった。だからこれらの研究資料を監理局にすべて渡し、二度と表に出ないように封じ込め……そしてわたしが研究所を去れば、全ては無かったことになるだろう……と」


 膝の上の皺だらけの拳に、ギュッと力が入る。


「逃げたのです、わたしは。――事の大きさに耐えかねて」

「……」


 ラキ局長はうなだれるアルフレッドさんの頭頂部と目の前のオーパーツを見比べると、すっと目尻を下げた。いつも人を威圧するオーラを纏っている局長からは考えられないぐらい、慈愛に満ちた表情だった。


「ワグナーさん。当時私は養成機関に出向中で事の顛末は知りませんでしたが……あなたの行動は間違っていなかったと思います」

「……」

「この違法な研究を引き継ごうとする者が現れるなど、誰も予測することはできなかったのだから」

「……!」


 アルフレッドさんがハッとしたように顔を上げた。一方俺は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。ラキ局長の言葉に、ゾクリとしたものを感じる。


 研究者としての道を閉ざされ、追放されたアロン・デルージョ。

 禁じられた研究の果てに、破滅したマーティアス・ロッシ。

 研究者の「自らを正しい」とする執念は、己の身が朽ち果てるまで決して涸れ果てることはない。


 そして今――三度(みたび)、この研究にとり憑かれた人間がいるのか。それこそ、何を犠牲にしても構わないほどの執着を持って。

 だから、あの列車事故は起こった。……想像でしかないが、多分。


「ミツル、これのコピーを」


 ラキ局長の凛とした声が、局長室の悶々とした空気に風穴を開ける。

 扉周辺で待機していたミツルはラキ局長からロッシの研究記録を受け取ると、一礼して隣の部屋へと消えていった。


「リュウライ、分かってはいると思うが、この話はまだ内密に」

「はい……」

「何しろRT理論に関わる話だ。まだ公に捜査する訳にはいかん。まずはマーティアス・ロッシの事件の背後関係。そして、この〝結晶を必要としないオーパーツ〟とは何か。それはリルガが少年から回収したオーパーツ、保管庫に入っていたオーパーツと同じものなのかも調べなくてはならん」

「はい」

「よって、この件に関してはリルガと双子、リュウライに任せる。リルガにはオーパーツの出所、双子には回収したオーパーツの解析を依頼している。リュウライは自らが対峙したその男の正体を突き止めろ。何としてもだ」

「はい」


 俺が遭遇した事件の背後には、この未知のオーパーツを現実にしようとしている狂った研究者がいる。何としても止めなくてはならない。

 

 そのとき、ミツルが再び局長室のドアをノックして現れた。原本はラキ局長へ、そしてコピーは俺の手元へ。

 それを見届けると、ラキ局長はテーブルの上のオーパーツが入った袋をグッと俺の方に差し出した。


「そしてこの件に当たるためには、リルガと双子にもワグナー氏が語ってくれた内容を知らせなくてはならない。それは君から伝えてくれ」

「俺っ……いえ、僕がですか?」


 そんな重要な話、しかも公にはできない依頼、俺ではなくラキ局長が直々に話すべき事じゃないのか?


 俺が言いたかったことは伝わったようで、ラキ局長は

「本来は私から伝えるべき内容だが」

と前置きし、テーブルの上の資料を手に取った。 


「私はこれからワグナー氏と共に、もう一度RT理論とアロン・デルージョ、そしてこのマーティアス・ロッシの残した研究資料を調べねばならん。先ほどワグナー氏も言ったように、これは急を要する事態だ」

「……わかりました」


 確かに、〝結晶を必要としないオーパーツ〟が実用段階に来ているとなると、大変なことだ。その背後にはどれほど優秀な研究者がいるのか。

 そう言えば、あのひょろ長い男と初めて会ったあの違法発掘現場はかなり大掛かりなものだった。ひょっとすると個人ではなく、大きな組織がバックに付いているのかもしれない。


 だとしたら……それらを使って裏で何を企んでいるのか。目的は何か。早急に突き止めなくてはならない。

 捜査課のグラハムさんが表で、特捜の俺が裏で調査を進めろ、ということか。


 ラキ局長からオーパーツを受け取ると、軽く会釈をする。そしてミツルと共に局長室を出ようとすると、アルフレッドさんが

「リュウライ」

と小さな声で俺を呼び止めた。

 振り返ると、全てを語り終えてどこかホッとしたような表情のアルフレッドさんと目が合った。


「何でしょう?」

「気をつけて。未知のオーパーツは……本当に、危険なものなのだ」

「……はい」


 それは、わかっているつもりだった。便利な道具、しかし使い方を誤ると大災害を引き起こす。

 しかし実際は、そんな物理的な話だけではない。

 便利さに慣れた油断、稀少な物を所持しているという優越感が、人を驕らせ、道を誤らせる。


 死んだマーティアスもそうだったのではないだろうか。未知のオーパーツを手に入れたことで、魔が差した。最愛の恋人を失ったことで味わった絶望を、未知のオーパーツを研究することで希望にすり替えたのではないだろうか。


 オーパーツには、人の心を狂わせる魔力がある。

 だから俺は、極力オーパーツには頼らない。オーパーツに振り回されずに済むほど、自分の心の強さに自信はない。


 グラハムさんを尊敬する一番の理由は、これかもしれない。あの人は、どんなオーパーツを見つけようがどんなオーパーツを与えられようが、全く変わらない。

 あくまで道具と割り切って、捜査のためだけに力を使う。


 自分が最大限やれることと言えば……自分の身体と、これまでに培った知識と経験で物事に立ち向かうこと。これしかない。

 ここで改めて、強く自分に言い聞かせておかなくては。


「――心に留めておきます」

「……うん」


 もう一度会釈をすると、俺はミツルと共に足早に局長室を出た。

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こちらが本編です。是非こちらから読んでいただきたい!
 森陰五十鈴様作:
『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~SideG:触れたい未知と狂った運命~

こちらで共同制作の創作裏話をしています。よろしければ合わせてどうぞ。
 『田舎の民宿「加瀬優妃亭」へようこそ!』
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