89 彼女の恨み晴らします
そう、まだ昨日の今日であるにも関わらずに、本はもう処理が終わっていたのだ。
これには訳があって、コーラーが取り返しに来ることを心配して、スベルが本を1ヶ月程前に戻して保管していたのだ。
だからわざわざ過去に戻って、あの地味な作業(発芽→燃焼→消火)をほぼ丸1日かけて行い、やっと本を消滅させることができたのだった。
こうして、つい先ほど現在に戻って来たのであった。
スベルが心配していた通りに、取り返す為にコーラーは人を寄越したのだから、本の処理を過去でやっておいて正解だったというわけだ。
そして、念のために家の周りの雑草も燃やしておこうとしたら、イグニスから火が出なくなっていたのだ。
「あれ、変だな」
各々でも試してみたら、みんな一様にその能力を失っていることに気がついたのだった。そして、よく見たら誰も光っていないのであった。
「本がちゃんと消滅した証ではないか」
スベルは安心したようだが、黒いままの彼だけは能力を持ち続けているようであった。(だから今に戻ってこられたのだ)
それで仕方なくライターで家の周りの草を燃やし、各々水を持って消火するという作業をしていたところだったのだ。
暴れながらイグニスに文句を言い続ける女を見て、ヒカリが呟いた。
「やっと見つけた・・・彼女が一番憎んでいた人物だ!」
ヒカリは女の側に行くと、記憶を確かめるようにじーっと顔を見つめた。
女はリュードとボルヴィーに「放しなさいよっ!」と文句をいいながら、腕を振りほどいていた。
「何見てんのよっ!!」
やっとヒカリを見たのだった。
「あ、あんた・・・・・生きてたの!?」
女は怒りを忘れ、亡霊でもみているようにヒカリの顔を見つめ返した。
「生きてないわよ。あなたのせいで彼女は死んだのよ。
それはそれはあなたのことを恨んでいたわ。彼女の恋人をとった挙句、彼女に売春させて、そのお金で楽して生活していたんだものね〜」
その場にいた男たちは全員『何て女だ』と非難の視線を女に向けた。
この女にとって男から軽蔑されることは耐え難い屈辱なのであった。
「違う、違うわ!!私じゃなくて、あの男が悪いのよ!恋人がいることを隠して、私にちょっかいをかけてきたのはあの男の方なのよ!」
言いながらリュードとボルヴィーの顔を交互に見たのだった。
こんな場面でも、容姿の良い二人を味方にしようとしているのだ。
特にリュードのことが気に入ったようで、腕に縋ると「ねっ、信じて!」と胸を押し付け上目遣いで無実を訴えたのだった。
リュードは力一杯その腕を振り払い、これ見よがしにヒカリと手を繋いで見せたのだった。
女は忌々しげにヒカリとリュードを睨んだ。
「そんなお子さま体型のどこがいいのよっ!」
胸の谷間を強調して見せた。
女は体に自信があったのだ。
誰もがすぐに身体を求めてきたし、男達は溺れるように夢中になっていったからであった。
「私のことを知れば、そんな子供じゃ満足出来なくなるわよ」と妖艶に微笑んだ。
その様子から、いつもこうやって男に取り入ってきたのだろうとヒカリは結論付けたのだった。
「あのソーダーって男も最低な人よ。けれども彼はあの場所から彼女を救い出してくれたわ。コーラーのところから連れ出すのは相当な勇気が必要だったでしょうね。
『あんたみたいな女が人並みに幸せになれるわけないじゃない。そんな棒切れみたいな体、病気を治せるから価値があるんでしょう!だけど、あんたのお陰で働かなくても、良い暮らしができるようになったわ。これからもよろしくね、アハハハハ・・・』
彼女はその言葉に絶望して命尽きたのよ。人が発したと思えない程におぞましいわ」
彼女は裏切られてもソーダーには感謝していたようだ。
今、地球で幸せに過ごしている彼女は、ヒカリにこんなことを望んでいないかも知れない。
けれども、彼女が許しても、ヒカリはこの女のことが許せなかった。
「あなた、コーラーの使いでここに来たんでしょう。どうしてあなたとコーラーが知り合いなんでしょうね?彼女が居なくなった後、ソーダーを差し出して、お近づきになったのかしら?彼は今どうしているの?」
