第5日-2 禁じられた研究
「ワグナー氏に話をしてもらう前に、まず私から今回の任務の経緯について説明しておく」
ラキ局長はすっくと立ち上がると、局長机の上にある呼び出しボタンを押した。
「ミツル。例の資料を頼む」
しばらく待っているとほどなくノックの音が聞こえた。俺が入って来た扉ではなく、隣の局長控室と繋がる扉だ。
ラキ局長の「入れ」という言葉とほぼ同時に、数枚の書類を抱えたミツルが現れる。
ミツルから「これを」と言って渡されたのは、グラハムさんの報告書だった。日付は、四日前から昨日まで、間の休日を除いた三日分だ。
俺に書類を渡したミツルはそのまま退室しようとしたが、ラキ局長に止められてそのまま扉の近くで待機している。
グラハムさんの案件と俺の案件、その間にミツルが入るということなのだろう。
「リルガが街の少年からオーパーツを回収した。それがそのときの報告書だが……実は、結晶の無いオーパーツだった」
「結晶の無い、オーパーツ?」
意味が分からず、ラキ局長の言葉を繰り返す。
オーパーツは、二つの器材から成り立っている。
人の親指の頭ぐらいの大きさでさまざまな色に輝く結晶、『オープライト』。
そのオープライトを孔に填め込むことで効果を発揮する『オーパーツ』。
俺達が通常言っている『オーパーツ』とは、『オープライト』のエネルギーを別のエネルギーに変換、出力する装置のことだ。
オーパーツは結晶が無ければ動かない。なぜなら、その結晶のエネルギーを変換して効果を発揮する仕組みになっているから。
例えるなら、電池が抜かれた時計のようなものだ。器具だけあっても何の役にも立たない。
そして結晶にはエネルギー量の上限があり、使っていくとだんだん黒ずんでいく。エネルギーを使い切ってしまうと真っ黒になりオーパーツは機能しなくなる。男から奪ったシールドが途中で役に立たなくなってしまったのも、そのためだ。
とにかく、結晶の無いオーパーツは何の効果も発揮しない。それがオーパーツの前提というか、基本なのだが……?
「まぁ、そんな顔にはなるだろうな。監理局の技術部、オーパーツ研究所の双方とも、そんなものは見たことも聞いたこともないと言っていた」
ラキ局長が、局長机の上にあった何枚かの書類と透明な袋に入った何かの器具を持ってきた。
丸い銀色の半球の中心に取っ手のようなものが付けられた、おかしな器具。言うなれば、フェンシングの剣の刃の部分が無い、グリップだけの状態。
一見すると、ただのガラクタに見えた。
「実は、オーパーツ監理局には局長権限でのみ開閉できる保管庫が存在する。ふとそのことを思い出し、開けてみた。これらはその保管庫の中で眠っていたものだ」
「え……」
「よく見てみろ」
ラキ局長がその銀の半球のガラクタが入った袋を俺の鼻先に持ってくる。
よく見ると、握り込む部分からは細い棒が出ていて、これを同時に握ることで起動するようだ。半球の天頂部には何らかのエネルギーを放出するための穴が開いている。
大事に保管されていたということは、これは紛れもなくオーパーツなんだろう。
結晶は付いていない……。ん? いや、これはそもそも……。
「結晶を填めこむ部分がないですね」
「そうだ」
ラキ局長はソファに座り直すと、オーパーツをアルフレッドさんの前に置いた。そして一緒に収められていたという書類を指差す。
「これは、そのオーパーツを研究したものと思われる資料の一部。それと、ワグナー氏の署名がされた黙秘の誓約書だ。よってワグナー氏にこちらの事情を説明した上で、これら保管庫の中身について話を伺おうとお呼びした訳だ」
そしてその護衛任務が俺に来た、と。まさか、グラハムさんの案件と繋がっていたとは。
そうだ……そう言えば、グラハムさんが「オーパーツの新しいルートを知らないか?」と言っていた。回収したのが見たことのない、〝結晶のないオーパーツ〟だったからか。
「私がまず話を聞いてからリルガとリュウライに、と思っていたが……事態は想像以上に緊迫している。そういうことですね、ワグナーさん」
ラキ局長の言葉に、アルフレッドさんが重々しく頷いた。
「そうです。……リュウライ、君が敵に使われたそのオーパーツは、かつて研究を制限され――実質的には禁じられたもの。そして、七年前に重大な事故を引き起こした原因にも繋がる、非常に危険な物なのだ」
――だからこそ知っておいてほしい。未知のそれらと対峙するのであれば。
そう言ってラキ局長と俺を見つめたアルフレッドさんのダークブルーの瞳が、なぜか悲し気に揺らいでいた。
* * *
『トロエフ遺跡には、時間を歪めるオーパーツが存在する』
遺跡の周りを覆う土壌が火山の土壌とは明らかに食い違っていること。遺跡内でも劣化に差があること。
このことから、九年前にある一人の研究者が打ち立てた、通称〝RT(Rewind-time)理論〟と呼ばれる学説。
〝時間の流れをゆっくりにする〟〝時間を止める〟オーパーツが存在する可能性を指摘し、
『それらを研究すれば時間を戻すことも可能になるのではないか』
と訴えた。
その研究者の名は、アロン・デルージョ。
オーパーツには未知の部分が多くあまりにも危険性が高い、ということから、RT理論は研究者たちの間では認められなかった。
しかし自分の理論の正当性を主張し食い下がったデルージョは、ついには「危険人物」と見なされ、最先端の研究メンバーから外されてしまう。
そのことでますます固執したデルージョはオーパーツ研究所内のデータを盗んで勝手に自らの研究を進めようとし、ついには追放処分に追い込まれた。
この事はオーパーツ研究所から監理局にも伝えられ、双方の話し合いの結果、
『RT理論の研究にはオーパーツ研究所上層部、およびオーパーツ監理局の技術部と局長の許可を必要とする』
という規則が、〈未知技術取扱基本法〉に新たに盛り込まれた。
これだけ慎重に慎重を重ねた決定が出された理論、関係各所のすべての許可を得ることは容易ではない。
結局のところ、RT理論に関するいかなる研究もしてはならない、ということが不文律となったのだ。
全ての研究機関から締め出されたデルージョは、その後消息不明となっている。
それから二年後。オーパーツ研究所が管理してる発掘現場の奥で、新たな遺跡内部への入口が発見された。
入口が発見されると、オーパーツ研究所の研究者立ち合いの元、慎重に発掘作業が行われる。
このとき派遣された研究者の中に、マーティアス・ロッシとアヤ・クルトという若き二人の研究者がいた。
発想力に富むが感情の起伏が激しいロッシを、いつも理知的なクルトが冷静に諫めていた。共に二十三歳と若かったが、将来が期待される非常に優秀な研究者だった。工学部博士課程在学中にオーパーツ研究所に引き抜かれた、二人の逸材。
時には協力して研究し、時には議論を戦わせながらも、二人は大変仲が良かった。いつも一緒だった。
そしてこの現場で爆発事故が起こり、大勢の人間が死んだ。研究者、オーパーツ監理局の警備官、大学の研究生、発掘の作業員――そして、アヤ・クルトも。
生き残ったのは、マーティアス・ロッシ、ただ一人だった。
ロッシはクルトに全幅の信頼を寄せ、とても崇拝していた。爆発現場で茫然自失となり、へたり込んでいた。彼女の死にショックを受け、事故のことは何も覚えていない状態だった。
* * *
マーティアス・ロッシとアヤ・クルト……恋人同士でもあった二人の研究者、か。
七年前のこの爆発事故は覚えている。実家の定食屋は遺跡に近い位置にあり、常連客の中にはオーパーツ研究所の職員もいた。将来研究員を目指す学生もいた。
このとき街は騒然となって、火山の近くに住んでいる人が慌てて引っ越しの準備に奔走したり、監理局からいろんな人が来たりととても慌ただしかった。
そう言えば……。
「原因は突き止められたのでしょうか?」
ラキ局長の声で、ハッと我に返る。
アルフレッドさんは目を閉じると、ゆっくりと首を横に振った。
「オーパーツ監理局の技術部と協力し、わたしとオーパーツ研究所の研究者で調査をしようとはしましたが、高いエネルギー値が計測され、途中で断念せざるを得なくなりました。人体へどんな悪影響を及ぼすかわからない、となりまして」
「……ふむ……」
「それにより、未知のオーパーツによるものであろうと結論付けられ、〝まだ手を出すべきでない高ランクの発掘現場〟として封鎖されることになったのです」
* * *
爆発事件より半年後。オーパーツ監理局に、とんでもない情報が入ってくる。
それは、
『マーティアス・ロッシが違法の研究をしている』
というものだった。
慎重な調査の結果、ロッシがRT理論を読み漁り、陰で未知のオーパーツの研究をしていたことがわかった。
ロッシは、実はその封鎖された発掘現場からあるものを入手していた。
それは……いまだかつて見たことのない、〝結晶を必要としないオーパーツ〟だった。
何も覚えていない、と言ったのは嘘だったのか、それとも未知のオーパーツを見て思い出したのか。
いずれにしても、無許可でRT理論を研究することは違法で、持ち帰ったオーパーツを隠し持つことも当然、違法。ロッシは逮捕された。
しかし、ロッシはクルトを失ったことで精神のバランスを崩してしまったようだ。逮捕当時はほどんど会話が通じず、拘束する際も自分の研究資料を引きちぎって暴れ、喚き散らし、訳の分からない奇声を発していた。
やむなく、オーパーツ監理局は刑務所ではなく病院の精神科に移送する決定を下した。
精神が安定する頃を見計らい、半年前の爆発事故、〝結晶を必要としないオーパーツ〟など、ロッシしか知らない情報を聞き出すつもりだったのだが――それは叶わなかった。
ほんの一瞬、病院関係者が目を離した隙に、マーティアス・ロッシは焼身自殺した。