「うるさい。うるさい、うるさいわね!!あんな男、コーラー様にとうの昔に殺されたわよ!お陰で私は愛人になれたのよ。今ではどんな贅沢もできて、誰もが羨むようになったんだからっ!!」
女は悪びれるでもなく、自慢気に真実を口にしたのだった。
ヒカリはそんな開き直っている様子を蔑視していた。
「あの女にそっくりな、あんたこそ一体何者なのよ!!」
「私は彼女であって、彼女は私よ」
「はぁ??何言ってるのよ!頭おかしいんじゃないの?あんた達、こんな女の言うことを信じるの?」
大声で訴えたが、返ってくるのは冷たい視線ばかりであった。
病気を治す奇跡の女に瓜二つのこの女を差し出せば、コーラーの機嫌が直る可能性がありそうであった。
女は衛兵に「その女を早く捕まえなさい!」と命令した。
衛兵は先程の話を一部始終聞いていたので、この恐ろしい女の言うことに耳を貸そうとはしなかった。
「このグズっ!本当に使えない男ね!」
文句を言ったものの、ここには彼以外の味方はいないので、出直して来る他なかった。
「覚えてらっしゃい。あんた達なんてすぐに捕えてやるんだから!!」
踵を返して、この場から立ち去ろうとしていた。
しかし、すぐ近くにいたスベルが女の腕を掴んだのだった。
「何すんのよっ、このガキ!」
振りほどこうとしたが、二人はそのまま姿を消したのでした。
それを見て衛兵の男は「ひぃー」と悲鳴を上げて、走り去って行ったのでした。
しばらくしてスベルだけが戻って来た。
「あの人は?」
「反省の色が見られないので、過去に置いて来た」
スベルは滔々と真実を述べた。
「みんなが望むならコーラーも同じように過去に置き去りにするが」
コーラーはリュードに何度もど突かれ、火に飛び込んだので既に大怪我をしている。
一命を取り留めても、この先も後遺症で苦しむことになるだろう。
彼の場合『壊す者』としての責務として、悪事を働いていたようなので同情の余地が少しだけあった。
コーラーも『壊す者』の役割を終えたはずなので、もう酷いことはしないと信じたい。
「それは・・・保留にしとこうかな」
「保留は無理なのだ」
「どうして?」
「とうとう『見守る者』としての役目を終える時が来たようだ。『この本を消滅させ人類を救うことができたなら、そなたも神になるだろう』そうあの本に記してあったのだ」
「そうなの、おめでとう!!」
「これはめでたいことなのか?」
「えっ?出世じゃないの?」
スベルとヒカリの会話は噛み合っていなかった。
「だが、もう人の世で暮らさくても良いので、やれやれとは思うな」
「じゃあコッコはどうなるの?」
「彼はもとの世界に戻してやるつもりだ。勿論時間を戻してな」
「それは、是非そうして上げてください」
ヒカリはスベルの手を取り頭を下げた。
コッコは失われた時間を取り戻して地球でやり直すのだ。
彼の帰りをずっと待ちわびていたご両親もそれはそれは喜ぶことだろう。
「この子とそなたは地球の神が遣わしてくれたのだろう。だからこうやって私も神になれたのかも知れん。ありがとう。ところでそなたはこの先どうするのだ?」
元の世界に戻るのか、ここに残るのかを決めなくてはいけないようだ。
ヒカリとリュードは目を合わせた。
リュードはヒカリの手を取るとずっと秘めていた言葉を口にした。
「この先も俺とずっと一緒にいて欲しい」
ヒカリは笑顔でこくりと頷き、こちらに残る決断をしたのだった。
「神様になったらスベルはどうなるの?」
「わたしは実体のないものになる。そうだな、風にでもなってゆるゆると漂うことにしよう」
「じゃあ、こうやってもう話すことができなくなるの?」
「安心しなさい。姿は見えなくともそなたたちのすぐそばにいると約束しよう」
別れの時が近づいていた。
コッコを元に戻したらスベルはこのままいなくなってしまうようだ。
「おいおい、寂しいこと言うなよ〜」
冗談ぽく言うがイグニスは目を潤ませ、ボルヴィーも悲しそうにしていた。
リュードは崩れてしまいそうなヒカリの肩を抱き、腕をさすった。
「これで最後なんて嫌よ。一度でいいからまた会いに来てね!私たち待ってるからね!!」
そう言い終わらないうちにスベルとコッコは目の前から消えてしまったのでした。




